ガンダムseed Odin   作:アニ督

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お待たせ致しました。第7話です。どうぞ。


第7話 最後通牒

地球連合軍最高司令部アラスカが、原因不明の大爆発によって跡形もなく壊滅したという未曾有の一報が世界を震撼させてから、9日の時が流れていた。

 世界の報道機関はその話題でもちきりとなり、アラスカの地で起きた凄絶な悲劇を受け、地球全土ではザフトに対する猛烈な憎しみと敵意がかつてないほどに高まっていた。その狂気的な世論の追い風を受け、地球連合軍は来たるべき報復の決戦に向けて、着々と大規模な戦力の増強を世界規模で継続し続けていた。

 中立国オーブ連合首長国もまた、世界を覆う不穏な空気の激変を察知し、軍による哨戒任務を急速に活発化させていた。量産が完了したM1アストレイの部隊のみならず、蓮たち独立0特務隊のモビルスーツをも投入し、周辺海域の不審熱源に対する警戒をかつてないほどに引き上げていた。

 ――そして、この日も。

 蓮は神代艦長からの指示通り、洗練された飛行形態へと変形させた愛機『オーディン』を駆り、激しい波飛沫が立つオーブの広大な領海線付近の上空で、静かに哨戒飛行を続けていた。心を殺した彼の瞳は、ただレーダーに表示される微かなシグナルだけを冷徹に追い続けている。

 ピピピピピ……。

 突如として、コンソールの中央に強固な金属反応を伴う、一基の大型艦の光点が浮かび上がった。

 表示されたシグナルの特異な波形を捉えた蓮の瞳が、鋭く細められる。オーブ周辺の定期航路にも、事前に共有されていた国防軍のスケジュールにも存在しない、完全に未知の不審な巨大熱源。

(……この規模の艦影、新型の哨戒艦か。それともザフトの残存艦か)

 蓮は即座にオーディンのスロットルを押し込み、大気を鋭く切り裂きながら、最悪の事態を想定した戦闘機動でその艦へと急速に接近を開始した。白い気霧を割り、光学カメラのメインモニターに映し出されたのは、あまりに傷だらけで、満身創痍のまま這うように進む白き巨躯のシルエットだった。

 蓮は操縦桿の通信スイッチを叩き、その正体不明の艦に向けて暗号無線で厳格な警告を放った。

「――こちらオーブ海軍独立0特務隊、オーディン。前方の不審艦に告げる。貴艦は現在、我が国の中立主権に関わる領海境界線に接近している。直ちに所属を明らかにし、進路を変更せよ」

 一瞬の緊迫した静寂の後、ノイズ混じりの無線から、聞き覚えのある凛とした女性の声が蓮の耳元へと返ってきた。

『……こちら地球連合軍第八艦隊所属、アークエンジェル。――蓮少尉、私よ。マリュー・ラミアスです』

「ラミアス艦長……」

 返ってきた名前に、蓮は驚きを表情には出さないまま、アークエンジェルに対して、この極めて不安定な海域に今いる理由を淡々と問いかけた。

「アークエンジェル、貴艦はアラスカへと向かったはずだ。なぜ再びこの海域にいる」

『私たちは、あのアラスカの壊滅直前に……戦域を脱出しました。けれど、本部に従わずに独断で戦線を離脱したため、私たちはすでに、連邦から「逃亡艦」としての扱いを受けて追われています。……もう、地球連合に私たちの帰る場所はありません。だから、アークエンジェルの独断で、再びオーブを頼るためにここまで戻ってきたの』

 無線の向こうのマリューの声には、逃亡の身となった凄絶な疲弊と、それでも生き抜くという確かな覚悟が滲んでいた。

『蓮少尉……オーディンに向けて、我が艦のオーブへの「入港」を正式に申し入れます。どうか、頼めないかしら』

「了解した。アークエンジェル、そのままの針路で待機しろ」

 蓮は直ちに通信回線を特務隊の本部へと繋ぎ、神代艦長、あるいはウズミ代表に対して状況を迅速に説明し、アークエンジェルからの入港要求をそのまま伝えた。

 地球連合の「逃亡艦」を再び受け入れるということ。それはオーブにとって、大西洋連邦たちを完全に敵に回しかねない極めて危うい政治的リスクを意味していた。しかし、ウズミ代表たちの下した決断は、かつてと変わらぬ大義のゴーサインだった。

 まもなくして、本部から正式な入港許可の暗号コードが降りる。

「アークエンジェル、入港を許可する。これより誘導を開始する」

 蓮は無線を閉じると、オーディンを飛行形態のまま大きく反転させ、アークエンジェルの船体に張り付くようにして、オーブ本国へ向けて並行護衛を開始した。

 ――その時だった。

 ガシャァン、とアークエンジェルのモビルスーツハッチが開き、船体から一機のモビルスーツが爆発的な速度で大気へと出撃してきた。

 その機体は主翼を烈しく広げ、上空を飛ぶ蓮のオーディンに寄り添うようにして、ぴったりと並行して飛行してきた。

「……何だ、あの機体は」

 蓮の瞳が、コンソールに映し出されたその新型機を捉え、僅かに困惑に細められた。

トリコロールを基調としたその白い見た目は、確かにかつて共に戦い抜いたヤマト少尉の『ストライク』に酷似している。しかし、その背部に備えられた鋭利な黒き大型ウイング、そして機体の放つ圧倒的な高出力の熱源反応は、蓮の知るいかなる地球連合のG兵器、あるいはザフトのモビルスーツのデータにも存在しない、完全に未知の超高性能機だった。

見覚えのない新型機の出現に、蓮が操縦桿を握り締めてミリ単位で警戒へと回した、その瞬間だった。

コックピット内の暗号通信回路が突如として開き、スピーカーから、聞き覚えのある少年の声がクリアに響き渡った。

『――蓮少尉、僕です。……久しぶりですね』

「……お前は……キラ」

それは、紛れもなく29日前の南太平洋の海で消息を絶ち、誰もが行方不明となり死亡したとすら考えていた、あのストライクのパイロット――キラの声だった。

大破したストライク、浜辺で倒れていたアスラン、整理されたアラスカの消滅。その過酷な因縁の果て、新たなる白き双翼を背負って奇跡の生還を果たした少年の姿を見つめ、蓮の無機質な瞳の奥で、次なる世界の不条理を切り裂くための新たなる演算が、静かに、しかし激しく開始されようとしていた。

 

アークエンジェルからの入港要請をオーブが正式に受け入れたことで、中立国の裏舞台は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 地球連合の「逃亡艦」を再び迎え入れるなど、国際法上、大西洋連邦をはじめとする連合諸国への明白な敵対行為と取られかねない。オーブ国防軍や政府の各首長たちは激しく狼獗し、通信網には怒号と困惑の交錯する声が飛び交っていた。

 だが、そうした喧騒を完全に遮断したモルゲンレーテ社の地下ドックでは、冷徹な規律だけが支配していた。

 上空からの蓮のオーディンによる滑らかな誘導の下、満身創痍の白き船アークエンジェルは、再び慣れ親しんだ地下の秘密ドックへとその巨躯を滑り込ませていった。

 政府や軍の上層部が慌てふためく中、独立0特務隊の神代艦長、あるいはウズミ代表の二人は、タラップを降りてきたラミアス艦長をはじめ、過酷な逃避行を生き抜いてきたアークエンジェルの乗員たちを、一国の欺瞞の闇を背負う者として、毅然とした態度で温かく歓迎した。

 その後、オーディンを格納庫へ収容した蓮は、パイロットスーツから一分の隙もない黒いオーブ軍の制服へと着替え、首脳陣が招集された極秘の謁見室へと足を進めた。

 自動扉が開くと、室内にはすでにウズミ代表、神代艦長、カガリ様、そしてシャルの四人が厳格な面持ちで席を占めていた。その対面には、疲弊の色を濃く滲ませながらも、プロの軍人としての鋭い眼光を保ったラミアス艦長とフラガ大尉。そして、新たなる白き機体から降り立ち、静かに前を見据えるキラの三人が並んで座っている。

 蓮は無言のまま神代艦長の背後に直立し、室内の張り詰めた空気にその身を置いた。

 誰もが言葉を失う静寂の中、フラガ大尉が重い口を開き、アラスカの地獄で目撃した真実を、吐き捨てるように語り始めた。

「……あれはザフトの奇襲じゃない。大西洋連邦の連中が、最初から仕組んでいた囮だ」

「囮、とはどういうことだ、フラガ大尉」

 シャルの厳しい問いに、フラガ大尉は自らの髪を乱暴に掻きむしりながら、血の滲むような事実を叩きつけた。

「連邦の上層部は、ザフトの主力部隊をアラスカへ引き付けるために、俺たちアークエンジェルやユーラシア部隊、防衛隊の足止め役を捨て駒として現地に置き去りにしたんだ。そして奴らが十分に集まった瞬間、基地の地下に眠っていた大量破壊兵器……地殻を熱線で焼く、あの原因不明の爆発兵器を自ら起動させた。ザフトの精鋭を、連邦の味方諸とも、一瞬で灰にするためにな」

「――っ!」

 室内の空気が、激しい衝撃に凍りついた。

 カガリ様は驚愕にその目を見開き、シャルはきつく腕を組んだまま、息を呑んで絶句した。

(連邦が……自らの最高司令部と、味方の兵士をまとめて焼き尽くしたというのか……!?)

 シャルの紅色の瞳に、激しい動揺と困惑が走る。かつてこの丘の上で、ザフトの非道を討つために「今すぐ地球連邦側について戦うべきだ」と激昂した己の言葉が、醜い音を立てて崩れ去っていく。ザフトが卑劣で理不尽なのは間違いのない事実だ。だが、その対抗馬として信じようとした連邦もまた、大義の名の下に何万人もの味方を平然と見捨てる、底なしの狂気と欺瞞に塗れていた。

 正義だと信じかけた連邦という存在に対する、強烈な疑念と不信感。シャルは胸を切り裂かれるような葛藤に、悔しげに拳を強く握りしめた。

 ラミアス艦長が痛々しく視線を落とす中、その隣で静かに目を伏せていたキラが、自らの声で重い決意を言葉にした。

「本部に従わずに独断で戦線を離脱した僕たちは、すでに連邦から逃亡艦の扱いを受けています。……だけど、あのような狂気にこれ以上、僕たちの命を、この力を貸すわけにはいかなかった。……だから、ここに戻ってきました」

 キラの、繊細ながらも芯の通った決意の言葉。蓮は変わらぬ冷徹な瞳のまま、その言葉とシャルのバイタルの乱れを静かに見つめ、ファクトとして脳細胞へと刻み込んでいた。

 すべてを聞き届けたウズミ代表は、重々しい鉄のような息を深く吐き出した。オーブ連合首長国の最高権力者としての彼の眼光には、世界の破滅を見据えるような、冷徹極まる確信が宿っていた。

「……如何にも。連邦の欺瞞と、ザフトの憎悪。地球とプラントは、もはや相容れぬ同士となった。双方がどちらかを完全に滅ぼし、地上から根絶やしにするまで、この戦いは止まらん狂気の領域へと突入したのだ」

 ウズミ代表の言葉が、部屋の隅々にまで重く、深く沈み込んでいく。

 どちらの陣営に加担しても、待っているのは果てのない憎しみの連鎖でしかない。ウズミ代表はゆっくりと立ち上がると、姪であるシャル、あるいは義理の娘であるカガリ様の顔を正面から見据え、鉄の意思を以て言い放った。

「だが、そんな狂った世界にあっても、オーブは理念の下、中立を貫き通す。他者を侵さず、他者の侵略を許さず、どちらの欺瞞にも加担しない。……そのために、我々は牙を研いできたのだ」

「お父様……」

「……どちらの陣営も、救いようのない欺瞞と狂気に塗れているというわけか。……ならば、オーブがどちらにも染まらぬ牙を持つことこそが、唯一の現実というわけだな、伯父様」

 カガリ様がその覚悟に胸を突かれ、シャルが不遜ながらも、今度こそその国家としての絶対的な大義の重さを静かに受け入れる。連邦への疑念を抱いたからこそ、どちらにも染まらないオーブの牙の意味が、彼女の胸に重く突き刺さっていた。

 神代艦長は無言のまま深く頷き、隣のドックで完成を間近に控えているヤマト型級2番艦『ムサシ』、あるいは量産されたアストレイ部隊の大義の矛先を、静かに見据えていた。

 蓮は変わらぬ無機質な瞳のまま、迫り来るであろう次なる理不尽な戦火の因果を静かに演算していた。

 地球連合という巨大な狂気を完全に敵に回し、中立オーブがその理念を貫くための、真の戦いが始まろうとしている。遙の遺した夢を代わりに遂行するため、蓮の胸の奥で、新たなる火線が静かに激しく燃え上がり始めるのだった。

 

重苦しい謁見室での会談が解散となり、黒いオーブ軍の制服を纏った蓮は、再びモルゲンレーテ社の地下格納庫へと足を戻していた。

 無機質な防爆灯の光が満ちる広大なハンガーの奥、改修を終えた愛機オーディンのすぐ隣のレーンに、その機体は鎮座していた。

 アークエンジェルから下ろされ、無数のケーブルを接続されて急速整備を受ける、白き新型モビルスーツ。

 背部に折り畳まれた漆黒の大型ウイングと、装甲の隙間から漏れ出す、従来のバッテリー機とは一線を画す圧倒的な熱源反応。蓮はその機体――『フリーダムガンダム』の威容を無機質な瞳で見上げ、その規格外のスペックを静かに視界に収めていた。

「すごい機体だよね、これ」

 背後から響いた、穏やかな、しかしどこか吹っ切れたような少年の声に、蓮は振り返った。

 そこに立っていたのは、アークエンジェルのパイロットスーツに着替えたキラだった。ヘリオポリスの崩壊から始まった泥濘のような戦火の果て、こうして生身で互いの顔を合わせるのは、実に久しぶりのことだった。蓮は感情を交えぬ平然とした声音のまま、まずは気になっていたファクトを問いかけた。

「キラ。……南太平洋の海で行方不明になっていた間、お前に何があった。その機体も含めて、経緯を説明しろ」

 キラは隣に並び、自身の愛機を見上げながら、静かにこれまでの軌跡を語り始めた。

 アスランとの相打ちで絶望の淵に立たされた後、プラントの歌姫であるラクス・クラインに救われ、彼女の手によってザフトの最新鋭機であるこのフリーダムを託されたこと。そして、アラスカの爆発からアークエンジェルを救うために舞い戻ったこと。

 蓮はその荒唐無稽とも言える激動の経緯を、遮ることなく静かに聞き届けた。すべてを聞き終えると、蓮は視線をキラの横顔へと戻し、淡々と一つの事実を告げた。

「……そうか。ならば、俺からも一つ伝えておく。お前が行方不明になったあの南太平洋の浜辺で、俺たちはザフトの赤服のパイロットを1名収容した。アスラン・ザラだ」

「っ、アスランが……!」

 キラの瞳が、激しい驚愕と動揺に大きく見開かれた。

「生きている。怪我の応急処置を終えた後、オーブの港でザフトの迎えの機体へと引き渡した。……俺は、あいつと話をした。アスランはお前を自分の手で殺したと言い、酷く迷い、傷ついていた」

 蓮の言葉を、キラは自らの両手をじっと見つめながら、噛み締めるように受け止めていた。かつて引き裂かれ、殺し合うしかなかった親友の生存。キラは一度深く息を吸い込むと、蓮の冷徹な瞳を真っ直ぐに見据え、その胸の奥にある新たなる覚悟を静かに言葉にした。

「……僕はね、蓮少尉。ラクスにこの力を託された時、決めたんだ。僕は、もう地球連合のためにも、プラントのためにも戦わない。ただ、あのアラスカで起きたみたいな理不尽な欺瞞や、お互いを滅ぼし尽くすまで止まらない憎しみの連鎖……それを止めるために、この力を使うって。……たとえ世界中を敵に回すことになっても、僕は僕の戦いを、アークエンジェルのみんなと一緒に貫き通すよ」

 キラの瞳に宿る、かつての繊細な少年兵のものとは違う、世界と対峙する強固な意志の光。

 その言葉は、心を殺して戦う蓮の胸の奥にある、唯一の行動原理と完璧にシンクロするものだった。誰もが笑顔でいられるオーブを守り、理不尽な戦争を終わらせる。遙の遺したその夢と、キラの掲げた覚悟は、目指す先が全く同じだった。

 蓮は僅かに声の硬さを和らげ、キラの答えに対して静かに賛同の意を示した。

「……お前のその答えに、賛成する。今の俺たちの目的は同じだ。……キラ、再び俺と共に、この理不尽な戦火を切り裂くために共闘してもらうぞ」

「うん。頼りにしてるよ、蓮少尉」

 キラは小さく、しかし確かな信頼を込めて微笑み、蓮と再び固い約束を交わした。ヘリオポリスから始まった二人の少年の因縁が、オーブの闇の底で、世界を止めるための絶対の絆として再接続された瞬間だった。

 二人が無言のまま愛機を見上げ、次なる戦火を見据えていた、その時だった。

「――蓮。ここにいたか」

 ハンガーの通路から、金髪のサイドテールを揺らしたシャルが歩み寄ってきた。

 その端正な顔には、先ほど謁見室で連邦の残虐な欺瞞を突きつけられたことによる、重い疑念と不信の影が未だに色濃く張り付いていた。シャルは隣に立つキラを一瞥すると、いつもの不遜な態度の中に、どこか張り詰めたような真剣さを滲ませて蓮へと告げた。

「キラ・ヤマト。貴様との再会は喜ばしいが、少し席を外してくれないか。……蓮、お前と2人で、話がしたいのだ」

 シャルの紅色の瞳が、蓮の無機質な瞳を真っ直ぐに射抜く。

 信じるべき正義を見失い、オーブの牙の意味を直視した亡国の皇女が、心を殺した護衛の少年に向けて、何を語ろうとしているのか。

 蓮はコンソールの光のように静かな瞳のまま、シャルのその強い視線を受け止めるのだった。

 

 強襲機動特装艦アークエンジェルが、地球連合軍から追われる逃亡艦として再びオーブの極秘ドックへと入港してから、8日の月日が流れていた。

 モルゲンレーテ社の総力を挙げた不眠不休の作業により、アークエンジェルの修理はすべて完了し、艦はいつでも出撃が可能な状態へと戻っていた。同時に、隣の建造ドックに鎮座していたヤマト型級2番艦『ムサシ』もついにその巨体を完全に完成させ、現在は艤装の最終チェックとシステム系統の最後の調整へと移っていた。

 そして、蓮との間で最後まで守るという約束を交わしたシャル様もまた、ナチュラルの限界に挑む猛特訓をほぼ終え、アストレイを駆って実戦へと出せる状況にまで到達していた。

 すべてが着々と整いつつあった。だが、世界を覆う憎しみの戦火は、オーブの牙が研ぎ澄まされるのを待ってはくれなかった。

 この日、蓮は独立0特務隊の本拠である特務艦ヤマトのハンガーにおいて、コンソールを叩きながら艦載されたモビルスーツ隊の稼働状況やデータリンクの最終確認を行っていた。

 感情を排した彼の瞳が電子の数値を静かに追っていると、通路から重々しい軍靴の音が響き、神代艦長がこちらへと歩み寄ってきた。その表情は、アラスカの壊滅を聞かされたあの時と同じように、不気味な緊迫感を帯びている。

 蓮は端末の手を止め、神代艦長に向けて一分の隙もない敬礼を送った。

「神代艦長。何か新たな動きですか」

 神代艦長は蓮の敬礼を受け止めると、鉄のような声音で、最前線からもたらされた最新の情報を告げた。

「……ザフトが、ついに大規模攻勢を開始した」

「攻勢? やはり、かねてより噂のあった連邦の重要拠点、パナマですか」

 シャルの言葉は、オーブ軍の戦術データに並んでいた誰もが予測する妥当な見解だった。赤道直下の宇宙港パナマを叩き、連邦の宇宙への足を完全に奪う。それがザフトの次なる一手であると、世界中の誰もが信じて疑っていなかった。

 しかし、神代艦長が口にしたのは、その予測を根底から覆す、あまりに不条理な地名だった。

「いや、違う。……ザフトが標的にしたのはパナマではない。地球連合軍最高司令部――アラスカだ」

「なっ……アラスカだと!? 奴ら、連邦の本拠地へ直接攻め込んだというのか!」

 シャルの紅色の瞳が、驚愕に大きく見開かれた。

 アラスカ。それはかつて数日前、蓮がオーブの境界線ギリギリで見送った、あの白き船――アークエンジェルが真っ直ぐに向かった目的地そのものだった。シャルはすぐさま身を乗り出し、激しい焦燥を滲ませて神代艦長へと言葉を重ねた。

「待て、ならばあのアークエンジェルはどうなったのだ! 奴らはアラスカへ向かったはずだろう! 無事なのか!」

 シャルの必死の問いに、神代艦長は表情を険しくしたまま、通信端末から送られてくる、衛星が捉えた現地の凄絶なライブデータを卓上に展開した。

「……アラスカのジョシュア基地周辺において、激しい戦闘が勃発した。だが、結刻はあまりに異常だ。戦闘の最中、原因不明の大爆発が発生し、連邦の最高司令部一帯が、跡形もなく完全に消し去られた。アークエンジェルがその爆発に巻き込まれたのか、あるいは直前に離脱できたのか……現在、我が隊の通信網を以てしても、艦の正確な安否は確認できていない」

「そんな、嘘だろう……。あの船が、跡形もなく……」

 シャルが愕然としてホログラムを見つめ、言葉を失う。

 蓮の無機質な瞳が、衛星画像に映し出される巨大なクレーターの熱源反応を静かに捉えた。一体現地で何が起きたのか、オーブの現段階の技術スキャンを以てしても、その爆発の正体は判別不能だった。

「この激しい戦闘と大爆発の末、アラスカは完全に壊滅。攻め込んだザフトの精鋭部隊は壊滅し、そこにいた連邦の防衛部隊も等しく命を奪われた。……ザフト、連邦、双方の被害は甚大極まる規模に及んでいる」

 神代艦長の言葉が、地下ハンガーの冷たい空気の中に重く沈み込んでいく。

 連邦の欺瞞と、ザフトの憎悪。その二つの狂気が正面からぶつかり合い、すべてを焼き尽くした未曾有の惨劇。アラスカへと向かったアークエンジェル、あるいはヤマト少尉の行方を追うキラの動向も含め、世界の均衡は完全に崩壊へと向かい始めていた。

 蓮は無言のまま、モニターに映る不条理な火の海を見つめていた。

 世界を覆う憎しみの連鎖が、ついにオーブのすぐ目の前まで迫りつつある。遙の遺した誰もが笑顔でいられる世界を守るための、より過酷で決定的な次なるタスクが、蓮の中で静かに動き出そうとしていた。

 情報部の者が下がり、ホログラムの火の海を見つめながら、蓮の胸の奥に冷たい不穏の影が宿った。

 宇宙への足を失った地球連合軍が、地上に残された唯一のマスドライバー施設を持つこのオーブへ牙を向けてくるのか、その具体的な動向はまだ分からない。アラスカを自爆させ、パナマを蹂躙された連邦が、次にどのように動くかと思いつつ、蓮の胸をかつてない深い不安が締め付ける。

(……オーブの不戦と中立という立場が、本当にこのまま保たれるのだろうか)

 心を殺し、ただ最適解の数値だけを見つめて戦ってきたはずの蓮の胸を、消えない不穏がざわつかせていた。

 ウズミ代表が掲げ、遙が命に代えても守ろうとしたこのオーブの平和。それが世界の巨大な狂気の渦に巻き込まれ、すぐ目の前で瓦解しようとしているのではないか。

 迫り来る本土決戦の足音を本能的に察知しながら、蓮は変わらぬ冷静な瞳の奥で、その消えない不安をじっと抱きかかえ、引き締まるハンガーの闇を見つめ続けるのだった。

 

パナマ基地が陥落したという世界の激震から、さらに17日の時が流れていた。

 この期間、中立国オーブ連合首長国が抱く危機感は完全に沸点へと達していた。連合とザフトの戦争はもはや勝者なき絶滅戦争へと変貌しつつあり、いつこの平穏な島国へ戦火が及ぶかも分からない。政府と軍はその不気味な予兆に備え、官民を挙げてかつてない速度で戦力の増強を継続し続けていた。

 モルゲンレーテ社の極秘ドックで最後の調整を行っていたヤマト型級2番艦『ムサシ』が正式にオーブ艦隊の戦闘艦として就役を果たした。

 牙は研ぎ澄まされ、特務艦ヤマトとムサシの二大巨艦を中心に、国防の布陣は整った。後はただ、祖国の理念と中立を守るために備えるのみ。軍人から一般の国民に至るまで、誰もがこの美しいオーブに戦火が及ばぬことを心から願っていた。

 しかし、この日、事態は最悪の形で動き出した。

 モルゲンレーテの地下ハンガーにおいて、蓮は新規に編成されたヤマトおよびムサシのモビルスーツ隊の連隊長の任に就き、コックピットからパイロットたちの実戦訓練の様子を冷徹に見つめていた。心を殺した彼の脳細胞は、部下たちの機動データを精緻にスキャンし、戦闘シミュレーションを繰り返している。

 そこへ、通路の足場を力強く踏み締めて、一人の少女が近づいてきた。

「蓮、訓練を中断しろ」

 金髪のサイドテールを揺らしてコックピットの前に現れたのは、ウズミ代表から直々に蓮の補佐官に任命されたシャル様だった。アストレイのパイロットスーツに身を包んだその端正な顔は、かつてないほどに険しく、張り詰めている。

「即座に司令部へ集まるようにとの指示だ。一刻を争う」

「分かった」

 蓮は機体のシステムを即座に待機状態へと移行させると、シャル様と共に格納庫を後にし、地下の最高司令部へと急行した。

 重厚な自動扉が開いた作戦室の中には、すでにオーブの命運を握るすべての者が一堂に会していた。

 中央のホログラムテーブルの前には、厳格な意思を湛えたウズミ代表をはじめ、独立0特務隊の指揮官である神代艦長らオーブ軍の最高幹部たちが居並んでいる。さらにその横には、ヤマト少尉ことキラをはじめ、ラミアス艦長やフラガ大尉といったアークエンジェルの主要な乗員たち、焦燥を隠しきれないカガリ様までもが集まっていた。

 室内の全員が揃ったのを確認すると、ウズミ代表はゆっくりと口を開き、鉄のような声音で静かに説明を始めた。

「……皆、よく集まってくれた。唐突な非常招集だが、残された時間は少ない。直ちに現状を伝える」

 ウズミ代表が卓上のコンソールを叩くと、地球連合軍の最高司令部からオーブ政府へと極秘裏に送りつけられた、一通の電文の暗号データがホログラムとして浮かび上がった。

「これまで、我々に対して共同戦線を張るよう執拗に要求を重ねてきた地球連合軍、ならびにその背後にいるブルーコスモスが、ついに我が国に対して最後通牒を要求してきた」

「最後通牒、ですか」

 神代艦長の背後に控えた蓮の瞳が、無機質にその文字を捉える。ウズミ代表は、冷たい石碑の前に立っていた時と同じ、底なしの重々しい声を室内に響かせした。

「要求内容は3つ。第一に、現在のオーブの首長、および議会の完全なる解任。第二に、オーブ常備軍の完全なる解体。第三に、我が国の持つすべての軍備、施設を地球連合軍へと引き渡すこと。……これらすべての条件が48時間以内に行われない場合、地球連合軍はオーブ連合首長国に対し、公式に宣戦布告を行うという内容だ」

「なっ……! そんな無茶苦茶な要求、のめるわけないだろう!」

 カガリ様が激昂し、卓上を烈しく叩いた。首長と議会を解任し、軍を解体して全軍備を引き渡す。それは中立の放棄などという生易しいものではない。オーブという国家そのものの主権を完全に消滅させ、連合の完全な傀儡になれと言っているに等しかった。

 ラミアス艦長やキラたちがその非道さに言葉を失う中、蓮の無機質な脳細胞は、その不条理な要求の裏にある連邦の真の意図を瞬時に弾き出していた。蓮は感情のない瞳のまま、淡々と、しかし決定的な正論を口にした。

「……大西洋連邦の狙いは、先日の戦いで喪失したパナマの宇宙港の代替、地上に残された我が国のマスドライバー『カグヤ』ですね」

 蓮のその冷徹な一指摘に、室内の幹部たちの表情がさらに硬くなった。

 宇宙への足をザフトに一方的に蹂躙され、完全に失った地球連合軍。彼らが再び宇宙へ戦力を上げるために、なりふり構わぬ狂気で欲しているもの。それこそが、このオーブが所有する世界最高の宇宙打ち上げ施設に他ならなかった。

 ウズミ代表は蓮の言葉に静かに目を向け、重く頷いた。

「如何にも、蓮少尉の言う通りだ。奴らはマスドライバーを手に入れるため、オーブのすべてを奪いにくる。……現在も政府を通じて必死の外交努力を継続し続けているが、主権の完全な明け渡しを拒む以上、もはや宣戦布告は免れん。48時間後、このオーブは地球連合軍の総力を挙げた侵略に晒されることになる」

 ウズミ代表は一度言葉を区切ると、鉄の意思を宿した眼光を、姪であるシャル様、あるいは義理の娘であるカガリ様の顔を正面から見据え、毅然と言い放った。

「――独立0特務隊、ならびにオーブ全軍に告げる。直ちに最優先の戦闘態勢を整えよ。我らの牙が中立の理念を守るための、最後の戦いだ」

「はっ!」

 神代艦長と蓮が即座に直立不動の敬礼を返し、作戦室は一気に実戦の緊迫感へと塗り替えられた。ウズミ代表は間髪入れずに、幹部たちへ向けて次なる避難指示を飛ばし始める。

「すぐさま、一部の艦隊を用いて、国民に対する本土からの大規模な避難指示を発令しろ。非戦闘員を戦火から遠ざけるのだ。そして残された全戦力は、オーブ本島へ迫り来る連邦軍艦隊を迎撃するため、本土防衛戦の布陣に就け!」

 ウズミ代表の明確な大義の命令が下り、作戦室に集まっていた軍の幹部やアークエンジェルの乗員たちが、一斉に慌たただしい足音を響かせてそれぞれの戦闘配置へと動き出した。指示の飛び交う喧騒の中、緊迫した空気が室内を満たしていく。

 しかし、その雑踏の真っ只中。

 シャル様は出口へと向かう人波を突っ切るようにして、一人ホログラムテーブルの前に佇むウズミ代表の元へと真っ直ぐに向かって歩き出した。連邦の底なしの欺瞞を直視し、オーブの牙の意味を理解した亡国の皇女としての、退かぬ決意を秘めた凛とした足取り。

 傷つき迷う彼女を護り抜くと誓った、黒い制服のまま静かに見つめていた蓮もまた、何も言わずに、彼女の絶対的な護衛としてその静かな歩みの後を追うのだった。

 

作戦室に集まっていた軍の幹部やアークエンジェルの乗員たちが、一斉に慌ただしい足音を響かせてそれぞれの戦闘配置へと動き出し、室内が指示と怒号の喧騒に包まれる中、シャル様は人波を突っ切るようにして、一人ホログラムテーブルの前に佇むウズミ代表の元へと真っ直ぐに向かって歩いていた。

 傷つき迷う彼女を護り抜くと誓った、黒い制服の蓮もまた、何も言わずにその静かな歩みの後を追う。

「――ウズミ伯父様」

 シャルの凛とした、しかしどこか震える声に、ウズミ代表は静かに振り返り、その厳格な眼光を姪へと向けた。

「シャルか。用件は何だ」

「……本当に、このオーブが戦場になるのですか。あの大西洋連邦の大艦隊が、私たちの目の前まで、オーブの全てを滅ぼしにやってくるというのは……真実なのですか」

 シャルの紅色の瞳に宿る、亡国の皇女としての切実な問い。ウズミ代表は冷たい石碑の前に立っていた時と同じ、底なしの重々しい息を深く吐き出し、ただ一言、冷徹な現実を答えた。

「――如何にも、真実だ、シャル。外交努力の枠組みは全て決裂した。48時間後、この島国は間違いなく地獄の炎に包まれる」

 ウズミ代表は一度言葉を切ると、卓上のコンソールを操作し、今回の最後通牒をオーブ政府へと極秘裏に送りつけてきた張本人の詳細データをホログラムとして映し出した。

「この不条理極まる要求を我が国に突きつけてきた、地球連合軍の背後にいるブルーコスモスの理事の名を伝える。……ムルタ・アズラエル氏だ」

「――っ!?」

 その名を聞いた瞬間、シャル様の身体が明確に、激しく凍りついた。

 それは、ただ地球連合軍の最高権力者が襲来するという恐怖からの動揺ではなかった。シャル様の紅色の瞳が驚愕と深い嫌悪、あるいは絶望に限界まで見開かれたのには、他人に明かせぬ決定的な理由があった。

 ムルタ・アズラエル。……その男は、シャルの婚約者であった男だった。

 かつてザフトによって陥落させられる前、シャルの故郷であり、自治独立を許されて地球連邦に属していたアジア東部連合の一部であった、日本。その日本の王であったシャルの実の父親に対し、連邦側としていち早くザフトへ参戦するように裏から執拗な圧力を加え、その日本と地球連邦の関係を無理矢理に繋ぎ止めるための政略結婚として、シャルとの婚約を一方的に結んだ張本人こそが、アズラエルその人だったのだ。

 元より、アズラエルという男の、ナチュラル至上主義に狂った独善的な性格や、目的のためには手段を選ばない冷酷な行動の数々は、シャルにとっても到底理解できるものではなかった。

 だが、故郷をザフトに奪われ、父親を東京で失い、家族同然だったハゴットをも殺されてオーブへ逃げ延びた自分を、今度はその元婚約者である男が、なりふり構わぬ狂気の軍勢を率いてすべてを焼き尽くしにやってくる。そのあまりに救いようのない不条理な世界の現実に、シャルの目から、大粒 of 涙が静かに溢れ落ち、白い頬を伝っていった。

 激しく取り乱し、涙を流すシャルの様子を、ウズミ代表は統治者として、そして一人の伯父としての深い慈愛を宿した眼光で見つめ、優しく、しかし毅然としたトーンで励ますように言葉をかけた。

「シャル、泣くな。世界がどれほどの欺瞞と狂気に満ちていようとも、お前は日本の皇女だ。拠って立つべき正義を他者に求めるな。……それに、お前が本当に頼るべき男、本当に頼れる男は、アズラエルのような狂人に塗れた世界の外に、最初から他にいるはずだ」

 ウズミ代表はそう告げると、シャルの背後へと静かに視線を向けた。

「――そうだろ、蓮少尉」

「え……」

 伯父の言葉に、シャル様が涙の滲む紅色の瞳でハッと振り返ると、そこにはいつの間にか、自分の一歩後ろに静かに直立し、変わらぬ無機質な瞳でこちらを見つめていた護衛の少年――蓮の姿があった。

 ウズミ代表は蓮のその一切の感情を排した冷徹な佇まいを見つめ、オーブの未来、あるいは姪の命のすべてを託すようにして、重々しく言い放った。

「蓮少尉。これからどのような不条理が起きようとも、48時間後にこのオーブがどのような結末を迎えようとも……シャルを、日本の皇女の命を、お前のすべてを以て守れ」

 ウズミ代表の明確な大義の命令を受け、蓮は一分の隙もない動作で直立不動の敬礼を送った。

 心を殺し、ただ最適解の数値だけを見つめて戦ってきたはずの蓮の脳細胞の中に、かつて資材搬入路のバルコニーでシャルと交わした「最後まで守る」という不器用な約束のファクトが、いかなる軍事規則よりも強固な絶対のプログラミングとして再駆動した。

 蓮は変わらぬ淡々とした声音のまま、しかし、その瞳の奥に鉄のような強固な覚悟を閃かせ、作戦室のすべてに響き渡る声で宣言した。

「――了解しました、ウズミ代表。俺の命に換えましても、シャル様は必ず、最後まで守り抜きます」

 蓮の放った冷徹にして絶対の守護の誓い。

 シャル様はその言葉の重みに胸を突かれ、涙を拭うのも忘れて、ただ真っ直ぐに自分を見つめてくれる黒い制服の護衛の姿を、その紅色の瞳に焼き付けるのだった。

 48時間の猶予の裏で、世界を滅ぼさんとするアズラエル率いる連合軍の大艦隊が迫り来る。

 遙の遺した世界を守るため、核心、家族同然だったハゴットの無念を胸に、新たなる力を宿した愛機オーディンと共に世界の狂気を討ち果たすための、真の本土決戦の幕が、今度こそ完全に上がろうとしていた。

 

作戦室を後にし、48時間のカウントダウンが刻一刻と進む中、蓮とシャル様は静謐な丘の上へと足を運んでいた。

 夕暮れの潮風が冷たく吹き抜けるその場所に佇む、一枚の石の碑。刻まれた『神代遙』の名を見つめながら、二人は言葉を交わすことなくそこに並んだ。

 これが、亡き彼女の慰霊碑の前へ来られる最後の機会になるかもしれない。来るべき本土決戦の地獄の重さを、二人の少年兵は誰よりも理解していた。

 蓮は静かに目を閉じ、かつて遙が命に代えても守ろうとしたこのオーブのため、そして自らの背後に立つ皇女を守り抜くため、無言のまま深く手を合わせた。

 その隣で、シャル様もまた、かつてこの場所で聞いた遙の遺志、そして自らの絶対の護衛となった少年への想いを胸に、並んで静かに手を合わせる。

 やがて手を合わせ終え、ゆっくりと目を開けた時、どちらからともなく手が伸ばされた。

「……遙。俺は、お前の遺したこの国を、お前の守りたかった理想を、最後まで繋ぎ止めてみせる」

 蓮の抑揚のない、しかし静かな決意を秘めた呟き。それに寄り添うように、シャル様もまた、潤んだ紅色の瞳に強い光を宿して石碑を見つめた。

「安心するがいい、神代遙。お前の愛したこの石頭の少年は、私が完璧に支えてみせる。二度と、私の目の前で誰も死なせはしない。……このオーブも、私たちの未来もな」

 蓮の黒い軍服の袖の先で、二人の手が静かに、しかししっかりと固く結ばれる。

 繋がれた手の温もりには、世界の狂気に二人で立ち向かい、最後まで生き残るといういかなる軍事規則よりも強固な約束が宿っていた。

「行くぞ、蓮。私たちの戦いへ」

「分かった、シャル。……俺の命が尽きるその瞬間まで、お前の一歩前を走り続ける」

 繋いだ手をそのままに、二人は静かに踵を返し、夕闇の迫る道を一歩ずつ歩み出した。

 迫り来るアズラエル率いる地球連合軍の大艦隊。オーディンとアストレイ、そして新生オーブ艦隊が待つ戦火の最前線へと、少年と少女は未来の日本を建て直すための確かな大義の絆を胸に、軍の任務へと戻っていくのだった。

 

続く




ご愛読ありがとうございました。既に8話の編集にも移っていますので、しばらくお待ちいただけるとありがたいです。では、次回もお楽しみに。
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