王の帰還の後日談的なお話し。
世界線は繋がっています。

1 / 1
単発です。

世界線は「王の帰還」のまま引き継いでおります。


いまでもふいにおもいだすこと

う〜ん、良い天気!

 

適度に雲が有って、そしてその向こうに抜ける様な青空。快晴よりも…好きかな。何か雲のお陰で空に奥行きが生まれて。

 

喜多ちゃんは…多分快晴が好きだろな。

『だって、ひとりちゃんの瞳みたいじゃないですか!もう…あの青に見つめられると…「ジュン」って…』

言わせねぇよ!?脳内でも言わせねぇよ!?言いそうだけれど!?シミュレーション出来そうなくらい、長い付き合いだけれど!?

そもそもぼっちちゃんと2年も同棲してる癖に、未だに見詰められてオカシくなんのかよ!?まあ、あたしの想像だけれど!…でも、多分間違って無いよね!

…はぁ…

 

………

 

リョウは多分…と言うか間違いなく

『…どうでも良い』

って言うよなぁ。『それよりご飯食べさせ…』

言わせねぇよ!?脳内でも言わせねぇよ!?この間食べさせてあげたホイコーローの事、まだ覚えてるかんね!?

「…ねぇ、虹夏。いつもよりちょっとだけ塩味が強いね。…妊娠でもした?」

なんて言いやがって!草食ってるお前に微妙な味、解んのかよ!そもそも妊娠って何だよ!お前、あたしに妊娠させる事出来んのかよ!?やってみろよ!?

あたしはお前しか知らないんだからな!

…はぁ、はぁ………

 

………

 

…ついでにぼっちちゃんは…

『あ、わ、わたしの事は良いので…』

良くねぇよ!?あたしの脳内でも遠慮しやがって!シミュレーション完璧だなあたし!

もっと主張しろよギターヒーロー!

『あ、わたし目立って良いんですか?…ぅえへへ』

いや止めてくれ!ロクな事にならないよ!トンチキな格好で踊り狂うな!あたしの脳内で!

…はぁ……………

 

………何やってんの、あたし…

昼間から疲れた…

久々の休日なのに、常にウチのメンバーに囚われてるなぁ。…まあ、この後すぐに会うんだけどさ。…休日なのに。

 

一昨日までのツアー、大変だったけど…楽しかったな。ツアー最後の武道館…初めての武道館。

遂に「ここまで来た!」って感じだったなぁ。まだ身体に熱が残ってる感じがするよ。

リョウはクールな振りしてガクブルだったし、喜多ちゃんははしゃぎ過ぎて謎の発光体になってたし…ぼっちちゃんは…溶けて…うん、止そう。

 

でも、ぼっちちゃん。まだまだなんだよね。

あたしに夢があるように、ぼっちちゃんにも夢があって。

ギターを貰った「彼ら」と、何処かのアリーナで競演する事。

あの「スーパーバンド」と。

あたしより数段大きい夢だよ。でもぼっちちゃんからしてみると、「実現可能な夢」らしい。

「皆で…この4人でなら、絶対実現出来ます!」

って力説されちゃ、そりゃあ、突っ走るしかないよね。

その階段は、もう登り始めてる…と、思いたい。

 

…弱気になるな!リーダー!

ウチのヒーローが「実現出来る」って言ったんだ!皆も散々研鑽を積んだ。叶わない訳が無い!

 

行くぞ!結束バンド!オー!

 

「虹夏、何してんの?」

 

拳を突き上げた格好のまま、声のした方にギギギ…と首だけ向ける。

「虫でも採ってたの?」

「…違うわ!居たんならもっと早く声掛けろ!」

照れ隠しに大声を出す。もう、顔は真っ赤になってるのが自分で解る。めっちゃ熱いし。

案の定そこにはリョウが居て。手には小さな紙コップ。

何も無かったかのように手をそっと下ろし、誤魔化すようにリョウが持っている「ソレ」を聞いてみる。

「何さ…ソレ」

「…そこのデパート、サービス良いよね。お茶と水だけじゃ無くて、コーヒーまで出て来る。流石新宿」

親指で近くのデパートを指し示す。

「…つまり、わざわざデパートに入って無料サーバーだけ利用してきた、と」

「ビバ新宿」

紙コップを捧げ持つリョウ。

「…アホウ!未だにそんな生活するな!アンタの懐にはお金入ってるでしょ!?」

そうなのだ。最初のフルアルバムでかなり作曲印税が入って、それからも新曲出す毎にそれなりのお金が振り込まれている筈。ライブの収入もそれなりにあって、更にカラオケの印税まであるのだから…お金には困ってない筈なのだ。

「こんなわたし、可愛いでしょ?」

「お前…本気でそれ言ってんの?」

「…照れ」

「照れるポイントがオカシイよ!」

 

そんなこんなでワーワー言いながら歩いていると、目的地に近付いて来た。

そこには男3人に囲まれている、赤髪をミドルのウルフカットにした格好良い女性。スタパのカップを持ちながら、「え〜?」とか「そんな〜」とか言ってるよ。明らかにナンパされてるよね。

自分の瞳の色にも似たコートを身に纏い、足はブーツで決めている。

発する言葉は柔らかいけど、その表情は「アンタらなんか相手になんない」というのがありありと。何せ所々に英語で罵声挟んでるし。相手が理解出来ないからって…

 

「喜多ちゃん!お待たせ!」

「あ、虹夏さん!こんにちは!」

まるで周りに誰も居ないかのように、軽やかにあたし達に駆け寄って来る。

途端にそこに居た男達がざわめき出す。

 

「え!?喜多って…喜多郁代!?それにあっちは虹夏とリョウ!…て事は…何処かに番犬が!?」

「おい!ヤバいぞ!番犬に見付かる前に逃げるぞ!」

………

 

「行っちゃいましたね」

「そりゃあ、「番犬」に見付かると…ねぇ」

「郁代、「番犬」は一緒じゃ無かったの?」

 

番犬…後藤ひとり。ここ1年位で定着したネーミング。

何故「番犬」なのか。

それは、1年以上前からの出来事に由来する。

 

喜多ちゃんと同棲を始めてから、ぼっちちゃんは喜多ちゃんに対して過保護が過ぎるようになった。

喜多ちゃんが何処かに出掛けると、必ず付いて行こうとする。

外で一緒に居ると、常に周りを見張っている。

喜多ちゃんに男が寄って行こうものなら、ホラー映画の「貞子」もかくやなその長い髪から瞳をギョロリと覗かせて、鬼気迫る表情で男共に詰め寄って行こうとする。

 

付いた渾名が…「喜多郁代の番犬」

「ひとりちゃん、心配無いから」と喜多ちゃんが言っても「郁ちゃんは可愛いので、し、心配なんです!」と頑として譲らない。

 

ここ最近は幾らか落ち着いて来たけど、一度定着した渾名はそうそう消えない。

 

「番犬って…もぅ…。ひとりちゃんは、何か用事があるとかで朝早くに家を出ました。何処に行くかは言ってくれませんけど…可愛さで言うと、ひとりちゃんの方が心配なんだけどなぁ…」

…このバカップル共め。一生やってやがれ。

 

そんな時

 

「お、お待たせしました〜」

よたよたと「番犬」が現れた。

「お!ぼっちちゃん待って…た………」

「来たね、番…犬………」

「ひとりちゃん!………ひとり…ちゃん?」

 

皆が戸惑うのも無理は無いだろう。そこに現れたぼっちちゃん、いや、「後藤ひとり」だったもの…は。

 

まだ持ってたのか!…の、ピンクジャージ。

いつぞやの星型サングラス。

極めつけは…頭に乗せた………ソンブレロ…。しかも、赤•黃•青•ピンクが全部入った「結束バンドカラー」。

 

「ぼっちちゃん…それは、何かな?」

なるべく心を穏やかにして聞いてみる。普通に考えれば、正気じゃいられん。…おいリョウ。腹を抱えて蹲るな。震えてるぞ。

「あ、なるべく目立たない格好って事だったので、1番目立たなそうなジャージを。目が隠れてた方が良いと思ってサングラス掛けました。それと余り顔が出ないようにと、帽子買いました。…ちょっとだけセンス出しちゃいましたけど」

 

考え方は!考え方は間違って無いよ!…でもね、そのアイテムをチョイスするセンスが、方向性が、絶望的に間違ってるよ!

 

「ジャージとサングラス取り行くのに実家まで行ってたので、ちょっと時間掛かっちゃいました。これでバッチリです!」

バッチリ駄目だよ!バッチリ無理だよ!あたしこんな人と一緒に居たく無いよ!ぼっちちゃん何でドヤ顔なの!?ほら、喜多ちゃんの目が怖いよ!鬼の形相だよ!

 

「…後藤さん」

「「「ヒイッ!」」」

 

怖い!

さっきまで笑いこけてたリョウまでビビる。普段可愛らしい子が怒ると、何でここまで迫力があるのか。

 

「…ちょっとこっちにいらっしゃい」

「………はい」

俯いて震えるぼっちちゃんは…喜多ちゃんに連れ去られた。まるで、放課後に不良から呼び出しを受けた生徒のようだった。

 

30分後

 

「おまたせしました!」

ようやく気が晴れたらしい喜多ちゃんは、ぼっちちゃんの手を引いて戻って来た。

喜多ちゃんの後ろには…まるで今の季節「春」を体現したかのような、爽やかで麗しい美人が。

さっきのぼっちちゃんの意見を尊重してあげたのか、頭には若草色のキャスケット。そして赤いフレームの伊達眼鏡。

全体は淡い色のふんわりコーデ。花柄のワンピースに羽織っているクリーム色のショート丈ジャケットが喜多ちゃんのセンスを伺わせる。

そこに、まるで首輪のような赤いチョーカー。喜多ちゃん、独占欲強め。

ぼっちちゃん、何やら諦めたような表情。…君が悪いんだからね。反省しなさい。

…ん?チョーカーの下に、何やら僅かな赤黒い跡。…おいお前等、何してた?

 

「虹夏、時間」

「あ、ああもうそんな時間か。それじゃ、入ろう」

裏口から建物の中に入る。表からだと目立っちゃうから。

 

 

今日は新宿のミニシアターに来ている。

大学の映像科を卒業した「1号•2号」さん。その卒業生と若手の映像作家達とで、あるコンペティションが行われた。

バックはある大手の映画会社。若手発掘プロジェクトらしい。

最優秀は、いきなり作品の大手映画館デビュー。優秀賞は、このミニシアターでの作品公開。3組程選ばれたらしい。1号2号さんはその中のひと組。…凄いなぁ。

 

あたし達メンバーは、そのまま特別観覧席へ。

なぜあたし達がそんな待遇を受けているのか。それは…

「楽しみですね!私達の映画!」

「わたしの銀幕デビューだよ」

「…え?リョウさん出てたんですか?」

「…わたしじゃ無いけど」

 

そう!1号さん達は、あたし達をモチーフに映画を撮った。あたし達が出会ってから、バンドを始めて登っていくまで。

ちなみに、映画に「結束バンド」の名前は一切出ていないみたい。あたし達も出演していない。でも、見る人が見れば解ると言う。あの四つ星の輝きを、ファンなら解らない筈が無い!と力説していた。

 

取材は何回も受けた。それこそ憶えてる限り、事細かに。

でも、1号2号さんの方が記憶も知識も豊富な気がしたよ。あの二人の情熱、執念は凄い!

何よりぼっちちゃんに対しての情熱が半端無い!え?なんでそれ知ってるの!?って事まで知っていた。ぼっちちゃんも困惑してたな。

 

 

司会がMCを始めた。

さあ、始まる。満員の観客に拍手を贈られ、1号2号さんが壇上に上がる。

挨拶を済ませ、最後に

「それでは、お楽しみ下さい!」

と締め括る。あたし達の方に目を向けて。

あたし達は、観客からは見えない。観覧席の後方上部の席。

 

どんな出来なんだろう。ワクワクするな。

隣のリョウがポツリと呟く。

「…始まるね」

「うん、そだね!」

 

会場が暗転。スクリーンが淡く灯りだす。

 

いよいよだ!

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

真っ暗なスクリーン。

そこへ、徐々に映像が浮かび上がってくる。

それは…狭い空間。…押入れのような。

映像がはっきりしてくると、その壁にある物も解ってくる。

バンドのポスター。ヨレヨレになって、いくつも付箋が付いたスコア表。ミニライト。床に置かれたノートPC。そして、立て掛けられた黒いギター。

そのままカメラはスウッと押入れを出る。そしてゆっくり左転回して、開け放たれた窓へ。

風で微かにカーテンが揺れている。

窓の外は少し雲が掛かった晴天。そう、丁度今日の空のような。

最後に窓を抜け、空にピントが合う。そしてその空に白くタイトルが浮かんでくる。

 

 

───フラッシュバッカー───

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「ね、あの部屋…ひとりちゃんの部屋にすごく似てるね。今はふたりの部屋だよね?」

「あ、あれ…実家の部屋です」

「え?そうなの!?」

「はい。一時、ふたりの私物を全部どかして貰いました。そのお詫びに服、買わされましたけど」

「フフ…そうなんだ。じゃあ私も何か持ってお礼に行かないとね」

「ふたりにとって、郁ちゃんの顔見るだけでお礼ですね」

「…もう」

わたしの手をキュッと握ってくれる。温かい。

 

映像は進んで。

 

虹夏ちゃん役の人ととリョウさん役の人が学校の屋上に居る。

黄昏れているリョウさんに、虹夏ちゃんが後ろから近付き、頬に指を当てる。

会話をして。最後に

「だって君のベース、好きだし」

と、ひと言。

 

因みに登場人物皆、名前が変わっている。というか変えている。

これは、「結束バンドの要素」を極力省いて、尚且つ結束バンドと解らせる…という1号2号さんのチャレンジらしい。まあ、版権?やら肖像権?やらがあるのかな。…ただ、題名に思いっ切り出ちゃってるからなぁ…

歌も提供してるし。

役者さんはほぼ皆新人らしい。まだまだ無名の役者さん達。

ただ、熱意は凄くて。時間が許す限りわたし達一人一人に張り付いて。ライブも出来る限り顔を出して。

お金が余り無い彼女達(と制作陣)の為に、舞台袖なんかでライブ見て貰ったりして。

楽器の演奏も、ちょっとレクチャーしたり。郁ちゃんの歌声には、皆ノックアウトされてたけど。

新人と言っても、プロ。意識が物凄い。わたし達の普段の癖から話し方。学べるものは何でも学ぼうとして。

郁ちゃんのキャストの人は佐々木さんにまで話を聞きに行ったらしい。わたしのキャストの人もふたりや両親に聞きに行って、黒歴史を暴露された。

撮影用のギターやらベースやらは貸し出してあげた。ただ、リョウさんは当時のベースはもう売っちゃってた。

「ちょっと待ってて」と言った次の日、ベース手に入れてたけど。

 

郁ちゃんは隣の虹夏ちゃんに

「…青春してますねぇ…」

とか茶化してる。

虹夏ちゃんはひと言

「…うっさい」と。顔が赤い。

 

その後

わたしが虹夏ちゃんに初めて「見つけて貰う」場面。

 

「ひとりちゃん。まだこの場面、憶えてる?」

「…忘れられません。今のわたしが「始まった」場面ですから」

「…ちょっとだけ…悔しい、な」

薄暗い館内。俯く郁ちゃんの表情は良く見えないけど…何を考えてるのかは、何となく解る。

わたしを見つけたのが「自分が最初」じゃ無い、と言う思い。でもね、わたしを「掴まえた」のは…郁ちゃんが最初…最初で、最後だよ。

郁ちゃんの手を、指を絡めてギュッと握る。郁ちゃんも解ってくれたのか「…ありがと」とひと言。

 

シーンは進んで。

 

初ライブが終わって、ちょっと経った頃かな。作詞を頑張っていた頃。

「ひとりちゃん、あの時…凄く悩んでたわよね」

郁ちゃんが問わず語りで言葉を紡ぐ。

 

あの時…本当に苦しかった。多分それまでで…1番。

 

 

 

まだ、10代の碌に物も知らない頃。

「ちょちょいのちょいですよ〜」

「じゃあ、ひと月後くらいには欲しいね」

 

リョウさんに軽薄な約束をして、それでも決意を胸にウチに帰った。

 

…なんでいつも、あんな気軽な返事しちゃうんだろ。

作詞ノートを開く。そこには、今までぶつけて来たわたしの願望やら鬱憤やら。それが、書いては消し、書いては横線を入れ、白いノートが薄汚れてしまうくらいの葛藤の跡。

いつもこんなに悩んでるのに、そんなすぐに出来る訳無いよ…

 

まだ自分の中に「歌詞制作のルーティン」が出来上がって無かった頃。一つ一つ、探り探りの作業をずっと続けていた。

3歩進んで2歩下がり…どころじゃ無く、1歩進んでは沼に嵌り、2歩進んでは崖から落ち…結局スタートラインよりも前に戻ってしまって。スタートが何処かさえ解らない…そんな制作を続けていた。

 

当然新曲なんて捗る筈も無く、ほぼ手につかないまま、1週間…2週間…3週間………

押入れの中で、わたしは完全に「落ちて」いた。

何も手につかない。何も考えられない。

リョウさんの顔を見るのが怖い。皆に呆れられるのが…恐ろしい。

自分の身体が押入れの中に沈んでいくような感覚。

 

ああ…ダメだ…この「穴」に沈んでしまったら、自分じゃ抜け出せない。誰に助けて貰う事も…出来ない。わたしの声が誰にも届かなくなる。誰の声も…聴こえなく…なる。

 

本能的な恐怖を感じた。自分が「終わってしまう」事への、恐怖。

本当に駄目な時は、溶けたりハジケたりもしないんだな。…なんて他愛も無い事を考える。

 

そんな…とことん「落ちて」行く時…その電話は鳴った。

 

傍らに置いたスマホの画面が明るくなり、軽快な着信音が狭い空間に鳴り響く。

ビクリ!としてスマホに視線を向ける。…あ…喜多ちゃん。

わたしにはそれが最後通牒に思えた。

「後藤さん、もう…良いわ。さよなら」って。

実際、ここの所バイトも休んでいた。喜多ちゃんと学校で顔を合わせても、碌に会話もしないで…正直、避けていた。

明日から祝日合わせて三連休。その間は喜多ちゃんと顔を合わせずに済む。今日も授業が終わって、喜多ちゃんが何か話し掛けようとするのを振り切って逃げるように帰宅して来た。

 

着信音が切れる。程なくして、スマホが眠りにつく。

…もう、ダメなのか。ダメなんだろうな。

わたしはここまでだ。この先、この狭い檻の中…顔も知らない相手だけを頼りに配信という細い糸だけで世間と繋がって行く。

もう…外に出るのは辞めよう。頑張ったよ、わたし。

輝くような人達と繋がろうとしたのが…喜多ちゃんと繋がろうとしたのが…間違いだったんだ。

 

虹夏ちゃん。リョウさん。………喜多ちゃん。

今までイッパイ迷惑かけてごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。…ありがとう。

こんなヒトモドキに付き合ってくれて、優しさをくれて。…もう、迷惑掛けないから。

 

蹲って、床を涙で濡らす。わたし、何でこんなにダメなんだ。…次に生まれ変わったら、マトモになれるかな。

…そうだと…良いな。

 

そんな事をやってたから、「その音」には気付かなくて。

 

突然押入れの戸がスパン!と開く。ビクリと身体を震わせる。…怖くて、誰が部屋に入って来たのかも確認出来ない。

ブルブルと震えて身を縮こませて居ると、上からフワリと暖かい…優しい感触。

そして…その声は降ってきた。

 

「ひとりちゃん…ごめんなさい」

 

………え?

蹲るわたしを、優しく包み込む…喜多ちゃん。そこで初めて、喜多ちゃんに抱き締められていると認識出来た。

 

でも…何で喜多ちゃんが謝るの?

 

「貴女に全てを任せてしまってごめんなさい。貴女に頼り切ってしまってごめんなさい。貴女を…一人にしてしまって…ごめんなさい」

わたしのジャージを掴み、贖罪を受けるように、祈るように。

その声も震えていて。ジャージの背中に温かいものが滲みていく。

 

「…き、喜多ちゃんは全然悪く…無くて。わたしが悪くて…」

震える声でそれだけを発すると、喜多ちゃんが抱き着いたまま首を横に振ったのが解った。

「ううん、そう思わせてしまったのが私の…私達の、罪。…なんで「ひとりちゃんなら大丈夫」って思っちゃったんだろう」

「そ…それは…わたしの責任で…わたしがやらなくちゃいけない…事で…」

「でもね…寄り添う事なら、私にも出来る。私は…それくらいしか…出来ないけど」

 

暖かいものが背中に広がっていく。それは涙だけじゃなくて。喜多ちゃんの心が、染み込んでくる。わたしの荒んだ心を、溶かしていく。

押入れに沈んだ筈のわたしの心が…浮き上がって来る。

 

ああ…「落ち」きらずに済んだ。喜多ちゃんが昏い穴から…引っ張り上げてくれた。

 

その後、二人共落ち着いて。

 

お母さんから「泊まっていけば良いのに」と言う提案を

「ひとりちゃんの邪魔しちゃ悪いので、帰ります」

とやんわり断って、帰る事になった。

 

「ひとりちゃん、じゃあ…またね」

「…はい。気を付けて帰って下さい」

お互いに小さく手を振り合い、帰りの挨拶を済ます。

玄関を出る時、喜多ちゃんがこちらを向く。

そして…ひと言。

 

「ひとりちゃん…好きよ」

 

と。

後から思えば、これが初めて喜多ちゃんから貰った「好き」の言葉。

儚げに、ちょっと寂しげに笑みを残して…喜多ちゃんは玄関を出て行った。

 

 

わたしは、この日の事をずっと忘れない。忘れられない。

いつまでも…事あるごとにフラッシュバックする。

多分…死ぬまで何度でも思い出す。

 

 

喜多ちゃんが帰った後、また押入れに籠もる。

でも、先程とは心持ちがまるで違う。自分の中に「自分」を取り戻した感じだ。

喜多ちゃんが掛けてくれた言葉を抱き締める。心に火が灯る。それは熱の奔流となり、わたしの心を満たしていく。

イメージする。イメージする。イメージしろ!

わたしは何の為にこれをやってる?知らない誰かの為じゃ無い!自分の為だけでも無い!

虹夏ちゃんと、リョウさんと、そして喜多ちゃんと…わたし。

4人で光る場所に立つ為。これから続く道を、4人で歩み続けて行く為。

 

 

 

後藤ひとり、イメージしろ!

 

 

 

気が付くと、空は薄明に染まっていて。そのうち全てが動き出す時間になる。

 

 

「…出来た」

 

 

歌詞が完成した。とうとう殆ど寝なかった。それどころか、ここ2〜3日殆ど寝てない。

頭を上げるとグラグラと揺れる。…限界が近い。でも。

スマホを掴む。ロインを起動、文字を打ち込む。

 

「歌詞出来ました。今日見て下さい」

 

それだけ打ち込み、ほぅ…とひと息。

そして、トートバッグにノートとスマホ、財布と定期だけを入れ、家を出る。

 

「あら、ひとりちゃん?早いのね。ご飯は?」

起きて来たお母さんに適当な返事を返し、そのまま玄関を出る。

ごめん、お母さん。今は止まれない。止まってられないんだ。

「ひとりちゃん、傘…」

お母さんが何か言っていたけど、止まれない。

 

駅に着いて、空を見上げる。

さっきまで晴れていたのに、雲が広がってくる。でも、そんなんじゃわたしは止められない。

来た電車に乗り込み、一路下北沢へ。途中、乗り換えを済まして。

不思議と眠気はやって来ない。身体のほうは限界に近いのに。

下北沢に近づいて来る。…そこで唐突に不安に襲われる。

 

…このまま、電車に乗っていて良いのか。

確かに…楽に「目的地の近く」には行ける。でも、「目的地そのもの」には着けない。

何でそんな考えに至ったのか…後になって考えても…今でも解らない。でも、その時猛烈な不安に襲われた。

何処かの駅に着いた時、反射的に車両を飛び降りた。

 

駅を出る。

パシャリと水溜りを踏む。ローファーが濡れてしまった。

…そんな事は後回し。方向を定める………こっちだ。

周りの音が不思議なくらい聞こえない中、走り出す。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「郁代、ぼっちはもう家…出てるんだよね」

「はい。お家に確認したら、かなり早くに出たみたいです」

「本人の電話には繋がらないしなぁ…あたし、見てこようか?」

「…いや、もうちょっと待ってよう。外はあんなだしさ」

 

「…ひとりちゃん…」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

走る、走る、走る!

多分、傍から見れば歩くような速度。でも、これが今の精一杯。

とにかく足を止めるな!進め!

 

ーーーーーーーーーー

 

「あれ?あれは…ぼっちさんじゃ無いっすか?」

タクシーの中、ヨヨコとあくびは新宿に戻ろうとしていた。神奈川のライブ会場に出向いて、打ち合わせをした帰り。電車で帰ると主張したが、主催側が気を利かせてタクシーを呼んでくれた。

「…ホントね。何でこんなトコ走ってるのよ…」

「とにかく…ぼっちさん乗せてあげましょうよ。多分シモキタ行くんだろうから。何よりこんな天気の中、歩きじゃあ…」

あくびが信号待ちの時窓を開けて声を掛けようとするのを、ヨヨコが止める。

「何でっすか!?身体壊しちゃいますよ?」

「…待って。…あの表情…」

その目に映るのは、歯を食い縛りながらも前だけを必死に見詰めて足を動かす、ひとりの表情。

「…行きましょう」

「え…ぼっちさんは…」

ヨヨコもギリ…と歯を食い縛る。

「今、あの子を止めちゃ駄目よ。…私の事、冷たいって思う?」

ふぅ、と息を吐くあくび。

「解りました。多分今のぼっちさんは…ヨヨコさんにしか解らないっすね」

仕方無く、と言う感じで窓を閉める。

 

「…気張りなさい。後藤ひとり」

タクシーは静かに通り過ぎて行った。

 

ーーーーーーーーーー

 

足を動かす。足を動かす。

目の前の水溜りは、まるで海のようだ。…小さな海。

何でこんなに水溜りがあるのか。考えるともなしに、足を動かす。

その時、瞬間に感情が膨れ上がる。無意識的にスマホを取り出す。

あれ…画面が見辛い。…かまうもんか。

そして電話を掛けた先は…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…ひとりちゃんから電話が来ました!」

「…良かった…電話を掛けられるトコに居るんだね」

「…まだ解らない」

「リョウ!」

 

郁代が電話を取る。

「もしもし?ひとりちゃん?」

『…あ、…あ、の…』

何故かノイズが酷い。

「ひとりちゃん?今何処!?」

『…たちゃん…お願い…が………』

「もしもし?ひとりちゃん、何?」

もどかしくなり、店を飛び出る。…幾らか通話は良くなったろうか。

『…たちゃん。喜多ちゃん。…お願いします。これから、通話を録音して下さい』

郁代はスマホのスピーカーに縋り付き、ひと言も聞き漏らすまいとする。

「録音?録音ね。解った!」

一体、何を録音しようとするのか。その時、ひとりの声が…聞こえ出した。

 

 

『…あー、また今日が終わっちゃうのか…、何かひとつでも、僕を…変えられたかい…』

 

 

それは…多分、歌詞。

ひとりが郁代に…歌詞を伝えている。

何故口伝てなのか。ノートに書かないのか。そんな疑問も忘れて、必死にひとりの声を聴く。

 

 

『…散々泣いて泣き腫らして、枯れた海が…また今日も、明日を…懲りずに探してる…』

 

 

これは、ひとりからの心を締め付けるようなメッセージ。

 

 

『…ねぇ、まだ今日は終っちゃいない…グウッ…針は指せど、僕の…眠気は来ない…』

 

 

郁代の頬に涙が伝う。歌は…こんなに苦しい思いをして創り上げなければならないのか。

何故か水音が伝うスピーカーの中、ひとりがまだ伝えてくる。

 

 

『いつまで待っても…僕は、僕なんだよ…ハァ、ハァ…変わらないのも…僕の、僕のせい…それでも何か…ウプ…ちょっと、ちょっとで良い…僕の光になって…行く先を照らしてくれよ…』

 

 

これは…自惚れでも良いなら…私の、事?

もしもそう思ってくれているとしたら…これ程嬉しい事は無い。

 

 

『散々雨に降られたって、笑ってられる…ッフゥ…君の事、普通に…羨ましいけど…だんだん僕…も君みたいに、強くなってさ…ハァ、ハァ!…今よりも、少しだけ…素直に…笑えますように…』

 

苦しい息を吐き、言葉を綴り続けるひとりちゃん。それに居てもたっても居られなくなる。

外の階段を上がり、地上に出る。…そこに、歩くように走ってくる…ひとりちゃんの姿。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

『いつか…また、遠くで…会えたら…手を…振り、返して…』

 

 

スマホを耳に当て、よろよろと、でも…確実にこちらに向かって来て。そして手を広げる郁代の胸に、ポスリと収まるひとり。

「ハァッ、ハァッ…ハァ………あれ?…喜多ちゃん…濡れてる…」

「お疲れ様、ひとりちゃん。…貴女の方がビショビショよ?」

「え?…ホントだ…いつから濡れてたんだろ…」

「もう…いつから走って来たの?」

「…解んない。気が付いたらどっかの駅、降りてた」

いつものように敬語が入らないひとり。…それを郁代はとても愛おしく感じる。

「しょうがないなぁ…ほら、お店に入ろ?」

「…うん」

 

 

 

「わあ!ぼっちちゃんビショビショじゃん!喜多ちゃんまで濡れちゃって!」

取り敢えず自宅まで連れて行こうとする虹夏を制止する。

「まっ、待って下さい!…これ」

トートバッグからノートを取り出す。幾らバッグに入れてあってもあの強い雨。ノートはすっかり湿っていて。

「…うん。受け取ったよ。早くお風呂入って来な。…虹夏、お願い」

「解った!…ほらぼっちちゃん、こっち」

ひとりは虹夏につれられ、スターリーの外に出て行った。

 

「…さて、拝見」

湿ったノートを破かないように、慎重に開く。中は意外と被害が少ないようだ。

そして目にする…その歌詞。

 

「………ぼっち、相当悩んだんだね。今回の歌詞の前のページ、幾つも破かれてる」

「…昨夜、私ひとりちゃんに会いに行ったんです。その時はまだ全然出来てなかったみたいで。凄く辛そうで。何でこんな辛い事、この子に押し付けているんだろう…って。…リョウ先輩。…ここまでやらないと駄目なんですか!?これを続けてたら…ひとりちゃん、潰れちゃう!今回だって、もう…潰れてもおかしく無かった!」

リョウは、ふぅ…とひと呼吸置き

「わたしだってぼっちに潰れて欲しい訳じゃ無い。それどころか、あの子には幸せになって貰いたいんだよ。…でもね、「モノを作る」ってのは、こう言う事なんだ。大なり小なり、避けて通れない。特にぼっち自身の心を表すのなら、余計に」

言いながら、慈しむように文字列を指でなぞる。

「これはぼっち自身だ。ぼっちの叫びだ。ぼっちが自分の心を切り取った、掛け替えの無いものだよ」

「………そう言えば」

「…うん?」

自身のスマホをテーブルに置く。

「ここに、ひとりちゃんのもう1曲分が録音されてます。ひとりちゃん…ここに着くまで通話してて、録音してくれ…って」

「え?…聴かせて!?」

「…それが…」

郁代が眉毛を寄せる。

「何?…録音状態が悪いの?」

「いえ…それは多分、ちゃんと聞き取れると思います。…歌ってるんです」

リョウが頭に疑問符を浮かべる。

「…どう言う事?」

「だから…歌ってるんです、ひとりちゃん。歌詞だけじゃ無くて、自分で歌ってるんです」

それを聞いて猛烈に興味が湧くリョウ。

「き、聴かせて!すぐ聴かせて!」

リョウにせっつかれ、郁代が再生ボタンを押す。

 

 

ーーあー、また今日が終わっちゃうのか…何か一つでも、僕を…変えられたかい……もう…戻る事の無い…時が怠惰な、眼で…僕を見てる……………ーー

 

確かに…歌っている。

訥々と、辿々しく…でも、必死に…実直に…

リズムはバラバラ、音程も怪しい。でも…その歌は…リョウの、リョウと郁代の心に…染み込んで行く。

 

ーー………会えたら、手を振り返してーー

 

そこで録音は終わる。二人共、何も言わない。ただ、郁代の頰を雫が濡らして。

リョウはもう一度、ノートを見る。文字列を目で追う。

背筋にゾクゾクとしたものが走る。これは…この歌は…

 

「この2曲は、メインにはなれないかもしれない」

「…リョウ先輩」

「…でもね、郁代。…この2曲は、後々まで聴く人の心に残り続けるよ。それ程忘れ難い曲に…なるよ」

「………はいっ!」

 

ノートを自分のバッグに仕舞うリョウ。荷物を纏めて、店を出る準備を始める。

「リョウ先輩?」

「郁代、後でその音声データ…わたしの方に送って。必ずね。わたしは帰る」

その行動に戸惑う郁代。

「え…ひとりちゃんを待って無いんですか?」

その問い掛けに、振り向かず答える。

「…今日はもうぼっち、無理だと思う。何よりわたしが待ってられない。…早くこの歌詞に曲を付けないと」

独り言のようなそんな言葉を残して、リョウは店を出て行った。

 

 

1時間程経って、虹夏が店に入って来た。

「あれ?リョウは?」

「…帰りました。早く曲を付けたいって。…ひとりちゃんは?」

「うん、お風呂入らせて、ご飯食べさせてから…あたしのベッドに寝かせた。凄く消耗してたみたいだからさ」

それを聞いた郁代は、取り敢えずホッとする。

「そうですか。…ひとりちゃんは多分、この2〜3日位…マトモに寝ていないと思います」

「そっか…頑張ったんだね」

「…伊地知先輩」

「ん?…何かな」

郁代自身、自分の中で答えの出ない問題。でも、聞かずにいられない。

「こんな事続けて…ひとりちゃんが壊れちゃわないでしょうか…」

虹夏に聞いてもしょうが無い問題なのだ。多分、虹夏は郁代が想像する答えを出して来る。

 

「ぼっちちゃんに負担を負わせるのは申し訳無いよ。…でもさ、音楽って「そう言うモノ」って思っちゃってる自分が居るんだ…」

 

だって、リョウと虹夏は「音楽に魅入られたモノ」だから。ひとりも同じ様に。

郁代は疎外感を覚える。

そこまでか。

そこまでなのか。

何処まで行けば「安らげる」のか。音楽を続ける限り、一生無理なのか。

 

郁代は決意する。

それなら、私がひとりちゃんを守る。ひとりちゃんを支える。ひとりちゃんが困ってたら、何を置いてもすぐに駆け付ける。

 

高校を卒業したら、すぐに免許を取ろう。

すぐに駆け付けられるように。

車を手に入れよう。

なるべく早く、駆け付けるように。

ひとりを守り、ひとりを支えるのがいつまでも一緒に歩んで行く方法なら、何にも苦にしない。

 

 

それはひとりの意識と、郁代の決意が始まった日。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

画面の中では、ピンクジャージの女の子がスマホを片手にザンザン降りの雨の中、歩く様な速度で走っている。

 

苦しいような、楽しいような、悲しいような…覚悟を決めたような。

そんな綯い交ぜの表情で。

あの時の自分が蘇る。わたし、そんな表情をしていたんだろうか。

 

「ひとりちゃんがあの時…私に辿り着いた時、こんな表情してたな」

…こんな表情、してたんだ。

「…良く憶えてますね」

わたしに向けた郁ちゃんのその顔は、スクリーンに照らされて朧げに輝いて。その顔に苦笑を浮かべて。

「憶えてる。だってね、ひとりちゃん。…私がある決意をした日だもの」

昔を懐かしむように。

 

「…決意って?」

「フフ…ナイショ」

 

ポツリと言葉を残して、顔をスクリーンに向けてしまう。

 

 

映画は進む。

まるで、わたしに追体験をさせるように。

わたしの心の中の袋を引っ繰り返して、自分でも憶えていなかったような昔遊んだオモチャを見せられているように。2度と見たくなくて、封印してしまったアルバムを目の前で広げられているように。

 

今の場面は………ああ、未確認ライオットだ。

どうにか東京地区の最終予選に残り、全力で弦を掻き鳴らしている。

そして…落選。

 

映画のこの場面は、わたし達が音入れをした。

当時の音源が残っていなくて、わたし達が「当時風」の音で演奏した。

…と言う事は…シデロスも音入れしてくれたのか。

しかも当時風で。…結局良い人なんだよな、大槻さん。

 

その後のフェス。

こっちは映像が残っていたんだ。ステージで演技する役者さん達と上手い事繋ぎ合わせている。

 

…悔しかったなぁ。この時。

その後佐藤さんが司馬さんを紹介してくれて…わたし達の今に繋がっている。

 

映画の最後は、わたし達がフェス会場で花火をしている所で終わった。

画面が、はしゃいでいる皆から徐々に空を向き…夕暮れの赤で終わる。

 

テロップが流れる。

 

 

 

──これは、当時まだ無名に近かったバンドの記録──

 

──このバンドは、これから成功するかは誰にも解らない──

 

──でも、私達は知っている──

 

──このバンドの音を。このメンバー達の楽しさ、苦しさ…悔しさを──

 

──果たしてこれを見ている皆は、本気で何かを成し遂げようとした事があるだろうか──

 

──あるのなら、懐かしんで欲しい──

 

──無いのなら、求めて欲しい──

 

──そこには、今迄見えなかった風景が見えるかもしれない──

 

 

 

エンドロールが流れる。

バックには、「フラッシュバッカー」が流れる。

黒バックに、白い文字で演者、スタッフ、協力者、等。

文字が流れて行く。

 

そして最後に…二人の監督の名前。

その後、最後にまたテロップが

 

 

──この映画を、愛すべき四つ星の星座に捧げる──

 

──1号•2号より──

 

 

と。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…郁ちゃん、落ち着きました?」

「…うん。…ひとりちゃんが、どう言う思いであの2曲を書いたのか解ったのが…嬉しかった。ある程度は聞いてたけど…それでも、映像として観ると違うなぁ。…役者さんって、凄いわね…」

自分のハンカチだけじゃ吸いきれなくて、今は私が渡したハンカチで涙を拭っていた。

 

虹夏ちゃんも瞳が潤んでいる。しきりにハンカチを目に当てて。その向こうのリョウさんは向こうを向いてるけど…たまに鼻を啜っている。

皆、当時を懐かしんで…慈しんでいる。

 

辛くて…苦しくて…それでも、嬉しくて楽しくて。

この先も、ずうっと続いて欲しいなぁ…と改めて思う。

 

 

入って来た時と同じ様に、裏口から外へ。

もうすっかり暗くなった春の空気を吸い込む。

…まだまだ寒いなぁ。着慣れないワンピースのせいで、お腹から下がスースーする…うん、これ…わたしが悪かったんだよ。多分。おそらく。

…上演が終わった後、観客のスタンディングオベーションを受けて登壇した1号2号さん、格好良かったな。

 

そんな事を思っていると

 

「キャーッ!ひとりちゃん可愛いーっ!」

 

両側からタックルを受ける。

「ごふぅっ!」

その勢いに膝が崩折れる。

「ひとりちゃーん!」

郁ちゃんの悲鳴を聞きながら、意識が遠のく………

 

 

 

「…んはっ!」

目を覚ますと、何やら芯のある柔らかさが頭の下にあって。…郁ちゃんに膝枕されてる。

あれ?やけに明るくて賑やかな場所。

「…あ、起きた?」

上から天使に微笑み掛けられた。

「…郁ちゃん」

「なぁに?」

「…すき」

「うん!私も」

 

「他所でやれぇ!」

元祖下北沢の大天使に怒られた。

 

 

いつの間にか居酒屋に居た。ちょっと広めの個室。

皆で「完成おめでとう」と「お疲れ様」で乾杯。

 

「もー、ぼっちちゃん気が付いたから良いけど、気を付けてよね!」

「ごめんねジカちゃん!ひとりちゃんが…余りにも可愛かったから…」

「それね!何なのその可愛いカッコ。私達を殺す気か!」

1号2号さんの鼻息が荒い!ちょっと怖い!

「可愛いでしょ〜!」

…郁ちゃん、煽らないで…何か郁ちゃんの手がわたしの肩に食い込んでる!痛い!もう片手は頭をヨシヨシしてくれてるのに!

郁ちゃんの中で天使と悪魔が内包してる!天使、勝って!

 

「でも…良い映画だったよ」

リョウさんが珍しく褒め言葉を贈る。

「ねー!リョウ役の人が結構素直だったのが意外だけど…でも、良い映画だね」

虹夏ちゃんも賛辞を口にする。

「リョウちゃん役の人が色々周りに聞いてたじゃない?それで結局「私…あそこまで出来ません」って。諦めてた」

2号さんが溜息を吐く。

「リョウはキツかったか〜」

「わたしの天才性を再現出来ないとは…世間もまだまだだね」

「…お前の性根の問題だからな?」

 

「ひとりちゃん。私の役の人、どうだったかな」

「…良くやってましたよ?」

「そうじゃ無くて!…可愛かったよね」

「…実物の方が、100倍可愛いデス」

「………もう」

 

「おっとそこまでだ!いい加減にしろ!?」

虹夏ちゃん、コソコソ話してるのに突っ込まないで下さい…

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

二人の「監督」に別れを告げ、新宿から電車で下北沢へ。

 

「あたし達…色々あったねえ…」

電車に揺られながら虹夏ちゃんが呟く。

「そうですね。ああいう風に客観的に見せられると、ホントに…色々あったなぁ…って」

郁ちゃんが同意する。

 

本当に、様々な事が頭を過る。傍らに置いた紙袋の中のピンクジャージを見る。

わたしは…あの暗くて狭い箱の中から始まった。

あそこで、妄想はするけど何も実現出来ず…孤独感と友達で。

ただ…ひたすら鉄を歪ませ世間を恨んでいた。

良いな…良いなと声にならない叫びを上げ、現実に目を向ける勇気さえ持てずに。

この…ピンクのジャージは、その象徴だった。

 

…あの時のわたし、ありがとう。

君のお陰で今のわたしが居る。

あの時のわたし、「わたし」を守ってくれて…ありがとう。

世の中を羨んで、それでも逃げないで…わたしがわたしを見捨てないで居てくれたお陰で、仲間が出来た。大切な人が出来た。

このジャージはもう、着ないと思う。

必要が無いから。君の代わりに「仲間」が守ってくれるから。

1番大切な人が、護ってくれるから。

ピンクジャージ、ありがとうね。

 

…さよなら。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…ただいまっ!」

「ただいまです」

 

二人の家に帰って来た。わたしはほぼ呑んで無いけど、郁ちゃんは程々には酔っている。ちょっとご機嫌。

洗面所でうがい手洗い。リビングへ。

紙袋を隅に置く。

 

「…ねぇ、ひとりちゃん?」

「…はい?」

郁ちゃんが目を合わせずにわたしに問い掛ける。…珍しい行動。

 

「…そのピンクジャージ、もう着ないの?」

「あ、はい。…もう、役目は終えたかな…と」

「…そう」

何か言い淀む感じの郁ちゃん。それが珍しくて、わたしの方から目を合わせに行こうと…あれ?何か…郁ちゃんの鼻息が…

 

ぐるりとこちらを向く郁ちゃん。…何で目が据わってるの!?

 

 

「あのねひとりちゃんそのピンクジャージ1回着てくれないかな何故かって言うと解った説明するわね高校の時に「そう言うコト」しなかったじゃない?だから昔を懐かしんでジャージ姿のひとりちゃんとそう言うコトしてみたいって言うか私も制服引っ張り出すからゴメンね私のただの願望と言うか解ったはっきり言うわね私の欲望でジャージ姿のひとりちゃんとシてみたいってキャー恥ずかしい!でもひとりちゃんが悪いのよ?あんなに1号2号さんにデレデレしちゃってさ決して私が悪い訳じゃ無くやっぱりひとりちゃんがエッチなのが悪いの!ぼっちちゃんじゃ無くてエッチちゃんね!だから私もしょうが無くジャージ姿を堪能したいの待って待ってこれじゃひとりちゃんが悪いみたいねやっぱり私が悪いのね!ええそうよ私がエッチなの!喜多ちゃんはエッチちゃんなのこれでエッチちゃんとエッチちゃんで相性抜群ね!と言う事でさっさと着替えて!」

 

 

「あ…え…はい!?」

「喜多郁代、了承を得ました!」

敬礼

「え…は…まっ…」

 

 

 

アッーーーーーー!

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。