プシューゥゥゥン……(ハッチ減圧閉鎖音)
アークエンジェルの第1格納庫の巨大な装甲隔壁が閉まり、激しい外界の潮風と硝煙が遮断される。ロックされたカタパルトデッキの床からは、高出力メインジェネレーターが放たれる熱気が陽炎となって揺らめいていた。
純オーブ製の可変モビルスーツ『オーディン』がその翼を休めた瞬間、格納庫内にけたたましい駆動音と怒号が響き渡る。
「おい! 何突っ立ってやがる、可動キャットウォークを回せ! 冷却剤のパイプ、早く繋ぎな!」
真っ先に群がってきたのは、アークエンジェルの整備班長、コジロー・マードック軍曹であった。油と汗にまみれた茶色のツナギを震わせながら、彼は見上げるほどにシャープなオーディンの青と白の装甲フレームを凝視し、顎をガクガクと震わせる。
「……信じられねえ。ヘリオポリス製の基本骨格に似てやがるが、パーツの噛み合わせも独自の可変機構も、見たこともねえレベルだ……。これほどの化け物を、オーブの野郎どもは裏で造ってやがったのか……!」
マードックや整備兵たちが唖然と機体を取り囲む中、エレベーターデッキから、ザフトの猛攻を戦い抜いた二つの影が歩み寄ってきた。
エールパックを外したストライクから降り立ち、ヘルメットを抱えたキラ・ヤマト。そして、被弾したスカイグラスパーを執念で着艦させたムゥ・ラ・フラガ大尉だ。二人の視線は、周囲を威圧するように佇む孤高の可変機へ、釘付けになったまま動かない。
さらに、格納庫の重厚な防音扉が開き、ブリッジから降りてきたマリュー・ラミアス艦長、ナタル・バジルール少尉、そして感情を抑えきれない面持ちで歩を早めるカガリ・ユラ・アスハが姿を現した。そのカガリのすぐ後ろには、影のように付き従う大柄な護衛の男――レドニル・キサカの一歩も引かない峻厳な姿があった。
「(……忘れるな。)」
オーディンの狭いコックピットの内部で、蓮は前方の光学センサーに映るカガリの姿を捉え、後席のシャルへ向けて、マイクを通さない肉声で冷徹に釘を刺した。
「シャル、忘れるな。ハッチが開いても、絶対に個人的な行為に走るな。俺の合図があるまで、俺の背後から離れるな」
「……分かっている。くどいぞ、蓮」
シャルは悔しげに奥歯を噛み締め、パイロットスーツのグローブを白くなるほど握りしめた。だが、その瞳には皇女としての不遜なまでのプライドが、完璧に引き締まった緊張感として宿っている。
――プシューゥゥゥンッ!
ついにオーディンの胸部コックピットハッチが、減圧音と共に上方へと跳ね上がった。
作業用のキャットウォークへと先に降り立ったのは、ミタミ・レンであった。オーブ国防軍の隙のないパイロットスーツを着こなし、その怜悧な双眸でアークエンジェル陣営の顔ぶれを一瞥する。続いて、長い金髪をなびかせ、圧倒的な気品を纏ったシャルが、蓮의背後へと静かに降り立った。
その瞬間、格納庫の空気がかすかに跳ねた。
「シャル……っ!?」
「カガリ……!」
互いの姿を網膜に捉えた刹那、二人の令嬢の瞳が驚愕に大きく見開かれた。あまりにも予想外だった、この泥沼の戦火の真っ只中での再会。感情を激しく昂ぶらせたカガリが、前へ向かって思わず一歩を踏み出し、キャットウォークの上のシャルもまた、我を忘れて蓮の背後から飛び出そうとした。
だが、その行為を、蓮の冷徹な片腕が完璧に遮断した。蓮は何も言わず、シャルの前に強固な鉄の壁のように自らの腕を突き出し、その細い身体を鋭く、冷酷に制止した。シャルは突き出された蓮の腕を睨み据え、その無言の圧力に息を呑みながらも、辛うじて自らの理性を引き戻した。
そして同時に、床の上でシャルへ駆け寄ろうとしたカガリの身体もまた、背後に控えていた屈強な護衛によって制止されていた。キサカは何も言わず、ただ無言のまま、カガリの肩をがっしりと強固な両手で掴んで引き戻した。連合のクルーたちに自分たちの真の身元や個人的な繋がりを露呈させるわけにはいかないという、無言の絶対的な制止。カガリは悔しげに唇を噛み締め、それ以上の不用意な前進を諦めるしかなかった。
周囲の連合クルーたちが二人の無言の火花に微かに違和感を覚えかけるよりも早く、蓮はマリュー艦長たちの前へと歩み寄り、感情の起伏を一切排した硬質な敬礼を捧げた。
「着艦の許可に感謝する、アークエンジェル。改めて自己紹介を。俺はオーブ連合首長国国防軍直轄、独立0特務隊所属のミタミ・蓮少尉だ」
蓮の実直な名乗りに応じるように、マリュー・ラミアスがヘルメットを小脇に抱え直し、一歩前へ進み出て毅然と名乗った。
「地球連合軍大西洋連邦所属、アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス大尉です。ミタミ少尉、先ほどのザフト部隊への戦闘介入、本艦を救っていただいたこと、心から感謝します」
続いて、マリューの斜め後ろで直立不動の姿勢を保っていたナタルが、鋭い視線を向けたまま、軍人らしい硬質な声で自己紹介を重ねた。
「同じく大西洋連邦所属、本艦副長、ナタル・バジルール少尉だ。……中立国オーブの特務部隊が、ヘリオポリスの臨検という大義名分を掲げてここまで出張ってきたことには少々驚かされたがね、ミタミ少尉」
冷徹なミタミの声が、鉄臭い格納庫に再び緊張を満たしていく。蓮の背後に控えるシャルは、キサカに抑えられたカガリと今一度激しく視線を交錯させたものの、今度は蓮の警告通り、駆け寄るような不用意な行為は一切起こさず、ただ不遜なほどに美しく顎を引き、オーブ高官としての建前を完璧に維持して佇んでいた。
そこへ、二人の会話の応酬を後ろで聞いていた男が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらヘルメットを小脇に抱え直して歩み出てきた。
「で、こっちが本艦の数少ないまともな航空戦力――ムゥ・ラ・フラガ大尉だ。まあ、さっきの戦闘で自慢の愛機を派手に壊しちまったがね。少年には昔の癖で少尉なんて呼ばれてるが、一応こっちじゃ大尉殿さ。よろしくな、ミタミ少尉さん」
フラガ大尉の、飄々としつつもどこか油断のならない自己紹介。蓮は視線を男へと向け、短く応じた。
「……何だ、フラガ大尉」
「いや、ちょっと気になってね。さっきのザフトのディン編隊を相手にした、あんたのあの異次元の反応速度と狙撃の精度……ただのナチュラルの軍人にできる芸当じゃねえ。……あんた、コーディネイターだろう?」
フラガ大尉の、確信に満ちた追及。
格納庫の空気が、一瞬にして氷点下へと凍りついたかのように張り詰めた。ナタル少尉の右手が、無意識に腰のホルスターへと僅かに近づく。アークエンジェルをここまで執拗に追い詰めてきたのは、全てプラントのコーディネイターたちだったからだ。
だが、蓮の睫毛はミリ単位すら揺るがなかった。俺の脳内ロジックは、この事実を隠匿することはかえって不要な不信感を招くと、瞬時に判断した。
「ああ、その通りだ。俺はコーディネイターだ」
淡々と、まるで明日の天気を口にするかのように、蓮はその事実を認めた。
「だが、プラントのザフトとは一切の関係もない。俺は、中立の国、オーブ連合首長国に、この命の全てを提出したオーブ軍人だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……」
蓮のあまりに冷徹で、一点の曇りもない断言を前に、フラガ大尉は一瞬だけ目を丸くした。
マリュー艦長やナタル少尉の顔にも、一瞬の動揺の波が走る。しかし、オーブ連合首長国が「他国の戦いに関与せず、何者をも侵さず、侵されず」という、コーディネイターもナチュラルも関係なく受け入れる絶対的な中立の理念を持っていることは、大戦初期のヘリオポリスの件からも彼女たちは誰よりも熟知していた。
「……そっか。オーブに属するコーディネイター、ね。まあ、あんな化け物みたいな可変機を易々と手足にしてみせたんだ、納得するしかないか」
フラガ大尉は苦笑交じりに肩をすくめ、その場に漂っていたピリついた空気は、驚作を招くことなく迅速に収束へと向かって行った。
だが、その張り詰めた大人の対話の傍ら、ストライクのパイロットであるキラ・ヤマトだけは、自分と同じコーディネイターでありながら、完全に感情を殺して「機械」のように佇むミタミ・蓮という同胞の異質な気配に、言い知れぬ息苦しさを覚え、ただ無言で見つめ返すことしかできなかった。
鉄と油の匂いが充満する第1格納庫での、張り詰めた対面が終わった後。
ミタミ・レンとシャルは、用意されたアークエンジェル艦内の簡易区画へと案内されていた。オーブ軍のパイロットスーツを脱ぎ捨て、袖を通したのは独立0特務隊の漆黒を基調とした端正な軍制服と、それに酷似したシャルの高官用の衣服だ。
二人が身支度を整え、案内された士官用の小会議室へと赴くと、そこにはすでにアークエンジェルの中心人物たちが席を占めていた。
「待たせたな、ラミアス艦長、バジルール少尉。それにフラガ大尉も」
蓮が静かに扉を閉め、シャルを上座に近い席へと促しながら着席する。室内の空気は依然として未知のオーブ軍人を品定めするような独特の緊張感が漂っていたが、それを破ったのは、やはりあの男の軽妙な声だった。
「いやいや、お固い挨拶の時間は格納庫で終わりってことでね。それよりさ、お互い制服に着替えてすっきりしたところで、改めてお目にかかろうじゃねえか」
フラガ大尉は机の上に置いたヘルメットをぽんぽんと叩きながら、椅子に深く背もたれを預けてニヤリと笑った。その顔には、先ほどまでの死線を感じさせない、少し陽気でフランクな大人の余裕が満ちている。
「で? 実際のところ、オーブ軍の特務部隊がこんな国境線のド真ん中でザフトを蹴散らしてまで、俺たちの艦に何の用だ? さっき無線じゃ臨検だ何だと言ってたけどさ、可愛いお嬢さんまで連れてさ」
悪戯っぽくウインクを投げてくるフラガ大尉の、しかしその奥にある油断のない双眸が蓮を射抜く。マリュー艦長もまた、縋るような、しかし軍の指揮官としての真剣な眼差しを蓮へと向けていた。
蓮は一切の感情を排した面持ちのまま、事前に組み立てていた「嘘の目的」を、淡々と、しかし理路整然と語り始めた。
「俺たちの目的は、無線で伝えた通りだ。オーブの宇宙コロニー・ヘリオポリスの崩壊。そして、それに関与していた地球連合軍の新造艦アークエンジェルが、ザフトの執拗な追撃を受けながら地球へと降下したという確定情報を、独立0特務隊の軍情報部は完全に捕捉していた」
蓮の声が、狭い会議室に冷徹に響く。
「中立を国是とするオーブにとって、自国のコロニーで連合の最高機密艦が建造され、それが地上へ降りて自国の領海へ接近しているという事実は、国家の存亡に関わる重大な懸念事項だ。そのため、我が特務隊はアークエンジェルの現状を臨検し、オーブの安全保障に寄与するか否かを判断せねばならない。…… geopolitical 的な判断を現地で直接見極めるため、我が国の首長アスハ代表に連なる重要高官である彼女を、俺の機体に同乗させてここまで赴いた」
蓮が視線で示すと、シャルは不遜なほどに堂々とした態度で小さく頷いてみせた。日本の皇女という素性を完璧に隠匿し、「アスハに連なるオーブ本国の大物高官」という偽りの身分を、その圧倒的な気品だけで完璧に成立させている。
ヘリオポリス崩壊という痛恨の過去を突かれたマリュー艦長は、悲痛な面持ちで視線を落とした。
「ヘリオポリスの件は……本当に、申し訳ありませんでした。中立国であるあなた方を巻き込み、あそこまで崩壊させてしまったことは、連合の軍人として弁解の余地もありません……」
「まあまあ、ラミアス艦長、そう落ち込みなさんなって。事情が事情だし、オーブ側が裏でコソコソ動きたくなるのも、俺としては大いに納得できちゃうわけよ」
フラガ大尉がひらひらと手を振ってマリューを宥め、少し陽気なトーンのまま蓮の言葉を受け入れた。だが、その傍らで腕を組んでいたナタル少尉だけは、その鋭い視線を崩さず、僅かに目を細めて蓮を睨み据えていた。
「……話の筋は通っている。だが、本当にそれだけか、ミタミ少尉。本艦の臨検と高官の亡命随行のためだけに、他国の軍の最高機密であるモビルスーツを単機で、しかもこれほどのタイミングで介入させてみせるなど、いささか手際が良すぎるのではないかね」
ナタル少尉の、軍人としての冷徹な嗅覚による疑念。
だが、蓮の脳内ロジックは、この程度の追及を織り込み済みで計算していた。
「独立0特務隊は、公式記録に一切残らない隠密部隊だ。世界の理不尽からオーブの国益を守るためなら、俺たちはいつでも最適解のタイミングで刃を突き立てる。それが信用できないと言うなら、このままオーディンと共に艦を離脱しても構わないが……そちらの最新鋭機のバッテリー残量で、次のザフトの空襲を耐えられるか?」
「……くっ」
ナタル少尉は悔しげに奥歯を噛み締め、言葉を詰まらせた。蓮の言う通り、アークエンジェル側にはオーブの協力を拒む選択肢など残されていないのだ。
重苦しい沈黙を破るように、マリュー艦長が穏やかな、しかし決然とした声で二人に向き直った。
「いいえ。あなた方の事情は分かりました。ヘリオポリスの建造艦として、オーブ軍の臨検も、重要高官である方の同乗も正式に受け入れます。……本艦がオーブの領海付近へと到達するまで、まだ数時間はかかります。それまでの間、どうぞこちらの部屋で旅の疲れを休めてください」
「配慮に感謝する、ラミアス艦長」
蓮は短く一礼した。交渉は完全にこちらの建前通りに進み、着艦の維持は確定した。
だが、俺の本当の任務は、ここからだ。蓮は立ち上がろうとするマリュー艦長たちを引き留めるように、その怜悧な視線を僅かに鋭くした。
「……それともう一つ、ラミアス艦長。休む前に、アークエンジェル側に頼みたいことがある」
「何かしら、ミタミ少尉」
「さっき格納庫にいた、あの民間人の少女と、彼女に付き従っていた大柄な男……あの二人を、この部屋に呼んでいただきたい。オーブ軍として、確認せねばならない事柄がある」
カガリとキサカ。その素性を連合側には徹底して隠匿したまま、二人きりでの直接接触を要求する。蓮の冷徹な要求に、マリュー艦長は一瞬だけ不思議そうな顔を浮かべたものの、断る理由もないため、すぐに頷いてみせた。
「……分かりました。すぐにカガリさんたちをこちらへ呼ぶよう、手配します」
マリュー艦長たちが部屋を退出し、士官室の重厚な扉がカチャリと閉まった瞬間。
室内に残されたシャルは、張り詰めていた高官としての仮面を僅かに緩め、高い気品の奥に潜めていた烈しい再会への情動を、その瞳に静かに灯すのだった。
マリュー・ラミアス艦長たちが退室し、士官室の重厚な鉄の扉が閉まると、部屋には再び、アークエンジェルのエンジンが放つ微細な低周波ハミングだけが戻ってきた。
シャルは椅子から立ち上がると、じっと扉を睨み据えたまま、パイロットスーツの手袋を脱ぎ捨てて呼吸を整えていた。張り詰めていた高官としての仮面は完全に剥がれ落ち、その瞳には焦燥と、狂おしいほどの期待が渦巻いている。
――カチャリ(電子ロック解除音)
再び扉が開いた瞬間、そこに立っていた人影が、弾かれたように室内に飛び込んできた。
「シャル――ッ!!」
「カガリ……っ!」
激しい声の衝突と同時に、カガリは周囲の目も憚らず、シャルの身体へと猛然と飛び込んで力強く抱きついた。シャルもまた、先ほどまでの不遜な態度が嘘のように、その細い腕でカガリの背中を壊れそうなほど強く抱きしめ返した。
「本当にシャルなのか!? なんで、なんでお前がこんなところにいるんだよ! オーブを出てヘリオポリスへ向かってから行方がわからなくなって、私はずっと……っ!」
「それは私の台詞だ、この大馬鹿者! お前がヘリオポリスで行方不明になって以降、まさか地球へ降りて、こんな連合の軍艦に乗っているとは思わなかった……! 一体なぜこんなところにいるんだ!」
シャルの烈しい追及に、カガリは痛みを堪えるように顔を歪めながらも、その腕の力を緩めなかった。
「話せば長くなるんだよ! ヘリオポリスがザフトに襲撃されて崩壊したあと、私は地球の北アフリカへ降りてさ……そこでこのアークエンジェルが砂漠へ降下してきたときに現地で合流して、ここまで一緒に戦いながら来るしかなかったんだ! お前こそ、どれほど私やウズミ伯父様に心配をかけたか分かっているのか……っ!」
互いの肩に顔を埋め、涙の滲む声で烈しく罵り合いながらも、二人の令嬢は確かに生きて再会できたその温もりを、確かめ合うように何度も腕に力を込めていた。カガリがオーブから宇宙コロニーであるヘリオポリスへと旅立ち、そこから地上へ降り、激動の砂漠での戦いを経てアークエンジェルへ合流して至った、数々の不条理な大戦の荒波 [INDEX]。その長い沈黙と彷徨の果てに、こうして世界の片隅の不沈艦の中で再び肌を寄せ合えている奇跡に、二人は言葉にならない情動を爆発させていた。
「(……相変わらずだな、お前は)」
激しい令嬢たちの再会を壁際に佇んで見守っていた蓮は、腕を組んで小さく息を漏らした。その呟きを拾ったカガリが、シャルの腕の中からパッと顔を上げ、蓮の姿を真っ直ぐに睨み据える。
「……蓮! お前、やっぱりあのオーディンに乗っていたのはお前だったんだな! 散々無愛想な無線を寄こしやがって……オーブにいる時から少しは愛想を良くしろって言っただろ!」
「公務だ、カガリ様。俺は代表から、お前たちを無事に引き戻す最適解の任務を与えられている。個人的な馴れ合いを戦場に持ち込むつもりはない」
「ふん、相変わらず可愛げのない機械人形め……。だが、ありがとな、蓮。さっきのストライクを救ってくれた狙撃、お前じゃなきゃできなかった」
カガリは不敵に笑いながら、オーブ本国での気心の知れた理解者としての信頼をその瞳に滲ませた。蓮はそれに表情一つ変えずに応じる。
カガリの背後から音もなく入室し、重い鉄の扉をそっと閉めた大柄な男――レドニル・キサカが一歩前へと進み出て、蓮の前に直立した [INDEX]。
「……息災であったか、ミタミ少尉」
キサカの、地鳴りのように低く、しかし確固たる信頼の滲む重厚な声。
蓮は無言のまま、その特務官としての重みを持つ男を見上げると、右手を真っ直ぐに差し出した。
「ああ。あんたもカガリ様の護衛、最適解の任務遂行だ、キサカさん」
――ガシィッ(固い握手音)
二人のコーディネイターであり、ウズミ代表からオーブの未来を守る盾として選ばれたプロの軍人同士。交わされたのは、言葉ではなく、互いの掌から伝わる、凄まじい万力のような無言の握手であった。遥を失ったあの日から、冷徹な機械として生きることを選んだ蓮にとって、カガリとの変わらぬ腐れ縁や、このキサカさんの肉体の厚みと変わらぬ眼差しだけは、数少ない、俺が人間であることの錨でもあった。
「シャル、カガリ様」
蓮はキサカさんから手を離すと、依然として言葉を交わし合っている二人へと、静かに声をかけた。
「これからの時間は、お前たち二人だけのものだ。アークエンジェルが入港するまでの間、ここで積もる話を全て終わらせろ。……キサカさん、部屋の直ぐ外の護衛を任せてもいいか」
「うむ。ここからは私が一歩も通さん。安心していけ、ミタミ少尉」
キサカさんは重々しく頷き、腰のホルスターの位置を微調整しながら、再び扉の側へと下がった。
「俺は格納庫へ向かう。オーディンの冷却サイクルのチェックと、アークエンジェルに艦載されているという、あの最新鋭モビルスーツの機体データを、オーブ軍の臨検という名目で物理的に精査せねばならない」
「ふん、勝手にしろ、蓮。……だが、感謝する」
シャルはカガリの肩を掴んだまま、蓮の後ろ姿へ向けて、照れ隠しのようなぶっきらぼうな声を投げかけた。蓮はそれに答えることなく、ただ一度だけ小さく顎を引くと、士官室の扉を開けて外へと足を進めた。
――カチャリ。
扉の外に出ると、廊下には連合軍の艦内特有の冷たい人工風が通り抜けていた。すぐ横には、腕を組んで壁に背を預けたキサカさんが、微動だにしない巨岩のように佇んで、部屋への警戒を開始している。
蓮は制服の襟元を僅かに正すと、あの感情を失った同胞の少年――キラ・ヤマトが待つ、硝煙と鉄臭さに満ちた第1格納庫の深淵へと向かって、一人静かに歩き出すのであった。
静寂に包まれた士官室の区画を離れ、ミタミ・レンは再び第1格納庫へと戻っていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、整備班の作業音だけが響く広大な空間。その中央で、カタパルトに固定されたオーディンのコックピットへと繋がる、薄暗い高所キャットウォークの上に一つの影がぽつりと佇んでいた。
大西洋連邦の最新鋭モビルスーツ――ストライクのパイロット、キラ・ヤマトだった。
少年は、自分の背丈の何倍もあるオーディンのシャープな頭部フレームを、何とも言えない、どこか物悲しげな、しかし技術者としての深い関心が混ざり合った複雑な眼差しで見つめていた。
「(……あいつが、あの最新鋭機の乗り手か)」
蓮は無音のままキャットウォークを歩み進め、少年の背後数メートルの場所で、一切の気配を消したまま声をかけた。
「オーディンのフレーム構造が、そっちの機体に似ているのが気になるか」
「っ……!?」
キラは弾かれたように肩を震わせ、驚愕と共に振り返った。そこには、漆黒のオーブ軍制服を冷徹に着こなした同胞のコーディネイターが、濁りのない双眸で自分を見つめて立っていた。
「俺はミタミ・蓮少尉だ。格納庫ではゆっくり挨拶もできなかったな」
「あ、えっと……僕はキラ・ヤマトです。連邦の軍人じゃ、ないんですけど……今は、ストライクに乗っています」
お互いに短く、しかしどこか探り合うように名乗り合う。キラは少し気まずそうに視線を落としつつも、目の前の高性能機に対する技術者としての純粋な疑問を、素直に口にした。
「……うん。さっき戦っているのを見て、驚いたんだ。直線的な装甲の噛み合わせや、機首になるシールドのマウント位置……大西洋連邦が開発したストライクの設計思想に、あまりにも近くて」
「無理もない」
蓮はキラの隣へと歩み寄り、自らの新しい半身である青と白の巨体を見上げた。
「オーディンはオーブが持てる先進技術を結集させた独自の純オーブ製試作機だ。だが、その基本フレームのデータやOSの基盤には、ヘリオポリスで極秘裏に建造されていた連邦の新型機の技術も一部反映されている。……もっとも、変形機構による超低空機動と大気圏内での絶対的な空中優位性は、オーブが独自に導き出した、そっちの機体を遥かに凌駕する最適解だがな」
「独自の、変形機構……。だから、あんな動きができたんだ」
キラは感嘆の溜息を漏らし、キャットウォークの手すりを両手で固く握りしめた。
「凄いな。あの状況からディンのセンサーの死角へ回り込んで、OSの書き換えもなしに、あの速度のままで瞬間的にモビルスーツ形態へ変形して精密狙撃をこなすなんて……。そんなの、あの機体のポテンシャルだけじゃ絶対に無理だ。動かしているあなたの処理速度が、それ以上に化け物なんだと思う」
「俺は、ただ機械的に最善の処理を行っているだけだ。……だが、そっちのストライクのOSの挙動も、臨検させてもらったが極めて異質だった。コーディネイターでなければ、立ち上げることすら不可能な代物だ。お前は、なぜあの連邦の新型に乗っている」
蓮の淡々とした、しかし本質を突く問い。
キラの表情が、一瞬にして暗い影に覆われた。ヘリオポリスの崩壊、砂漠での血の滲むような激戦、その全ての始まりとなった最悪の記憶が、少年の脳裏を過る。
「……乗るしか、なかったんだ」
キラの声は、今にも消え入りそうなほどに掠れていた。
「最初は、ヘリオポリスでザフトの襲撃に巻き込まれて、ただ一緒にいた友達を助けるために必死で走って……その途中で、偶然ストライクのコックピットがある工場へ入り込んで。……でも、その時にストライクを奪いに来て、僕の目の前に銃を構えて立ちはだかったザフトの潜入兵が……ノーマルスーツのバイザーを上げたとき、あそこにいたのが、幼い頃の僕の、一番の親友だったんだ」
「親友、だと……」
蓮の冷徹な瞳が、初めて微かに動いた。
「うん。お互いに顔を見合わせて、呆然として……。でも、その直後に爆発が起きて、僕たちは離ればなれになって……気がついたら、僕は親友が奪おうとしていたストライクのシートに座って、OSを書き換えて戦うしかなかった。それからずっと、アークエンジェルを、艦内にいる民間人のみんなを守るために、僕は戦うしかなかった。戦いたくなんてないのに、僕がプラントのザフトと同じコーディネイターだからって、銃を持たされて……。目の前で何度も、かつての一番の親友と、殺し合わなきゃ、みんな死んじゃうから。……ここまで、そうするしか、なかったんだよ」
民間人の少年が、その双肩に不沈艦の命すべてを背わされ、かつて最も大切だった親友と命を削り合ってきた、あまりにも生々しい絶望の吐露。
蓮はそれを、ただ寡黙に聞き続けていた。最愛の遥を海の底へと奪われ、世界そのものを一度呪い、心を殺して機械になることを選んだ自分。一方で、理不尽な火の粉に包まれ、大好きな親友と刃を交えながらも、必死に周囲の命を繋ぎ止めてきた、目の前の少年。
「……お前は、立派だ」
蓮の口から漏れたのは、一切の嫌味も、同情もない、ただ純粋な事実としての肯定だった。
「え……?」
「戦いたくないと言いながら、お前は自分の手の届く範囲の命を、アークエンジェルという艦を、その細い腕でここまで確実に守り抜いてきた。それは、決して誰にでもできることじゃない。誇るべき功績だ」
「立派なんかじゃ……僕は、ただ……っ」
「……俺は、何一つ守れなかった」
蓮はキラの言葉を遮るように、静かに自らの胸元へと視線を落とした。その青白い唇から紡がれる言葉には、この格納庫の底冷えする鉄の温度よりも、さらに深い絶望の冷気が宿っていた。
「血のバレンタインで全てを失い、オーブへ流れて、ようやく見つけた新しい故郷も、最愛の人間も……目の前でザフトの理不尽な急襲に遭い、海の底へ叩き落とされた。護衛機のコックピットにいながら、俺は、ただ沈みゆく炎を見つめることしかできなかった。手の届く場所にあったはずの命を、何一つ、繋ぎ止めることができなかったんだ。……だから俺は、感情を捨てて部隊の盾になった。お前のように、親友と刃を交えてでも誰かを守るための強さを、俺は持てなかった」
「ミタミ、少尉……」
キラは息を呑み、自分とは全く異なる、しかし同じコーディネイターとして世界の歪みに魂を削り取られた同胞の壮絶な横顔を、ただ戦慄と共に見つめることしかできなかった。守るために戦う少年と、守れなかった絶望から戦う機械。二人の異質なコーディネイターの気配が、硝煙の格納庫の中で、初めて無言のまま深く共鳴しようとした、その刹那だった。
――ウゥゥゥゥゥゥン!!! ウゥゥゥゥゥゥン!!!(烈しいサイレン音)
突如として、格納庫の天井に設置された無数の警告ライトが不気味な真紅に染まり、烈しく回転し始めた。鼓膜を破らんばかりのけたたましい空襲警報が、鉄臭い大気を引き裂いて鳴り響く。
『――総員、第一種戦闘配備! 繰り返す、総員第一種戦闘配備! 本艦後方より、高速接近する複数の熱源反応あり!』
スピーカーから響く、ナタル・バジルール少尉の緊迫した全艦放送。
『ヘリオポリスで強奪されたG兵器4機――イージス,デュエル、バスター、ブリッツの熱源パターンを捕捉! 各機、直ちに発進準備! ストライク、スカイグラスパー、急げッ!!』
「アスラン……ッ!!」
ナタルの無線から響いたそのかつての自機の名前(イージス)に、キラの表情が一瞬にして凍りつき、その瞳に引き裂かれそうなほどの戦慄が走った。
領海線を目前に控えた絶対の境界海域。
アークエンジェルを海の底へと沈めるため、執念の追撃を仕掛けてきたザフト主力部隊が、独立0特務隊の前に、今度こそ逃げ場のない不条理な牙を剥いた瞬間であった。
――ドゴォォォォンッ!!!(艦尾被弾爆鳴音)
アークエンジェルの巨体が激しく震え、格納庫の鉄の床が悲鳴を上げる。大西洋連邦から強奪されたG兵器4機――イージス、デュエル、バスター、ブリッツによる容赦のない先制攻撃が、不沈艦の背後から襲いかかっていた。
「ストライク、キラ・ヤマト、行きます!」
カタパルトデッキから、眩いばかりの光の尾を引いてキラのストライクが、そしてムゥのスカイグラスパーが、次々と硝煙の渦巻く外の戦空へと出撃していく。
そんな中、蓮もまた、迷いのない足取りで簡易区画へと戻り、独立0特務隊の隙のないパイロットスーツへと着替えを済ませていた。ヘルメットを小脇に抱え、再び第1格納庫へと続く狭い金属の廊下を足早に突き進む。
「――蓮」
その背後から、大気を引き裂くような鋭い声が響いた。
振り返ると、そこには衣服の乱れを整え、未だカガリとの再会の余韻をその瞳に焦燥として残したシャルの姿があった。廊下の非常用赤色ライトが激しく回転し、彼女の美しい金髪を不気味に染め上げている。
「シャル、部屋から出るなと言ったはずだ。キサカさんはどうした」
「キサカなら、今は艦内の通路を警戒している。……そんなことはどうでもいい。行くのだろう、蓮」
シャルは一歩前へ踏み出し、蓮の冷徹な背中を見据えて、その勝気な唇を微かに震わせた。不遜でぶっきらぼうな彼女が、その奥に秘めた唯一の弱さと祈りを、絞り出すような肉声に変える。
「……死ぬなよ。お前まで、理不尽に私の前から消えることは許さない。……気をつけろ」
「問題ない。大丈夫だ、シャル」
蓮の返答は、やはり一切の感情の起伏を排した、短い一言だけであった。
そのまま、振り返ることもなく格納庫の重厚な防音気密扉を開け、再び硝煙の深淵へと足を踏み入れる。背後で閉まる扉の向こう、シャルが悔しげに拳を握りしめた気配だけが、俺の脳内ロジックの端に一瞬だけ残った。
激しい爆鳴と火花が散る第1格納庫。
マードック班長率いる整備兵たちが必死に対空防御の指示を怒鳴り散らす中、蓮は可動キャットウォークを駆け上がり、カタパルトに固定されたオーディンの胸部コックピットへと滑り込んだ。
――プシューゥゥゥン……(ハッチ完全密閉音)
――キィィィィン……(メインジェネレーター始動音)
手指がコンソールを流れるように叩き、フライトモードの起動シークエンスが瞬時に完了する。オーディンの鋭利な機体がカタパルトの出撃配置へと厳かに据え付けられた、その刹那だった。
全メイン回線から、マリュー・ラミアス艦長の切迫した声がスピーカーを通じて割り込んできた。
『――ミタミ少尉! 聞こえますか! 本艦は現在、大西洋連邦のG兵器4機による烈しい急襲を受けています! あなた方はあくまで中立国の臨検部隊だ、これ以上の危険な戦闘に巻き込むわけにはいかない! どうかそのまま、アークエンジェル内で待機してください!』
マリューの、こちらの身を直向きに案じる悲痛な叫び。
だが、蓮の怜悧な手指は、すでに主操縦桿のホールドレバーを最大出力のペダルへと書き換えていた。
『ラミアス艦長、拒絶する。……俺の任務は、我が国の重要高官を無事に本国へ送り届けることだ。この艦がここで海の底へ沈めば、そのすべての戦略的最適解が消失する。……それに、あのG兵器の機動、連中の処理速度はそっちのストライク1機で耐えられるレベルじゃない。俺が出撃する。道を空けろ』
『ミタミ少尉……っ!』
蓮は無言のまま、主スロットルのレバーを限界まで押し込んだ。
――ガシャァンッ!!!(カタパルトロック解除音)
主翼の超高出力バーニアが眩いばかりの青い閃光を爆発させ、オーディンは凄まじい加速Gで蓮の身体をシートへと完璧に押し付けながら、カタパルトデッキを猛然と滑走した。
そのまま、太平洋の荒れ狂う暗雲の中へと、白き不沈艦の防空陣地を突き抜けて一気に飛び出していく。
宿命の親友同士が再び血を流し合う最悪の戦場へ、独立0特務隊の孤高の刃が、再び圧倒的な最適解の速度で介入を開始した瞬間であった。
――キュビィン!!!
太平洋のどんよりとした暗雲を切り裂き、アークエンジェルのカタパルトから放たれた青と白の閃光が、激動の戦空へと飛び出した。
「な、何だあの機体は……!? 報告にない連邦の新型か、それとも……っ」
先頭を飛ぶイージスガンダムのコクピットの中で、アスラン・ザラはメインモニターに大写しになったその禍々しいほどに洗練されたシルエットに、息を呑んだ [INDEX]。アークエンジェルを仕留めるべく、強奪したG兵器4機だけで執念の洋上追撃を仕掛けていたザフトの赤服たちにとって、それは完全な想定外の乱数だった。
『アスラン、気を付けて! あの機体、ただの飛行型じゃない……熱源パターンが異常に変則的だ!』
後方から接近するブリッツのコクピットから、ニコル・アマルフィの緊迫した警告無線が飛び込んでくる [INDEX]。
だが、その分析を置き去りにするように、戦場へ強行介入したオーディンは、右腕に強固な接近戦用兵装『ビームランス』の光刃を爆発的に形成。突入の速度を落とさぬまま、イザーク・ジュールの駆るデュエルガンダムへと猛然と襲いかかった。
「舐めるなァッ!!」
イザークの野性的な勘が辛うじて働き、デュエルは強烈な横ステップでランスの刺突を紙一重で回避する。だが、蓮のコーディネイターとしての脳内処理は、その回避行動すら完全に織り込み済みだった。
「……ステップ回避から反転への移行に零点四秒。遅い」
蓮は冷徹に呟きながらトリガーを引き絞り、ウェポンマウントから滑り込ませたマークスマン型ビームライフルを至近距離から一閃させた。
――ズバァァンッッ!!!
「チッ、この距離で狙撃だと!?」
デュエルの装甲を激しくかすめ、太平洋の海面を爆発させる超精密な一撃。
間髪入れずに、イザークの危機を察知したアスランのイージスが即座にオーディンの背後へと回り込み、ビームライフルを鋭く放った。確実な死角からの砲火。だが、蓮は操縦桿のレバーを最小限に捌き、ペダルを限界まで踏み込んだ。
――ガシャァン!!!(飛行形態・瞬間変形音)
オーディンは空中で滑らかな駆動音を立て、一瞬にして鋭利な飛行形態(フライトモード)へと姿を変えた。主翼のバーニアを爆発させ、背後からのビームを紙一重のロール機動だけで完璧に置き去りにする。
「なにっ……変形した!?」
「嘘だろ、あの速度のままで……っ!」
アスランも、長距離からバスターガンダムの砲口を向けていたディアッカ・エルスマンも、目の前で起きた異次元の空中変形シークエンスに驚愕の声を上げた。
しかし、オーディンの猛威はここからだった。飛行形態のまま超音速のホバー駆動で大気を切り裂くオーディンは、すれ違いざまに機首のビーム砲を縦横無尽に掃射。弾幕の雨を降らせ、デュエルとバスターの2機を一方的に翻弄し、その対空陣地を完全に圧倒し始めたのだ。
「チョロチョロと……、飛行機風情が、この俺をコケにするなァァァッ!!」
なす術もなく空から一方的に攻撃され続けたイザークは、ついに完全に痺れを切らして激昂した。デュエルの推進スラスターを限界まで吹かし、強引に飛行形態のオーディンへと肉薄する。
一気に距離を詰め、引き抜いたビームサーベルの烈しい熱線が、オーディンの主翼を真っ二つに叩き割らんと振り下ろされた。
「(……計算通りだ)」
蓮の冷徹な呟き。迫る光の刃を前に、蓮は主スロットルを引き戻した。
――ガシャ、グォォォォン……ッ!!!(MS形態・再変形音)
激しい制動Gと共に、オーディンは空中で巨体を反転させながら、三度モビルスーツ形態へと変形。デュエルが振り下ろしたビームサーベルの烈しい剣撃を、右腕に構えたビームランスの硬質な硬化シャフトだけで完全に受け止め、干渉の火花を爆発させた。
「な……っ!?」
「終わりだ」
蓮は無機質な手指で、左のサブレバーを前方に叩き込んだ。
剣撃を受け止めたまま、オーディンは流れるようなステップでデュエルの懐の最深部へと潜り込むと、空いている鋭利な左の鉄拳を、至近距離から爆発的なパワーで突き出した。
「これ以上の洋上戦闘は相互の領海侵犯に繋がる。……ここで沈め」
――ドゴォォォォンッッ!!!
「ガハッ……!?」
凄まじい衝撃音が響き渡り、オーディンの強固な左拳が、デュエルの顔面を痛烈に殴り飛ばした。メインカメラの装甲を激しく歪ませ、メインモニターの大半をブラックアウトさせられたデュエルは、激しくコントロールを失いながら海面へとキリモミ状態で吹き飛んでいく。
一方、その光景を、アークエンジェルのブリッジクルーは、ただ息を呑んで凝視するしかなかった。
「……信じられない。単機で、あの強奪された機体4機を相手に、これほど圧倒的な三次元戦闘を展開するなんて……」
マリュー・ラミアス艦長は、激しい爆鳴にブリッジを揺らしながらも、メインモニターに映し出される青と白の孤高の可変機の姿に、戦慄のまま呟いていた。
その時、ブリッジの重厚な気密扉が開き、廊下からの冷たい風と共に、激しい足音が滑り込んできた。カガリと、その後方に佇むシャルだった。
「ラミアス艦長! 外の状況はどうなっているんだ!」
「カガリさん!? それに高官の方まで、どうしてブリッジへ……ここは危険ですから、すぐに簡易区画へ戻ってください!」
マリューは驚き、丁寧な女性らしい心配の声を上げて振り返った。だが、ナタル少尉が非情な迎撃レーダーを睨み据えたまま、冷徹にその言葉を遮る。
「駄目です、艦長。現在本艦の周辺は完全にイージスたちの射程圏内、どこに被弾してもおかしくありません。……そこへ座って、動かないでください」
カガリとシャルは、ナタルに促されるままブリッジの補助シートへと滑り込み、大画面のメインモニターを凝視した。
窓の外、激しく逆巻く太平洋の夜空の彼方。エネルギー残量の警告に怯えながら、必死にストライクを操って盾となる見知らぬ少年 [INDEX]。そして、感情を完璧に殺した計算の精密スナイパーとして、オーディンを手足のように駆り、G兵器の主力部隊を圧倒し続けるミタミ・蓮。
「蓮……」
シャルはパイロットスーツのシート以上に固く拳を握り締め、ただモニターの熱線を見つめていた。カガリもまた、その引き裂かれそうな胸中から、激しい戦火のただ中で奮戦する二人の同胞の姿を、ただ祈るような瞳で見守ることしかできなかった。中立の国オーブの手前、世界の理不尽な火の粉が、今まさに最大級の激動として若者たちの双肩へと襲いかかっていた。
――キュビィィィンッ!!!
アークエンジェルのカタパルトから放たれたオーディンは、青と白の閃光となって太平洋の荒れ狂う暗雲を突き抜けた。
戦空へと介入したミタミ・レンのオーディン、ムゥ・ラ・フラガ大尉のスカイグラスパー、 shadow そしてエネルギーの限界に喘ぐキラ・ヤマトのストライク。三機は、大西洋連邦から強奪されたG兵器4機――イージス、デュエル、バスター、ブリッツの凄まじい波状攻撃から、満身創痍のアークエンジェルを死守すべく、必死の防空戦を展開していた。
だが、不条理な戦火の追撃は、それだけに留まらなかった。
――ピピピピピピピピピピピピピッ!!!(レーダー広域警告音)
アークエンジェルのブリッジ、およびオーディンのマルチコンソールに、同時に最悪の熱源反応が複数探知された。
「艦長! 本艦後方、高高度よりさらに未知の熱源が接近! ザフトの空中戦仕様モビルスーツ、ディンの増援部隊です!」
CICのオペレーター席でナタル・バジルール少尉が、その鋭い視線を明滅する警告ライトへと向け、即座に全艦放送のマイクを開いて緊迫した防空指示を張り上げた。
『――対空防御、撃ち方始め! パル、トールシールドの同調を急いで! ゴットフリート、バリアント、後方からのディン編隊を本艦に近づけさせるなッ!!』
領海直前の国境線で、アークエンジェルを確実に海の底へ叩き落とすべく、ザフトはさらなる空中戦力を投入してきたのだ。
「――っ、これ以上の波状攻撃は、アークエンジェルの防空許容量を超える! キラ、艦へ引き返すぞ!」
『う、うん! でも――っ!』
蓮が主操縦桿を捌いて機首を翻そうとした刹那、その視界を、強烈な高エネルギービームの閃光が遮断した。
アスランのイージス、 shadow そして復讐に燃えるイザークのデュエルが、執念の包囲網を敷いて二人の前に立ち塞がったのだ。ザフトの増援であるディンの編隊は、その隙にストライクとオーディンを無視し、無防備となった白き不沈艦へと牙を剥いて一斉に襲いかかった。
『させるかってんだよォォォッ!!』
まだ余力のあったフラガ大尉が、黒煙を噴くスカイグラスパーの機体を強引に傾け、突入してくるディン編隊の前へと割り込んだ。
主砲の大型ビームキャノンを必死に放ち、突撃してくる敵機を足止めしようとする。だが、空中での圧倒的な三次元変則機動を誇るモビルスーツを相手に、いかにエンディミオンの鷹と謳われたムゥであっても、純粋な大気圏内戦闘機のスペックの限界はあまりにも重かった。ディンの激しいガトリング砲の散弾を浴び、スカイグラスパーの翼から激しい火花が散る。
『くそっ……! 機体の数と旋回性能が違いすぎるっ……!』
『フラガ大尉!』
キラが悲鳴のような無線の声を上げる。
オーディンのコクピットの中で、蓮のコーディネイターとしての脳内ロジックが、凄まじい速度で戦況の演算を弾き出していた。このままザフトの増援を野放しにすれば、アークエンジェルは数分と持たずに轟沈する。
「……これ以上のG兵器との付き合いは無意味だ。強行離脱する!」
蓮は主スロットルを最大出力へと叩き込み、オーディンを瞬時に飛行形態へと変形。イージスの砲火を紙一重で掻い潜ると、超音速のホバー移動でデュエルの死角を突き抜け、ストライクと共に猛然とアークエンジェルの防空圏へと引き返した。
二機は激しい被弾の衝撃に揺れるアークエンジェルの船体に、文字通り張り付くような超低空の盾となった。
空から容泄なく襲いかかるディンの編隊、 shadow そして後方から追撃してくるイージスたちの砲火に対し、オーディンのマークスマン型ビームライフルと、ストライクのビームライフルが激しい対空火線を夜空へと形成する。
しかし、圧倒的な数の暴力は、二機の奮戦を嘲笑うかのように容赦なく押し寄せた。
――ドゴォォォォンッッ!!!(右舷被弾大爆鳴音)
「きゃあぁッ!?」
「くっ……! 右舷に被弾! ダメージコントロール、早く!」
凄まじい衝撃波がアークエンジェルのブリッジを襲い、マリュー・ラミアス艦長が激しい振動に身を揺らしながら悲痛な声を上げた。コンソールから激しい火花が飛び散り、補助シートへと身を寄せていたカガリとシャルも、あまりの衝撃に身体を烈しく打ち付けられながら手すりへと必死にしがみついた。
「おい、大丈夫かシャル!」
「心配するな、カガリ。だが、この艦は……もう限界が近いのではないか!」
カガリが歪む視界の中でシャルの細い肩を抱き寄せ、 shadow シャルもまた、奥歯を噛み締めながら外の凄惨な戦火をメインモニター越しに睨み据えていた。窓の外では、ストライクのフェイズシフト装甲がエネルギー消費の限界を迎えてそのカラーを不気味に明滅させており、それを庇うように飛び交うオーディンのシールドの向こう、白き船体から次々と新しい火球と黒煙が噴き上がっている。
「(……持ち堪えろ……!)」
蓮は、激しい振動に網膜の焦点を歪ませながらも、マルチモニターの端で激しく点滅する広域航法マップの数値を、血が滲むほどに睨み据えていた。
次々と被弾し、防空兵器を破壊されながらも、アークエンジェルはその巨大な双胴を荒れ狂う波飛沫へと叩きつけ、必死に前進を続けていた。
モニターの向こう、 shadow 赤く染まった国境線のインジケーターが、ミリ単位で確実に近づいてくる。
満身創痍の絶対的な死線の最中、アークエンジェルは刻一刻と、平和の国――オーブ連合首長国の領海へと、その針路を必死に繋ぎ止めようとしていた。
キラ、左からジンが来る。落とせなくてもいい、射線を逸らせ」
『くっ……、分かっているよ、蓮少尉!』
大気圏降下以来、地表の重力に翻弄されながら続いていたザフトのアスラン隊による追撃戦。その泥沼の撤退戦を切り抜け、ようやく視界に捉えたオーブ領海線、そのわずか手前の公海上に至ってもなお、火線は途切れることがなかった。
キラ・ヤマトの駆るストライク、そして蓮の駆る『オーディン』。2機のモビルスーツは、満身創痍の強襲機動特装艦アークエンジェルの船体に文字通り張り付き、押し寄せるザフトの猛火から艦を死守するための強固な防壁と化していた。
ドガァァァンッ!!
容赦なく炸裂する火線。船体を直接叩く衝撃と、警報(アラート)が鳴り響くブリッジの中で、シャル・アスハは司令席のコンソールに指を突き立て、奥歯を噛み締めていた。
スクリーンに映るのは、アークエンジェルに寄り添うようにして敵の散弾と実弾を切り払い、擦り切れていくオーディンとストライクの姿。カオシュンの地獄が脳裏を過る。あの時のように、また目の前で失うのか。ただ守られるだけの弱さを捨てると誓ったシャルの紅色の瞳が、焦燥に引き裂かれる。
だが、戦闘の最中に言葉を交わす余裕など、どこにも存在しない。シャルはただ、剥き出しの恐怖と執着を胸の奥に抑え込み、その凄絶な防戦の光景を睨みつけることしかできなかった。
蓮の視線はコンソールの数値をミリ単位すら動かさず、ただ機械的に「最適解」のみを演算し、的確に操縦桿を動かしていた。だが、度重なる死闘で満身創痍となった艦に、これ以上の猛攻を凌ぎ切る余力など、もはやどこにも残されてはいない。
その時、アークエンジェルのメインスクリーンに、青き海原を埋め尽くす鉄の城――オーブ連合首長国海軍のイージス艦隊が映し出された。
――ズドォォォンッ!!
突如、艦隊の主砲から放たれた閃光が、アークエンジェルの目前の海面を爆裂させた。天を突く凄まじい水柱が、巨艦の船体を大きく揺らす。明確な、そして容赦のない威嚇射撃だった。
『――警告。これより先はオーブ連合首長国の領海である。所属を問わず、あらゆる戦闘行為を禁ずる』
CICのスピーカーから響いたのは、一切の感情を排した冷徹な音声。
『繰り返す。領海線を越えるあらゆる戦闘単位は、所属を問わず我が軍の迎撃対象となる。直ちに戦闘を停止し、反転、退去せよ』
マリュー・ラミアスはその警告に唇を噛んだ。
オーブが厳格な中立を国是としていること、領海侵犯がどれほど政治的に致命的か。正規の軍人であるマリューやナタルには痛いほど分かっていた。だが、もはや国際法を盾に乞う以外に、この絶望的な戦況を覆す手段は残されていないのだ。
「何ですって……!? こちらは地球連合軍、第八艦隊所属、アークエンジェルです! 本艦は現在、深刻な損傷を被っています! どうか……人道的見地から、一時的な緊急入港の許可を……!」
通信機を握りしめるマリューの手に力がこもる。しかし、オーブ海軍の返答は無慈悲だった。
『……本国よりの通達である。我が国は中立であり、いかなる軍隊の侵入も認められない。貴艦が地球連合軍の所属である以上、これ以上の接近は我が国に対する主権侵害とみなす。速やかに退去せよ』
「くっ……! 通り一遍の建前を……! 今ここで反転すれば、ザフトの餌食になるのは分かっているでしょうに!」
ナタル・バジルールが悔しげに歯噛みする。中立国の軍人として「法」に従う彼らの対応は正論だ。正論だからこそ、付け入る隙がない。ブリッジに重苦しい絶望の空気が広がる。
「待て! あたしだ! あたしの声が分からないのか!」
通信回線に力強く割り込んだのは、カガリ・ユラ・アスハだった。彼女は狂おしいほどの叫びを、オーブ艦隊に向けて叩きつける。
「あたしはウズミ・ナラ・アスハの娘、カガリだ! アークエンジェルの入港を許可しろ!」
ウズミ代表の娘という衝撃的な要求。しかし、帰ってきたオーブ海軍の返答は冷酷だった。
『……たとえアスハの御令名があろうとも、国家の方針を曲げることはできん。我が国は中立である。例外は認められない。直ちに退去せよ』
「なっ……!?」
実の娘の要求すら切り捨てるオーブの冷徹さに、カガリが絶句する。その時、カガリの背後からシャルが静かに、しかし毅然とした足取りで前へ出た。通信マイクを引き寄せ、不遜で凛とした声でオーブ艦隊へと告げる。
「オーブ海軍の諸官に告ぐ。カガリの言葉は真実だ。そして、この艦にはアスハの血筋であり、日本の皇女でもあるこの私、シャル・アスハも乗っている。オーブが掲げる理念が口先だけのものでないならば、その大義に見合った慈悲をここで証明してみせろ」
首長国の姫君に続き、亡国の気高き皇女であるシャルの存在。二人の高貴な血筋が乗るという真実。その重みに、通信の向こう側のオペレーターが一瞬、息を呑んだ気配が伝わってきた。
しかし。数秒の痛切な沈黙の後に帰ってきた返答は、なおも冷徹極まるものだった。
『……重ねて通告する。たとえ皇女殿下のご発言があろうとも、中立の国是は曲げられん。速やかに退去せよ。さもなくば防衛行動に移行する』
「くっ……。この私とカガリが直々に身内だと明かしているのだぞ。それを一蹴するとは……オーブの上層部は、どいつもこいつも石頭の集まりか」
シャルは端正な顔を屈辱に赤く染め、苛立たしげに床を踏み鳴らした。かつて自身の弱さを思い知らされた彼女にとって、この不条理な無力さは容認しがたいものだった。
ミリアリアが顔を青ざめさせ、絶望の声を漏らす。それを見計らったかのように、公海の向こう側からザフトの重火器が唸りを上げた。イザークのデュエル、あるいはアスランのイージス。赤と青の機体が、逃げ場を失ったアークエンジェルへと容赦のない砲火を浴びせかける。
ビームと実弾が交錯する激しい混戦の中、オーディンのコックピットでアークエンジェルに張り付きながら防戦を続けていた蓮の元へ、突如として別のシグナルが割り込んだ。軍用の暗号化を施された、特殊な秘匿回線。
メインモニターの隅に表示されたその顔を見て、蓮の瞳が僅かに動いた。独立0特務隊の指揮官――神代宗一郎艦長だった。
『――私だ。神代だ。蓮、聞こえるか』
「神代艦長。どうして、この回線を。それに、あの艦隊の対応は何ですか。中にカガリやシャル、キラたちもいます」
蓮の声には一切の感情の起伏はなかったが、問いかける言葉には確かな理由があった。スピーカーから聞こえる神代の文字通り鉄のような声は、微塵も揺るがない。最愛の妹である遥を失い、蓮と共にあの慰霊碑の前に立っていた時と同じ、冷徹な覚悟を秘めた眼光がそこにあった。
『時間がない、よく聞け。アークエンジェルが我が国の領海に入り次第、我々は全艦をもって艦砲射撃を行う』
「……正気ですか。本気で俺たちを撃ち落とす気ですか」
『――これは“茶番”だ』
「……」
蓮の演算が、その言葉の意味を瞬時に弾き出す。神代は淡々と、しかし極めて冷徹なトーンで言葉を続ける。
『オーブはザフト、連合を問わず、我が国の主権を脅かす勢力には容赦しない。その毅然たる態度を、いま世界(プラント)に示さねばならんのだ。……だからこそ、ザフトの目の前で、我々はアークエンジェルを激しく攻撃してみせる。奴らがこれ以上の追撃を諦め、撤退し次第、速やかに秘密裏にアークエンジェルを国内へ入港させる。これはウズミ代表の、いや、オーブという国家の決断だ』
「狂言、ということですか。世界を騙すための、大掛かりな芝居を」
『そうだ。だから蓮、お前はそのままアークエンジェルを守れ。流れ弾はそちらへ当てん。だが、ザフトへの警戒は怠るな。分かったな』
「了解。これより『最適解』を遂行します」
蓮は短く答えると、オーディンのスロットルを再び冷徹に握り直した。国家という巨大な怪物の冷徹な覚悟を理解した今、やるべきことは一つだけだ。アークエンジェルを領海内へ、生きて送り届ける。
だが、限界は唐突に訪れた。2機が必死に張り付き防盾となっていたものの、公海線のギリギリで、イージスの放った一撃がアークエンジェルの艦尾を掠める。
「――っ、右舷エンジンに被弾! 出力低下、高度維持できません!」
「衝撃に備えて! 着水します!」
激しい衝撃とともに、白い巨艦アークエンジェルがオーブの領海内へと滑り込み、激しい白波を上げて着水した。
その瞬間、迫りつつあったアスランのイージス、長距離砲を構えていたディアッカのバスターを含め、ザフトの全モビルスーツの動きがピタリと止まる。ここから先はオーブの領海。一歩でも踏み込めば、中立国オーブとの全面戦争を意味するからだ。
しかし、ザフトが動きを止めた次の瞬間。それを嘲笑うかのように、オーブ海軍のイージス艦隊が一斉にその砲門を、着水したアークエンジェルへと向けた。
「全艦、撃て(ファイア)ッ!!」
神代の地鳴りのような号令とともに、無数の艦砲が一斉に火を噴いた。
凄まじい質量の大口径砲弾が、アークエンジェルの周囲の海面へと次々に着弾し、爆裂する。天を突くような巨大な水柱のカーテンが幾重にも立ち昇り、白き船の姿を完全に覆い隠していく。耳を聾するほどの爆音と、荒れ狂う波。
それは、客観的に見れば凄絶な、あるいはあまりにも完璧な「不法侵入者への拒絶」の演出だった。
「……チッ、オーブの連中、身内が乗ってると知りながら本当に容赦なく撃ちやがったか!」
領海線の向こう側で、デュエルのコックピットにいるイザークがその光景に舌を巻いた。アスハの娘や日本の皇女が乗っていると知りながら、領海を侵したという理由だけで容赦なく最大火力を叩きつけるオーブの苛烈な迎撃姿勢。
これを見せつけられては、これ以上の追撃は「オーブ全軍との全面戦争」を覚悟せねばならず、流石のザフトも引き下がるしかなかった。
「……全機、撤退する……!」
アスランの苦渋に満ちた命令により、ザフトのモビルスーツ隊は反転し、瞬く間に公海の後方へと去っていった。
ザフトの機影がレーダーから完全に消え去ったことを確認すると、それまで狂ったように鳴り響いていたオーブ艦隊の砲声が、嘘のようにピタリと止んだ。
煙が晴れた海面には、奇跡的に直撃を免れ(神代たちの精密な制御によるものだが)、呆然と浮かぶアークエンジェルの姿があった。
『砲撃停止。……アークエンジェルへ通信。これより当艦隊が、貴艦を秘密軍港へと誘導する。……静かに従われたし』
神代からの、静かな、だが確かな救いの手が差し伸べられた。
硝煙と潮風が満ちる海の上、満身創痍 of 白き船は、オーブの隠された懐――秘密の軍港へと、静かに導かれていくのだった。
続く
ご愛読ありがとうございます。アニ督です。投稿が遅くなり申し訳ありません。既に第5話も書き始めており、出来次第直ぐに投稿しますのて、少し待って頂ければ幸いです。そして、今後ともどうぞよろしくお願いします。では、次回も楽しみに。