燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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 今週も生きていることを証明する。


4話「終わりが来るその日まで」

 ライブハウス「RiNG」。その2階に用意されたカフェに、薪は足を運んでいた。チラホラと見える楽器ケースを抱えた少女たちの中に1人、どこか気品を感じる少女を見つけ駆け寄ると彼女は優しく微笑んで彼を手招いた。

 

 

「ごめんね、小梅くん。わざわざ呼び出しちゃって」

 

「いえ、俺も今日は暇だったので……」

 

「ふふ、そっか。ならよかった」

 

 

 落ち着いた雰囲気の彼女の名前は長崎(ながさき)そよ。お嬢様学校ーー月ノ森女子学園に通う高校1年生であり、薪と同い年の少女。元CRYCHICのベース担当であり、これまた数少ない彼の異性の友人の友人。

 ミルクティーベージュ色の長い髪は、毛先にウェーブがかかっており、み空色の瞳も相まってお嬢様らしい上品な雰囲気が溢れ出ている。物腰穏やかな感じで、人当たりもいいがーー薪は彼女がどこか苦手だった。

 

 

「……えっと、それで、今日の話ってのは……?」

 

「少しね……取り敢えず、何か飲み物でも頼んだら? ここの紅茶、美味しいよ?」

 

「じゃあ……長崎さんと同じものを」

 

「は〜い。それなら、勝手に頼んじゃうね」

 

 

 手馴れた様子で注文を済ますそよを傍目に、薪は正面の椅子に座り、荷物を置く。大ガールズバンド時代と呼ばれる昨今、男1人でここに来るのは些か目立つ。正直な話、あまりいい居心地は感じないが、仕方ない。

 適当に話を済ませて帰ろうと、薪が考えていると……思いもよらない話が、そよの口から飛んできた。

 

 

「私ね、もう一度バンドを組むことにしたんだ。……燈ちゃんと立希ちゃんーーあぁ、あと、もう1人の子と」

 

「……そう、ですか」

 

「あれ? 結構驚くと思ったんだけど、あんまりなんだね?」

 

「別に燈がどうしようが、俺に口出しする権利はありませんよ。幼馴染みであっても、親とかじゃないですし」

 

 

 不思議そうな表情を浮かべるそよとは対照的に、平静を装う薪の表情は固く、言葉も常識をなぞるようなもので、平坦だった。どこに探りを入れようとしたのか、彼からしたらわからないが、口にした言葉は本心でもある。

 幼馴染み。燈と薪は幼馴染みだ。その関係は、今も昔も変わらない。故に、その関係より先に、彼は踏み込めない。

 

 

 やることや、やるべき事。それらは全て、自分が決めるべきものであって、他者の意見によって揺らいでいいものではない。家族ならまだしも、血の繋がりすらない幼馴染みが出しゃばる枠ではない。

 そういうことを理解しているからこそ、薪は自分をいつ切り捨ててもいいものとして見ている。燈の人生において、一時の薪になれるなら、それだけでいいのだ。例え無意味でも。それで、いい。

 

 

「意外とドライなんだね、小梅くんって。なら……さ、私が何かしても、口は出してこないよね?」

 

「燈の居場所が幸せなものであるなら、それで構いませんよ」

 

「そっか……そっか。うん、ありがとう。よかったよ、小梅くんの言葉、燈ちゃんに簡単に響いちゃいそうだから。ちょっと、ね」

 

「……どうでしょうね」

 

 

 他者が言う言葉ほど、信頼できないものはない。薪は誰よりもそれを、理解している。「自分の言葉が、燈に響いている?」、冗談じゃない。そう、考えてしまう。

 いつだって、燈が立ち上がったのは、自分の力のお陰だ。誰かの言葉は添え木に過ぎない。人から得たものは、ただの飾りだ。その飾りを上手く使えなければ、人はその両足で立つことは叶わない。

 

 

 彼女が立ち上がったのは、自分の力であり、投げかけられた言葉のおかげではない。そう、薪は思い込んでいる。

 

 

 その解釈こそが、致命的なすれ違いだとすら気付かずに。

 

 

「紅茶、飲んだら帰ります。もう、話はないんですよね?」

 

「大丈夫、もう平気だよ。本当にごめんね、こんな話で呼び出しちゃって」

 

「最初に言ったでしょ。構いませんよ、別に」

 

 

 お互い丁寧な物腰は崩さないまま、軽い世間話をして、結局その場はお開きになった。そよが飲んでいた紅茶は、薪にはーー苦かった。

 

 ◇

 

 毎日くる夜。

 いつもの時間に鳴る電話。

 

 

 ベッドに寝転がった薪は、呼吸を落ち着けてから通話のボタンを押し、言葉を待つ。

 

 

『もしもし、薪くん? 今、平気?』

 

『平気だよ。前から言ってるけど、いちいち平気かなんて聞かなくていいからな? 時間とか、ある程度決まってるんだし』

 

『でも……急に予定とか、入るかもしれないし』

 

『入れないよ。少なくとも、この時間は』

 

『……ありがとう。えっと、ね。薪くんに伝えたい、事かあって……』

 

 

 そこから続くのは、夕方にも聞いたバンドの話。次のライブまで、という話だが、なんとかみんなが絶対に辞めない約束をして、活動をスタートしたらしい。

 心配事はありながらも、楽しそうに……嬉しそうに語る燈にトーンを合わせるように、薪はあたたかい祝いの言葉を渡す。

 

 

『バンド、また組めてよかったな』

 

『……うん……薪くんの言った通り、言葉にしてよかった』

 

『どういたしまして。……まぁ、今度は……一生って言葉が嘘にならないよう、がんばれよ』

 

『う、うん……がんばる……! あっ、ライブの日……決まったら、教えるね』

 

『おう。待ってる』

 

 

 努めて短く、言葉を区切る。

 喋り過ぎると、心の声が、想いが言葉に乗ってしまう気がしたから。

 

 

 零さないように。

 伝わらないように。

 薄皮で包まれた下にある黒い感情が出てこないように。

 

 

 言葉を選んだ。

 選ばないと、やっていけなかった。

 

 

 なんでもない、バンドもなにもかも関係ない、ただの雑談だけがーー最後の拠り所だった。

 

 ◇

 

「……あと、どれくらい、あるんだろ」

 

 

 通話の終わったスマホを横に捨て、天井を眺めた。子供の頃に描いた星座。それはもう、何年も前の記憶。ただ懐かしいあの頃を浸かるように、眺めてはーー電話の内容を、思い出す。

 バンドが、始まった。燈にとって、新しい居場所ができた。喜ばしいことだ。祝うべき事だ。

 

 

 その筈なのに、薪の心内は穏やかではない。もし、CRYCHICのような居場所がもう一度できたなら。それが、本当に一生続くなら。自分はきっと、必要ない。そんなこと、彼自身が誰よりもわかっていた。

 友人という対等な関係で、貰ってばかりの自分が。何も返せていない自分が、傍にいる資格なんてない。そんな、どこかが致命的にズレていて、歪んでいる自己認識。

 

 

 自分勝手で、酷く醜い、捻くれた感情が薪の中にある。好きも嫌いも知っていながら、欲しい言葉をわかってあげられない不甲斐なさも、きっとその1つ。

 かけ違えたボタンがどれかも、今の彼にはわからない。体を支配する不快感が、思考を鈍らせる。

 

 

 嬉しそうだった。楽しそうだった燈の声を思い出す度に、自分ではなにもできなかった事実を叩きつけられて、気持ち悪くなる。

 無意味だ。

 無価値だ。

 そう、言われているような気がして、薪の心は荒んでいく。

 

 

 だから、いつか離れようと考えていた。ようやく、その時が来たのだ。このまま、何もなければバンドは上手くいく。何かあっても、多分、燈は立ち上がって上手くやる。要するに、時間の問題なのだ。

 ならば、その時が来たら、離れよう。そう決意して、彼は胸を抑える。

 

 

「……ごめん……ごめん……お願いだから……もう少しだけ……もう少しだけ、俺を……幼馴染みでいさせてくれ……」

 

 

 着々と迫る終わりの日。嘆くように、薪は祈って、願って眠りにつく。

 

 

 縁を切るその日まで。

 




 次回もお楽しみに!

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