20XX年 8月 銀座事件当日
銀座の街は、もはやかつての華やかさを失っていた。
銀座に突如現れたゲート、そこから現れた帝国軍の侵攻によって銀座の街は混乱に陥った。
舗道には血と瓦礫が散乱し、倒れた市民の無残な姿が佐藤和也(さとうかずや)1等陸士の視界に次々と飛び込んできた。
頭を斧でかち割られたサラリーマン、首を刎ねられ団子のように槍に串刺しにされ晒された若いカップル、手を繋いだまま焼け死んだ夫婦と思しき焼死体、血痕にまみれた乳母車。
ついさっきまで買い物を楽しんでいたはずの普通の人々が、異世界の蛮族どもによって命を奪われている。
その光景はまだ22歳の若い隊員である佐藤にとって非常に応えるものであった。
自衛隊員として厳しい訓練を積んできたとはいえ、こんな光景を前にして平静を保つのは難しかった。
それでもなお、彼らは前進し、立ちはだかる脅威を排除していった。
ビルの間の狭い路地から剣を持った帝国兵が姿を現す。
自衛官らは即座にそいつに弾丸を浴びせた。
「佐藤、深山、高橋! そこの路地裏を確認しろ! まだ潜んでいる可能性がある!」
中隊長による命令、佐藤は隣に立つ深山2等陸士と高橋2等陸士と共に頷き、
小銃を構えて路地へと踏み込んだ。
狭い路地に三人のブーツの音が響き、表通りの喧騒が遠ざかる。
緊張感が空気を支配していた。
路地を進むと、微かな泣き声が聞こえてきた。女の子の声だ。
佐藤が先頭に立ち、二人に手信号で左右を警戒するよう指示しながら声の方向へ急いだ。
角を曲がると、目の前に広がった光景に息を呑む。
帝国兵二人が一人の女子高生を追い詰めていた。
彼女の制服のブラウスとミニスカートは引き裂かれ下着が露わになり、恐怖に震えながら地面に尻もちをついていた。ニヤニヤしながら帝国兵の一人が剣を手に彼女に迫る。
「おい!やめろ!」
佐藤の叫びが響き、威嚇射撃として空へ向け一発撃った。
銃声が反響し、帝国兵が驚いて振り向く。彼らの口から発せられたのは、理解不能な異世界の言葉だった。
獣のような唸り声と共に、剣を持った帝国兵が佐藤に向かって突進してきた。
すぐに照準を構え、佐藤は引き金を引く。
銃弾が帝国兵の兜をつらぬきその脳を破壊する。彼は力なく倒れた。
それを見たもうひとりの帝国兵は恐れをなし、武器を落として逃げ出す。
それを深山が発砲するが角に曲がられ逃がしてしまう。
「深追いするな!危険だ!」
倒すべきではあったが今は安全確保が最優先だ。周囲を確認する。
「クリア!!」
佐藤は女子高生の方へ駆け寄った。彼女は膝をつき、震えていた。
倒した帝国兵の死体を見せないよう、佐藤は素早く彼女の前にしゃがみこんで、視界を遮る。
「大丈夫?ケガは無い!?」
佐藤は冷静に声をかけ、彼女を落ち着かせようとした。
彼女の顔はまだ幼さを残した、とても可愛らしい少女だった。
そんな年端も行かぬ女の子が謎の武装した集団に捕らえられ、辱められ、そして殺されそうになる恐怖を味わらせられた事を考えると、より一層未知の敵に対する怒りがこみあげてくる。
「(落ち着け・・・)」
そう自分に言い聞かせる佐藤。
暫く震えながら佐藤をじっと見ていた少女だが、やがて張り詰めた緊張の糸が切れたのか、
佐藤に抱き付き、大声で泣き始めた。
「怖かったんだな、でももう大丈夫だ・・・」
彼女を抱きしめ頭を優しく撫でてあげる佐藤。
どうやら辱められる前に助けてあげられたようだ。
彼女の傍らには小さなキーホルダー——ハート型のチャームが落ちていた。たぶん彼女のだ。
直前まで御守りのように握りしめていたのかもしれない。それを拾いあげる。
「ほら、君のなんだろう?しっかり持ってるんだ」
そう言って優しく手渡す。この子を少しでも落ち着かせるものであるなら利用しない手はない。
「生存者一名保護!!繰り返す!生存者一名保護!!」
そう無線連絡をすると、深山はもう一度周りを見る。
路地裏には女子高生の他に、若い女性も二人捕らえれていたが、その二人とも凌辱された上、喉を切り裂かれその命を絶たれていた。
「畜生、なんてひでえことしやがる・・・」
少女を救えたのは間一髪だったようだ。
少女がやっと少し落ち付き始める。
彼女の制服は引き裂かれ、下着すら見えている。これでは可哀そうだ。
「ほら、これを着ると良い・・・」
佐藤は自分の防弾ベストを脱ぎ、彼女の肩に掛けてやった。
さらにヘルメットを外し、彼女の頭にそっと被せる。
「少し暑いかもしれないがちょっとだけ我慢して、君の身を守るためだ」
この暑さでは熱中症になる心配もあるが、すぐに後続の連中の保護下に入り、そこで水分補給させてもらえるだろう。
無線から応援の到着が告げられ、路地前に仲間が合流してきた。
少女を連れ再び大通りに出ていく。
「生存者がいた。この子を安全な場所に頼む。それと水を飲ませてやってくれ!」
彼女を仲間へ引き渡し、ヘルメットだけ回収し、そのまま任務に戻る。
佐藤は再び路地の方を振り返った。
言葉の通じない敵、異世界からの侵略者。
道中で見かけた、惨たらしく殺された市民たちの亡骸。
彼の心はまだ軋んでいたが、それでもひとりの少女を危機から救えた事実だけが、わずかではあるがその重さを和らげていた。
「集合命令だ!!皇居前へ移動するぞ!!」
新たな命令を受け、隊員らは前進を続ける。
より多くの命を救うために・・・。
佐藤に救われた女子高生 今井涼香は他の生存者と共に
陸自のトラックに乗せられ、安全な避難所へと連れていかれた。
彼女は佐藤に着せてもらった防弾ベストに触れ、それに貼り付けられたワッペンと名札を見た。名札にはローマ字で『K.SATO』と書かれている。
「佐藤・・・さん・・・」
か細い声でつぶやく彼女。
トラックはそのまま臨時避難所としていた上野公園へと向かっていった。