ファーストガンダム   作:桂木先生

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何故か4話が3つも投稿されたので編集してもう投稿します(笑)


戦場を越えて辿り着いた「味方の港」――
けれど、そこで彼らを待っていたのは、安堵ではなく“沈黙と拒絶”だった。
支え合い、命をつないできたホワイトベースの人々が、組織の論理の中で「異物」とされる。
神谷悠はその現実に、初めて“戦場より冷たい何か”を感じ始める。




第5話「拒絶された港 前編」(原作:ルナツー脱出)

「接岸まで、あと三分だそうや」

 

 モニター越しに見えるルナツーの灰色の外壁を眺めながら、神谷悠はそっと息を吐いた。

 それは安心の吐息ではなかった。どこか胸の奥に引っかかる、湿ったものが残っていた。

 

 この数日――いや、正確には数時間かもしれないが、神谷の感覚では“数日間”という言葉の方がしっくり来た。サイド7からホワイトベースに逃げ込み、戦闘の混乱に巻き込まれ、銃声を、爆発を、そして死の気配を肌で感じた。

 

 その末にようやくたどり着いたのが、ここ。連邦軍の拠点、ルナツー。

 

 「味方の港」のはずだった。

 

 しかし、目前に迫る基地の姿を見ても、神谷の心には安堵の色が浮かばなかった。

 

 「よう落ち着いとるやないか、坊主」

 

 声をかけてきたのは、整備士のハセガワだった。いつもの油染みたツナギ姿。片手に工具、片手にコーヒー入りの缶。

 

 「落ち着いてるように、見えます?」

 

 「少なくとも、取り乱しちゃいねぇな。えらいもんだよ、民間人にしちゃあ」

 

 「“元・民間人”ですね、もう」

 

 冗談めかして返した神谷だったが、言ってからその言葉の重さに少しだけ背筋が冷えた。

 

 自分は今、戦争の真っただ中にいる。

 それを再確認するには、モニターの向こうに映る“味方の要塞”でさえ十分すぎた。

 

 艦内アナウンスが響く。

 

 《ホワイトベース、ただいまルナツー補給ドックへの接岸準備に入りました。全クルーは作業態勢を維持し、避難民の安全確保に当たってください。繰り返します――》

 

 艦の振動がわずかに変化し、減速と姿勢制御の動きが体に伝わる。

 

 「着くには、着く。でも……歓迎してくれるとは限らねぇ」

 

 ぽつりと呟いたハセガワの言葉に、神谷は眉を寄せた。

 

 「それ、どういう意味で……?」

 

 「言葉の通りさ。基地ってのは“味方の場所”じゃねぇ。“組織の場所”だ」

 

 それきり、ハセガワは口を閉ざした。

 モニターの中で、ルナツーの格納ゲートが開かれていく。

 

ルナツーへの接岸は、拍子抜けするほど滑らかだった。

 

 神谷はハセガワの後に付き従い、ホワイトベースのハッチから連絡通路を渡っていく。

 重力のない宇宙空間。だが、人工的に管理されたこの通路内では、ほんの少しだけ足裏に“重み”が感じられた。ホワイトベースの中で慣らされた神谷の身体は、ほとんど違和感なく歩いていた。

 

 「ホワイトベース整備班、予定資材の確認と補修リストの提出を」

 

 淡々とした声が響いた。

 ルナツーの整備官。軍服は皺一つなく、無表情で立っている。

 

 神谷は、思わずその視線を見返してしまった。

 そこにあったのは“連携する仲間”という眼差しではなかった。

 

 「……あんたらが、前線でガンダム動かしてたってやつか?」

 

 別の整備士が口を開いた。若い男。だが、声には棘があった。

 

 「民間人部隊に戦艦貸して、モビルスーツまで与えるなんてな。いよいよ連邦も人手不足か」

 

 隣にいた整備士がクスクスと笑う。

 言葉は冗談めいていたが、空気には明確な“拒絶”があった。

 

 「……そういう事情やったわけちゃうんです。こっちは、生き延びるために――」

 

 言いかけて、神谷は自分でも驚くほど小さな声になっていた。

 

 彼の言葉は、誰の耳にも届かなかったように、ただルナツーの空調音にかき消された。

 

 「気にすんな」

 

 低く、短くハセガワが言った。

 

 「こいつらには、“あの爆発音”も、“あの悲鳴”も、届いてねぇ。

  机の上でモニター眺めてる連中に、俺たちが何してきたかなんて、分かるはずもねぇ」

 

 神谷はうなずくしかなかった。

 そうだ、彼らは知らない。サイド7で、地鳴りのような爆発と、人が倒れていく光景を、何度も見た自分たちのことを。

 

 ふと、整備区画の奥から別の搬入口が開く音がした。

 

 振り向くと、運び込まれてきたのは黒布に覆われた大型の機体。

 クレーンに吊られ、滑るように格納エリアの奥へと移動していく。

 

 神谷は思わず目を凝らした。

 ――ガンダムに、似ている。だが、少し違う。

 

 「……あれ、なんや」

 

 誰かがぽつりと呟いた。

 

 ハセガワの目も、それをじっと追っていた。

 

物資搬入を終え、神谷は一度ホワイトベース側へ戻るよう指示された。

 ルナツー側の整備班の一部はそのまま艦内へ乗り込み、点検作業に移るとのことだった。

 

 通路を戻る途中、神谷は物影に隠れるように立ち止まった。

 前方の荷降ろしエリア――そこでは、避難民たちが順次、移送処理を受けていた。

 

 「次の区画へ移動してください。順番に案内します。押さないでください」

 

 白い制服の連邦軍兵士が、けん制するような声で群衆に指示を出している。

 それでも子どもたちは泣き、老いた者たちは不安そうな顔で列を乱しそうになる。

 

 「どうか、落ち着いてください。大丈夫です。順番に――」

 

 フラウ・ボゥの声が聞こえた。

 彼女は制服の上に救護用のケープを羽織り、必死に避難民を落ち着かせようとしていた。

 

 その横で、セイラ・マスも兵士と短く言葉を交わしている。

 何かに抗議するような鋭い視線――だが、それに応じる兵士の顔は機械的だった。

 

 (俺ら、ここでも“部外者”なんやな……)

 

 そう呟きかけた神谷の足が止まった。

 移送ゲートのさらに向こう、整列させられていたホワイトベースの少年たちが数名――憲兵に付き添われて動き出すのが見えた。

 

 アムロ・レイ、カイ・シデン、ハヤト・コバヤシ。

 

 制服も着ていない、ついこのあいだまでただの市民だった彼ら。

 だが今は、“戦った者たち”としてホワイトベースの戦力を担ってきた人間たちだった。

 

 なのに――

 

 「彼らは“戦犯”扱いやとでもいうんか……?」

 

 小さくつぶやいた声は、自分のものだった。

 唇が震えていた。怒りなのか、悲しみなのか、それさえも分からなかった。

 

 ただ、目の前で連れ去られる彼らの背中に、自分自身の存在が投影されたような気がした。

 

 (いつか、俺もあの列の中に並ぶんやろか)

 

 “民間人がモビルスーツを勝手に動かした”という名目。

 それだけで、人は“味方のはずの場所”でこうも冷たく扱われるのか。

 

 正義って何や。

 守るために動いた結果が、これなんか。

 

 神谷は一歩、後ずさりした。

 

 それでも――胸の奥に、小さな火種のような感情が灯ったままだった。

 

艦内通路を引き返す途中、神谷は無意識に拳を握っていた。

 

 アムロたちが連行される場面が、頭から離れない。

 助けた人間が、軍の規律に背いたという理由だけで、咎められる。

 それが「正義」なら、自分の中にあった信じたいものは、一体何だったのか。

 

 (戦った奴らが責められて、見て見ぬふりした俺らが許されるんか……)

 

 その問いは、自分の中に深く突き刺さっていた。

 

 ホワイトベースの格納庫へ戻ると、艦内整備士たちが少しざわついていた。

 

 「ルナツーの連中、えらく上から目線だな」

 「『素人が戦艦を乗り回してる』って、冗談じゃねぇ」

 「なんだってアムロたちを捕まえるんだよ。バカにしてんのか?」

 

 小声での会話だったが、言葉には苛立ちがにじんでいた。

 彼らも、感じていたのだ。この“歓迎なき港”の空気を。

 

 「おい、神谷。しょっぱい顔してるぞ」

 

 声をかけられ、振り向くとハセガワがいた。

 工具を肩に担ぎ、作業用データパッドを片手に持ったまま、いつもの無精ひげと疲れた目でこちらを見ていた。

 

 「さっきの、見ちまったか」

 

 「……はい。アムロさんたちが、憲兵に」

 

 「連邦の建前さ。子どもに兵器を任せてたってのは、上層部にとっちゃ失態なんだろ。

  だから、責任は現場に落とされる。わかりやすい構図だ」

 

 ハセガワは一歩近づいて、ぽんと神谷の肩を叩いた。

 

 「……怒るのは悪いことじゃねぇ。悔しいと思うのもな」

 

 「でも……俺、なんもできてへんのに」

 

 「“できてない”奴が、何かを思って、“これから何かをしよう”って思う。

  そういう連中が戦争を終わらせるんだ。少なくとも、俺はそう信じてる」

 

 神谷は何も言えず、ただうなずいた。

 

 どんな言葉よりも、そう言ってくれる誰かがいることが、少しだけ、心を軽くした。

 

 

 

 




今回は、ルナツー到着から基地内での“迎え入れられない現実”を描きました。
神谷という傍観者の視点を通して、原作では描かれなかった「連邦内の温度差」や「軍という組織の機械的な顔」を、静かに浮かび上がらせたかった回です。
セイラやハセガワのような、誰かの一言が彼の居場所の輪郭を少しずつ形づくっていく――
そんな流れを、今後も丁寧に描いていきたいと思います。
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