燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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10話「変わらないと思ってた」

 許容とは、心の器があることが前提の言葉である。器に収まるかどうか、器に入れて溢れないかどうか。最初に、器があることが条件に組み込まれている言葉なのだ。

 もし、もしも、その許容が必要とされる関係があるとすれば、それはいつか、なんの前触れもなく崩れるような酷く脆い繋がりとなる。

 

 

 例えば、そう。

 許容を当たり前としていた片方の心の器が壊れてしまったなら。その時点で、お互いの関係は成り立たなくなる。現在の、薪と燈がまさにそれだった。

 

 

 盛り上がり、魂の叫びを響かせるライブ会場で彼は独り──迷子のバンドの音楽を聴いていた。煌びやかなステージで、心の声を曝け出す彼女の歌を、薪は既に音としてしか捉えられない。歌詞に、心を傾ける余裕が、ない。重なる音が、綺麗だということに安堵して、微笑むことしかできない。

 

 

「なんだよ……やっぱり、俺なんかいらないんじゃんか」

 

 

 長い付き合いだからこそ、彼は理解している。歩道橋で思いをぶつけたあの日。きっと、あの出来事がなかったとしても、彼の大切な幼馴染みは再起し、仲間の手をもう一度取ったであろうこと。諦めたくない、そんなたった一つの理由で立ち上がることを。

 小梅薪は、わかっていた。

 あの日送った言葉。欲しい言葉も、渡すべき言葉もわからないまま、無我夢中で送った言葉。自分の中にある、それらしい言葉をツギハギに繋ぎ合わせた、薄っぺらい言葉。

 

 

 背中を押すためだけの、思い。

 そんなのがなくても、燈は大丈夫だと。彼は知っている。

 だから、そんな歪んで捻くれた自己認識に、自己解釈に──彼女の想いは届かない。歌詞に必死に込めた気持ちも、貰った言葉を自分の中で噛み砕き、形にした詩も、なにも、届かない。

 

 

 視線が合って、何度叫んでも、答えは──返ってこない。

 

 

(なんで……?)

 

 

 いつだって、返してくれた。

 一の言葉を、十の言葉まで膨らませて、返してくれた。日常となった電話の向こうで、薪は返してくれていた。上手く喋れない自分の代わりに、彼はいつだって、そうして、くれて。

 故に、なんで、が止まらなくなる。

 

 

 叫んで、歌って、想いを乗せても、薪は微笑むだけで、なにも答えない。

 何かがおかしい。何かが致命的にズレている。燈は、ようやくここで気づいた。自分と彼を結ぶ縁がもう、細く細く──見えなくなっていることに。

 視線は合うのに、その瞳の中に自分がいないような。視線は合うのに、自分の瞳の中だけに彼がいるような。不思議で、残酷な現実。

 

 

 届かない。届くはずがない。

 何故なら、薪は、ここに縁を切りに来たのだから。

 

 

(薪くん……!)

 

 

 徐々に、終わりに近づく音。

 クライマックスも抜け。最後に残す歌詞さえも──空に散り、溶ける。

 

 

 こうして、ライブは終わり。お互いが視界の端に切れていく。限界まで取り繕った関係が、壊れていく。外には、天気予報になかったはずの雨が、ポツポツと降っていた。

 

 ◇

 

「ともりん? とーもーりーん? 大丈夫? さっきから、ずっと、ぼーっとしてるけど?」

 

「あのちゃん……ううん、ごめん。少し、疲れ……ちゃって」

 

「大丈夫、燈? 水とか飲む?」

 

「ありがとう、立希ちゃん……平気、だから」

 

「……なら、いいけど。あっ、そうだ。燈宛に、差し入れ来てたよ」

 

「私宛……?」

 

「燈ちゃん、一人でライブしてた時期もあったし……その時ファンになった子からかもね」

 

「抹茶、ある」

 

「中身、見てみようよともりん!」

 

「う、うん……」

 

 

 2人、すれ違ったライブが終わり。『MyGO!!!!!』というバンドの名前も決まり、どこか抜けたまま、燈は控え室で差し入れの紙袋を開ける。

 薪とのライブ中のやり取りもあり、前後の記憶が薄ぼんやりとする彼女に宛てて送られた差し入れの中には──1枚の手紙と有名な洋菓子店のチョコレートが入っていた。

 

 

 差出人の名前はなく。ただ、一言、燈へと書かれたそれ。見間違えるわけがない。幼い頃から見てきた、大切な人の字。

 愛音や楽奈がチョコに食いつき、騒ぐ最中、彼女は痛いくらいに鼓動する胸を抑えながら、手紙を開ける。

 

 

『燈へ。

 今までありがとう。

 こんな形で伝えることになって、本当にごめん。

 

 これは、俺がお前に送る最後の手紙で、別れの手紙だ。

 だから、ちゃんと最後まで読んで欲しい。

 

 ずっと、わからなかったんだ。お前が欲しい言葉。お前に渡すべき言葉。ずっと、わからなかった。

 好きな物も嫌いな物もわかるのに、それだけがわからなくて、苦しかった。

 

 いつも、どこかで聞いたような、ありきたりな言葉を繋ぎ合わせて、ツギハギだらけの言葉をお前に伝えてた。その中には、一つも俺の言葉なんてなくて、空っぽで、酷く薄っぺらいものだったと思う。

 

 必死だったんだ。

 できるだけ、できるだけ、お前が傷つかないように、お前が自分を責めなくていいように。

 でも、これからは、それも必要なくなる。

 

 俺といた10年以上の時間を、バンドの仲間と過ごすことになるんだから……だから、俺が一緒にいられるのはここまでだ。

 足踏みして、選択することすらできなくなった俺は、お前の隣にはいられない。居たくない。

 

 ごめん。貰ってばっかりだったのに、何も返せなくて、ごめん。なにも、あげられなくてごめん。

 でも……大好きだったんだ。お前の笑顔が、好きなものを話す時の楽しそうな顔が。真っ直ぐな目も、言葉も、全部……全部、好きで……痛かった。

 

 ありがとう、ごめん。

 本当に、ごめん』

 

 

 剥き出しの言葉で書かれた、告白。痛いくらいに燈の胸を穿つ、謝罪と感謝。気付くべきだった。気付けるはずだった。寄りかかる関係から変わったのだから、しっかりと受け取ってお互いにわかりあえるはずだった。

 努力を怠ったわけじゃない。

 知ろうとしなかったわけじゃない。

 

 

 ただ、変わらないと、勝手に信じていただけ。自分の隣に、彼は居てくれると。彼の隣を、自分は歩いていていいんだと。勝手に信じて、勝手に期待して、勝手に裏切られて、勝手にわかってるつもりで、いた。

 だとしても、終われない。終わりたくない。胸が張り裂けそうなくらい痛くても、こんな終わり方は嫌だ。心がそう叫んで、体を突き動かす。

 

 

「ちょっ! ともりん!?」

 

 

 制止の声を振り切って、帰っている途中の客の隙間を縫って、薪の下に駈ける。外に出れば、さっきまでポツポツとしか降っていなかった雨は土砂降りになっていて、冷たい雫が頬を伝って涙のように落ちていく。

 走って、走って、雨でどんどん重くなる服を引きずって、彼を追う。歩いていく、彼の背中は遠くて、走っても走っても遠ざかって、小さくなっていく。

 

 

「待って……! 待って……っ! まき……くん……!」

 

 

 息も絶え絶えになって叫んだ声は届かず、雨に掻き消され。遠のく背中は、信号に阻まれて──消えた。

 苦しくて、ぐるぐると気持ち悪い感情が駆け巡る胸が辛くて、ポロポロと溢れる涙さえ、まるで偽物だとでも言うように雨が流していく。

 貰ったあたたかなものが、どんどんと冷たくなって。あの日、貰った両の手の温もりが、指先からこぼれ落ちていく。

 

 

 初めて出た別れの涙は、大切だった幼馴染みが作った心の傷跡から、流れていた。

 




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