ファーストガンダム   作:桂木先生

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機体に“座った”ことで、神谷の世界は変わり始めた。
ジオンの攻撃、ホワイトベースの脱出、そして技術者・倉田の決断――
戦いの最中にも、誰かの意思が重ねられていく。
「戦場に立つ」ということの意味が、彼の中にゆっくりと根を下ろしていく。



第8話「この艦で生きるために 後編」 (原作:ルナツー脱出)

ガンダムが発進してから数分後、ホワイトベース艦内に次なる指令が走った。

 

 《全乗員に告ぐ。戦闘空域離脱のため、発進準備を完了せよ。避難民の安全確保を優先。ホワイトベース、出港する!》

 

 そのアナウンスに、整備区画の空気が一気に引き締まった。

 神谷が座るジムのコクピットにも、出力を落とす指示が倉田から送られてくる。

 

 「シークエンスは十分取れた。もう降りていいぞ」

 

 「……了解です」

 

 返事をしながら、神谷はゆっくりとハッチを開け、手すりを使ってコクピットから地上へ降りた。

 さっきまで静寂に包まれていた空間が、再びあわただしい現場へと戻っていく。

 

 地上に着いた瞬間、神谷の背に、誰かの影が重なった。

 

 「おつかれさん。いい動きだったぜ」

 

 振り返ると、そこには倉田が、機体の記録パネルを手に立っていた。

 

 「動きって……ほとんど起動しただけですよ」

 

 「それで十分さ。“初めて機体に座ったやつ”が、どこで戸惑って、どこで身体が止まるのか――それが俺たちにとっては貴重なデータなんだ」

 

 倉田は、神谷の目を見て微笑む。

 

 「それに、怖かったろ? その顔してた」

 

 「……めっちゃ、怖かったです」

 

 素直に答えた神谷に、倉田は「それでいい」とうなずいた。

 

 「兵器ってのは、“怖い”と思ってる奴が触るから、意味があるんだよ。

  最初から平然としてる奴より、よっぽど信用できる」

 

 その言葉が、どこか深く染み込んできた。

 

 そのとき、倉田の腕時計が振動する。

 小型通信端末を開いた彼は、少し眉をひそめて呟いた。

 

 「チッ、やっぱりな……搬出スケジュールが全然間に合ってねぇ。ホワイトベースが出ちまうと、俺の便が消える」

 

 「……えっ、じゃあ先生、ここに取り残されるんですか?」

 

 「ま、ここで死んでもしょうがねぇしな。機体と一緒に乗るしかねぇか……」

 

 「え?」

 

 あまりにもあっさりとしたその言葉に、神谷は固まる。

 

 倉田はタブレットを折りたたみながら言った。

 

 「積み込みリストに、俺の名前を“機体付属技術者”として追加しといてくれ。どうせこのままなら、誰かが俺を呼び戻すさ。

  だったら、自分の目で“この艦の先”を見てみたくなっただけだよ」

 

 そして彼は、ジムの脚部装甲に軽く手を置いた。

 

 「それに、この子の“育ち”をちゃんと見届けたいしな」

 

 

 

ホワイトベースがルナツーを離脱し始めた頃、神谷はブリッジ後方のサブ区画にいた。

 オペレーター席の一角で、セイラとフラウが慌ただしく航路と通信を調整している。

 

 「ハンガーロック解除。姿勢制御、スタンバイ……」

 「外部モニター、全方向開放。アムロくんの支援機も、まだ戻っていないわ」

 

 会話が飛び交う中、神谷は端末越しに戦闘の状況を見つめていた。

 

 モニターの奥――宇宙空間を駆ける一機の白い影。

 それは間違いなく、ガンダム。アムロ・レイが搭乗している機体だった。

 

 敵を翻弄し、射線を交わし、時に果断に切り込んでいく姿は、まるで一つの“意思”を持っているようで――

 画面越しに見てもなお、その動きに息を呑む。

 

 (……あれが、アムロさんの戦いか)

 

 同じ艦に乗っているのに、あの距離。

 あの孤独の中で、彼はずっと、一人で戦ってきたのか――

 

 「怖いの?」

 

 隣で端末を確認していたセイラが、ふと声をかけた。

 神谷は少し驚いたが、否定はしなかった。

 

 「……正直、はい。

  自分より年下の子が、あんな風に“誰かを守る”覚悟をしてて……

  自分は何をしてるんやろって、情けなくなるんです」

 

 セイラは静かに頷いた。

 

 「覚悟の形は、人それぞれ。

  あなたは“誰かの背中”を見て、自分に問いを持った。

  それって、もう一歩、前に進んだってことよ」

 

 神谷は目を伏せた。

 

 問いを持つこと。進むこと。

 怖い。でも、それでも目をそらさずにいたい。

 

 目の前のモニターでは、ガンダムが敵を突破し、旋回を始めていた。

 “帰還”のコースへ入ったのだ。

 

 (……戻ってくるんやな)

 

 その姿を見て、神谷はふと、胸の奥で何かが確かに灯るのを感じた。

 

 

ガンダムが帰還した直後、艦内には安堵と緊張の残滓が同時に漂っていた。

 ホワイトベースはルナツーから脱出し、ジオンの包囲をかろうじてすり抜け、今や再び宇宙を漂っている。

 けれどそこには、拠点でも港でもない、どこへ向かうのかもわからない空間だけが広がっていた。

 

 神谷は、格納庫の片隅でジムの脚に背を預けながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 あの騒ぎの中、自分は初めてモビルスーツの“中”に入った。

 ほんのわずかな時間。戦ってすらいない。

 でも、それだけでも、自分の世界はほんの少しだけ広がった気がした。

 

 (俺があのまま、座らへんかったら……)

 

 あのまま、ただ物陰から戦いを眺めていただけなら、

 今のこの重さも、熱も、持てなかったかもしれない。

 

 「ほら、お前。そんな顔すんなや」

 

 声をかけてきたのは、いつの間にか隣にいたハセガワだった。

 いつもの汚れたツナギ。相変わらず油くさい。でも、その目は妙に優しい。

 

 「なんや、俺そんな顔してましたか」

 

 「してた。なんか“半分こいつの顔”になってたな」

 

 ハセガワが親指でジムを示す。

 

 「……座っただけっすよ。起動テストでちょっと手ぇ動かしただけで」

 

 「でもな。そうやって“中に入った”ってことが、大事なんだ」

 

 神谷は、ジムの白い装甲を見上げた。

 あの中に座っていたとき、自分は確かに震えていた。

 でも、そこから逃げなかった。それは、今も胸の奥で小さな灯になっている。

 

 「お前がいつか、本格的に乗るかどうかは知らん。

  でも、この艦には“立ってる場所”がちゃんとある。

  戦えなくても、支えてる奴がいる。支える奴を、また別の誰かが見てる」

 

 それを聞いて、神谷は静かに息を吐いた。

 

 (この艦に、俺の居場所は――ある)

 

 整備用タラップに腰を下ろし、神谷はゆっくりと天井を見上げた。

 宇宙はまだ遠くて、何も見えない。

 でも、今はそれでもいいと思えた。

 

ホワイトベースは静かに、宇宙を進んでいた。

 ルナツーでの騒動は、ただの“寄港”では終わらなかった。

 ジオンの追撃、友軍の冷淡、そして――神谷にとっては、確かな“はじまり”だった。

 

 整備区画では、再点検と後処理が続けられていた。

 その隅で、倉田が床に資料と端末を広げて胡坐をかいている。

 

 「お、来たか。ちょうどお前に声かけようと思ってたんだ」

 

 神谷が近づくと、倉田は資料をぱらぱらと指でめくった。

 そこには、ジムのフレーム構造と出力バランス調整のテスト結果が並んでいた。

 

 「さっきの起動データ、全部見たよ。お前、素人にしては“勘”がいい」

 

 「……褒められると、逆に怖いです」

 

 苦笑する神谷に、倉田は笑いながらうなずいた。

 

 「怖がっていいんだよ。怖がりながら動くやつが、いちばん冷静になれるからな」

 

 そう言って倉田は、データ端末を閉じて立ち上がる。

 

 「ところでさ、今後もこの艦に乗っててくれ。

  このジムの調整、たぶん実戦の中で詰めてくしかねぇ。

  そんとき必要なのは、アムロ・レイみたいな天才じゃなくて――」

 

 「“普通のやつ”の声、ですか?」

 

 神谷が言うと、倉田は満足げに笑った。

 

 「そう。“普通のやつ”がどう感じるか。それが、このジムの未来を決めるんだよ」

 

 その言葉に、神谷は少し黙って、ジムの姿を見上げた。

 

 量産型――誰でも扱える兵器。

 けれどそこに“誰かの命”が乗る以上、それはただの道具じゃない。

 

 (なら、俺の目も、言葉も、ちゃんと残してやらんとな)

 

 「俺、やってみます。今はまだ“座るだけ”しかできんかもしれんけど……でも、それでも」

 

 神谷がそう言ったとき、格納庫の扉が開き、アムロの姿がふらりと現れた。

 

 戦闘を終えたばかりの疲れた目。どこか浮かない表情。

 それでも、彼の足取りは迷っていなかった。

 

 神谷は一瞬、声をかけかけて――やめた。

 彼は、自分とは違う場所にいる。

 

 けれど、いつか。その背中に、ほんの少しでも近づけるなら――

 

 (俺は、この艦で、生きる)

 

 




後半では、神谷が“ただの整備補助”から、“兵器と向き合う者”へと変化していく様子を描きました。
倉田というクセのある研究者を通して、ジムという量産兵器の“現実”が浮かび上がります。
この艦に居る理由。この戦場に関わる意味――神谷はまだ答えを出せていませんが、その歩みは確かに始まりました。
そして、それは読者の皆さんにとっても「名もなき者たちの戦い」を追体験する第一歩であると信じています。


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【次回予告】

第6話「軌道の果てにて(原作:大気圏突入・前編)」
舞台は地球へ――しかし、その前にホワイトベースは危険な“軌道上の戦い”へ突入する。
アムロの出撃、セイラの苦悩、そして“空の壁”に立ちはだかるジオンの脅威。
神谷は、オペレーターの代役として戦場の最前線に触れる。
彼が“声”で知るアムロの戦い――それは、新たな覚悟の種となる。
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