ジオンの攻撃、ホワイトベースの脱出、そして技術者・倉田の決断――
戦いの最中にも、誰かの意思が重ねられていく。
「戦場に立つ」ということの意味が、彼の中にゆっくりと根を下ろしていく。
ガンダムが発進してから数分後、ホワイトベース艦内に次なる指令が走った。
《全乗員に告ぐ。戦闘空域離脱のため、発進準備を完了せよ。避難民の安全確保を優先。ホワイトベース、出港する!》
そのアナウンスに、整備区画の空気が一気に引き締まった。
神谷が座るジムのコクピットにも、出力を落とす指示が倉田から送られてくる。
「シークエンスは十分取れた。もう降りていいぞ」
「……了解です」
返事をしながら、神谷はゆっくりとハッチを開け、手すりを使ってコクピットから地上へ降りた。
さっきまで静寂に包まれていた空間が、再びあわただしい現場へと戻っていく。
地上に着いた瞬間、神谷の背に、誰かの影が重なった。
「おつかれさん。いい動きだったぜ」
振り返ると、そこには倉田が、機体の記録パネルを手に立っていた。
「動きって……ほとんど起動しただけですよ」
「それで十分さ。“初めて機体に座ったやつ”が、どこで戸惑って、どこで身体が止まるのか――それが俺たちにとっては貴重なデータなんだ」
倉田は、神谷の目を見て微笑む。
「それに、怖かったろ? その顔してた」
「……めっちゃ、怖かったです」
素直に答えた神谷に、倉田は「それでいい」とうなずいた。
「兵器ってのは、“怖い”と思ってる奴が触るから、意味があるんだよ。
最初から平然としてる奴より、よっぽど信用できる」
その言葉が、どこか深く染み込んできた。
そのとき、倉田の腕時計が振動する。
小型通信端末を開いた彼は、少し眉をひそめて呟いた。
「チッ、やっぱりな……搬出スケジュールが全然間に合ってねぇ。ホワイトベースが出ちまうと、俺の便が消える」
「……えっ、じゃあ先生、ここに取り残されるんですか?」
「ま、ここで死んでもしょうがねぇしな。機体と一緒に乗るしかねぇか……」
「え?」
あまりにもあっさりとしたその言葉に、神谷は固まる。
倉田はタブレットを折りたたみながら言った。
「積み込みリストに、俺の名前を“機体付属技術者”として追加しといてくれ。どうせこのままなら、誰かが俺を呼び戻すさ。
だったら、自分の目で“この艦の先”を見てみたくなっただけだよ」
そして彼は、ジムの脚部装甲に軽く手を置いた。
「それに、この子の“育ち”をちゃんと見届けたいしな」
ホワイトベースがルナツーを離脱し始めた頃、神谷はブリッジ後方のサブ区画にいた。
オペレーター席の一角で、セイラとフラウが慌ただしく航路と通信を調整している。
「ハンガーロック解除。姿勢制御、スタンバイ……」
「外部モニター、全方向開放。アムロくんの支援機も、まだ戻っていないわ」
会話が飛び交う中、神谷は端末越しに戦闘の状況を見つめていた。
モニターの奥――宇宙空間を駆ける一機の白い影。
それは間違いなく、ガンダム。アムロ・レイが搭乗している機体だった。
敵を翻弄し、射線を交わし、時に果断に切り込んでいく姿は、まるで一つの“意思”を持っているようで――
画面越しに見てもなお、その動きに息を呑む。
(……あれが、アムロさんの戦いか)
同じ艦に乗っているのに、あの距離。
あの孤独の中で、彼はずっと、一人で戦ってきたのか――
「怖いの?」
隣で端末を確認していたセイラが、ふと声をかけた。
神谷は少し驚いたが、否定はしなかった。
「……正直、はい。
自分より年下の子が、あんな風に“誰かを守る”覚悟をしてて……
自分は何をしてるんやろって、情けなくなるんです」
セイラは静かに頷いた。
「覚悟の形は、人それぞれ。
あなたは“誰かの背中”を見て、自分に問いを持った。
それって、もう一歩、前に進んだってことよ」
神谷は目を伏せた。
問いを持つこと。進むこと。
怖い。でも、それでも目をそらさずにいたい。
目の前のモニターでは、ガンダムが敵を突破し、旋回を始めていた。
“帰還”のコースへ入ったのだ。
(……戻ってくるんやな)
その姿を見て、神谷はふと、胸の奥で何かが確かに灯るのを感じた。
ガンダムが帰還した直後、艦内には安堵と緊張の残滓が同時に漂っていた。
ホワイトベースはルナツーから脱出し、ジオンの包囲をかろうじてすり抜け、今や再び宇宙を漂っている。
けれどそこには、拠点でも港でもない、どこへ向かうのかもわからない空間だけが広がっていた。
神谷は、格納庫の片隅でジムの脚に背を預けながら、ゆっくりと目を閉じた。
あの騒ぎの中、自分は初めてモビルスーツの“中”に入った。
ほんのわずかな時間。戦ってすらいない。
でも、それだけでも、自分の世界はほんの少しだけ広がった気がした。
(俺があのまま、座らへんかったら……)
あのまま、ただ物陰から戦いを眺めていただけなら、
今のこの重さも、熱も、持てなかったかもしれない。
「ほら、お前。そんな顔すんなや」
声をかけてきたのは、いつの間にか隣にいたハセガワだった。
いつもの汚れたツナギ。相変わらず油くさい。でも、その目は妙に優しい。
「なんや、俺そんな顔してましたか」
「してた。なんか“半分こいつの顔”になってたな」
ハセガワが親指でジムを示す。
「……座っただけっすよ。起動テストでちょっと手ぇ動かしただけで」
「でもな。そうやって“中に入った”ってことが、大事なんだ」
神谷は、ジムの白い装甲を見上げた。
あの中に座っていたとき、自分は確かに震えていた。
でも、そこから逃げなかった。それは、今も胸の奥で小さな灯になっている。
「お前がいつか、本格的に乗るかどうかは知らん。
でも、この艦には“立ってる場所”がちゃんとある。
戦えなくても、支えてる奴がいる。支える奴を、また別の誰かが見てる」
それを聞いて、神谷は静かに息を吐いた。
(この艦に、俺の居場所は――ある)
整備用タラップに腰を下ろし、神谷はゆっくりと天井を見上げた。
宇宙はまだ遠くて、何も見えない。
でも、今はそれでもいいと思えた。
ホワイトベースは静かに、宇宙を進んでいた。
ルナツーでの騒動は、ただの“寄港”では終わらなかった。
ジオンの追撃、友軍の冷淡、そして――神谷にとっては、確かな“はじまり”だった。
整備区画では、再点検と後処理が続けられていた。
その隅で、倉田が床に資料と端末を広げて胡坐をかいている。
「お、来たか。ちょうどお前に声かけようと思ってたんだ」
神谷が近づくと、倉田は資料をぱらぱらと指でめくった。
そこには、ジムのフレーム構造と出力バランス調整のテスト結果が並んでいた。
「さっきの起動データ、全部見たよ。お前、素人にしては“勘”がいい」
「……褒められると、逆に怖いです」
苦笑する神谷に、倉田は笑いながらうなずいた。
「怖がっていいんだよ。怖がりながら動くやつが、いちばん冷静になれるからな」
そう言って倉田は、データ端末を閉じて立ち上がる。
「ところでさ、今後もこの艦に乗っててくれ。
このジムの調整、たぶん実戦の中で詰めてくしかねぇ。
そんとき必要なのは、アムロ・レイみたいな天才じゃなくて――」
「“普通のやつ”の声、ですか?」
神谷が言うと、倉田は満足げに笑った。
「そう。“普通のやつ”がどう感じるか。それが、このジムの未来を決めるんだよ」
その言葉に、神谷は少し黙って、ジムの姿を見上げた。
量産型――誰でも扱える兵器。
けれどそこに“誰かの命”が乗る以上、それはただの道具じゃない。
(なら、俺の目も、言葉も、ちゃんと残してやらんとな)
「俺、やってみます。今はまだ“座るだけ”しかできんかもしれんけど……でも、それでも」
神谷がそう言ったとき、格納庫の扉が開き、アムロの姿がふらりと現れた。
戦闘を終えたばかりの疲れた目。どこか浮かない表情。
それでも、彼の足取りは迷っていなかった。
神谷は一瞬、声をかけかけて――やめた。
彼は、自分とは違う場所にいる。
けれど、いつか。その背中に、ほんの少しでも近づけるなら――
(俺は、この艦で、生きる)
後半では、神谷が“ただの整備補助”から、“兵器と向き合う者”へと変化していく様子を描きました。
倉田というクセのある研究者を通して、ジムという量産兵器の“現実”が浮かび上がります。
この艦に居る理由。この戦場に関わる意味――神谷はまだ答えを出せていませんが、その歩みは確かに始まりました。
そして、それは読者の皆さんにとっても「名もなき者たちの戦い」を追体験する第一歩であると信じています。
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【次回予告】
第6話「軌道の果てにて(原作:大気圏突入・前編)」
舞台は地球へ――しかし、その前にホワイトベースは危険な“軌道上の戦い”へ突入する。
アムロの出撃、セイラの苦悩、そして“空の壁”に立ちはだかるジオンの脅威。
神谷は、オペレーターの代役として戦場の最前線に触れる。
彼が“声”で知るアムロの戦い――それは、新たな覚悟の種となる。