銀座事件において、自衛隊の出動により早急に帝国軍は撃退された。
帝国の主力部隊はゲートの向こうへと撤退し、逃げ遅れた敗残兵が取り残されたのだ。
彼らの多くは自衛隊・警察に降伏した。
あるいは地下に逃れた者もいたが、彼らには更に悲惨な運命が待ち受ける事になる。
銀座付近の工事現場
投降した帝国兵の内の数人ほどを警察に引き渡すまでの間、ここで佐藤らの小隊が臨時で拠点を設け監視する事になった。
工事現場の一角に密集して座らされた帝国兵たち、その周りを囲うように小銃を持った自衛官数人が立って監視している。
「このクソッタレどもめ・・・」
帝国兵らを真正面から監視していた佐藤はゴミを見るような目で帝国兵を見下ろしながら、ボソッとつぶやく。
本当なら私語はご法度だが、道中で罪もない民間人の哀れな亡骸を散々見せられたせいで今の彼の中は帝国兵らに対する激しい怒りに満ち溢れていた。
目の前で座らされている『クソッタレども』は、銀座に現れた時点で目についた人々に誰彼構わず刃を向けその命を奪い略奪を行ってきた。そればかりでなく『戦利品』とした女性らを自分達の慰み者にまでしてきたのだ。
そんな奴らが自分達が勝てないと知るや、今更降参して命乞いとはあまりにも都合が良過ぎる。
こんな連中でも『人道的』に扱わなければならないのが非常にやるせない気持ちだった。
できる事なら警察が引き取りに来るまでの間、全員シバきたい所だ。
ふと、佐藤の目の前に座った帝国兵が顔を上げた。若い男だった。
「何見てんだ貴様・・・」
殺意を込めた声で返してやる佐藤。
帝国兵は暫く震えていたが、やがて佐藤にニタリと笑いかける。
媚を売るための愛想笑いだろう、自分達が無抵抗の人々を散々切り刻んできたという罪悪感の全く欠如したゲスな笑みだ。
佐藤は周囲をチラッと確認すると、その帝国兵の方を再度向く。
自分の歯を指し示し、それをへし折るような仕草をして見せた。
『(キ サ マ の 歯 、 全 部 へ し 折 っ て や ろ う か ?)』
適当に考えたジェスチャーのつもりだったが、どうやら通じたようだ。
帝国兵は再びガタガタ震えだし、失禁までしてしまった。
「(小便まで漏らしやがった、結局丸腰じゃただの腰抜けどもだ、こんな連中が何の罪もない無抵抗の人々を殺しまくったばかりじゃなく、あの子を汚そうとしていたのか・・・)」
あの路地裏で窮地を救った女子高生を思い出す。
ある意味あの子を救えたことが、辛うじて彼の理性を繋ぎとめているのかもしれない。
「(あの子大丈夫だろうか、後でトラウマにならなければいいが・・・)』
そう考えている内に、受け取りの警察部隊の車両が工事現場に到着する。
帝国兵らを立たせると、収容車両まで誘導する。
「ほらクズども、さっさと歩け、その檻の中に入るんだよ」
上野公園 臨時避難所
鎮圧から一夜が経ち、焼け焦げたアスファルトからは陽炎が揺らめき、蝉の鳴き声が遠くで途切れ途切れに響いている
涼香は自衛隊が設置した大型テントの中で、簡易ベッドに座っていた。
テントの空調が静かに唸り、冷えた空気が汗で湿った身体をひんやりと冷やす。
彼女の手にはペットボトルの水が握られ、膝には自衛官からもらったタオルが乗っている。
テントの中は避難民でごった返していた。子供が母親に甘える声、誰かが水を求める呟き、時折響く自衛官の無線通信。
涼香はぼんやりとその喧騒を聞きながら、路地裏で帝国兵に追い詰められた恐怖と、自衛官に助けてもらったときの安堵感を思い返していた。
帝国兵の血に汚れた手が自分に伸びてくる場面がフラッシュバックすると流石に無意識に肩を震わせる。
でも今はここにいる。生きてる。あの時命を救ってくれた自衛隊の人達、特に佐藤さんのお陰だ。
いつかまた会いたい、もう一度会ってちゃんとお礼を言いたい、そう想いを巡らせていたときだった。
「・・・香・・・涼香・・・!!」
テントの外から聞き慣れた声が微かに届いた。
「?」
耳を凝らしてみる。
「涼香!涼香、どこ!?」
涼香の目がカッと開き、心臓が跳ね上がった。母さんの声だ。
慌ててベッドから立ち上がり、ペットボトルが床に転がるのも気にせず、テントの入り口へ向かった。
「涼香、いるなら返事してくれ!」
今度はお父さんの声。間違いない。涼香の喉から自然と声が漏れた。
「お母さん!お父さん!」
テントの分厚いビニール製の入り口を勢いよく押し開けると、夏の熱気が一気に顔にぶつかった。
汗が額に滲む中、涼香は目を凝らして周囲を見回した。上野公園の広場には自衛官や警察の機動隊員がせわしなく往き交い、鉄条網の向こうにヘリが離着陸する埃っぽい光景が広がっている。
その中で、質素なワンピースを着た母親と、汗でシャツが貼りついた父親が、自衛官に案内されながらこちらへ近づいてくるのが見えた。
涼香の心臓が一気に高鳴り、彼女は思わず叫んだ。
「お母さん!お父さん!」
その声に反応した母の理恵は涼香を見つける。
「涼香!」
母親の声が響き、彼女が涼香を見つけた瞬間、顔がくしゃっと歪んだ。
父の英治も目を大きく見開き、二人とも一目散に走り寄ってきた。
涼香も我慢できず駆け出す。
今の彼女の視界は両親の姿だけで埋め尽くされた。
「涼香!!無事でよかった・・・!」
「お母さん!!良かった!!」
母が涼香を強く抱きしめると、懐かしい匂いが涼香の鼻をくすぐった。
涼香は母の胸に顔を埋め、溢れる涙を抑えきれなかった。
「お母さん…怖かったよ…もう会えないかと思った…」
「大丈夫、大丈夫よ。もう離さないから。」
母が涼香の背中をさすりながら何度も呟く。
その声は震えていて、涼香と同じように安堵と喜びでいっぱいなのが伝わってきた。
「本当に・・・本当に良かった・・・!!!」
そんな母子を更に外から覆うように抱きしめる父。
やっと落ち着いた母は、涼香の体中を見回した。
「ケガは・・・ケガは無いのね!?」
「うん・・・自衛隊の人が助けてくれたの、本当に死ぬかと思って怖かった・・・」
涼香は大まかな経緯を話し始めた。流石に帝国兵に襲われた場面を話すときこそあの恐怖がフラッシュバックし震えてしまったが、それでも自分を救ってくれた恩人たちの話を懸命に両親に伝える。
「そんなひどい事を・・・怖かったでしょう!?可哀想に…」
母はもう一度強く娘を抱きしめる。
「なんて悪魔みたいな連中なんだ!!罪のない人々を大勢殺したばかりじゃなく俺たちの涼香にまで・・・!!」
拳を握りしめ、怒りに震える父。
当然の反応だ、愛情をかけ大事にしてきた愛娘を危うく辱められ、あまつさえその命を奪われそうになったのだから。
「でも自衛隊の人が助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。それにすごく優しい人で・・・いつか・・・いつかまた会いたいな、会ってちゃんとお礼が言いたい!」
「そうだろうな、お前の恩人は私たち二人の恩人でもある、父さんや母さんもその人たちに会ってみたい!」
「落ち着いたら、一緒に探してみましょう・・・」
「・・・うん!必ず見つけよう!」
父と母の言葉に、涼香は頷き、久しぶりに満面の笑顔を浮かべた。