燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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 気合で続きました!
 大体は土曜日投稿になりそうなので……次の話まではゆっくりお待ちください!


 p.s.
 Kumoraseさん、☆9評価ありがとうございます!


2話「歩道橋の距離」

 夢というものは、その多くが起きる数分前から見始めるらしい。楽しい夢も、悲しい夢も、面白い夢も、つまらない夢も、怖い夢も、幸せな夢も。全部全部、起きる数分前に始まり、起きることで消えていく。

 だから、薪は夢を見る度、思う。もっと長く夢を見ていられたら、幸せなものにも、辛いものにも長く浸っていられるのに、と。

 

 

「……学校、行かないとな」

 

 

 朝、起きればそこに広がるのは見慣れた景色。昔の習い事の道具や、流行りに乗って買ったカードゲームや漫画、小説やらプラモが散乱し、混沌としていながらも、生活感のある部屋。薪は、着ていた寝巻きのスウェットをベッドに脱ぎ捨て、さっさとワイシャツを羽織り、制服をハンガーから取ってリビングに降りる。

 都心の一軒家。狭くも広くもなく、普通の家だと言うのに、物音ひとつないそこには彼が独りいるだけで……酷く静かだ。

 

 

 いつも通り、テーブルに置かれた1000円札とメモ。

 

 

「『今日は早番だから、お昼ご飯はこれで食べでね』……か」

 

 

 中学に上がってから、薪の母親が遅番になった日はない。大抵早番で行って、夕方頃に帰る日々で手作りの弁当なんて食べたのは、彼にとって幼い頃の記憶だ。

 けれど、文句なんて言うことはなく、薪はただ黙々と用意された菓子パンと牛乳を飲み、身支度を整える。

 

 

 鏡に映る自分も、至って普段と変わらず、いつも通り。黒と茶が中途半端に混ざった髪は適当に切りそろえられ、タレ目でどこか親しみを感じる顔立ちは眠そうにぽわぽわと緩んでいる。黒茶の瞳も、ぼやけるように濁っているのを見るに、未だに夢見心地な様子だ。

 だが、それではいけない。始まったばかりの高校生活を、最低限充実したものにするために、普通であるべきだ。普通にこだわるべきだ。

 

 

 面倒に思う心をそう律し、薪は顔を洗って軽く髪を整える。

 

 

「……よし、そろそろ出るか」

 

 

 一日の始まりは、朝にある。

 故に彼は、心を律して家を出る。夜に話す話題が、なくならないように。

 

 ◇

 

「……いらっしゃいませ〜」

 

 

 放課後、商店街の一角にある古書店で、薪はバイトをしている。バイト先にそこを選んだ理由は、強いて言えば勘。なんとなくいい雰囲気だったから、なんていうふわっとした理由で、店主のおじいさんとも良好な関係を築いている。

 もっとも、古書店と言っても気ままに新刊も入荷しては並べているので、雰囲気は落ち着きがありながらも少しぐちゃぐちゃとしている。

 

 

(……暇だな。本の整理も終わったし、お客さん来ないし、店長は買取に持ってこられた本の査定してるし……暇だ)

 

 

 レジ中の椅子に腰かけ、適当に手に取った本を斜め読みしては状態を確認する作業も既に飽き、古時計の鳴らす音だけが店内に響く。

 稀にくる客層も決まっており、紫髪で厨二病チックなツインテの少女や、その子の付き添いらしき大人しい雰囲気の黒髪の女性、黒髪に赤メッシュの子など、色々。

 

 

(夜、何話すか……)

 

 

 仕事中だと言うのに、薪が考えるのはその事ばかり。思考のリソースの割き方が極端と言うか、優先順位の付け方が下手と言うか、彼の1番は絶対的に燈であり、それ以外はその他でしかない。

 両親の干渉が薄くなりつつあった、高校生活で、唯一明確な繋がりが――燈だったのだ。

 

 

 なんでもいい。

 雑談になるような話題はないかと、スマホでネットサーフィンでもしようかと思った彼の下に、弱く澄んだ声が届く。

 

 

「ま、薪くん?」

 

「……っ! と、燈!? なんで、ここに?」

 

「あ……えっと……この前、薪くんが話してくれてたの覚えてたから……お店の雰囲気、見に行き、たくて」

 

「そ、そっか。……ゆっくりしてってくれ、店長がコレクターでさ、珍しい本もあると思うから」

 

「うん。お、お邪魔します……」

 

 

 いきなり現れた幼馴染み――燈。灰色のショートヘアに長春色の瞳。幼い顔立ちで、表情がわかりやすくコロコロ変わる少女。身長は、薪より15cmほど差のある155cmの小柄な子。

 独特な雰囲気を纏う彼女は、自分の好きや気に入ったものを追い求めて歩く癖があり――彼の働く古書店に来たのも、きっとその一環。

 

 

 ぶらぶらと店の中を彷徨いては、目に付いた本を手に取り眺める姿は、切り取ったら絵になるような儚さがあり。薪の目には、色づいて見える。

 

 

(……なんか、あったのかな)

 

 

 チラチラと見つめられ、かち合う視線。燈は、何かを言いたげにすれど、バイト中の薪を気遣ってか言葉にすることはなく、ただ見つめ。彼も、自分の状況もあり、軽く視線を送ったり、小さく手を振る程度で声を出すことはない。

 小さな店で、ゆったりと時間だけが流れ――やがて、日が暮れる。

 

 

 夜の20時には締まる関係上、薪はそそくさと閉店の準備を始め、制服用のエプロンを脱いで、燈に声をかけた。

 

 

「もうすぐ終わるから、外で待っててくれるか? なんか話したいこと、あるんだろ?」

 

「えっ……う、うん、わかった」

 

「じゃあ、すぐ終わらせてくるから」

 

 

 短めに済ませた挨拶で彼女を送り出し、薪は奥に籠っていた店長と一緒にテキパキとレジ締めやらを終わらせ、店を閉めていく。「今日も売上はぼちぼちだねぇ」と、笑いながら嘆く店長に相槌を打ちつつ、彼は考える。

 

 

 燈がわざわざバイト中の自分に会いに来る理由。夜の電話を待たず、ここを訪れた理由。薪は、自分が彼女にとってどの程度の存在か、あまり正しく把握していない。酷く言えば、彼は自分の存在を軽んじている。燈の心という火が消えない薪。使い潰すことが前提の消耗品。その程度の認識だ。

 故に、薪の解釈と燈の解釈は度々ズレる。ズレても本質がわからないから、すれ違う。

 

 

 今日だって、そう。

 特別な理由なんてない。燈は本心から、店で働いている薪を見に来て、雰囲気を感じたかっただけで、悩みの種や話したいと思ってることなんて、あまりない。

 

 

「……ごめん、待たせた。悪いな、まだ夜は寒いのに」

 

「ううん、平気。薪くんの方も、お店は大丈夫……だった?」

 

「ぼちぼちかな。店長が、今日もお客さん少なかったねぇ……って嘆いてたくらい」

 

「そう、だね。私以外、あんまり人、いなかった……し」

 

「……あー、で、何かあったのか? バイト中もこっちの方、よく見てたけど」

 

「あぅ……それは、その、ただ、バイトしてる薪くんがどんな感じなのかなって……見たくて」

 

「なるほど……じゃあ、特に相談事とかもない感じか?」

 

「う、うん。ごめん、変に心配させちゃって……」

 

「へいきへいき。俺の早とちりだったなら、それでいいよ。……それよりさ、ここの近くに美味しいコロッケ売ってるお店があるんだ。よかったら、寄ってかないか? 俺、腹減っちゃってさ」

 

「わかった。いい、よ」

 

 

 困り顔だったり、戸惑い顔だったり、笑顔だったり。2人はお互いに表情を変えて帰路を歩く。途中で買ったコロッケをつまみながら、時に話し、時に黙り、時に空を見上げ、歩く。電車に揺られ、星明かりを受け、進む。

 疎らにすれ違う人や、車の風景を眺めて、なんでもない話をした。

 

 

 それが、いつまでも続く日常と願って、時間を消費する。

 

 

「……送ってくれて、ありがとう」

 

「いいよいいよ。どうせ俺の家も歩道橋引き返せばすぐだし」

 

「でも……遠回りになっちゃうし……」

 

「そういうのは気にしなくていいんだよ。まだ9時前とは言え、もう暗いんだから。何かあったら大変だろ?」

 

「……薪くんは、優しいね」

 

「はいはい。ほら、早く行かないと。今日、観たいテレビあるんだろ? 録画できないぞ?」

 

「あっ、うん。じゃあ……また、この後で」

 

「じゃあな」

 

 

 そっと手を振って去って行く幼馴染みを見送って、薪は元来た道を引き返す。

 

 

 歩道橋を挟んだ反対側に、2人の家はある。

 まるで、2人の中にある伝えきれてない感情のように、離れて住んでいる。走れば届く距離で、手を伸ばさぬまま、2人は今日も電話を鳴らす。

 

 

 きっと、終わりが来るその日まで。

 




 次回もお楽しみに!

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