ファーストガンダム   作:桂木先生

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ルナツーでの“味方の冷たさ”を越え、ホワイトベースは再び戦場へと突き動かされる。
その混乱のさなか、神谷は一機の新型機――先行量産型ジムと出会う。
それは「戦う者」になるかもしれない自分との、最初の邂逅だった。
恐怖と躊躇の中、それでも“座る”という一歩を踏み出す彼の姿を描きます。


第7話「この艦で生きるために 前編」 (原作:ルナツー脱出)

静寂を切り裂くように、ルナツー全域に非常警報が鳴り響いた。

 

 《緊急警報、緊急警報。艦艇ドック区域に未確認の接近反応。全隊、即時迎撃体制へ移行――》

 

 艦内の照明が一瞬落ち、赤い警告灯が明滅する。

 ルナツー基地、格納区画。神谷悠は整備区画の片隅で、手にしていたハーネスを取り落としかけた。

 

 「ジオン……またかいな」

 

 小さくつぶやいた声が、周囲の慌ただしい動きにかき消される。

 ハセガワが工具箱を蹴り飛ばしながら戻ってきた。

 

 「神谷! 動くぞ! ジムと補機材の確認作業、優先だ!」

 

 「は、はい!」

 

 返事と同時に、神谷は小走りでハセガワの後を追う。

 ルナツー基地整備班の人間たちはすでに混乱気味で、指示が交錯し、物資が散乱していた。

 軍の拠点とは思えない――だが、それだけ想定外の事態なのだろう。

 

 「アムロさんたちは……?」

 

 神谷が振り向くと、ちょうど別通路を憲兵に先導されてアムロたちが走っていくのが見えた。

 拘束は解かれ、今まさに出撃体制へ移されている――そんな様子だった。

 

 (また戦わせるんか……こんな状態で)

 

 心のどこかで、怒りとも無力感ともつかない感情がじわりと湧いてくる。

 

 そのとき、格納庫の反対側、妙に落ち着いた足取りで近づいてくる白衣の男がいた。

 黒縁のメガネに、無精ひげ。着崩した研究用ジャケット。

 手に持っているのはジムのシステム設定図と、起動プログラムの端末。

 

 「……あんた、何者です?」

 

 思わず声をかけると、男はきょとんとした表情で神谷を見た。

 

 「ん? ああ、俺か。技術本部から来たテスト担当、倉田ってもんだ。

  そこの機体――先行量産型ジム。そのお守り役さ」

 

 「お守り、て」

 

 「説明してる暇ない。とにかくこっち手伝え。あと、誰か乗せる必要がある。

  調整テストだけでもしておかないと、この艦が発進できねぇ」

 

 「えっ……俺、パイロットじゃ――」

 

 「関係ない。今は“手”が必要なんだよ」

 

 その言葉に、神谷は返事を飲み込んだ。

 

 “今、この艦に必要なもの”――その言葉が、どこか深く刺さった。

 

格納庫の一角。黒布を外されたその機体は、静かにそこに立っていた。

 

 ホワイトベースに一時積載されることになった先行量産型ジム。

 その白い装甲は、ガンダムに似ていながら、どこか“標準化された無個性”を感じさせた。

 

 「とにかく、この機体の電源系統と反応速度の初期チェックを済ませる。

  出港中に不具合が出たら困るんでな」

 

 倉田と名乗った技術者は、端末を片手にひたすらコマンドを打ち込んでいた。

 

 「え、でもそれって……俺でいいんですか? そんな大事なこと」

 

 神谷の問いに、倉田はふっと笑った。

 

 「逆に言えば、お前みたいな素人のフィードバックのほうが、機体の“素性”を測るには都合がいい。

  ガンダムの動きは特殊すぎてな。あれを基準にすると、量産機が全部壊れちまう」

 

 「……なるほど」

 

 技術者としての言葉に、神谷は少しだけ落ち着きを取り戻す。

 けれどそれでも――自分が“触れていいもの”なのかどうか、不安は残っていた。

 

 倉田は続ける。

 

 「実戦じゃなくていい。起動シークエンスだけでいいんだ。

  それだけで、この艦が次に進めるかどうかが決まる。……やってくれるか?」

 

 神谷は、機体の白い装甲を見上げた。

 

 これまで、整備や補助という“外側”から支えてきたこの艦。

 けれど今、その中に“座る”ことを求められている。

 

 「……俺でいいなら。やります」

 

 自然と口をついたその言葉に、自分でも驚いた。

 けれど、倉田は満足げにうなずくと、神谷の背を軽く押した。

 

 「いい返事だ。さ、コクピットに乗ってみようか、パイロットくん」

 

格納庫の外では、断続的に振動と警報が響いていた。

 ジオン軍の砲撃がどこかで命中したのだろう。ルナツー全体が微かに軋み、空気が不穏に揺れる。

 

 「うわっ……!」

 

 神谷は思わず身をかがめた。耳をつんざくような爆音と、それに続く通路からの叫び声。

 それは戦闘が、確かにすぐ“そこ”にあるという現実を突きつけてくる音だった。

 

 「おい神谷、伏せるな! 立てッ!」

 

 倉田の怒声が鋭く飛ぶ。

 その目は、恐怖に引きずられそうな神谷を、真正面から睨み据えていた。

 

 「今お前が怯えてどうする! お前はこの艦の中で、一番冷静でいなきゃいけない立場なんだ!」

 

 「で、でも俺……っ、外で爆発して……!」

 

 「爆発は“外”だ。お前の足元は、まだ地にあるだろうが!」

 

 怒鳴り声が格納庫の反響で何倍にも響いた。

 神谷の肩がびくりと跳ね、しばらくしてようやく、荒い息をつきながらゆっくりと立ち上がる。

 

 「……すんません」

 

 「いいから乗れ。手順は俺がやる。お前はただ“感じろ”。

  機体がどう動くか、自分がどう感じるか、それだけでいい」

 

 言われるまま、神谷はジムの胸部ハッチに設けられた小さな足場を登り、

 コクピットへと滑り込んだ。

 

 狭い。だが、それ以上に――静かだった。

 

 周囲の爆音も、怒声も、ここには届かない。

 代わりに聞こえるのは、パネルの微かな駆動音と、自分の心臓の鼓動。

 

 「神谷。電源入れるぞ」

 

 「了解です……!」

 

 倉田が端末を操作すると、シート下部が軽く震え、正面モニターにゆっくりと起動インジケーターが浮かび上がる。

 まるで、眠っていた機体が“目を開けた”かのように。

 

 (これが……モビルスーツ)

 

 指先が汗ばむ。だが、神谷の顔には、確かに一つの“決意”が宿っていた。

 

機体が目を覚ましたような音とともに、ジムのコクピット内に表示が次々と立ち上がっていく。

 

 姿勢制御、センサー系、内部温度――それらが淡々と“正常”を示す中、神谷はシートの中でじっと息を整えていた。

 腕を動かすと、肘の可動にあわせてコンソールの光が反応する。

 それはまるで、自分の神経がこの機械に繋がっているような――そんな錯覚を抱かせた。

 

 (……これが、操縦席……)

 

 ガンダム。あの戦場を縦横無尽に駆けていた白い巨人。

 その背中を、神谷はこれまで何度も見てきた。遠く、頼もしく、そして――怖かった。

 

 「調子はどうだ、神谷」

 

 通信越しに倉田の声が届く。

 

 「……今のところ、平気です。機体は、静かで……でも、すごく“近い”です」

 

 「いい感覚だ。それで十分だ。無理はするなよ」

 

 穏やかな声が返ってきた直後、モニターに別のウィンドウが割り込んできた。

 

 《RX-78 ガンダム、発進準備完了。パイロット、アムロ・レイ》

 

 神谷の背中に、ぞわりと冷たいものが走った。

 

 同時に、通信回線が別に切り替わる。

 

 「こちら、アムロ・レイ。出撃します。ハンガー、開けてください」

 

 その声――間違いない。あの時、サイド7で叫んでいた少年。

 ホワイトベースの中で、時に笑い、時に怒っていた“普通の少年”の声だった。

 

 けれど、今その声は冷静で、整っていて――兵士の声だった。

 

 「……怖……」

 

 神谷は思わずつぶやいていた。

 

 アムロが怖い。

 味方なのに、助けてくれた人なのに――

 今こうして同じ艦にいながら、彼は“別の世界”に立っているように思えた。

 

 ガンダムが発進デッキに現れた瞬間、格納庫がわずかに揺れた。

 

 巨大な白い機体が、ゆっくりと、しかし迷いなく動き出す。

 その姿は、ジムに座る神谷から見ると、あまりにも遠く、そして――異質だった。

 

 (あれが……俺を守ってきた、“声”の中身なんか)

 

 目の前にある機体の中で、神谷はただその背中を、モニター越しに見送るしかなかった。




神谷が“整備士”から一歩進み、モビルスーツのコクピットに触れるまでを描きました。
倉田という技術者との出会いを通じて、“兵器と人の距離”というテーマに足を踏み入れ始めます。
アムロの姿に怯えつつも、少しずつ自分の中の“戦うかもしれない自分”を意識し始める段階。
「座ること」は小さな一歩ですが、物語の中ではとても大きな変化だと思っています。
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