ガンダムseed Odin   作:アニ督

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第6話です。どうぞ。


第6話 捜索と出会い

強襲機動特装艦アークエンジェルがオーブの領海を離れてから、数日の月日が流れていた。

 モルゲンレーテ社の秘密訓練演習場には、砂塵を巻き上げる鋭い駆動音が鳴り響いている。

 ヤマト少尉のストライクが遺していった実戦データを流用し、武装強化を含む全面的な改修を終えた『オーディン』。蓮はそのコックピットの中で、新システムと自身の感覚を同調させるための実戦訓練を行っていた。彼の瞳には、コンソールの数値のみが冷たく映り込んでいる。

 だが、そのモニターに展開されている仮想敵のシグナルは、無人のデータではない。

「――そこだっ、蓮……!」

 白く遮る砂塵の向こうから、鋭い制動音と共に一機のモビルスーツが突っ込んできた。

 白い装甲に、剥き出しの赤いフレーム。オーブの試作機『M1アストレイ』だ。

 そのコックピットで操縦桿を握り、驚異的な執念で機体を制御しているのは、シャルだった。前朝、モルゲンレーテのドックで「お前の後ろを守ってやる」と笑ってみせた少女は、言葉通り、ナチュラルでありながら新型OSをその身に馴染ませ、実戦の訓練に参加するまでの領域に達していた。

 アストレイは滑らかなステップで間合いを詰めつつ、訓練用に威力を減衰させた71式ビームライフルを連射する。

 放たれた眩い光条が、オーディンの四方を正確に捉えて迫る。

「……動きが遅い」

 蓮は流れるような手付きで操縦桿をミリ単位で動かした。

 オーディンは鋭利でスタイリッシュな四肢を滑らかに駆動させ、シャルの放ったライフルの射線を、まるで最初から軌道を知っていたかのように紙一重で完全にかわしきる。直後、背部推進剤が爆発的な輝きを放った。

 アストレイの視界から、一瞬でオーディンの姿が掻き消える。

「しまっ……!?」

 シャルが焦燥に紅色の瞳を見開いた瞬間には、すべてが終わっていた。

 飛行形態から瞬時に人型へと変形し、死角から回り込んだオーディンは、手にした訓練用のビームランスの鋭利な先端を、寸分の狂いもない動作で、アストレイの首元へとピタリと突き立てていた。

『――そこまで。模擬戦終了』

 コックピット内に無機質なアナウンスが響き、演習場のホログラムが静かに消えていく。

 機体をそれぞれのハンガーへと収容し、システムの完全停止を終えた蓮は、作業服に着替えてタラップを降りた。隣のレーンでは、同じくコックピットから降りてきたシャルが、激しい操縦負荷による汗を拭いながら、悔しげに蓮を睨みつけていた。

 蓮は感情のない瞳をシャルへと向け、ただの事実として淡々と指摘を口にした。

「シャル。格闘戦への移行時のアプローチ、ならびにライフルの射角変更の動きが単純すぎる。その精度の機動では、敵のカウンターを誘発する。直ちに改善しろ」

「くっ……! 言うではないか! お前はコーディネイターだからそんな思い通りの動きができるのだ! こっちはナチュラルの限界に挑んでいるというのに、少しは手加減というものを覚えたらどうだ!」

 シャルは金髪のサイドテールを揺らし、不慢げに足場を踏み鳴らした。すべてを奪われた過去を背負い、戦う力を求めて必死に足掻いているからこその、少女の剥き出しの義憤。

 だが、蓮の声音はどこまでも冷徹で、微塵の揺らぎもなかった。

「ザフトのモビルスーツが相手になった時も、お前はそのように相手に言い訳するつもりか。……お前が守りたいものを守るためには、しっかりと考えて動け」

「――っ」

 蓮の言葉に、シャルは言葉を喉の奥に詰まらせ、悔しさに唇を噛んで黙り込んだ。

 感情に任せて動くだけでは、大切なものなど何も護れない。戦場は言い訳など聞いてくれない。蓮の言葉が冷酷なまでの正論だからこそ、彼女は何も言い返すことができなかった。

 張り詰めた静寂がハンガーを支配しようとした、その時だった。

「――二人とも聞いてくれ!」

 格納庫の重厚な自動扉が勢いよく開き、慌ただしい足音と共に現れたのは、カガリだった。

 その顔は、いつも以上に青ざめ、深刻な動揺を隠しきれていない。蓮とシャルが同時に視線を向けると、カガリは手元の通信端末を握りしめ、衝撃的な事実を二人に叩きつけた。

「大変なんだ……! さっき、オーブを発ったアークエンジェルから、お父様のところに極秘の連絡が入った……!」

「アークエンジェルから? あの船がどうしたのだ」

 シャルの問いに、カガリは息を荒くしながら、信じられないというように首を振った。

「アラスカの手前で、ザフトの凄まじい大部隊と交戦したらしい……! 艦は生き残ったみたいだけど……あのストライクが、ヤマト少尉が……行方不明になった! アークエンジェルから、オーブ海軍に対して、ストライクとキラの捜索要請が正式に頼まれたんだ……!」

「……!」

 カガリの叫びが、格納庫の硬質な空気を烈しく引き裂いた。

 キラが行方不明になった。あのヘリオポリスから共に死線を潜り抜け、このモルゲンレーテで誰でもアストレイを動かせるOSを遺していってくれた、あの少年兵が、戦火の中に呑み込まれたのだ。

 シャルの紅色の瞳が驚愕に揺れ、蓮の瞳が、暗い光の中で鋭く閃いた。

 アークエンジェルが発ち、ようやく手に入れた束の間の平穏は、唐突に終わりを告げた。

 理不尽な戦争を終わらせるための、次なる過酷な任務が、蓮の中で静かに開始されようとしていた。

 

カガリがもたらした衝撃の報せを受け、蓮たちは即座にモルゲンレーテ社地下施設の作戦会議室へと集まった。

 薄暗い室内の照明の中、中央の大型ホログラムテーブルを囲むようにして、すでに二人の大人が待機していた。一分の隙もない漆黒の軍服を纏った独立0特務隊の指揮官、神代艦長。そして、一切の感情を読ませない厳格な面持ちを崩さない、オーブの最高権力者ウズミ代表。

 蓮、シャル、そしてカガリが席に就くと、神代が冷徹な眼光を全員に向け、卓上のコンソールを叩いた。

「全員揃ったな。……時間がない、直ちに本題に入る」

 神代の低く鉄のような声と共に、ホログラムテーブルの上にオーブ周辺の海域データが鮮明に浮かび上がった。

「アークエンジェルから我が特務隊へと、極秘裏に送られてきた情報だ。……ここを見ろ」

 神代の指し示した座標、オーブのすぐ近海にあたる広大な南太平洋の一角が、不気味な赤色で明滅を始める。

「アークエンジェルはオーブを発って数日、この南太平洋の海域において、ザフトの予想を遥かに超える大規模な伏撃に遭遇した。艦は多大な損傷を被りながらも戦域を離脱したが……ザフトの猛火を引き受け、殿として戦い抜いたヤマト少尉のストライクは、このオーブ近海の海域で完全に消息を絶った。アークエンジェルからの公式な『捜索要請』だ」

「そんな……。すぐ近くじゃないか。あのストライクが、本当に……」

 カガリが卓上に表示された赤い光点を見つめ、痛々しげに拳を握りしめる。あのヘリオポリスからずっと、不条理な戦火の中で誰よりも傷つきながら戦い、このオーブに誰でも扱えるOSまで遺していってくれた少年。そのキラが、自分たちのすぐ目の前の海で戦火の中に呑み込まれたという現実に、室内の空気が一気に凍りつく。

 木の影で蓮の想いを聞いていたシャルもまた、腕をきつく組み、紅色の瞳を鋭く潜めてその座標を睨みつけていた。

 神代はカガリの動揺に表情を微じろぎもさせず、淡々と次なる作戦を提示した。

「我が国の立場はあくまで中立であり、公に連合のパイロットの捜索に軍を動かすことはできん。……よって、此度の任務は独立0特務隊の極秘作戦として遂行する。作戦案を提示する。これより、隠密性と航続距離に優れた我が隊の水上機2機を即座に現地海域へと派遣、索敵を行わせる」

 神代は一度言葉を区切ると、直立不動のまま控えていた蓮へと視線を向けた。

「だが、現場海域は未だにザフトの残存勢力や巡留部隊が徘徊している可能性が極めて高い。非武装の水上機だけを放り込めば、容易に撃沈されるだろう。……そこで、水上機2機の護衛、ならびに周囲の脅威排除として、モルゲンレーテでの改修・武装強化を終えた『オーディン』を単機出撃させる。蓮少尉、いけるか」

 その問いに、蓮の無機質な瞳が僅かにまたたいた。

 改修を終えたオーディンの仕様、そして現地海域までの飛行形態での最速の巡航ルートが、彼の脳内で瞬時に弾き出される。蓮の声音は、どこまでも平然としていた。

「問題ありません。オーディンの新規兵装回路の同調、ならびに長距離飛行における推進剤の燃焼効率の計算は、先ほどの模擬戦データで完了しています。直ちに出撃可能です、神代艦長」

「よろしい」

 神代は短く応じると、隣に立つウズミへと視線を投げかけた。

 オーブの理念である中立を死守するため、世界に嘘をつき、その欺瞞の闇の中でこの独立0特務隊を作った男。ウズミは冷たい石碑の前に立っていた時と同じ、鉄のような覚悟を宿した眼光のまま、姪であるシャル、そして義理の娘であるカガリの顔を静かに見つめ、深く頷いた。

「――神代、その作戦を許可する。我が国のために、そして理不尽な戦争を終わらせるために力を尽くしてくれたヤマト少尉を、このまま見殺しにすることはオーブの大義に反する。……直ちに準備にかかれ」

「はっ」

 ウズミの明確なゴーサインが下り、神代が手元の通信機でハンガーの整備兵たちへ迅速な出撃指示を飛ばし始める。

 アークエンジェルを見送って数日、近海でもたらされた戦火の残響。キラを救い出し、次なる戦火の因果を断ち切るための極秘救出任務。

 蓮は無言のまま回れ右をし、新たなる力を宿した愛機オーディンが待つ、地下ハンガーへと足を進めるのだった。

 

出撃指示が下されてから、わずか一時間後。モルゲンレーテ社の地下ハンガーでは、すでにすべての出撃準備が完了していた。

 不気味なほどの迅速さで整えられた戦支度の中、オーブ軍の黒いパイロットスーツに身を包んだ蓮は、鋭利なシルエットを佇ませる愛機『オーディン』へと向かって、無言で歩みを進めていた。

「――待て、蓮!」

 背後から響いた凛とした声に、蓮は足を止めて振り返った。

 そこに立っていたのは、蓮と同じくパイロットスーツに身を包んだシャルだった。アストレイのコックピットから降りたばかりの彼女は、その紅色の瞳に強い決意を宿し、蓮を真っ直ぐに見据えて言い放った。

「私もアストレイで出る。貴様……お前の護衛として、実戦に参加させてもらうぞ」

 前朝の約束を果たすため、そしてキラを救うために前線へ赴こうとするシャルの執念。しかし、蓮はその言葉を聞いても眉一つ動かさず、感情を排した声音で淡々と却下を告げた。

「却下だ、シャル。お前はここに残れ」

「なぜだ! 私の操縦技術なら、先ほどの模擬戦でもアストレイを問題なく動かせていたはずだ! 足手まといにはならん!」

 反論するシャルに対し、蓮は一歩も引くことなく、冷徹な事実を突きつけた。

「操縦の精度の話ではない。現場海域は、未だザフトや地球連合の目が光る不安定な南太平洋だ。下手に護衛の機体数を増やせば、付近にいる両陣営に対し、オーブの政治的な立場を誤解させるリスクが跳ね上がる。……それに、まだ開発中のアストレイを外部に晒す危険性を考えれば、お前の出撃に合理性は一切存在しない」

「くっ……」

 蓮の突きつけた圧倒的な正論、そしてオーブという国家の中立を脅かしかねないという現実に、シャルは言葉を詰まらせた。守りたいものを守るためには、しっかりと考えて動け。先ほどハンガーで蓮に諭された言葉が、重く脳裏をよぎる。

 シャルは悔しげに拳を握りしめ、しばらくの間黙り込んでいたが、やがて視線を落として渋々と承諾の息を吐き出した。

「……分かった。私はここに残る。だが、蓮」

 シャルは再び顔を上げ、金髪のサイドテールを揺らしながら、隣のレーンで水上機への乗り込みを開始していたカガリの姿を一瞥した。

「水上機に乗って直実に出撃するカガリと一緒に……必ず、生きて帰ってこい。お前に死なれては、私の護衛がいなくなるからな」

「了解した。生還の確率を、一パーセントでも高く維持して行動する」

 蓮は感情のない瞳のまま短く応じると、踵を返して事前に洗練された飛行形態へと変形を終えていたオーディンへと乗り込んだ。

 コックピットハッチが閉ざされ、機体の各部システムが目覚める。

 ゴゴゴゴゴ……と低い駆動音を立てて、地下の巨大なエレベーターが作動を始めた。プラットフォームごとオーディンの巨体が上昇し、カモフラージュされた崖の岩盤が開かれると、朝の澄んだ光に満ちた地上の広大な滑走路へと姿を現した。

『独立0特務隊、オーディン。これより管制塔の指示に従い、水上機2機と共に出撃行動に移られたし』

「オーディン、蓮少尉、了解。これより出撃する」

 蓮がスロットルレバーを滑らかに押し込むと、オーディンの背部推進剤が爆発的な光の尾を引き、鋭利な機体が爆音と共に大気へと踊り出た。

 その左右には、既に離水を完了させていたオーブ特務隊の水上機2機が並び、美しいV字の編隊を組んでいく。

 眼下に広がる青い南太平洋を見据えながら、改修を終えたオーディンは水上機2機を先導し、行方不明となったキラを救い出すため、碧く広がる戦火の海へと真っ直ぐに突き進んでいくのだった。

 

碧く広がる南太平洋の上空を、三つの機影が猛烈な速度で駆け抜けていた。

 先導する飛行形態の『オーディン』、あるいはその左右を追随する独立0特務隊の水上機2機。オーブの領海線を越えてからわずかな時間、編隊はヤマト少尉のストライクが消息を絶ったとされる現地海域へと、迷いのない機動で到達した。

 周囲には、先日の激戦を物語るように、海面にうっすらとオイルの油膜が漂っている。

 蓮はオーディンのセンサーの感度を最大まで引き上げ、周囲の索敵演算を開始した。コンソールに表示される地形データを追っていた彼の瞳が、ある島の一角に表示された不自然な熱源と金属反応を捉えた。

「――見つけた」

 蓮は通信のスイッチを押し込み、直実に出撃していたカガリ様の水上機へと直接、無線を開いた。

「こちらオーディン。ヤマト少尉のストライクを視認した。……大破し、広範囲が黒焦げになっている」

『なんだって……っ!? キラが……!』

 無線越しに、カガリ様の悲痛な叫びが響く。

 蓮はスロットルレバーを動かし、オーディンをその孤島へと向けて急降下させた。空中から島全体のスキャンを完了させると、蓮は機体の構造を人型へと滑らかに変形させる。

 ストッ、と小気味良い制動音を響かせて島へと降り立ち、手にしたビームランスを構えながら周囲の死角を完璧に警戒した。

「周囲にザフト、ならびに地球連邦の熱源反応はなし。周囲の安全を確保した。これより水上機の着水を許可する」

 蓮の報告を受け、まず初めに捜索隊と調査隊を乗せた一機目の水上機が、島の湾内へと静かに着水した。ハッチが開放されると同時に、オーブの技術兵たちが飛び散ったストライクの残骸を調べるために一斉に浜辺へと展開していく。

 続いて、焦燥を隠しきれないカガリ様を乗せた二機目の水上機が砂浜へと乗り上げた。

「キラ……! キラ、どこにいるんだよ……っ!」

 カガリ様は水上機から飛び降りると、周囲の兵たちと共に、名前を叫びながら必死にキラの捜索へと走り出した。

 蓮はコックピットの中で、可能な限りの地上索敵に協力しつつ、改修されたオーディンのレーダーを対空・対水上へと回していた。いつ哨戒部隊がこの爆発痕を嗅ぎつけてやってくるか分からない状況だった。

 その時、オーディンの光学カメラが、大破したストライクの残骸から少し離れた、波打ち際の白い浜辺に横たわる一人の人間を捉えた。

 その身を包んでいたのは、鮮烈なザフトの『赤いパイロットスーツ』。

「……ザフトのパイロットか」

 蓮は一度オーディンを完全に固定し、コックピットのハッチを開放した。タラップを素早く降りて白い砂浜へと着地すると、腰のホルスターから護身用のピストルを片手に引き抜き、銃口を向けたまま警戒を怠らずにそのパイロットへと近づいていく。

 うつ伏せに倒れた赤服の少年の傍らに膝をつき、蓮は空いた手で相手の首筋に指を当てた。微かだが、確かな脈動。

「生きているな」

 蓮は手元の携帯無線機のスイッチを叩き、淡々と捜索隊へと報告を入れた。

「こちら蓮。ストライクの残骸から北方へ150の浜辺にて、ザフトの赤服パイロットを1名発見。生存している。直ちに救護の用意を」

 無線を切ってピストルをセーフティに戻したその直後、足音を荒くして、捜索隊から少し遅れる形でカガリ様が浜辺へとやってきた。

「蓮、ザフトのパイロットって……っ!?」

 息を切らせて駆け寄ってきたカガリ様だったが、蓮の足元に横たわる、ヘルメットのバイザーから覗くその少年の顔を視界に収めた瞬間、その身体が明確に凍りついた。

「あっ……こいつ、は……」

 カガリ様は驚愕にその目を見開き、信じられないものを見たかのように激しく動揺し、言葉を失ってその場に立ち尽くした。かつて無人島で出会い、互いに不器用な刃を交わし、あるいは語り合ったあのザフトの少年、アスラン・ザラだった。

 激しく取り乱すカガリ様の様子を、蓮は一切の感情を排した冷徹な瞳で見つめ返した。その不自然なバイタルと動揺の意味を測るように、蓮は淡々と問いかけた。

「――カガリ様。知り合いですか」

 潮風が吹き抜ける静謐な浜辺、黒焦げとなったストライクの残骸の影で、蓮の無機質な問いが、カガリ様の激しい動揺のなかに静かに木霊するのだった。

 

波打ち際に倒れていたザフトの赤服パイロットの身を包み、救護班による水上機内への収容作業は無事に完了した。

 周囲の警戒を水上機の機銃座へと引き継ぎ、蓮は機内の通路で、未だにどこか硬い表情のまま佇んでいるカガリ様の隣に立った。蓮の瞳には一切の感情の起伏はなく、ただの事務的な確認として、先ほどの問いの続きをカガリ様へと投げかけた。

「カガリ様。先ほどの様子から見て、やはりあのパイロットと面識があるようですが。彼は一体何者ですか」

 カガリ様は深く息を吐き出し、自らの衣服の裾をぎゅっと握りしめながら、ぽつりぽつりと過去の因縁を語り始めた。

「……あいつは、アスランだ。アスラン・ザラ。……あたしがアフリカの砂漠でアークエンジェルと合流する、もっと前のことだよ。あたしはスカイグラスパーに乗って出撃して、ザフトの戦闘機と相打ちになって不時着したんだ。その墜落した無人島で……あたしは、あいつと出会った」

 かつてアフリカの死線へ赴く前に交錯していた、敵と味方という枠を越えた二人だけの時間。

 蓮はその事実を静かに聞き届け、それ以上の追及はしなかった。心を殺した彼にとって、他者の感傷を詮索することに合理性はなかったからだ。

 その時、救護室のドアが開き、オーブの軍医が顔を出した。

「カガリ様、蓮少尉。収容したザフトのパイロットが、意識を取り戻しました」

「っ、あいつが……!」

 報せを聞いたカガリ様は、迷うことのない足取りで、アスランの眠る救護室の中へと入っていった。

 蓮は部屋のすぐ外の通路に直立不動のまま待機し、周囲の警戒を続けていた。閉ざされた防音ドアの隙間から、部屋の中から響くカガリ様とアスランの、激しく感情をぶつけ合うような、しかしどこか悲痛な声が微かに漏れ聞こえてくる。キラを巡る、引き裂かれた少年たちの不条理な現実が、そこにはあった。

 数分後、静かにドアが開き、カガリ様が部屋から出てきた。その繊細な表情には、怒りとも絶望ともつかない複雑な痛みが張り付いていた。カガリ様は蓮の無機質な瞳を見つめ、静かに告げた。

「……蓮、あいつの見張りを頼まれてくれないか。少し、頭を冷やしたい」

「了解しました。カガリ様は一度、随伴の水上機で休息を取ってください」

 蓮は短く敬語で承諾すると、カガリ様と入れ替わるようにして救護室の中へと足を踏み入れ、ドアを静かに閉めた。

 簡易ベッドの上で、上体を起こしたザフトの赤服パイロットが、入ってきた蓮の姿を鋭い眼光で見据えた。その全身には激戦の爪痕たる包帯が痛々しく巻かれている。蓮はベッドの傍らに立ち、カガリ様が去った室内で、一切の抑揚のない普通通りの淡々としたタメ口で、まずは簡単な挨拶として自らの素性を告げた。

「オーブ海軍独立0特務隊、蓮少尉だ。これよりお前の見張りに就く」

 その冷徹な佇まいに、少年は僅かに身構えながらも、敵国の軍人に対して毅然と自らの名を名乗り返した。

「……ザフト軍特務隊、アスラン・ザラだ」

 静かに対面を果たした二人の少年の間に、ヒリつくような張り詰めた静寂が流れる。蓮の瞳は、目の前の少年のバイタルデータを正確に見極めるように冷静なまま、本題を切り出した。

「怪我の具合はどうだ。……それから、カガリ様とは何を話していた」

 アスランは蓮の、不気味なほど感情のない瞳を睨みつけ、自嘲気味に言葉を絞り出した。

「カガリとは、キラのことを話していた。……俺は、先ほどの戦いで、ストライクをキラもろとも破壊した。あいつを……この手で殺したんだ」

 自らの口から語られる、親友をその手で討ち果たしたという壮絶な告白。

 だが、蓮の瞳はピクリとも動かなかった。そのあまりに冷酷なまでの平然さに、アスランは僅かに息を呑み、水上機の狭い窓の外、砂浜に鎮座している洗練されたシルエットの機体へと視線を向けた。

「……君は。その衣服、それにその佇まい……あの窓から見える『オーディン』のパイロットではないのか?」

「そうだ」

「やはり……。お前はオーブの近海で、アークエンジェルに張り付き、ストライクと共にザフトの前に立ちはだかっていた。……なぜオーブの軍人が、あの不審艦と共に戦っていたんだ」

 アスランの厳しい問いに、蓮はコンソールのデータを確認するように、淡々と自身の事実を口にした。

「俺がアークエンジェルにいた理由、それはあの艦を護衛することが、我が特務隊の任務だったからに過ぎない。……それに、俺自身もお前と同じ『コーディネイター』だ」

「お前が……コーディネイター……!? なのに、なぜ連合の側に……」

「俺は、かつてプラントが引き起こした最初の惨劇……ユニウスセブンで、家族のすべてを失った。あの農業プラントに、俺の帰る場所は最初から存在しない」

「――っ!?」

 アスランの緑色の瞳が、驚愕に限界まで見開かれた。

 目の前にいる冷徹なオーブの軍人が、自分と同じ、あのユニウスセブンの悲劇の遺族。アスランは自らの胸の奥にある、引き裂かれた痛みを絞り出すように呟いた。

「ユニウスセブン、だと……。……俺も、あの光の中で、母を失った。だから、俺はその連鎖を断ち切るために、ザフトの剣となったんだ。だが、お前はなぜザフトではなく、あの薄汚い地球連邦の側にいる! なぜ連邦のために戦う!」

「連邦のためではない」

 蓮の声は、微塵も昂ることはなかった。ただ、胸の奥に封印した、唯一の行動原理だけを静かに告げる。

「俺は、かつての恋人を……神代遙艦長を、ザフトの誤認攻撃によって殺された。……俺が今もオーディンに乗り、この戦場に立ち続けているのは、誰もが笑顔でいられるこのオーブを守り、そして、この理不尽な戦争を終わらせるという、彼女の遺した夢を代わりに遂行するためだけだ」

 ザフトの武力によって、最愛の彼女を一瞬で跡形もなく奪われたという、蓮の過去の傷跡。

 アスランはその言葉の重みに、完全に圧倒され、言葉を失ってベッドの上で固まった。自分たちが掲げる報復の武力が、オーブの中立の欺瞞の裏で、このような凄絶な悲劇と、心を壊した怪物を生み出していた。

 蓮は、キラを殺したというアスランの横顔を、静かに見つめた。感情を排した彼の頭脳は、アスランの瞳の奥にある、キラを殺さざるを得なかった圧倒的な葛藤と迷いを、一つのファクトとして認識していた。

 キラを殺した事にも、何か理由があってのことだと思う。だが、蓮はそれ以上、彼の罪を追及することはしなかった。

「……これ以上の私情の対話は、見張り任務の要件外だ」

 蓮は背を向け、ドアのノブに手をかけた。部屋を出る直前、一度だけ振り返り、迷い傷ついているザフトの少年に向かって、静かに言葉を遺した。

「アスラン。何が正しくて、何が間違っているのか。お前自身で、本当に何が正しいかを、一度しっかりと考えてみろ」

 それだけを告げると、蓮は一切の無駄のない足取りで部屋を後にし、静かにドアを閉めた。

 残されたアスランは、暗い救護室の中で、蓮の遺した言葉の重みと、自らの両手に張り付いたキラの血の感触を反芻しながら、ただ無言で固まることしかできないのだった。

 

 南太平洋の孤島における極秘索敵任務は、一つの区切りを迎えていた。

 大破したストライクの機体をオーブ本国へと極秘裏に収容するため、特務隊の調査隊を乗せたもう一機の水上機は、そのまま現地へ残り、収容船の到着を待つこととなった。

 アスランを乗せたカガリ様の水上機は、即座に離水を完了させる。蓮は再びオーディンを流麗な飛行形態へとトランスフォームさせ、その水上機を上空から厳重に護衛しながら、夕闇の迫るオーブ本国へと向けて帰還の途に就いた。

 数時間後、気霧の立ち込めるモルゲンレーテ社の極秘沿岸港へと無事に戻った水上機を待っていたのは、厳重な情報統制が敷かれた硬質な静寂だった。

 しかし、そこに待機していたのはオーブ軍の警備兵だけではない。

 港の最奥、外交上の建前の及ばぬ闇の中に、事前にウズミ代表たちの裏交渉によって手配されていた、ザフトの極秘迎えの機体がハッチを開けて待機していたのだ。

 カガリ様の見守る中、応急処置を終えたアスランが、水上機のハッチからザフトの機体へと移るためにゆっくりと足を進める。

 そのタラップの傍らで、黒いパイロットスーツを着た蓮は、直直実に見送りの位置に立っていた。

 アスランはザフトの機体へ乗り込む直前、ふと足を止め、振り返った。

 ヘルメットを小脇に抱え、感情を排した無機質な瞳でこちらを見つめている蓮の姿を緑色の瞳で真っ直ぐに見据え、アスランは絞り出すように、静かに告げた。

「……蓮。君と話せて、よかった」

 自分たちが掲げる報復の武力の裏で、心を壊しながらも「理不尽な戦争を終わらせる」という遥の夢を背負って戦うもう一人の遺族。その姿は、迷い傷ついているアスランの胸に、消えない楔となって打ち込まれていた。

 アスランの言葉に対し、蓮の瞳はコンソールの光のように淡々としたままだった。

 だが、心を封印しているはずの彼の口から零れ出たのは、一切の軍事規則には存在しない、ただ一人の少年としての不器用なファクトだった。

「……死ぬなよ、アスラン」

 その一言に、アスランは僅かに目を見開き、それからどこか救われたような、かすかな、しかし確かな意思を宿した笑みを浮かべて頷いた。

「ああ。お前もな」

 アスランを乗せたザフトの機体のハッチが閉ざされ、主機が激しい熱風を吹き上げながら、オーブの夜空へと静かに浮き上がっていく。

 蓮はカガリ様の隣に並び、大気へと溶けるようにして飛び立っていくザフトの機影を、ただ静かに見送っていた。

 キラの消息は未だ知れず、世界は憎しみの連鎖の中で狂気へと加速していく。しかし、このオーブの海で交錯した少年たちの誓いは、確かに新たなる因果の火を灯していた。

 蓮の脳細胞の中で、次なる不条理を切り裂くための冷徹な演算が、再び静かに開始されようとしていた。

 

南太平洋の孤島でザフトの赤服パイロットを見送ってから、20日の時が流れていた。

 この期間、中立国オーブの裏舞台では、来たるべき世界の狂気に備えるかのように、かつてない速度で軍備の拡充が進められていた。モルゲンレーテ社の製造ラインでは次期主力機『M1アストレイ』の量産が着々と進み、選抜されたパイロットたちの育成も急ピッチで行われている。

 外海の硝煙を完全に遮断した、独立0特務隊の本部――特務艦ヤマトの広大な格納庫にも、量産されたアストレイが次々と艦載され始めていた。

 さらに、モルゲンレーテ社の最奥に位置する極秘の建造ドックでは、新たなるオーブの牙がその全貌を現しつつあった。

 特務艦ヤマトの運用データを基に、さらなる改良と発展を遂げた同型艦。ヤマト型級2番艦『ムサシ』。その漆黒の船体は、すでに大部分の装甲と機関の据え付けを終え、ついに完成を間近に控えている。

 そんな激動の情勢の中にあっても、蓮の日課は変わらなかった。

 秘密演習場において、蓮は改修を終えたオーディンを駆り、シャルが操るアストレイの戦闘指導を変わらずに続けていた。守りたいものを守るためには、しっかりと考えて動け。その言葉を胸に刻んだシャルは、ナチュラルの限界に挑むかのように、日々目覚ましい成長を遂げていた。

 一通りの実戦訓練を終え、地下ハンガーへと帰還した二人は、それぞれの機体のタラップに足をかけ、各自でメンテナンス作業を行っていた。

 蓮がコンソールの回路チェックを淡々と進めていると、ハンガーの通路から、静寂を切り裂くような慌ただしい軍靴の音が近づいてきた。

 現れたのは、独立0特務隊の指揮官――神代艦長だった。

 いつもならば鉄の仮面のように崩れないその表情が、今は不気味なほどに険しく歪んでいる。そのただ事ではない様子に、アストレイの装甲を拭いていたシャルが、作業の手を止めて鋭い視線を向けた。蓮もまた、コックピットから音もなく床へと降り立つ。

 神代艦長は二人の前に直立すると、一分の隙もない厳格な声音で、真っ直ぐにその名を呼んだ。

「蓮、シャル様」

 公私のけじめを完璧につけたその重々しい呼びかけに、ハンガーの空気が一気に張り詰める。蓮は感情のない瞳のまま、静かに言葉を返した。

「神代艦長。何か不測の事態ですか」

 蓮の問いに、神代艦長は手に握りしめた通信端末のホログラムを起動させ、重々しい鉄のような声で事実を告げた。

「……ザフトが、ついに大規模攻勢を開始した」

「攻勢? やはり、かねてより噂のあった連邦の重要拠点、パナマですか」

 シャルの言葉は、オーブ軍の戦術データに並んでいた誰もが予測する妥当な見解だった。赤道直下の宇宙港パナマを叩き、連邦の宇宙への足を完全に奪う。それがザフトの次なり一手であると、世界中の誰もが信じて疑っていなかった。

 しかし、神代艦長が口にしたのは、その予測を根底から覆す、あまりに不条理な地名だった。

「いや、違う。……ザフトが標的にしたのはパナマではない。地球連合軍最高司令部――アラスカだ」

「なっ……アラスカだと!? 奴ら、連邦の本拠地へ直接攻め込んだというのか!」

 シャルの紅色の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。

 アラスカ。それはかつて数日前、蓮がオーブの境界線ギリギリで見送った、あの白き船――アークエンジェルが真っ直ぐに向かった目的地そのものだった。シャルはすぐさま身を乗り出し、激しい焦燥を滲ませて神代艦長へと言葉を重ねた。

「待て、ならばあのアークエンジェルはどうなったのだ! 奴らはアラスカへ向かったはずだろう! 無事なのか!」

 シャルの必死の問いに、神代艦長は表情を険しくしたまま、通信端末から送られてくる、衛星が捉えた現地の凄絶なライブデータを卓上に展開した。

「……アラスカのジョシュア基地周辺において、激しい戦闘が勃発した。だが、結末はあまりに異常だ。戦闘の最中、原因不明の大爆発が発生し、連邦の最高司令部一帯が、跡形もなく完全に消し去られた。アークエンジェルがその爆発に巻き込まれたのか、あるいは直前に離脱できたのか……現在、我が隊の通信網を以てしても、艦の正確な安否は確認できていない」

「そんな、嘘だろう……。あの船が、跡形もなく……」

 シャルが愕然としてホログラムを見つめ、言葉を失う。

 蓮の無機質な瞳が、衛星画像に映し出される巨大なクレーターの熱源反応を静かに捉えた。一体現地で何が起きたのか、オーブの現段階の技術スキャンを以てしても、その爆発の正体は判別不能だった。

「この激しい戦闘と大爆発の末、アラスカは完全に壊滅。攻め込んだザフトの精鋭部隊は壊滅し、そこにいた連邦の防衛部隊も等しく命を奪われた。……ザフト、連邦、双方の被害は甚大極まる規模に及んでいる」

 神代艦長の言葉が、地下ハンガーの冷たい空気の中に重く沈み込んでいく。

 連邦の欺瞞と、ザフトの憎悪。その二つの狂気が正面からぶつかり合い、すべてを焼き尽くした未曾有の惨劇。アラスカへと向かったアークエンジェル、あるいはヤマト少尉の行方を追うキラの動向も含め、世界の均衡は完全に崩壊へと向かい始めていた。

 蓮は無言のまま、モニターに映る不条理な火の海を見つめていた。

 世界を覆う憎しみの連鎖が、ついにオーブのすぐ目の前まで迫りつつある。遙の遺した「誰もが笑顔でいられる世界」を守るための、より過酷で決定的な次なるタスクが、蓮の中で静かに動き出そうとしていた。

 




ご愛読いただきありがとうございます。アニ督です。遂に次回からはターニングポイントに移っていく予定です。既に7話の編集にも移っており可能な限り早めに投稿するのでよろしければ応援のほどよろしくお願いします。では、次回も楽しみに。
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