夜の電話は、大抵決まった時間にやってくる。薪も燈も、別に示し合わせたわけでもなく、なんとなく、その時間と決まっていて、聞き慣れた着信音が鳴るのだ。
しかし、ゴールデンウィークの少し前。4月も末に差し掛かったある日、いつもの時間の被るように──違う着信音が薪のスマホから鳴り響く。
「……誰だ、こんな時間に」
ベッドに転がって電話を待っていた彼からしたら、違う着信音というのは紛らわしく、鬱陶しい。けれど、普通という概念から離れられない薪にとって、無視するという選択肢がある訳もなく。チラッと、表示された名前に視線を向ける。
『
数少ない異性の友人……の友人。CRYCHICの元ドラムで、言わば燈から繋がった縁だ。解散、もといバンドが自然消滅してからも、燈を気にかけて度々薪から情報を収集している。彼からしたら余計に、無視し辛い相手だ。
迷うこと、コール4回分。渋々といった様子で、彼はスマホの通話ボタンをタップする。
『あー……久しぶり。メッセージじゃないなんて、なんかあったのか、椎名』
『……まぁ、そんなとこ。今、時間平気?』
『ちょっとくらいならな。で? 何があったんだ? 近況報告なら、いつも通りメッセージで済ませたいんだけど……』
『実は、今日──』
続く言葉は、嫌でも耳に残った。
燈が、バンドに誘われていた、と。相手は、恐らく同じ学校の女子生徒であり、大人しい彼女とは正反対な明るい娘……だったとか。
別に、それ自体は構わない。薪からしたら、燈に居場所ができるのは喜ばしいことだ。問題があるなら、燈がその勧誘から逃げていたこと。
トラブルがあったのか。あまりいいお誘いではなかったのか。理由はわからないが、立希のバイト先の前で揉めていたらしい。
『事情を聞ければよかったんだけど……燈、私が間に割って入ったあと、すぐに行っちゃったから……』
『なるほどな。取り敢えず、状況はわかったよ。一応、俺の方でも軽く話を聞いてみる。悪いな、わざわざ連絡くれて』
『別に。こっちこそ、ごめん。いつもお願いして。今度、なんか奢る』
『はいはい。気が向いたら、お茶でも飲みに行くよ』
適当な相槌を返して通話を切ると、薪は一呼吸して目を瞑る。バンド、新しいバンド。あの時は、あっという間に崩れてしまった小さな居場所。目を背けても差し込む陽光のように、焼き付いてなくならない、大切だった場所。
傍観者だった彼にはわからない。わかるのは、一つだけ。燈にとって、CRYCHICがどれだけ尊く幸せな場所だったか。それだけ。
今度が、2度目があるなら、どうか一生続くような壊れない関係でありますように、と。ただ、祈る。
◇
夜、改めてきた燈からの着信。薪は、なるべく普段と変わらぬ態度で会話を交わし、言葉を引き出す。
曰く、一生という言葉で、誘ってくれた相手を引かせてしまったこと。
曰く、誘ってくれたのが嬉しかったのに、自分が逃げてしまったせいで、色々有耶無耶にしてしまったこと。
きっと、相手も悪い子ではなかったのだろう。なんとか燈に謝ったらしいが、そこに立希が入ってごちゃごちゃとした状況になり、逃げ出してしまった……らしい。
『……一生って、言わない方がよかったのかな』
『それは……どうかな。わかんないけど、燈は一生がよかったんだろ? バンドって、所謂運命共同体みたいなもんだし、最初の認識の擦り合わせは大事だよ。だから、一概に間違ってたなんて思わなくていい』
『でも……』
『燈。大事なのは、気持ちを偽らないことだ。真っ直ぐな言葉の方が、きっと伝わるから』
紡ぎ出すありきたりな言葉で、薪はつまづきそうになる彼女を支える。偽らない気持ちと、出任せな言葉で道を舗装する。誰にでもできることを、隣にいるからなんて曖昧な理由で請け負って、自分を費やす。
一生なんて、重い言葉、普通は受け止められるわけない。相手の子は、ただ常識的な範囲から超えた言葉に狼狽えただけだろう。
いつだって、そう。ズレた感性で、人とは違う選択肢を取る燈を、薪は責めることなく受け止め、肯定する。誰が悪いかなんて、言わない。誰かが悪いなんて、決めつけない。大切な人が、弱くて優しい心を過剰に傷つけなくていいように、包み込む。
嘘だっていい。
嘘だって、絆創膏くらいにはなれる。
『──なんて、俺が言っても意味ないか。けど、伝えることは大事だからさ。大切なことは、言葉にするべきだと俺は思うよ』
『うん。そう……だね』
『……じゃあ、今日はこの辺でお開きにするか。おやすみ、燈』
『……おやすみ、薪くん』
言うべきことは、言った。
そう思った薪は、遅くならないうちに通話を切り上げ、ぼーっと天井を眺める。
真っ白な天井には、子供の頃に描いた星座の落書きが薄く光っていた。
◇
ベッドの上で、燈はメッセージアプリのトーク画面を見つめる。相手は、薪。幼馴染みである彼は、あまり言葉を残さない。メッセージも簡素なものが多く、出かける時の待ち合わせや、もう着いた、などの報告が主だ。
特別、燈がそれに違和感を覚えることはなかった。話すのが好きなんだなと、そう勝手に解釈していた。実際は違う。薪は、意識的に、言葉を残さないようにしている。
例えるなら、彼は想いに寄り添う言葉を作る秀才だった。想いを正直に言葉にする天才の燈とは、真逆の存在。想いに寄り添う故に、時に薪の言葉は一貫性がなく、矛盾する。人を想うが故に、言葉がチグハグになる。
そんな、歪な自己矛盾がバレないように、彼は言葉を残さない。残した言葉の針が、塞がったカサブタに穴を開けないように。話すことで、伝え続ける。
「なんで、薪くんの言葉は……あったかいんだろう……」
優しい嘘。
やんわりとした自罰の否定と、耳さわりのいい肯定の言葉。冷たくなるはずがない。だと言うのに、燈はその理由を理解できない。何故なら、彼が想いを秘め続けているから。包み込むような慈愛の裏が空っぽで、何もないから、わからない。
想いを秘めているから、あたたかい理由がわからない。
「いつか、薪くんの言葉で……聞きたいな」
あたたかさの理由。
そこに秘められた想いの意味。
いつかがあるなら、その時に。
次回もお楽しみに!
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