ファーストガンダム   作:桂木先生

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“戦場を見た者”は、もう二度と元の自分には戻れない。
ただの避難民だった神谷悠は、整備区画で戦いの残骸に触れ、
そして――モニター越しに“アムロ・レイの戦い”を目撃する。

それは、尊敬でも憧れでもない。
ただ、そこにあったのは、“人が人を殺す現実”だった。

後編では、そんな“傍観者”の心に生まれた、静かなひび割れを描きます。



第4話「沈黙の観測者 後編」(原作:敵の補給艦を叩け!)

数分前に見たアムロ・レイの顔が、まだ脳裏に焼き付いている。

 

 神谷は記録室の片隅に座ったまま、沈黙していた。

 戦闘記録の再生は続いている。数秒おきに更新されるセンサーログ。

 サブカメラからの映像。リモート視点の俯瞰映像。

 その全てに――“戦争”が、あまりに機械的に映っていた。

 

 映像の中のガンダムは、躊躇なく敵を撃ち、斬り、爆発の中を抜けていく。

 そこに感情の揺れなどなかった。

 むしろ、“静か”すぎた。

 

 「……この中に、人が乗ってるんか……」

 

 神谷はぽつりと呟いた。

 モニターの映像を見ながら、自分が知っている“アムロ”の姿と、重ならない感覚に戸惑う。

 

 戦場の真ん中にいるはずなのに、まるで“外”にいるような。

 命のやりとりが行われているはずなのに、どこか“無人”のような。

 

 (これが、あのアムロ・レイのやってることなんか……)

 

 隣のオペレーター席では、軍務員が黙々とログの分類を進めていた。

 誰も口を開かない。戦闘は“完了”した。それだけのことだった。

 

 それなのに――神谷の中で、何かが崩れ始めていた。

 戦っている姿を“見た”ことで、安心どころか、逆に距離が生まれてしまった。

 

 ――わからへん。

 

 彼は味方だ。助けてくれている。自分たちを守ってくれている。

 なのに、今はどうしようもなく、怖かった。

 

 《ガンダム、帰還完了。パイロット健康異常なし、機体損傷軽微》

 淡々とした報告が流れ、戦闘ログは自動でアーカイブに送られていく。

 

 モニターの一つに、格納庫のライブ映像が切り替わった。

 リフトで降りてきたガンダムが、整備区画へと滑り込んでいく。

 その足元に、数人の整備士が待機していた。

 

 アムロがハッチを開け、コクピットから立ち上がる。

 顔を、見せた。

 

 モニター越しのその顔は――何も映していなかった。

 喜びも、怒りも、緊張も、達成感も。

 

 ただ、静かに、いつも通りに、降りてきた。

 

 「……怖いわ、ほんまに……」

 

 神谷は思わずつぶやいてしまった。

 誰に聞かれるでもなく、誰に届くでもなく。

 ただ、胸の中でこだましたその言葉は、自分自身への問いでもあった。

 

 (俺、これから……どうすんねやろ)

 

 “戦う”ということが、どれだけのものを背負わせるのか。

 それを見たばかりの自分には、まだ答えが出せなかった。

 

ガンダムのリフトが格納庫へと戻り、その巨体が静かに滑り込んできた。

 

 脚部のブレーキが短く鳴り、機体が停止する。すぐに整備チームが駆け寄り、各所にケーブルを繋ぎはじめた。

 リペアハッチが開き、パイロットが姿を現す。

 

 アムロ・レイ。

 ヘルメットを脱ぎ、その下から現れたのは、整った顔立ちの少年だった。

 だが神谷が記録映像で見たそれは、まるで“空っぽ”の仮面のように感じられた。

 

 彼の瞳には何も映っていないように見えた。

 怒りも、安堵も、恐れも、疲れすらもない――ただ、仕事を終えた後のような、淡々とした顔。

 

 神谷は、整備区画に戻る途中の通路から、その姿をガラス越しに見ていた。

 

 (ほんまに、人がやったことなんやろか……)

 

 戦闘の凄絶さと、今の彼の静けさが結びつかない。

 無意識のうちに、自分の足が止まっていた。

 

 アムロは、誰とも目を合わせることなく機体を降り、整備班の一人に簡単な報告をしてから歩き去っていく。

 その後ろ姿には、少年らしい揺らぎも、戸惑いも、なかった。

 

 それが、逆に恐ろしかった。

 

 ――自分より年下のはずのその背中に、自分にはない何かが宿っている。

 

 「おい、見惚れてんな。あいつのファンにでもなったか?」

 

 突然、後ろから声をかけられて、神谷は肩をびくりと震わせた。

 

 振り返ると、作業着姿のハセガワ整備士が、いつものように手に工具を持ちながら立っていた。

 その表情には冗談とも本気ともつかない、微妙な色が浮かんでいた。

 

 「……あ、すみません。ぼーっとしてて……」

 

 「戦闘終わったんだ。すぐに補修準備に入る。お前も、手が空いてんなら来い」

 

 「……はい」

 

 返事をしながらも、神谷の頭の中ではアムロの表情が離れなかった。

 あれが本当に、“戦った後”の顔なんだろうか。

 

 それとも、あれが“戦うため”の顔なのか――。

 

 その問いに、今の神谷はまだ答えを持っていなかった。

 

神谷は再び整備区画へと戻り、作業補助のローテーションに加わっていた。

 戦闘から戻ったばかりのガンダムが、格納庫中央に鎮座している。

 脚部には焼けた痕跡、膝の外装には軽度のクラックが見え、装甲板の数枚が仮脱着された状態になっていた。

 

 神谷は、指定された小型パーツの運搬や、補修材のピックアップを繰り返していた。

 だが、その動作はどこか鈍く、足取りも重い。

 

 「おい神谷、そっちの棚はD-4だ。……って、顔がしょっぱいぞ」

 

 呼び止めたのは、例の整備士、ハセガワ・リョウゾウだった。

 彼は振り返りもせず、脚立の上から外装パネルを確認していた。

 

 神谷は反射的に手を止めてしまった。

 

 「……すみません、そんな顔してましたか?」

 

 「してる。飯が薄いときの顔だ。戦闘記録、見たんだろ」

 

 「……はい。モニターで、アムロさんの戦いを……全部、見てました」

 

 「そりゃまあ、しょっぱくもなるわな」

 

 ようやく脚立を降りたハセガワは、タオルで汗を拭いながら、近くの工具箱に腰を下ろした。

 

 「……最初に戦場を見るときってのはな。大抵、顔が引きつるか、硬くなる。

  でもお前は、違う。……まるで、自分がその中にいなきゃいけない、みたいな顔してる」

 

 神谷は、何も言い返せなかった。

 そのとおりだった。

 

 ただ“見ている”はずだったのに、あの映像の中に自分がいたような錯覚に囚われていた。

 

 「あの人の顔、無表情だったんです。……怖かった。

  味方なのに、戦ってる人なのに、すごいのに、怖いんです」

 

 ようやく絞り出した言葉に、ハセガワは腕を組んで天井を見上げた。

 

 「怖いのは当然だ。……戦ってる本人だって、本当は怖ぇよ」

 

 「でも、アムロさんは……」

 

 「そう見えただけさ。あいつはな、“見せない”だけだ。

  戦場じゃな、自分の感情を晒した瞬間に、機体も判断も崩れる」

 

 ハセガワの声は淡々としていた。だが、その言葉の中には、深く長い時間が滲んでいた。

 

 「それにな。整備ってのは、そいつの代わりに泣く仕事でもあるんだ。

  無茶して帰ってきた機体を、“おかえり”って言いながら直す。……それだけだ」

 

 「“おかえり”、ですか……」

 

 神谷は、ガンダムの焦げた装甲を見た。

 そこには確かに“戦い”の痕があり、そして“生きて戻った”という事実が刻まれていた。

 

 「俺たちは、壊すために整備してるんじゃない。

  帰ってこられるように整備してる。……忘れんな」

 

 その一言が、静かに胸に染みた。

 

 

夜の整備区画は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 作業を終えた整備士たちは交代で休憩に入り、照明も常時モードへと切り替わっている。

 それでも、ガンダムは変わらずそこに在った。

 立ったまま、無言で艦の奥に影を落とし続けていた。

 

 神谷は、倉庫スペースの片隅で見つけた小さな台車に腰をかけ、

 足元に転がっていた破損パーツ――焼け焦げたガンダムの肩装甲の一片を拾い上げた。

 

 溶接の焼き跡。爆風による凹み。部分的に融解して波打つ表面。

 

 それはただの金属の“ガラクタ”のはずだった。

 だが今の神谷には、それが“戦場そのもの”に思えた。

 

 この傷が、誰かを殺した。

 この部品が、アムロの身を守った。

 そしてそれを、ハセガワたちは無言で直していく。

 

 「……戦争の、かけらやな……」

 

 ぽつりと漏れた独り言に、誰も返す者はいなかった。

 だが、心の中でだけ、もう一人の自分が応えていた。

 

 ――見てるだけじゃ、あかん。

 ――俺も、触れてしまったんや。もう、後戻りはできへん。

 

 天井を見上げれば、艦の装甲越しにわずかな振動が伝わってくる。

 この船は、まだ宇宙の中にある。

 そしてこの艦の中には、戦っている人間たちがいて――そのすぐそばに、自分もいる。

 

 ガンダムの影を、神谷はそっと見上げた。

 

 (……アムロ・レイ。あんたは、どこまで行くんやろな)

 

 自分とは違う。手が届かないほど遠い。

 でも、それでも――

 同じ艦にいて、同じ空気を吸って、同じ戦場に立っている。

 

 神谷は焼けたパーツをそっと棚に戻し、静かに立ち上がった。

 その背筋にはまだ迷いが残っていたが、

 それでも、彼の目は、少しだけ前を向いていた。




神谷が見たのは、味方の姿をした“恐怖”だった。
守ってくれるはずのガンダムが、なぜか遠く、冷たく映ってしまう。
それはきっと、神谷がまだ“何者にもなっていない”からだ。

整備士・ハセガワの言葉に支えられ、
彼はほんの一歩――“戦場の中にいる自分”を、受け入れ始める。

この後編は、戦わない者の覚悟が育つ物語であり、
神谷が「次の選択」に進むための、確かな助走です。


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【次回予告】

第5話「拒絶された港・前編(原作:ルナツー脱出)」

ホワイトベースはついに連邦軍基地・ルナツーへ入港する。
だが、そこに待ち受けていたのは“安息”ではなく、“拒絶”だった。

軍に居場所を与えられない避難民たち。
アムロたちの扱い、ホワイトベースの処遇。
そして、神谷は“軍の整備区画”で、ある現実を突きつけられる――

「俺らは……ほんまに、この戦争に必要とされとるんか……?」

次回、希望を抱いた港で知る、“戦争の構造”。
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