燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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11話「燈りが薪に火をつけて」

 灰は、燃え尽きた残骸だ。吹けば消える、ただの残りカスだ。だというのに、薪は、独りベッドに寝転がってなにもできず、ただただ無為に休日を過ごしていた。消えず、消すこともできず、記憶の中にある思い出がスライドショーのようにずっとずっと流れ続けていく。

 

 

 なにかしようとしても、なにもできない。思い出に浸るように、ぬるま湯から抜け出せないまま、燈を想う。断ち切ったはずなのに、未練だけで地を這って、彼は生きている。

 傷つけた。

 許されないことをした。

 消えてしまいたかった。

 それなのに、生きて、息をしている。

 

 

 目を瞑れば、いつかの光景が浮かび。

 耳を澄ませば、彼女の楽しげな声が聞こえ。

 手の温もりも、あの日の匂いも、全部、記憶の中にある。

 

 

「女々しいな、ほんと」

 

 

 口から出る、どうしようもない独り言。気を紛らわすためにスマホを見れば、燈からの通知が何件も溜まっていた。

 

 

『会いたい』

 

『心の声、ちゃんと言葉で聞きたい』

 

『薪くんの想いに、私も寄り添いたい』

 

『辛いことも苦しいことも、共有して欲しい』

 

『手が、心が冷たいなら、私があたためたい』

 

 

 眩しい、言葉たち。

 視界に収めるのも躊躇うような、真っ直ぐな思い。目を逸らして、SNSを開けばーー彼女と観に行こうと約束を交わした映画の上映告知が、流れていた。

 

 

「……最後の思い出作りでも、行くか」

 

 

 来るか来ないかなんて、関係なく。色んな感情と蹴りをつけるために。薪は荷物をまとめ、服を着替え、外に出る。

 どんよりとした雲が、空を覆っていた。

 

 ◇

 

「燈ちゃんが打ち上げに誘うなんて、珍しいよね」

 

「……ぁ……そう、だね」

 

「……小梅とは、まだ連絡取れてないの?」

 

「うん。……電話も、メッセージも……繋がらなくて……」

 

「あー……あー、にしても、打ち上げで映画って、不思議な感じだよね〜! 映画も、結構話題になってるやつだし。ともりん、こういうのにも興味あったんだ」

 

「えと……この映画、元が小説で……私も薪くんも、好きなシリーズで……一緒に観に行こうって……約束、してて……」

 

「……あはは、そっか〜」

 

「愛音ちゃん……」

 

「お前さぁ……!」

 

「えぇ!? これ、私のせい!?」

 

 

 打ち上げに来たショッピングモールに似合わぬ、どこか薄暗い雰囲気。雰囲気を変えようとした愛音の話題振りでさえ、地雷になるのだから、どうしようもない。そんな中、野良猫ーーもとい、楽奈だけがじっと、燈を見つめていた。

 俯き、今にも壊れてしまいそうな彼女は、自分を責めることしかできず、苦しんでいて、傷ついていて、見るに堪えない。

 

 

 なのに、楽奈だけはじっと彼女を見つめ、呟く。

 

 

「つまんねー女の子」

 

 

 全てが見えているからか、はたまた気紛れな猫だからか。少女にとって、今の燈の状況は面白くない。思っていることを言えず、ズルズルと自分の中で自己嫌悪を続ける姿は、つまらない。

 真っ直ぐに、素直に、心の声を叫ぶのが面白いのに。このままじゃ、退屈なまま。

 

 

 故に、発破をかけるように、呟いた。

 

 

「……私、気付けたはずなのに。なにも、わからないまま終わっちゃって……もっと話したいことがあったのに……会えなくなって……手紙に書いてあったことが、信じられない……」

 

「燈ちゃん……」

 

「許すとか許さないとか、謝る謝らないとかじゃ、なくて……ただ、話したい。離れ離れなんて、いや、だから……っ」

 

「話せばいい。いる」

 

「いる……? どこに、いるの?」

 

「ん」

 

 

 人混みの中、楽奈が指を指す方向に薪はいた。朗らかで優しかった表情は枯れ、無表情に、人波に乗って歩く彼がいた。

 見つけたら、止まらない。

 勝手に動き出した足が、ままならない呼吸を乱して、走り出す。運動が得意じゃない燈の精一杯の全力疾走。きっと、生涯、これ以上に走ることなんてないだろう。そう思えるくらいの、全速力。

 

 

 伝えたい想い。

 交わしたい言葉。

 離したくない、手。

 

 

 必死でも、みっともなくても、終わらせたくない関係。

 あと一歩。あと少し。人の波をすり抜けた先、彼女の足が、もつれる。滅多にしない行動の反動か。届きそうで、また届かなくなりそうな手を必死で伸ばして、叫んだ。

 

 

「まき……くんっ!」

 

 

 転びそうになり、地面との距離がゼロになる直前ーーあたたかい抱擁が、燈を包み込む。それは、どこまでいっても優しさを捨てきれない彼の、善性の証明だった。

 

 

「……一人で転ぶなよ。目が、離せなくなるだろうが」

 

「薪くん……!」

 

 

 目に涙をうかべた彼女の手を、彼は結局、離せなかった。

 

 ◇

 

 備え付けられたベンチに座り、2人は隣合う。バンドメンバーには少し席を外してもらい、大きな騒がしい空間の片隅で、静かに向かい合った。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 どう話すべきか、何を話すべきか。迷う燈とは対照的に、薪は落ち着いた表情で、その時を待つ。

 対話に意味がある段階は既に通り過ぎた。自分で自分を許せず、自分の存在を、自分の価値を認められない彼にとって。話し合いとは、最早無価値で、無意味な非生産的行為に過ぎない。

 それでも逃げないのが、薪のーー敗因の1つとなる。

 

 

「手紙、読んだ……」

 

「そうか」

 

「……読んだけど、なんで?」

 

「……もう、俺がやれることがないからだよ。仲間ができたなら、言葉は無価値で、背中を押す役割も必要ない。足踏みしてるだけの人間の役目は、ここで終わりなんだ。心配しなくても、燈は俺なんかーー必要ないだろう?」

 

「っ!! そんなこと、ないっ……! 私は、いつも貰ってた……貰ってたよっ! 薪くんの言葉は無価値じゃないっ! 私の大切な人を、必要ないなんて……言わないで!」

 

 

 10年以上隣に居て、初めて聞いた怒声。悲しそうな、辛そうな表情で、燈は怒っていた。怒りながら、泣いていた。無価値、無意味、そんなの薪の勝手な妄想だ。彼女は、誰よりも傍に居たからこそ、彼の価値を知っている。優しさを、知っている。

 あたたかい言葉を、温もりの籠った手を、知っている。世界中の誰であろうと、否定することは許さない。否定を受け入れない。

 

 

 誰が、なんと言おうと、不必要とは言わせない。そんな、固い意思の詰まった言葉。突然のことに動揺する薪を見て、燈は捲し立てるように想いを吐き出し続ける。逃げることは、許さない。一度掴んだ手は、二度と離さない。そう、決めたから。

 

 

「私が苦しい時、私が辛い時……薪くんは、優しい言葉をくれたっ! 泣きそうになって、もう全部投げ出したくなった時、手を握ってくれた……! 全部、全部、あたたかかった! 薪くんがくれたものは、あたたかくて……私も、ちゃんと返したいなって……思って……!」

 

「けど……俺は、一度お前を傷つけて……」

 

 

 引こうとする彼の手を、燈は離さない。

 あの日、歩道橋でしてくれたように、そっと握り引き寄せる。冷たいかもしれない、自分にそんなあたたかさはないかもしれない。それでも、彼女は、苦しむ彼の手を握りたかった。意味があるかどうかなんて、自分にはわからないから。彼に伝わるように、想いを込めて握った。

 

 

 貰ったものを、少しでも返すように。

 

 

「それなら……私だって、薪くんを傷つけた……勝手に信じて、勝手に寄りかかって……気付けたはずなのに、傷つけた。だから、痛くても……平気……」

 

「俺が……平気じゃないんだよっ……!」

 

「……じゃあ、一緒に迷子になろう……? 許せないこととか、許したくないこととか、全部持って……迷おう? 迷ったままでも、走れって……薪くん、言ったでしょ?」

 

「それ……は……」

 

「私はーー薪くんとも、一生一緒がいい。この先もずっと、私の手を引いて欲しい……!

 薪くんは……気づいてないかもだけど、ずっと、私の手を引いてくれてたん、だよ? 私が普通の道から外れそうになった時、そっと手を引いて、みんなと同じ道に戻してくれて……笑って、誤魔化してくれた。私が、私のままでいられるように、手を引いてくれてた。今まで……本当に、ありがとう」

 

「ありがとうって……なんだよ……それ……今更……ほんと」

 

 

 光だった。

 燈にとって、薪は幼い頃から共にあった、優しい光だった。太陽ではなくとも、傍を照らし、道を指し示す篝火だった。

 捻じ曲がった心を解きほぐす言葉は、見えない涙を拭うように、胸に響き、包む。

 

 

 一言、たった一言、言って欲しかった言葉。あなたは特別だと。代わりなんていないと。

 ここまできて、ようやく聞くことになるなんて、薪は思いもしなかった。

 でも、まだ遅くないなら、まだ全部が終わってないなら、諦めるにはまだ早いだろう。

 

 

「薪くん……今度は、離さないでね」

 

「ごめん……ごめん……ありがとう、燈」

 

 

 全てが元通りにならないとしても、起こった事実は変わらない。過去が消えることはない。薪が燈を照らしていたことも、今は燈が薪を照らしていることも、きっと残り続ける。

 

 

 変わらぬ想いのまま。




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