廃棄コロニー「メンデル」をめぐる前後の絶望的な包囲網を五艦同盟の完璧なコンビネーションで突破し、その凄絶な戦域から無事に脱出を果たした特務艦ヤマトの第一モビルスーツ格納庫。
蓮のオーディンは、未だ各部から激しい機械熱の煙を吹き上げながら、ヤマトのカタパルトデッキへと静かに着艦を完了させた。
プシュー――ッ。
重厚なハッチが開放され、蓮はオーディンのコックピットから床へとゆっくりと降り立った。
心を殺して機械の真似事をして戦い抜いてきた蓮だったが、カラミティとレイダーの2機を同時に相手取り、さらにヤマトを死ぬ気で守り抜いたその身体には、流石の蓮も隠しきれない激しい疲れが見えた。タラップの手すりに手をかけ、わずかに肩を荒く上下させる。
カツ、カツ、と静かな足音がハンガーの床に響いた。
「――蓮。よく無事で戻ってくれた」
振り返ると、そこにはすでに着艦を終えてパイロットスーツのヘルメットを脱いだシャルが、一本の冷えた水のボトルを手に持ってこちらへと歩み寄ってくるところだった。シャルは心配そうに蓮の顔を見つめながら、その水を静かに手渡してきた。
「あぁ。すまない」
蓮はシャルから水を受け取ると、ボトルのキャップを外し、渇ききった喉の奥へとその冷たい水を一気に勢いよく口に流し込んだ。
ひと息つき、蓮はボトルを握り締めたまま、一切の感情を排した無機質な瞳のまま、普通通りの淡々としたタメ口でシャルに問いかけた。
「……それで、こちらの被害は。シャル、モビルスーツ連隊のバイタルデータはどうなっている」
蓮の問いに対し、シャルは悔しげに視線を落とし、悲痛に唇を噛み締めながら、重々しい声音で事実を告げた。
「……先ほどの連邦とザフトの挟撃の中で、我が隊の2名の部下が、命を落としたと……今、整備班から報告が入った」
――っ。
その言葉を聞いた瞬間、蓮の握る拳に、烈しく、骨が軋むほどの強い力が込もった。
最愛の遙を殺した仇であるアズラエルを目の前にしながら、またしても理不尽な戦火によって、自らの大切な部下を2人も護りきれずに失ってしまったという厳然たる現実。蓮は叫び出すこともなく、ただ静かにその怒りと悔しさのすべてを拳の中へと凝縮させていた。
だが、蓮はその拳をゆっくりと解くと、鋭く冷徹な軍人としての眼光を再びその瞳の奥へと取り戻し、その場から重々しく立ち上がった。
「……分かった。今は、立ち止まっている時間はない」
蓮はそれだけを静かに告げると、溢れ出そうになる激しい感情のすべてを再び胸の奥へと厳重に仕舞い込み、次なる最終決戦の方針を決めるため、神代艦長の待つ艦橋へと向かって、迷いのない足取りで真っ直ぐに歩み出していくのだった。
格納庫での短いやり取りを終えた蓮は、エレベーターを乗り継ぎ、独立0特務隊の最高指揮の場である特務艦ヤマトの艦橋(ブリッジ)へと到着した。自動扉が開くと同時、蓮は正面のコンソールに立つ神代艦長の前へと歩み寄り、直立不動の姿勢のまま、先ほどシャル様から受け取った冷徹な被害データを抑揚のない声で報告した。
「神代艦長。先ほどのメンデル宙域における連邦とザフトの挟撃戦により、我がモビルスーツ連隊の2名の部下が命を落とした。……機体の全損数は2だ」
蓮の報告を聞いた神代艦長は、その鉄の仮面のような表情を一瞬だけ痛々しげに軋ませたが、すぐに深く息を吸い込むと、自らの手元にある戦術ホログラムのコンソールを操作し、蓮の愛機についてのデータを呼び出して話し始めた。
「……あぁ、報告は受けている。犠牲を無駄にはせん。――それでだが蓮、お前のオーディンについてだ」
「オーディンがどうした」
蓮が淡々としたタメ口で問い返すと、神代艦長はモニターに表示された白い可変機のフレーム各部の赤色の警告アラートを示した。
「整備班の精密スキャンによると、カラミティとレイダーの2機を同時に相手取った今回の激戦により、オーディンの内部フレームおよび駆動系への負荷が限界を超え、損傷が激しく目立っているという事だ。ヤマトの簡易ドックではこれ以上の完全な維持は難しい。……よって、これより我が隊の特務艦イザナミの大型ドックにて、船体の修理を含めた大掛かりな改修を行うこととなった」
「改修……。イザナミのプラントで、機体の基礎フレーム自体を見直すということか」
「そうだ。更に、お前と共に最前線でクサナギの盾となったシャル様のアストレイも、各部の損傷が激しい。オーディン同様、イザナミのドックにて最新の戦術仕様へと同時に改修される」
神代艦長は一度言葉を切ると、コンソールから視線を上げ、最終決戦へ向けて牙を研ぎ直すべき愛弟子たちの目を真っ直ぐに見据えて、重々しく指示を出した。
「もう次の戦いへのカウントダウンは始まっている。蓮、直ちにシャル様を連れてイザナミへと移動しろ。これが次の任務だ」
「了解した」
蓮は短く応じると、一分の隙もない最も美しい敬礼を神代艦長へと送り、主に託された新たなる絶対の力を受け取るため、その指示に従って艦橋の自動扉の向こうへと、力強い足取りで速やかに退出していくのだった。
廃棄コロニー「メンデル」をめぐるあの淒絶な三つ巴の戦闘から、すでに2ヶ月の刻が経過していた。
蓮とシャル様は、出雲級万能戦艦クサナギの広大なドック内において、迫り来る次なる最終決戦に備えて急ピッチで改修の進む、愛機オーディンの最終整備の作業を淡々と続けていた。ヤマトやムサシ、イザナミの特務隊、あるいはクライン派の技術兵たちの総力を挙げた解体と再構築。その白い装甲を睨み据えながら、しかし、この時にはこの艦隊にいる誰もが本能的に理解していた。次なる戦いが、この狂った世界の大戦争の最後を締めくくる、本当の最終決戦になるのだと。
そんなある日のことだった。蓮とシャル様は、クサナギの艦内通路を歩いている最中、カガリ様から直接、至急ブリッジへと来るようにとの要請を受けた。
二人が重厚な自動扉を開けて緊迫した空気の立ち込めるクサナギのブリッジに足を踏み入れると、中央のメインコンソールには、すでに特務艦ヤマトの神代艦長、ムサシ、アークエンジェル、そして最新鋭高速戦艦エターナルの主要メンバーたちの姿が、クリアな暗号データリンクのホログラムで一斉に映し出されていた。
五艦の首脳陣が一堂に会した瞬間、エターナルのブリッジから、ピンク色の髪を揺らしたラクス・クラインが重々しく口を開き、悲痛極まる声音で最悪の事態の進展を話し始めた。
「皆さん、事態は私たちの思わぬ形で、あまりに早く進んでしまいました。――ザフトの宇宙要塞ボアズが、たった今、完全に壊滅しました」
そのラクス様の最悪な報告に、ブリッジにいた全員の間に激しい驚愕と戦慄が走った。
宇宙要塞ボアズは、頑強な小惑星を丸ごと利用して建造されたザフト軍の絶対防衛線の一翼を担う大要塞だ。いくら物量と数において圧倒的に勝る地球連合軍の大艦隊であったとしても、その強固な防衛網を正面から攻略するには、本来であれば数週間から数ヶ月の多大な時間を要するはずだからだ。
しかし、そのボアズが僅か一瞬にして陥落した理由の真実を、誰もがすぐに思い知ることになる。
エターナルの艦長席で苦渋の表情を浮かべたバルトフェルドが、コーヒーの入ったマグカップを握り締めながら、地獄 of 底からの声を絞り出した。
「ボアズの陥落理由は明確さ。……大西洋連邦の連中が、遂に、歴史の禁忌である『あるもの』に手を出したからだ」
「あるもの……?」
蓮は一切の感情を排した無機質な瞳を向け、普通通りの淡々としたタメ口で冷静に問い返した。
「――俺たちコーディネイターにとっては、未来永劫、絶対に忘れることのできない最悪の質量兵器だ。血のバレンタイン。連邦の奴らは、あの忌まわしき最初の日と、全く同じものを使ってボアズの要塞を、その中にいる生命のすべてを壊滅させたんだよ」
ノイズの向こうから放たれたバルトフェルドのその言葉。
それをスピーカー越しに直に浴びせられた瞬間、蓮、そしてエターナルにいたアスランの二人の脳細胞は、地球連合軍が放ったその兵器の正体を直ちに察していた。メンデルの戦場で、フレイのポッドからアズラエルの手に渡ってしまった最悪のデータ。ニュートロンジャマーキャンセラーによって再び目覚めてしまった、禁断の絶対破壊兵器。
蓮はゴーグルの奥の瞳を冷徹に細めると、その厳然たる不条理を口にした。
「……連邦は核を使ったのか」
「はい。ボアズにいた、戦う兵士たちの多くが、一瞬にして核の炎によって亡くなりました。……そして、防衛の要であったボアズが完全に落ちてしまった以上、次なる大西洋連邦の大艦隊の侵攻場所は……プラント本国です。きっと連合は、あのムルタ・アズラエルの命令のまま、核の牙を再びプラントに向かって放とうとするでしょう」
ラクス様の放った、世界の終焉を告げる最悪のタイムライン。アズラエルにすべてを奪われ、遙の命を殺された因縁の真実を胸に秘める蓮は、その握る拳に再び静かな力を込めながら、冷徹な声音で言葉を繋いだ。
「……そうなれば、あの血のバレンタイン以上の人の命が奪われる」
「――急がねばなりません。プラント、本国に」
ラクス様が凛とした、しかしこれ以上ない悲痛な意思を込めて全員を見据え、鋭く告げた。
世界のすべてを無に還す核の炎が放たれる前に、あの男(アズラエル)の暴走を何としても食い止めねばならない。
キィィィィン――ッ!
五艦のメインエンジンが一斉に凄絶な駆動音を響かせて完全同調を開始した。
神代艦長、マリュー、バルトフェルド、キサカ一佐らのすべての指揮官が同時に主機最大出力を下達する。アークエンジェル、ヤマト、ムサシ、クサナギ、エターナルの五大巨艦は、その船尾から宇宙の闇を真昼のように灼き焦がす凄絶な推進火線の濁流を一斉にたなびかせると、人類の命運を分ける最終決戦の地、プラント本国へ向けて、怒涛の加速を以て一斉に動き出すのだった。
地球連合軍による核攻撃によって宇宙要塞ボアズが壊滅し、次の標的がプラント本国であるという世界の終焉を前に、五艦同盟の艦隊は全速でヤキン・ドゥーエ宙域へと向かって漆黒の宇宙を進軍し続けていた。
その緊迫した航行の最中、蓮とシャルは、出雲級万能戦艦クサナギの大型ドックにおいてすべての改修手順を完全に終えた愛機、すなわち『オーディン改』、およびシャル専用機たる『ミタマ・アストレイ』の2機にそれぞれ乗り込み、クサナギの発艦ハッチを蹴って飛び出した。
2機は眩い推進火線の尾を星の海へと残しながら最短ルートを滑るように移動し、独立0特務隊の本陣たる特務艦ヤマトの格納庫へと無事に戻ってきた。
キィィィィン――。
高周波の電磁ラッチボルトが締まり、格納庫への完全な固定が確認される。
即座にハッチを開放し、ヘルメットを小脇に抱えた蓮が床へと降り立つと、隣のミタマ・アストレイのタラップからは、アグニと同等の『天鉄壁』や無線誘導ポッドを宿した最新鋭の機体を愛おしげに見上げるシャルの姿があった。2人はその場に直立したまま、これから始まるヤキン・ドゥーエの最終決戦に向け、生まれ変わった2機の今後の整備手順や電子兵装のデータリンクの同期について、静かに細かく話し合っていた。
カツ、カツ、カツ――。
騒然としたハンガーの床に、重々しく硬質な軍靴の音が響き渡った。
振り返ると、そこには厳しい鉄の仮面のような表情を崩さぬまま、一人静かに歩み寄ってくる神代艦長の姿があった。蓮は即座に一歩前に踏み出し、一分の隙もない直立不動の姿勢のまま、普通通りの淡々としたタメ口で告げた。
「神代艦長。改修を完了したオーディン改、およびミタマ・アストレイ、たった今ヤマトへの帰還格納をすべて完了した」
「あぁ、苦労をかけたな。これより最終決戦の兵装チェックに入る」
神代艦長は2機の圧倒的な威容を静かに見上げた後、その鋭い眼光を蓮の無機質な瞳へと真っ直ぐに向け、重々しく言葉を繋いだ。
「――蓮。作業の途中ですまないが、お前と、2人だけで話したいことがある」
「……」
最高指揮官からの、2人きりでの対話の要請。
その言葉の裏にある、最愛の妹・遙をアズラエルに理不尽に殺された一人の兄としての凄絶な覚悟のバイタルを、蓮はゴーグルの奥で冷徹に察した。神代艦長のその重い声音を聞いたシャルは、自らの護衛、そして特務隊の男たちの間に流れる因縁の重さを即座に理解し、すっと紅色の瞳を和らげて静かに言葉を遺した。
「分かった。……蓮、私はミタマのシステム同調を進めておく。艦長、失礼します」
シャルは一礼してその場を速やかに歩き去り、静かに席を外した。
格納庫の喧騒のなか、残された蓮と神代艦長は互いに無言のまま視線を交わすと、誰にも邪魔されることのない、2人だけで真実を話し合える防音の施されたブリーフィングルームへと向かって、重々しい足取りで静かに移動を開始するのだった。
ハンガーの喧騒から離れた蓮と神代艦長は、静まり返る通路を抜け、冷たい漆黒の宇宙が大きく見渡せる強固なアクリル窓のあるフロアへとたどり着いた。
無数の星々が瞬く静寂の虚空をじっと見つめながら、神代艦長は窓枠に手をかけ、一人の親代わりとしての、どこか哀愁を帯びた声を重々しく絞り出した。
「こうして、2人で話せるのは最後かもしれん。だから、せめてと思っていてな」
神代艦長は一度言葉を切ると、隣に直立する蓮へと視線を向け、静かに言葉を続けた。
「シャル様から直接聞いた。この戦いが終わったら、日本に来ないかと誘われたんだろ」
「あぁ。だが……」
蓮が淡々としたタメ口のまま、自らの脳細胞の奥に燻る割り切れない因果を口にしようとした。だが、神代艦長はその蓮の言葉を遮るようにして、すべてを優しく見透かしたような大人の、そして兄としての声音で語りかけた。
「遙のことを気にしているのだろ。そして、お前はシャル様を1人の女性として守りたいとも思ってる。――見ていたら分かるさ。嫌でもな」
「――っ」
その神代艦長の剥き出しの指摘に、蓮の無機質な瞳が初めて苦痛に烈しく揺らいだ。
心を殺して戦う機械の真似事をしてきたはずの少年兵の、これが隠しきれない本当の弱音だった。蓮は手すりを強く握り締め、胸の奥底の痛みを吐き出すように言葉を繋いだ。
「でも、俺は……遙を守れなかった。……重ねてしまうんだ、シャルを、遙と」
ザフトの非道によって目の前で失った最愛の恋人。その遙を救えなかった消えない罪悪感と、同じように世界の狂気に晒されながら立ち向かうシャル。2人の少女の姿を無意識のうちに重ね、自らの新しい一歩にブレーキをかけていた蓮の呪縛。
その魂の慟哭を受け止めた神代艦長は、遙の本当の兄として、深く、包み込むような静かな微笑を浮かべて首を振った。
「そうか。確かに遙とシャル様は、似ているところがあるな。……でも、それでいつまでも迷うのはお前らしくないな。俺はお前がシャル様と進んでくれるなら、それで良いと思ってる。遙もきっと、それを望んでいるはずだ」
「神代、艦長……」
「決めるのはお前だ。でも、俺は応援してるぞ。お前達2人を」
神代艦長は蓮の肩をポンと力強く叩くと、それ以上の言葉を重ねることなく、窓辺から背を向けて歩き出した。
そして、その去り際。扉へと手をかけた最高指揮官は、一人の家族としての、これ以上ないほどに熱い最期の願いをその背中に乗せて言い遺した。
「蓮、決戦では激しい戦いになると思うが、――死ぬなよ」
それだけを告げると、神代艦長は再びプロの軍人としての硬質な佇まいを取り戻し、最終決戦の全軍指揮を執るため、特務艦ヤマトの最高中枢たる艦橋へと真っ直ぐに戻っていくのだった。
神代艦長が静かに去った後も、蓮はずっと窓の枠に手をかけたまま、前方にどこまでも冷たく広がる漆黒の宇宙を一人で見つめ続けていた。
無数の星々が瞬く虚空の彼方には、人類のすべての狂気が激突する最終決戦の地、ヤキン・ドゥーエが確かに待ち構えている。
カツ、カツ、と再び通路に微かな足音が響いた。
「――蓮。やはり、ここにいたのだな」
振り返ると、そこには格納庫での整備手順を終え、自分を追ってきたシャルの姿があった。シャルは蓮の隣に並んで窓の外を見つめると、先ほどまでここで繰り広げられていた男たちの対話を察するようにして、静かに問いかけてきた。
「艦長と、一体何を話していたのだ」
そのシャルの純粋な問いかけに対し、蓮はこれまでのように心を殺した機械の仮面を被ることはしなかった。神代艦長から手渡された未来への許し。蓮はゴーグルの奥の瞳を窓の向こうへと戻し、普通通りの淡々としたタメ口のまま、胸の奥底にある本当のファクトを静かに紡ぎ出した。
「……この戦争が終わった先のことを考えてた」
「先のことを?」
「あぁ。俺は遙を失って以来、ずっと後悔してきた。大切な人を何一つ守れない、自分のあまりの不甲斐なさに。……だから、今でも怖いんだ。お前を失うと思うと、俺は……っ」
初めて口にされた、自らの護衛としての剥き出しの焦燥と、シャルを心の底から想うがゆえの絶望的な恐怖。
その蓮の不器用な、しかし何よりも真実の乗った言葉を真っ向から浴びせられた瞬間、シャルは驚きに目を見開いたが、すぐに愛しい少年を見つめ、亡国・日本の皇女としての凛とした佇まいのまま、真っ直ぐに言葉を返した。
「私は死ぬつもりはないぞ、蓮。……頼れて、何があっても私を守り抜くと誓ってくれたお前が、そして、私自身が心から守りたいと思うお前が、こうして私のそばにいるのだからな」
「……シャル。こんな……愛想もない俺でも、本当にいいのか」
蓮が戸惑うようにして無機質な瞳を揺らす。すると、シャルはその蓮の顔を真っ直ぐに見つめ、溢れ出そうになる熱い想いをその声に溢れさせて、これ以上ないほどに優しく微笑んだ。
「だから、好きになったんだ。……そんなお前だからこそ、私は心からお前を愛しているのだぞ、蓮」
シャルの放った、魂の底からの絶対の告白。
遙を失って以来、ただ目の前の戦火を最適に切り裂くためだけに生きてきた少年の凍りついた世界が、そのシャルの言葉によって、今度こそ完全に、完璧に解き放たれた。蓮は操縦桿を握り締める時よりも烈しく胸を高鳴らせ、シャルの紅色の瞳を真っ直ぐに見据え返した。
「……シャル、俺もだ。だから、必ずこの戦いが終わったら、俺の本当の言葉でお前に伝える」
「待ってる……! だから、だからお願いだ。――必ず、私の元へ生きて戻ってきてくれ、蓮……ッ!!」
シャルはかすれた声で叫ぶと、溢れ出る涙を堪えることもできず、蓮の胸の中へと烈しく飛び込んだ。
蓮もまた、その愛しい主の身体を、二度と世界の狂気に奪わせはしないという絶対の殺意の覚悟を込めて、自らの両腕で壊れ物を扱うかのように強く、しっかりと抱きしめ返した。
繋がれた二人の身体の温もりだけが、これから向かう凄絶な地獄の戦火を生き抜き、新しい日本の未来を共に創り上げるといういかなる軍事プロトコルよりも強固な絶対の約束として、静まり返る宇宙の窓辺にいつまでも静かに響き続け、二人は抱き合ったまま、どこまでも広がる星の海をいつまでも見つめ続けるのだった。
先日の窓辺でのシャルとの固い約束から日が変わり、独立0特務隊の本陣たる特務艦ヤマトの第一モビルスーツ格納庫は、いよいよ迫り来る最終決戦に向けてモビルスーツの出撃準備に追われる整備班の軍靴の音で、これまでにないほど慌ただしく、激しく動きまわっていた。
機械熱と推進剤の匂いが立ち込めるハンガーの片隅で、蓮はシャルを含めた、過酷な死線を共に潜り抜けて生き残ったすべての部下たちを集め、その前に直立して静かに口を開いた。
「おそらく、これが最後の戦いになる。敵は、地球連合、ザフトの双方だ。皆も既に分かっていると思うが、今までに以上に厳しい戦いになると思う」
蓮は一切の感情を排した無機質な瞳のまま、しかし、その奥に眠る熱い大義の意思をその硬質な声音に乗せて、残された戦友たちの目を真っ直ぐに見据えた。
「そして、こうして皆んなと話すのも最後になるかもしれない。……だが、敢えていう。死ぬな。生きて必ず、ここで皆んなと会おう。いいな!!」
「――はっ!!」
蓮の魂の底からの激しい生還の号令。それに呼応するように、シャルをはじめとするパイロット、およびすべての部下たちは全員が一斉に美しい直立不動の姿勢のまま、力強い返事と共に最高の敬礼を連隊長へと送った。
そして、敬礼し終えると、若き兵士たちはそれぞれの未来を繋ぐため、誇り高く自らの愛機へとそれぞれ散っていった。
蓮もまた、カタパルトの最前列へと誘導され、すでに洗練された飛行形態の状態で出撃を待つ、生まれ変わった愛機『オーディン改』へと歩み寄った。その強固なハードポイントには、4つの多弾頭ミサイルポッド、ランチャーストライクと同等の破壊力を誇る320ミリ超高インパルス長距離対艦ビーム砲『アグニ』、そして新設計された『マークスマンビームライフルⅡ』が完璧に重厚に装備されていた。
蓮はオーディン改のハッチを開け、ヘルメットを抱えてコックピットへと乗り込もうとした――その刹那だった。
カツ、カツ、と強い足音が床に響いた。
「シャル……。どうした、まだミタマの最終リンクに不調でも残っているのか」
振り返り、用件を聞こうとした蓮の言葉は、それ以上紡がれることはなかった。
蓮の前に真っ直ぐに歩み寄ってきたシャルは、何も言わずに蓮の黒いパイロットスーツの襟元を引き寄せると、これから地獄の戦火へと飛び立とうとする自らの絶対の護衛に向けて、その唇に、烈しく、切実な最期のキスを交わした。
真空の宇宙を前に、格納庫の騒然とした世界のすべてが止まったかのような、静寂の刹那。
唇をゆっくりと離すと、シャルは潤んだ、しかしこれ以上ないほどに強い覚悟を宿した紅色の瞳で蓮を見つめ、凛とした声音で静かに告げた。
「――待ってるぞ、蓮」
それだけを告げると、シャルは自らの大義の牙である『ミタマ・アストレイ』の待つハンガーへと向かって、一度も振り返ることなく真っ直ぐに歩み去っていった。
残された蓮は、その愛しい少女の去り行く後ろ姿を見つめながら、心を殺して機械の真似事をしてきたはずのその端正な顔に、かつてないほどに不器用で、優しい、淡い軽い微笑を静かに浮かべた。
「あぁ。待っていろ」
蓮はただ一言そう呟くと、抱えていたヘルメットを深く被り、オーディン改の狭いコックピットの中へと滑り込むようにして乗り込んで、重厚なハッチを完全に閉めるのだった。
即座にアップデートされた新型OSが爆発的な駆動音を響かせて目覚め、白い可変機はすべての因縁をその牙で灼き尽くすため、ヤキン・ドゥーエの最終決戦へと向けて、そのカタパルトの固定ボルトを烈しく軋ませるのだった。
シャルとの熱い誓いを胸に刻み、コックピットのシートへと深く身を沈めた蓮は、すぐさまオーディン改の全システムを限界同調を以て完全に起動させた。
改修を終えた新設計のコンソールが眩いグリーンの光を放ち、白い可変機は鈍く重厚な機械音をハンガー全体へと響かせながら、宇宙の闇へと直結するモビルスーツ発艦ハッチのカタパルトへと滑らかに誘導され、がっしりと固定された。
ガシャァン――。
出撃ハッチが左右に烈しく開き、目の前に星々のまたたく漆黒の深淵が広がる。
まさにその瞬間、同期された全軍回線のスピーカーから、世界の行く末をその身に背負うラクス・クラインの、切実にして凛とした絶対の叫びがクリアに響き渡った。
『――核をたとえ、一つでもプラントに落としてはなりません。討たれるいわなき人々の上にその光の刃が突き刺されば、それは果てのない涙と憎しみを呼ぶでしょう』
そのラクスの、平和を願う悲痛な言葉。
それを耳にした刹那、心を排して戦う機械の真似事をしてきたはずの蓮の脳裏へと、これまで潜り抜けてきたすべての凄絶な戦火の現実が、濁流のようでありありと鮮烈にフラッシュバックしていた。
大切な家族の命を一瞬にして理不尽に奪い去られた、あの忌まわしき血のバレンタインの炎。
ザフトの襲撃を受け、自らの目の前で冷たい海へと散っていった、最愛の神代遙の最期の残影。
あるいは、自らを息子と呼んでくれた最高の恩人であるウズミ代表を助け出すこともできず、ただ最期の絶対命令に従うことしかできずに祖国を見捨てて重力を振り切った、あのオーブ解放戦の絶望的な大爆発。
これまでのすべてが、消えない悔恨の傷跡として蓮の魂を激しく揺さぶる。
だが、今の彼には、その暗闇を完全に振り切るための、新しい最強の牙と絶対の約束があった。
(今度こそ、守り抜く。――俺の大切な人も、仲間も、この世界も)
ゴーグルの奥の瞳から完全に迷いが消え失せ、底なしの、強固な誓いが蓮の胸の奥底で烈しく燃え盛る。
その瞬間のバイタルリンクを捉えたヤマトのオペレーターから、弾むような、緊迫したアナウンスが耳元へと滑り込んできた。
『――特務隊連隊長! 出撃準備オーケー、カタパルト接続完了しました! いつでもどうぞ!!』
蓮はアグニのトリガー、および新型マークスマンライフルの操縦桿を力任せに激しく引き絞ると、世界の狂気をすべてその牙で切り裂くため、魂の底からの烈しい咆哮を全周囲の無線へと響かせた。
「――蓮・ミタミ、オーディン改、出る!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!!
特務艦ヤマトの艦体全体を烈しく軋ませる凄絶な衝撃波の尾を引き、白い可変機オーディン改は暗黒の宇宙空間へと爆発的な加速を以て激しく射出された。
それと同時に、隣り合うカタパルトデッキから、キラのフリーダムガンダム、およびアスランのジャスティスガンダムの2機が一斉に出撃を果たす。
ガガガガガッ!! ドォォンッ!!
暗黒の虚空に待機していた巨大なアームユニット――核エンジン機専用の巨大な武装プラットフォーム『ミーティア』が、駆動音を響かせてフリーダムとジャスティスの背部へと完全にドッキングを完了させた。極大の火力を宿した2機のガンダムが、オーディン改の左右へと瞬時に陣形を構築する。
さらに、それに続くようにして、ムウのストライクガンダム、ディアッカのバスターガンダム、そしてシャルが駆る最新鋭の『ミタマ・アストレイ』が、ヤマト、アークエンジェル、ムサシ、イザナミの各艦から、次々と残されたモビルスーツ隊诸共、星の海へと凄絶な光条を引いて一斉に出撃していった。
無数の牙が宇宙を埋め尽くすなか、ラクスは続けて無線回路を通じて、涙を堪えるような、しかし不退転の意思を込めた声を静かに響かせた。
『――平和を叫びながら、その手に銃をとる。それもまた悪しき選択なのかもしれません。でも、どうか今は……果てない争いの連鎖断ち切る力を』
そのラクスの祈りの言葉を背に受けながら、オーディン改、ミーティアを装備するフリーダム、ジャスティス、そしてそれに続くシャルたちのすべてのモビルスーツ隊は、推進剤の眩い閃光を限界まで爆発させ、人類の運命を決める最終決戦の場へと向かって、真っ直ぐに、猛烈な超高速で突き進んで行くのだった。
続く
ご愛読ありがとうございます。次回はSEED編、最終回です。お楽しみに。