ファーストガンダム   作:桂木先生

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「戦っていた者たち」が、味方の軍に責められる。
自分の命を守ってくれた彼らが、“秩序”という枠組みの中で抑え込まれていく姿を、神谷はただ見つめるしかなかった。
この後編では、神谷の心に宿った怒り、そして“兵器”との初めての邂逅を描きます。
それは、彼の中に眠る何かが、初めて目を覚ます瞬間だったのかもしれません。



第6話「拒絶された港・後編」(原作:ルナツー脱出)

格納庫の隅、いつの間にか兵士たちの足音が近づいていた。

 

 神谷が工具箱を片付けようとしていたそのとき、通路の奥から憲兵風の男たちが数人、無言で進んできた。その中央には、制服も装備もままならぬ三人の姿――アムロ、カイ、ハヤトが並ばされていた。

 

 「移送中につき、道を開けろ」

 

 短く、冷たい命令が飛ぶ。

 

 整備班の作業員たちも思わず動きを止め、静かに彼らの列を見送る。

 

 神谷は動けなかった。

 数メートル先を、無表情に歩いていくアムロたち。その表情には恐怖も怒りもなかった。

 ――ただ、疲れ切っていた。

 

 (なんで、こんな目に遭わなあかんのや)

 

 アムロが歩くその足取りに、かつて自分が避難民として逃げ惑っていたときの、あの無力な重さを重ねてしまう。

 彼らは、ただ“守った”だけだったはずだ。

 戦いの中で、叫びながら、傷つきながら、それでも前に出た者たちだった。

 

 「止まらずに進め」

 

 憲兵がちらりとこちらを見た。

 視線だけで、“余計なことを言うな”と告げているようだった。

 

 だが、神谷は思わず一歩、前に足を出していた。

 

 「……あの……彼らは、なんのために連れていかれるんですか?」

 

 整備班が息を呑む。憲兵がゆっくり振り返った。

 

 「軍規違反の可能性がある。以上だ。関係のない者は黙っていろ」

 

 その目は、神谷を人間ではなく、単なる“ノイズ”として見ていた。

 

 ――正義の名を借りた、都合のいい秩序。

 ルールという言葉の下で、人を切り捨てる仕組み。

 

 (ここはほんまに……味方の拠点なんか?)

 

 神谷の問いは、もはや胸の内だけに収まりきらなかった。

 

 彼の視界の中で、アムロの背中がゆっくりと遠ざかっていく。

 あの白いパイロットスーツの背が、やけに小さく見えた。

 

「ああいうのが、いっちゃん腹立つんだよ……」

 

 格納区画の片隅。憲兵たちの姿が見えなくなった後、ハセガワは工具台の横に立ち尽くしたまま、低い声で吐き捨てるように言った。

 

 「ルールだの、軍規だの……そればっか並べやがって。

  前線で何が起きてるかも知らねぇ奴らが、裁いてる気になってやがる」

 

 神谷は横に立っていたが、何も言えなかった。

 ハセガワの口調はいつも通り淡々としているのに、そこにこびりつく怒気は、いつになく濃かった。

 

 「……怒ってるんですね、ハセガワさん」

 

 「当たり前だろ。……あのガキどもがいなきゃ、俺たちとっくに木っ端微塵だったぞ?

  それを、まるで“余計なことした”みてぇな扱いして……!」

 

 金属棚に投げ置かれたスパナが、鈍い音を立てて跳ねた。

 

 神谷はその音にびくりと肩をすくめるが、ハセガワは気にした様子もなく、静かに続けた。

 

 「……俺はな、パイロットでもなけりゃ、士官でもねぇ。

  整備士は“誰かが生きて戻ってくる”ために、機械を動かしてるだけだ。

  でも、だからこそ分かる。“命を張った奴”がどれだけ重いかってな」

 

 神谷はふと、ハセガワの手を見た。

 分厚く、油に染まったその手。震えてなどいない。けれど、その指先には、積み上げてきた何百時間もの“帰還の祈り”が染み込んでいるようだった。

 

 「俺は……怖かったんです。サイド7で、ホワイトベースで。

  でもアムロさんたちは、あの中でずっと前に出てた。

  ……その人たちが責められてるの、見るのがつらいです」

 

 「つらくて当然だ」

 

 ハセガワは短く言った。

 

 「でもな、坊主――見て、感じて、それで心が折れそうになるのは構わねぇ。

  だが、それでも目をそらさなかったお前のほうが、よほど“軍人”してるぜ」

 

 その言葉に、神谷は何も返せなかった。

 

 ただ、胸の奥で何かが静かに、じんわりと、熱を帯びていくのを感じていた。

 

搬入口のシャッターが、機械的な唸り声と共に上がっていく。

 

 格納庫の隅――作業を再開していた神谷とハセガワの視界に、

 やがて姿を現したのは、黒布に包まれた大型のシルエットだった。

 

 「……また物資か?」

 

 神谷が問いかけるより早く、ハセガワが首を振った。

 

 「違うな。あれは……機体だ。たぶん、モビルスーツ系」

 

 整備班員の何人かが、そちらへ視線を移す。ざわりと空気が揺れる。

 

 重々しく運ばれてくる黒い影――

 その一部、布の隙間から覗いた外装は、確かに見覚えがあった。

 

 「……ガンダム?」

 

 神谷が小さく漏らした。

 だが、すぐに否定の言葉が浮かぶ。いや、違う。ガンダムに“似ている”が、あれは――

 

 「量産型……か?」

 

 ハセガワの声が低くなる。

 

 「……まさか、こんなタイミングで試験機を寄こしてくるとはな」

 

 運搬を指示していたルナツー側の技術士官が、部下と交わす会話がかすかに届いてくる。

 

 「ガンダムの戦闘ログから抜き出したデータを一部反映してるらしい。

  高機動仕様じゃなく、一般兵向けに調整された初期ロット――」

 

 「例のRX-78のチップの簡略版か……間に合わせのくせに高ぇな、コレ」

 

 「いいんだよ、ホワイトベースに乗せとけば現場テストにはなる」

 

 (……テスト機?)

 

 神谷の中で、その言葉がひっかかる。

 この機体は、戦うために造られた。けれど――“戦い方”は、まだ決まっていない。

 その不完全な存在に、なぜか自分の姿が重なって見えた。

 

 「おい、こっち来るぞ。通路開けろ」

 

 警備兵に促され、神谷は慌てて横に下がる。

 目の前をゆっくりと通り過ぎていく“ガンダムに似たもの”――

 その無機質なフォルムが、まるで意思を持ってこちらを見下ろしているように思えた。

 

 (あれが……戦場の“次”なんか)

 

 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

格納庫の喧騒が少しずつ落ち着きを取り戻す中、神谷はふと、艦内通路へと歩みを進めていた。

 

 荷下ろしを終えた避難民の一部は、ルナツー基地の別区画へ移され、ホワイトベース内も一時的に静まりかえっていた。

 それは、ほんの数時間の休息。嵐の前の、息継ぎのような時間。

 

 そんな中、廊下の先から軽やかな足音が聞こえた。

 振り返ると、白い制服姿のセイラ・マスが、端末を手に歩いてくるところだった。

 

 「あら、悠さん」

 

 彼女は微笑を浮かべたが、その目の奥にはわずかな疲労と、気遣いの色がにじんでいた。

 

 「補給リストを見てたんです。ルナツー側が回してくれた備品、数が足りなくて」

 

 「……あんまり、歓迎されてへん感じですもんね、俺ら」

 

 神谷が苦笑まじりにそう言うと、セイラは小さく息をついた。

 

 「ここは“正規の軍”の場所です。ホワイトベースに乗ってる私たちは、いわば“例外”の集まり。

  当然、抵抗や不信感を持つ人もいるでしょうね」

 

 「それ、わかってても……やっぱり、寂しいですね」

 

 言葉がこぼれたあと、沈黙が落ちた。

 セイラは足を止め、神谷の隣に立って、艦内の壁にそっと手を置いた。

 

 「でも、それでも……私はこの艦が好きです。

  いろんな人がいて、いろんな想いがあって、それでも前に進もうとしてる。

  この“寄せ集め”が、どこか――人間らしくて、私は好きです」

 

 神谷はその横顔を見つめた。

 強いわけじゃない。でも、揺るがない。

 そういう人間の在り方が、今の自分には、何よりまぶしく思えた。

 

 「俺も……もうちょっとだけ、この艦で頑張ってみようと思います」

 

 「それは素敵なことですね、悠さん。

  あなたがそう思えるなら、きっとこの艦も、悪くない場所なんだと思います」

 

 微笑む彼女の姿が、まるで灯りのように見えた。

 

 ――ここには、まだ答えなんてない。

 けれど、答えを探してもいいと思える場所がある。

 それだけで、ほんの少しだけ、心が前を向いた。

 

 神谷は再び格納庫へ向かって歩き出した。

 整備区画の空気は重い。でも、そこに自分の居場所がある――そんな気がしていた。

 

 




後編では、ホワイトベースの孤立と神谷の変化、そして“量産型ジム”の存在を導入しました。
アムロという“例外”に対し、自分は何を成せるのか――
神谷の問いはまだ答えを持ちませんが、戦場に身を置くすべての人間が、その問いを抱えています。
次回以降、神谷は徐々にその答えを探す側に回っていくことになります。
物語の節目として、静かに大きく動き出す回となりました。

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