地球連合軍による凄絶な第2波の攻撃を辛うじて退けたものの、オーブに安息の時間は一秒たりとも残されてはいなかった。
地下の極秘ドックへ満身創痍の機体を着艦させ、愛機オーディンから降りて間もなくのことだった。独立0特務隊の指揮官である神代艦長は、首長国最高権力者であるウズミ代表からの直接の緊急呼び出しを受け、周辺の警戒指揮を連隊長である蓮へと一時的に預けると、重々しい足取りで最高司令部本部へと向かった。
重厚な防壁に囲まれた司令部本部の最奥、ウズミ代表の執務室の自動扉が開く。
室内に着いた神代艦長の目に飛び込んできたのは、すでにそこに集められていたアークエンジェルのラミアス艦長とフラガ大尉、および未だ戦火の焦燥に身を硬くしているカガリ様の姿だった。神代艦長は無言のまま彼らの隣へと歩み寄り、一国の命運を握る首長の前へと静かに合流した。
卓上のモニターに映し出される、第3波に向けて再編成を進める連合軍大艦隊の不気味なシグナル。ウズミ代表はゆっくりと口を開き、鉄のような重々しい声音で、冷徹極まる事実を静かに話し始めた。
「……皆、よく集まってくれた。厳しい現実だが、もはやこのオーブが連邦の物量によって失われるのも、既に時間の問題だ」
「お父様……! 何を、何を言っているんだ……っ!」
カガリ様がその悲痛な言葉に激しく動揺し、叫ぶように声を上げた。だが、ウズミ代表の眼光は揺るがない。彼は娘の瞳を真っ直ぐに見つめ、自らが裏舞台で完了させていた非情な統治者としての真実を続けて口にした。
「人々は既に本土からの避難を完了した。非戦闘員は皆、遠くへ逃がしてある。……諸外国への、支援の手もある。この中立の理念を掲げたが故の、全ての責めは、残された我々首長と議会が背負う」
ウズミ代表は一度言葉を切ると、卓上のコンソールを操作し、水平線の向こうでオーブを睨む敵の首魁のデータをホログラムとして映し出した。
「……だがな。たとえこのオーブの国土を失っても、決して失ってはならぬものがある。地球軍の背後には、ブルーコスモスの盟主たるムルタ・アズラエルの姿がある。奴らの狂気は、コーディネイターのすべてを地上から根絶やしにするまで止まらん」
ウズミ代表の視線が、特務隊の指揮官である神代艦長へと向けられる。
「そして、対するプラントもまた、今やパトリック・ザラの手の内だ。あやつはコーディネイターこそが新たなる種と掲げ、ナチュラルを全て駆逐しようとしている。……このまま進めば、世界は互いを認めぬもの同士が、際限なく奪い合い、争い合うばかりの絶滅の泥沼へと堕ちていくことになろう。……君たちの未来は、そんなものでよいのか。地球にもプラントにも染まらない、別の未来を知る者、別の未来を望む者であるなら、今ここにあるオーブの小さき灯を抱いて、そこへ向かえ。……また過酷な道、茨の道となるが、分かってもらえるな、マリュー・ラミアス」
ウズミ代表の放ったあまりに重い世界の真実。ラミアス艦長はその人類の未来を託された言葉の重みを真っ直ぐに見つめ返し、力強い覚悟を込めて静かに答えた。
「はい、私たちも小さな灯にこそ希望があると信じております」
「なら、急ぎ準備を」
ウズミ代表の促しに、ラミアス艦長、フラガ大尉、カガリ様の3人は、残された時間が無いことを理解し、宇宙への脱出に向けたそれぞれの戦闘準備へと直ちに移っていった。
ラミアス艦長たちが退出した執務室には、ウズミ代表と神代艦長の2人だけが残された。
主を失うオーブの終わりを見据え、神代艦長は自らもこの地に残り、首長と共に一国の欺瞞の闇を背負って果てる覚悟を決めていた。神代艦長はウズミ代表の前に一歩踏み出し、痛切な声を漏らす。
「ウズミ代表……。私もこの地に残り、国と共に全ての責めを……」
言いかけたその瞬間、ウズミ代表は神代艦長の言葉を遮るようにして、その大きな手で神代艦長の肩をがっしりと掴み持った。最高権力者としてではなく、これまでの苦楽を共にしてきた一人の伯父として、そして絶対の戦友としての慈愛を込めた強い眼光が、神代艦長を射抜く。
「貴殿には、まだ役目が残っている。……君がいなければ、誰が今の未来ある若者達を引っ張っていくのだ。あの蓮少尉やシャル、そしてキラ君たちの進むべき道を、誰が先導してやるというのだ」
「ウズミ、代表……っ」
神代艦長は自らの名を呼ぶ主の言葉に、胸を突かれるようにして唇を固く噛み締めた。自らが果てることよりも、残される子供たちの盾となり、中立の牙を宇宙へ届けることこそが自らに課せられた本当の最適解なのだと、神代艦長はその事実を深く、烈しく反芻した。
ウズミ代表は掴んだ肩にさらに力を込め、どこか親しみすら感じさせる笑みを微かに湛えて、静かに言葉を重ねた。
「また大変な役目を押し付けることになるが、頼んだぞ、神代」
神代艦長は溢れ出そうになる激しい感情のすべてをプロの軍人としての硬質な佇まいに押し込めると、一分の隙もない最も美しい直立不動の敬礼を主に送った。
「――代表の言葉と、今までいただいた恩を、決して忘れません」
それだけを告げると、神代艦長は力強い軍靴の音を響かせ、ウズミ代表の最期の背中を脳細胞へと焼き付けながら、蓮とシャル、そして新生オーブ艦隊が待つ極秘の地下ドックへと、毅然と帰還していくのだった。
最高司令部から極秘の地下ドックへと帰還した神代艦長は、その鉄の仮面のような表情に烈しい決意を湛え、直ちに慌ただしい足音の響く現場へと指示を飛ばした。
神代艦長はまず、特務艦ヤマト、および2番艦ムサシの二大巨艦を宇宙の空へと上げるための接続作業を、ドック内のすべての整備兵たちへ向けて緊急で準備させ、それと同時に、連隊長である蓮や補佐官のシャルを含む全パイロット、ならびに整備兵を除くすべての艦の乗員たちを広大なハンガーの床へと一斉に集めた。
機械熱とオイルの匂いが立ち込める中、招集された全員が整列し、朝礼台の前に立った指揮官へと視線を集中させる。全員が揃ったのを確認すると、神代艦長は重々しい口を開き、今後のオーブの、そして特務隊のすべての運命を決める冷徹な事実を話し始めた。
「諸君、ここまでオーブを守るための連邦軍との戦い、ご苦労であった。君たちの奮闘のおかげで、我が隊は第1波、第2波の攻撃を辛うじて防ぎ切ることができた。多大なる犠牲はあったものの、全員がよくやってくれた」
神代艦長は一度言葉を切ると、整列する若き兵士たちの顔を真っ直ぐに見据え、ウズミ代表から託された最期の絶対命令を室内に響かせた。
「……だが、我々オーブ軍には、敵の次なる第3波の総攻撃を防ぎ切る戦力はもはや残されてはいない。そこで、ウズミ代表から新たなる絶対の命令が下された。――我々は今日を以てオーブ本国を脱し、宇宙へと上がる」
「――っ!?」
その衝撃的な言葉に、ハンガーに集まっていた全乗員とパイロットたちの間に、烈しい動揺と困惑のざわめきが一気に広がった。
国を捨て、戦場を離脱するという事実。沈黙が引き裂かれる中、先ほどの第2波で親しい仲間を失ったばかりの一人の若いパイロットが、耐えかねたように前へ一歩踏み出し、悔しさに顔を歪めながら叫ぶようにして声を上げた。
「では、我々のこれまでの戦いは一体何だったのですか! このオーブを守るために必死に戦い、たくさんの仲間を失ってきたのに、最後は国を捨てて逃げるというのですか……っ!」
その悲痛な叫びは、場にいた多くの兵士たちの本音を代弁するものだった。
隣にいたシャルがその悔しさに静かに唇を噛み締める中、直立不動の姿勢のまま神代艦長の背後に控えていた蓮は、無機質な瞳のままその反論を止めようと、一歩前へ出ようとした。
しかし、神代艦長は蓮を片手で静かに制すると、怒号を放った部下たちの痛切な眼光を真っ直ぐに受け止め、優しく、しかしこれ以上ない確信に満ちた声音で言葉を返した。
「君たちの悔しい気持ちは、私にもよく分かる。確かに我々はこのオーブを守るために戦い、多くの血を流した。現に、今日も死んでいった仲間がいる。……だがな、ここでただ無駄死にをすることが、死んでいった者たちへの本当の弔いとは私は思わない」
神代艦長は掴んでいた肩の温もりを思い出すように自らの胸に手を当て、全乗員の魂に火を灯すようにして力強く言い放った。
「生きろ。生きて、このオーブの中立の理念を、未来への灯を繋げ。……それこそが、我々に課せられた、死んでいった者たちの意志を継ぐ本当の任務だ」
指揮官の放ったあまりに重い大義の言葉。
先ほどまで激しく反論していたパイロットたちも、その神代艦長の覚悟に胸を突かれ、溢れ出る涙を拭いながら、今度こそ国家の牙を未来へ残すための真意を重く納得し、静かに深く頷いた。
彼らの迷いが消えたのを見届け、神代艦長は再び鋭い軍人としての声音に戻り、速やかに最後の発艦指示を飛ばした。
「モブ連……モビルスーツ隊は、各艦に直ちに機体を格納せよ。急げ!」
神代艦長の命令が下った瞬間、蓮は朝礼台の前に踏み出し、感情のない瞳のまま、しかし連隊長としての圧倒的な威圧感のある声を全部下たちに向けて烈しく響かせた。
「――分かったら返事をしろ!」
「――はっ!!」
蓮の一喝に、シャルをはじめとする全パイロットが、格納庫の装甲を震わせるほどの力強い咆哮を一斉に返し、直立不動の敬礼を送った。
もう誰も迷いはしなかった。兵士たちは一斉に踵を返し、宇宙への脱出に向けて、ヤマトやムサシ、そしてアストレイが待つそれぞれのデッキへと怒涛の足音を響かせながら一斉に動き出すのだった。
神代艦長の指示の下、地下ドック内はかつてないほどの緊張感と速度で、巨艦たちを空へ上げるための作業が進められていた。特務艦ヤマト、および就役したばかりの2番艦ムサシの船体に無数の強固な固定アームが接続され、世界最高の宇宙打ち上げ施設――マスドライバー『カグヤ』とのデータリンクと接続の準備が急ピッチで進められていく。
そんな騒然とした機械熱の満ちるハンガーの片隅で、蓮は神代艦長と2人きりで話をしていた。
周囲の整備兵たちの喧騒から少し離れた場所、直立する蓮の前に立ち、神代艦長は苦渋を滲ませた声音で、ぽつりと告げた。
「……すまない」
突如として指揮官の口から零れ出た謝罪の言葉。しかし、蓮の無機質な瞳は変わらぬ淡々とした光を宿したままだった。蓮は普通通りの不器用なタメ口のまま、冷静な事実を静かに口にした。
「被害を見てたから、もう時間の問題だということは分かってたよ。……それで、代表はどうされるんだ。一緒に逃げるんだろ」
蓮の真っ直ぐな問いに、神代艦長の胸が鋭く軋んだ。
脳細胞の奥に、先ほど最高司令部の執務室を出る際、ウズミ代表から厳格に言い含められた最期の言葉が鮮烈に蘇る。ウズミ代表をはじめとする五氏族の首長たち、あるいは議会の面々がこのオーブに残り、国の中立の理念を殉じさせるために自爆する覚悟であること。そして、その真実をシャルや蓮たち、未来ある子供たちには絶対に黙っているように、という悲壮な約束。
その主との約束を最後まで守り通すため、神代艦長は鉄の仮面のような表情を崩さぬまま、静かに声を絞り出した。
「……ウズミ代表は、クサナギで後から脱出される。心配するな」
「そうか。なら心配はないな」
蓮は神代艦長の言葉に微かに安堵したように視線を落とすと、自身が最後まで護り抜くと誓った大切な少女たちの動向を淡々と問いかけた。
「あぁ、後は、シャルやその妹はどうするんだ」
「シャルは既に我々特務隊の隊員だ。よって、所属艦であるヤマトに乗って脱出する。妹のシェルは、ムサシに搭乗される予定だ。……発艦手順としては、まずムサシをマスドライバーで宇宙に上げる。その後、ヤマト、クサナギの順番だ。アークエンジェルは、クサナギの予備ブースターを装着し、自力で宇宙へと上がる」
神代艦長から提示された明確な撤退のデータリンクを、蓮は脳細胞の中で精緻に処理し、小さく頷いた。
「分かった。俺は準備に戻る」
それだけを言い遺すと、蓮は自らの愛機オーディン、および連隊長として率いるモビルスーツ隊の出撃準備の仕事に戻るため、迷いのない足取りで再び喧騒の中へと歩み去っていった。
ただ一人その場に取り残された神代艦長は、主の遺志を伝えることもできず、何も知らぬまま命を懸けて殿の盾になろうとする少年の背中をじっと見つめながら、血を吐くような想いで、静かに呟いた。
「……すまない。蓮」
その消え入りそうな謝罪の言葉は、激しい重機の駆動音の中へと虚しく消え去っていった。夜が完全に明け、地球連合軍の手段を選ばぬ最終総攻撃の足音が、オーブのすぐ目の前まで確実に迫りつつあった。
地下ドックの片隅で蓮と神代艦長が苦渋の会話を交わしていたのと同じ頃、シャルとシェルの姉妹は、オーブを離れる直前にウズミ代表へと顔を合わせるため、最高司令部の執務室を訪れていた。
緊迫した防爆灯の光が差し込む部屋の中で、2人の姿を正面から見据えたウズミ代表は、統治者として、あるいは一人の伯父としての痛切な悔恨をその厳しい表情に滲ませ、静かに口を開いた。
「……シャル、シェル。すまない、私の力が足りないばかりに、この国までもが戦火に塗れ、再びお前たちを戦火の渦へと巻き込むことになってしまった」
主権を脅かす世界の狂気を前に、姪たちを護りきれなかったと頭を下げる首長。しかし、唯一の家族である姉のシャルに優しく寄り添いながら、妹のシェルは少しも伯父を責めることなく、その澄んだ瞳を真っ直ぐに向けて、心からの言葉を返した。
「いいえ。ザフトの非道によって祖国を失った私達を救出し、そしてこのオーブに温かく匿ってくださったこと……私達は、本当に感謝しています。……ですが、伯父様どうされるのですか」
シェルの純粋な問いに、ウズミ代表の胸の奥が鋭く痛んだ。
自らはこのオーブの地を離れることなく、国の中立の理念に殉じてすべてを爆破する最期の覚悟を決めている。だが、未来を担うこの小さな姪たちに、その残酷な結末を教えて怯えさせるわけにはいかなかった。ウズミ代表は神代艦長に言い含めたのと同じ、優しい嘘をその厳格な声音に交えて静かに告げた。
「心配するな。私も、カガリらと共にクサナギで後からそなたたちの後を追う。……シェル、お前は先に宇宙へと上がり、そこで私を待っていてくれ」
「はい。分かりました」
シェルがその言葉を信じて安堵の笑みを微かに浮かべた、まさにその時だった。執務室のスピーカーから、慌ただしい通信士の音声が割り込むように鳴り響いた。
『――司令部よりウズミ代表へ! 極秘ドック内、ヤマト型級2番艦ムサシのマスドライバー接続、予定通りすべて完了しました! これより第一次発艦シークエンスへと移行します!』
無慈悲に刻まれる宇宙への脱出のタイムライン。その報告を聞いたウズミ代表は、静かにホログラムの数値を睨み据えると、愛しい姪の安全を第一に想い、毅然とした態度でその背中を押した。
「……もう、時間のようだな。シェル、直ちにムサシへ行きなさい」
「分かりました。――では、伯父様、宇宙で」
シェルは真っ直ぐにウズミ代表を見つめて小さく一礼すると、これが今生での永遠の別れになるとは露ほども知らぬまま、未来の日本を建て直すための灯を胸に抱き、2番艦ムサシの待つ連絡通路へと向かって力強く歩み出していった。
シェルがバタバタと執務室を後にし、静寂の戻った部屋に一人残されたシャルに対して、ウズミ代表は慈愛を宿した穏やかな眼光を向け、静かに声をかけた。
「――シャル、シェルが一人で宇宙へ上がるのが心配か」
伯父の問いかけに、シャルはゆっくりと首を横に振った。金髪のサイドテールを微かに揺らし、自らのパイロットスーツの手元をじっと見つめる。
「いえ……。シェルはきっと無事に宇宙に上がれると、そう信じております。……ですが、私は、このオーブのために自分にもっと何か出来たことがあったのではないかと、そう思えてならないのです」
悔しげに俯くシャルの言葉に、ウズミ代表は静かに首を振った。
「お前はよくやってくれた。独立0特務隊の一員として、このオーブのために命を懸けて戦ってくれた。……首長として、それだけで十分だ」
「でも……! 私は今まで、伯父様に甘えてばかりで……。初めてあの凄絶な戦場に立ち、多くの仲間を失った今になってようやく、伯父様の今までの言葉が、中立を貫くための牙の意味が理解できたのです……っ」
溢れ出そうになる涙を堪えるようにして拳を握りしめるシャルの前に、ウズミ代表はゆっくりと歩み寄った。 shadow、そして、先ほど神代艦長にしたのと同じように、シャルの華奢な両肩を、父親のような温かさでしっかりと力強く握り締めた。
「それでいい、シャル。お前が戦火の不条理を直視し、私の言葉を血肉にしてそれほど強く成長してくれた。……それだけで、私は十分に救われるのだ」
ウズミ代表の厳格な顔に、一人の家族としての優しげな微笑が浮かぶ。
「……お前はやはり、我が妹、いや……お前の母親とそっくりだ。これほど立派に大義の牙を宿したお前の姿を、きっと、お前の亡き両親の2人も天国で喜んでおられるだろう。……さあ、もうお前も行きなさい。連隊長である蓮と共に、まだお前にも果たすべき仕事が残っているだろう」
伯父の大きな手の温もり、あるいは託された絶対の信頼の重さに、シャルは涙を強く拭うと、リントした紅色の瞳を真っ直ぐに跳ね上げた。
「――はい。先に宇宙で待っています、伯父様」
シャルはこれが最後の別れになるとは微塵も疑わないまま、自らの愛機アストレイ、および自らを護り抜くと誓った護衛の少年の待つ地下ドックへと、迷いのない足取りで力強く戻っていった。
自動扉が閉まり、完全に一人となった執務室の中で。
ウズミ代表は静かにシャルの去っていった扉の残影を見つめながら、これからオーブの炎と共に消え去る自らの不条理な因果を噛み締めるようにして、心の中で静かに、深く独白した。
(……シャル。お前のこれほど立派になった姿を、これから先、この目で見届けてやれないことは本当に心残りだが……どうか許してくれ。――私は一人の伯父として、宇宙へ往くお前のこれからの幸せを、誰よりも心から願っているぞ)
その首長の最期の祈りは、不気味なほどの静寂に包まれた執務室の闇の中へと、静かに、しかし深く染み込んでいくのだった。
『――カウントダウン、最終。三、二、一、マスドライバー起動! 2番艦ムサシ、発艦ッ!!』
管制室からの鋭い怒号と同時に、世界最高の宇宙打ち上げ施設『カグヤ』の極大レールが烈しく咆哮した。強力な電磁推進の光が地下ドックを真昼のように照らし、シェルを乗せた漆黒の巨躯――ヤマト型級2番艦ムサシは、凄絶なGを伴って爆発的に加速し、レールを滑り出していった。
青空を貫き、地大気を烈しく引き裂きながら、ムサシは誘導レールから完全に切り離され、ただ真っ直ぐに、眩い光の尾を引いて紺碧の宇宙へと上がっていった。
モニター越しに、妹の乗るムサシが無事に重力を振り切って宇宙へと上がっていくのを確認したシャルは、安堵の息を漏らす間もなく、通信回線から響いた蓮の冷徹な声に呼ばれた。
「シャル、無事を確認したなら直ちにヤマトのハッチへ戻れ。次はこちらの番だ」
「……ああ、分かった。すぐに向かう!」
シャルがアストレイを走らせて特務艦ヤマトへと帰還すると同時に、ドック内では次の発艦シークエンスが激しく駆動し始めた。ヤマトの巨大な船体がマスドライバーのレールへと厳重に接続され、宇宙へと上がるための最終調整が開始される。偶然にも、それは完全に修理を終えたマリューたちの乗るアークエンジェルと、ほぼ同じタイミングで宇宙へと上がることになっていた。
――ピピピピピピピピピッ!!
まさにその刹那、極秘ドック内の対空レーダーが、防衛線を力任せに突破して急速接近する3つの特異な高エネルギー反応を鋭く捉えた。
「――っ、またあの悪魔どもか……!」
コンソールに表示されたシグナルを睨み、蓮の瞳が鋭く細められる。カラミティ、フォビドゥン、レイダー。禁断症状を薬物の力で無理矢理にねじ伏せた連合の3機の新型モビルスーツが、マスドライバー施設を跡形もなく破壊せんと、なりふり構わぬ狂気で肉薄してきていた。
蓮は操縦桿の暗号通信スイッチを叩き、艦橋の神代艦長へ向けて一寸の乱れもない声を飛ばした。
「神代艦長、敵の新型機3機を確認。ヤマトの発艦データを防衛するため、これよりオーディンを出撃させます」
スピーカーから、神代艦長の焦燥を孕んだ厳しい怒号が返ってくる。
『待て、蓮少尉! ヤマトは今マスドライバーに接続中だ! 今ここでヤマトから出撃すれば、カウントダウンは止まらん。お前はヤマトに戻れなくなり、この地に置き去りになるぞッ!』
それは不戦の理念を未来へ逃がすための非情な軍事規則だった。だが、心を排して戦う蓮の脳細胞は、すでにその不条理を切り裂くための新たな最適解を瞬時に弾き出していた。蓮は普通通りの淡々としたタメ口のまま、確固たる声音で答えた。
「分かっている。ヤマトが上がった後、俺は後発するウズミ代表のクサナギに捕まり、お前たちの後を追う。だから、ハッチを開け」
『――っ。……必ず戻れよ、蓮!』
主から若者たちの未来を託された指揮官は、その少年の覚悟にすべてを賭けることを決断した。
神代艦長の指示によってヤマトのモビルスーツハッチがガシャァンと烈しく開放され、オーディンは強制射出カタパルトへと滑らかに誘導される。出撃可能のシグナルがコックピットを緑色に染めた瞬間、蓮はスロットルを限界まで押し込んだ。
ドゴォォォォォンッ!!!
爆音の衝撃波を遺し、ヤマトの艦体からオーディンが烈しく大気へと射出された。
空中へと解き放たれたオーディンは、流れるような可変機構を駆動させて瞬時に流麗な飛行形態(スカイモード)へとトランスフォームを遂げ、大気を烈しく引き裂きながら、牙を剥いて迫り来る地球連合軍の3機の新型モビルスーツ部隊の方へと、単機で真っ直ぐに立ち向かっていくのだった。
ヤマトのモビルスーツハッチから爆音と共に射出されたオーディンは、紺碧の空へと躍り出ると同時に、機首の高性能センサーで地球連合軍の新型機3機の特殊な熱源反応を鋭く捕捉した。
蓮は一切の感情を排した無機質な瞳のまま、操縦桿をミリ単位で押し込み、洗練された飛行形態(スカイモード)の推進剤を爆発的に噴射させて、敵のシグナルに向けて一直線にマッハを越える速度で突き進んでいった。
大気を鋭く切り裂き、急速に距離を詰めていく。やがてメインモニターの光学カメラが、爆炎の立ち込める空戦域の只中に佇む連邦の新型モビルスーツの姿を目視でありありと確認した。
そこでは、キラのフリーダムとアスランのジャスティスが、迫り来るフォビドゥンやレイダーの狂気的な猛攻を食い止める激しい防衛戦が繰り広げられていた。
だが、その乱戦の死角。砲撃型であるカラミティガンダムが、2機のガンダムに背を向け、今まさにマスドライバーによって宇宙へと上がっていくアークエンジェルに向けて、その手にした巨大なプラズマバズーカ『トーデスブロック』の砲口を完璧に照準し、狙い撃とうとしていたのだ。
「ハハハッ! あばよ、逃亡艦がぁぁッ!!」
クロトの狂気的な叫びが引き金にかかりかけた、まさにその決定的な瞬間だった。
――ズバァァァンッ!!!
誰よりも早くその致命的な奇襲を察知していた蓮は、飛行形態のオーディンの機首を限界まで固定し、武装強化されたマークスマンビームライフルの銃口から、一筋の正確無比な熱線を一閃させた。
青空を貫いた鋭い緑色の光条は、カラミティの手にするプラズマバズーカへと寸分の狂いもなく直撃し、その銃身を中から烈しく撃ち抜いて爆発四散させた。
「なっ……何だぁぁッ!? 俺のバズーカがッ!!」
手元で起きた予期せぬ大爆発に、カラミティが激しい火花を散らしながら大きく怯む。
そのあまりに鮮烈な狙撃の閃光と、背後からの頼もしい援護に、激戦の最中にあったキラとアスランの二人も即座にその存在へと気付いた。
『――蓮少尉!』
『来てくれたのか、蓮!』
「……アークエンジェルを狙わせるな。態勢を立て直せ、お前たちの好きにはさせない」
蓮は無線を通じて短く、淡々としたタメ口で2人に応じると、即座にオーディンを飛行形態から人型(モビルスーツモード)へと滑らかに変形させ、実戦仕様のビームランスを鋭く構えた。
再会したキラ、そして戻ってきたアスラン。3機のコーディネイターはオーブの引き裂かれた空の下で、再び固い共闘の陣形を敷き、狂気的に襲いかかる連邦の新型モビルスーツ部隊を迎え撃つべく、息をもつかせぬ大激戦を再開した。
「よくも俺の獲物をぉぉッ! てめぇからブチ殺してやるよぉッ!!」
武器を破壊され、顔を真っ赤にして激昂したクロトのカラミティが、背部の複列位相エネルギー砲『シュラーク』から極大のビームを蓮へと放ち、同時にオルガのレイダーが不気味な鳥型形態のまま上空から襲いかかる。
――ズバァァァンッ! ズバァァァンッ!!
蓮は再びオーディンを流麗な飛行形態へとトランスフォームさせると、空中に強烈な推進剤の軌跡を遺すほどの、不気味な3次元超高速ロールを敢行した。カラミティの極大ビームを紙一重の螺旋機動ですべて回避し、その射線の隙間を突き抜けて急降下。上空から超高初速砲を連射してきたレイダーの死角へと一瞬で回り込んだ。
「動きが遅い」
――ズバァァァンッ!!
至近距離から放たれたマークスマンビームライフルの熱線がレイダーの主翼装甲を烈しく灼き、火花が空中へ飛び散る。
「痛ぇっ!? この野郎、ちょこまかとッ!!」
オルガがコックピットで苦悶に声を荒らげる。そのオーディンの鮮烈な撹乱に呼応するようにして、キラとアスランのコンビネーションも爆発的な火線を繋いだ。
――ズバババババァァンッ!!!
フリーダムのバラエーナ収束ビーム砲と、ジャスティスのフォルティスビーム砲が一斉に火を噴き、前面のフォビドゥンを強力な火力で完全に抑えに回る。シャニは不気味な笑みを浮かべ、ゲシュマイディッヒ・パンツァーの特殊エネルギー電界を起動してビームを湾曲させようとするが、キラとアスランの狂いなき時間差攻撃がその防御膜の限界へと過酷に肉薄していく。
「アハハハッ! うっとうしいなぁ、もうッ!!」
フォビドゥンは誘導プラズマ砲『フレスベルグ』の曲がるビームを放って抵抗するが、ジャスティスがその身を挺して対ビームシールドで熱線を激しく弾き返し、生じた一瞬の隙を突いて、フリーダムのクスィフィアス3連装プラズマ収束ビーム砲がフォビドゥンの背部リフターの装甲を鋭く削り取った。
個々の戦闘能力が規格外である連合の新型3機に対し、蓮の冷徹な最適解の演算、キラの圧倒的な空間認識、そしてアスランの苛烈極まる格闘戦が完璧な3位一体となり、防衛線を破らんと暴れ狂うブーステッドマンたちの機体をジリジリと確実に焼き焦がしていく。3機の最強の牙が、アークエンジェルとヤマトを宇宙へ逃がすための、絶対に崩れぬ鉄壁の火線をオーブの空へと張り巡らせるのだった。
――そんな息をもつかせぬ死闘が繰り広げられる遙か地上、カグヤの射場においては、カガリやウズミ代表、そして残されたすべてのオーブの意志を乗せるべき、最後の脱出艦『クサナギ』の巨大な船体が、激しい機械駆動音を響かせながら、マスドライバーのレールへと着々と厳重に接続されつつあった。
空を真っ赤に染め上げる激しい爆炎と交錯するビームの残光の中、蓮、キラ、アスランの3機による防衛戦は限界を超えた領域へと突入していた。薬物の狂気で自我を失い暴れ狂うカラミティ、フォビドゥン、レイダーの猛攻を、3機のコーディネイターは完璧なコンビネーションを以て執拗に抑え込み、オーブの空で一歩も退かぬ激戦をくり返していた。
――ピピィッ!
その最中、地上のカグヤ射場から全軍無線回線に、緊迫したアナウンスが割り込むようにして鳴り響いた。
『――防衛部隊へ伝達! 最後の脱出艦クサナギ、マスドライバーへの固定および全システム接続、たった今完了しました! これよりカウントダウンへ移行、間もなく宇宙へ向けて射出されます!』
その報せは、この過酷な殿の任務がまもなく最終局面に達することを意味していた。
ヤマトを脱出する際、神代艦長と交わした約束。クサナギがマスドライバーで発艦する瞬間、その船体にオーディンを飛行形態のまま突撃させ、しっかりと掴まって共に重力を振り切る。蓮の脳細胞がその発艦シークエンスへの同調を開始しようとした――まさにその刹那だった。
これより僅かに前。
マスドライバーによって既に爆発的な加速を以て宇宙へと上昇を続けていた特務艦ヤマトの艦橋(ブリッジ)のメインモニターに、ウズミ代表からの最期の暗号無線が、突如として割り込むように接続され、その厳格な姿が大きく映し出されていた。
慌ただしく警報の鳴り響くブリッジの正面に立ち、ウズミ代表は艦橋を見据えて深く告げた。
『神代艦長、ここまでの作戦、感謝する。……後は頼んだぞ』
全てを悟っていた神代艦長は、溢れ出そうになる激しい感情のすべてをプロの軍人としての硬質な佇まいに押し込め、正面のモニターに向けて力強く直立不動の敬礼を送った。
「――はっ!!」
すると、その神代艦長の傍ら、黒いパイロットスーツを纏ってブリッジに控えていたシャルが、目を見開いてモニターの前へと烈しく駆け寄った。
「伯父様……っ!? なぜクサナギの艦内ではなく、未だ司令部の執務室から通信が繋がっているのですか!」
シャルの切実な、激しい動揺の声。ウズミ代表は画面越しに愛しい姪の紅色の瞳を真っ直ぐに見つめ、一人の家族としての深い慈愛をその声に溢れさせ、痛切に微笑んだ。
『……すまない、シャル。お前と先に宇宙で会うことは、残念ながら叶いそうにない』
「な、何を言っているのですか伯父様! まさか、最初から国と運命を共にするつもりで……っ!」
『私はここに残り、首長としての最後の役目を果たす。……お前のこれほど立派になった晴れ姿を見届けるまでは、私も生きていたかったが……すまない。だがな、シャル、お前はもう一人ではない。お前にはシェルという大切な家族が、そして……何があってもお前を最後まで守ると誓った、あの頼れる男もそばにいる』
ウズミ代表は、かつてドックのバルコニーで蓮がシャルに告げた絶対の守護の約束を肯定するようにして、力強く言葉を重ねた。
『どんな形になろうとも、お前は己の信じた大義の道を、しっかりと真っ直ぐに貫くがいい。……お前の亡き両親も、私と共に、いつでも天国からお前の行く末を見守っている。――神代、蓮とお前は頼んだぞ』
ツゥゥォォン――……。
それが、一国の最高権力者としての最期の言葉だった。有無を言わさず無線は冷徹に切断され、モニターにはただ砂嵐のノイズだけが虚しく響き渡った。
「伯父様!! 伯父様ぁぁぁぉッ!!」
シャルはコンソールの前で、溢れ出る涙を堪えることもできず、声を枯らしてその名を何度も烈しく叫び続けた。だが、主の意志を託された神代艦長は、ただ唇を血が出るほどに噛み締め、ヤマトの主機を最大へと唸らせて上昇を続けるのだった。
――そして、画面の信号が切り替わる。
ウズミ代表からの通信は、ヤマトへの音声を切断した直後、空戦の只中にある蓮のオーディンへとダイレクトに再接続された。
コックピットのコンソール中央の最優先暗号回線が開き、メインモニターのサイドウインドウにウズミ代表の姿が映し出される。
『――聞こえるか、独立0特務隊、蓮少尉』
「ウズミ代表……。クサナギからの通信ですか。まもなく発艦手順に入ります、俺のオーディンもこれよりそちらの船体へのドッキング機動へ――」
蓮は操縦桿を握り直し、普通通りの淡々としたタメ口のまま、事前に組み立てていた合流の最適解を告げようとした。
だが、その言葉の途中で、蓮の視線がコンソールのサブモニターに表示された通信スキャンデータの数値へと、無機質に注がれた。
心を殺し、ただ目の前の事実だけを冷徹に処理する蓮の脳細胞。そのスキャナーが弾き出したのは、あまりに不条理な、致命的な電波の因果波形だった。
(……おかしい。通信の暗号プロトコルが、発艦準備に入っているクサナギの艦内データリンクと同期していない。発信源は、最高司令部地下本部だ)
「ウズミ代表、なぜ司令部に。クサナギにいるのでは」
蓮の問いに、ウズミ代表は静かで、しかしどこか慈愛に満ちた微笑をその厳格な顔に浮かべ、重々しく語りかけた。
『……ここまで、よくオーブを守ってくれた、蓮少尉。あとは我々残された者が、すべての責めを負う』
その言葉を聞いた瞬間、心を殺して最適解だけを演算してきたはずの蓮の頭脳は、その最期の言葉が持つあまりに非情な意味を瞬時に理解した。国と運命を共にし、連邦にマスドライバーを渡さぬために自爆する首長たちの覚悟。蓮は即座にオーディンのスロットルを反転させようとした。
「直ちに司令部に行きます。脱出の準備を」
機体を司令部へと急行させようとレバーを叩きかけた蓮の耳元へ、ウズミ代表の魂の底からの烈しい怒号が響き渡った。
『――ならぬ!!お前は役目はここで朽ちることではない。生きて、己の役目を果たせ。お前なら既に気付いている筈だ』
ウズミ代表は画面越しに蓮の無機質な瞳を真っ直ぐに見つめ、一人の首長としてではなく、一人の父親としての剥き出しの本当の想いを、その枯れた声に溢れさせた。
『……お前といた時は短いものだったが、それでも息子のように思っていた』
――っ。
その瞬間、心を排して機械の真似事をしてきたはずの蓮の胸の奥底が、未曾有の激痛を伴って激しく引き裂かれた。
遙を失って以来、凍りついていた彼の瞳の奥から、堰を切ったようにして熱い涙が次々と込み上げ、パイロットスーツの視界を滲ませていく。
『生きてくれ。……生きるのだ、息子よ。――これが、私からお前への、最後の命令だ』
ウズミ代表の放った、最期にして絶対の大義の命令。
「代表……ッ!!」
ツゥゥォォン――……。
蓮の痛切な叫びも虚しく、無慈悲な電子音と共に暗号通信回線は完全に切断され、モニターには砂嵐のノイズのみが流れた。
まさにその瞬間、遙か眼下の発射場から、電磁推進の凄絶な閃光を撒き散らしながら、大気を烈しく割りつつ天空へと姿を現した最後の脱出艦『クサナギ』の白き船体が、蓮のオーディンの光学カメラへと飛び込んできた。
蓮は目から溢れ落ちる涙を拭うこともできず、ウズミ代表の最期の命令を果たすために、黙って操縦桿を烈しく引き絞り、オーディンを洗練された飛行形態(スカイモード)へと瞬時にトランスフォームさせた。猛烈な超高速で宇宙へと上がっていくクサナギの後を追う。
蓮は、同じくクサナギへ向かって必死に上昇を続けていたキラのフリーダム、およびアスランのジャスティスの2機に向けて全周囲無線を烈しく開いた。
「――フリーダム! ジャスティス! オーディンに掴まれッ!!」
蓮の悲壮な、しかし強固な突撃の叫びに、キラとアスランの二人は即座に応じた。飛行形態のオーディンが二機のガンダムの真下へと滑り込むようにして急接近し、フリーダムとジャスティスの強固なマニピュレーターの手が、オーディンの機体フレームへとがっしりと完全に固定された。
二機の固定をセンサーで確認した瞬間、蓮はすべての安全リミッターを解除し、メインスラスターを最大出力へと叩き込んだ。
――ドゴォォォォォンッ!!!
3位一体となった機体は爆発的な加速を以て、クサナギの船体へと肉薄していく。
しかし、その背後から、彼らの脱出を絶対に許さじと、アズラエルに付き動かされる連合の新型3機が、容赦のない狂気的な全砲門のビームを浴びせかけてきた。
「逃がすかよぉぉッ! まとめてそこでお墜ちちまえよぉぉッ!!」
四方から迫り来るカラミティやフォビドゥンの凶悪な熱線。蓮は攻撃を回避しつつ、レバーを巧みに操って、2機をぶら下げたままの不条理な重量を力任せに制御し、すべての攻撃を神業的なロール機動で完全に回避してみせた。
そのままクサナギの巨躯の真横へとぴったりと並び、蓮は全開の無線で叫んだ。
「――今だ!!」
その声を合図に、フリーダム、ジャスティス、あるいはオーディンはクサナギに掴まる。
だが、あきらめの悪い連邦の新型3機は、未だに大気圏の境界線に向けて容赦のない追撃の砲撃をくり返してくる。
「くっ……これでも、喰らえッ!!」
代表を守ることができなかった、自分の力が足りなかったという底なしの悔しさと激しい憤りをその胸の奥に爆発させながら、3人の少年コーディネイターは、殿の牽制として一斉にすべてのビーム攻撃の引き金を引き絞った。
――ズバァァァンッ! ズバババババァァンッ!!!
放たれた眩い光条の濁流。ジャスティスとフリーダムの放った凄絶なマルチロックのビームは、迫り来る3機のモビルスーツの目の前に正確に着弾し、その激しい爆炎で敵の視界と進路を完全に遮断した。
そして、蓮のオーディンから放たれた武装強化マークスマンビームライフルの極大の一閃。それは無秩序に突撃してきた可変型レイダーガンダムの右側主スラスターへと、寸分の狂いもなく完全に直撃した。
――チュドォォォォンッ!!
「なっ……何だとぉぉッ!? 俺のスラスターがぁぁッ!!」
推進力を完全に失ったレイダーは、激しい煙と火花を吹き散らしながら、オーブの碧い海へと向かって真っ逆さまに無残に堕ちていった。
最大の追撃を完全に振り切り、蓮、キラ、アスランの3人は、クサナギの艦体にしっかりと掴まったまま、重力を振り切って漆黒の宇宙へと上がっていくのだった。
――一方その頃。遙か地上で、天空へと昇っていくクサナギの光の尾を、静かに見送ったウズミ代表は、冷たい司令部の一室で、オーブの未来がすべて旅立ったことを統治者として冷徹に確信していた。
「……これで、種は旅立った。……地球連合にも、ザフトにも、このオーブを、世界を好きにはさせん」
ウズミ代表は最期の静かな声を遺すと、手元にある一基の赤い大型起爆スイッチを、一切の躊躇なく力強く押し込んだ。
ドゴォォォォォンッ! バリバリバキィィィンッ!!!
その瞬間、世界最高の宇宙打ち上げ施設マスドライバー『カグヤ』をはじめ、大西洋連邦が血眼になって欲していたモルゲンレーテ社の極秘工場、主要な軍事施設が、内部から次々と連鎖的に大爆発を起こし、一瞬にして猛烈な炎の海へと還っていった。
そして――最後は、ウズミ代表たち首長や議会が残る、最高司令部地下本部。
すべての欺瞞の闇を道連れにするようにして、凄絶な爆炎が作戦室を完全に包み込んでいく。ウズミ代表は、一人の家族として、宇宙へと往った愛しい子供たちの幸せを願うようにして最期に天を見上げ、その身体は眩い炎の中に静かに消え去っていった。
ズズズズズドォォォォォォォォォンッ!!!!!
地殻を震わせるほどの凄絶な大爆発。最高司令部本部は大爆発を起こし、跡形もなく瓦礫のチリへと消滅した。それは、重力を振り切りつつあったクサナギのメインモニターからも、ヤマトやムサシの艦橋からも、そして遠い海の上からも、はっきりとありありと目視で確認できるほどの、未曾有の圧倒的な威力だった。
国が、伯父が、自分のすべてを肯定してくれた主が、目の前で炎の中に消えていくその絶望的な光景を。
蓮はクサナギの艦体にしがみついたまま、ただ真っ直ぐにメインモニターで見つめていた。そんな光景を蓮は見つつ、ゴーグルの中、止めどなく溢れ出る熱い涙が彼の白い頬を烈しく濡らし、胸を切り裂くような嗚咽がコックピットを満たす。だが、心を殺してきたはずの少年は、自らを息子と呼んでくれたウズミ代表の最期の大義の意志を、そして託された未来の灯を永遠にその魂へと繋ぎ止めるため、涙を流しながらも、崩れ去っていく燃え盛る祖国に向けて、一分の隙もない最も美しい直立不動の敬礼を、宇宙の暗闇の中で静かに深く捧げ続けるのだった。
続く
ご愛読いただきありがとうございました。どうも、アニ督です。自分、このオーブでウズミがカガリに対し、最後に投げかける言葉とこのBGMの暁の車が最高にマッチして泣けるんですよね。個人的に一番好きだと思うシーンです。既に10話も編集してるので、出来次第直ぐに投稿するので応援して頂ければ幸いです。では、次回もお楽しみに