p.s.
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閑古鳥が鳴く、夕暮れ時の古書店。
慣れてきた仕事を流れ作業で済ませている薪のもとに、彼女は現れた。凛々しい顔立ちに似合う黄金色の瞳。艶のあるみ空色の髪をツインテールに結った彼女の名前は——
「……は?」
友人の友人である薪が知る限り、彼女は超がつくレベルのお嬢様だ。中学までは月ノ森女子学園に通っていたはず。それなのに、今の祥子は燈と同じ羽丘の制服に身を包んでいる。こんな事実を知って、驚かないはずがない。
だがそれは、祥子も同じ。
自分たちのバンドの結末を知る一人が、突然目の前に現れたのだ。驚かないわけがない。
お互い一瞬の硬直。後に、祥子は一目散に飛び出し、店を出た。唐突な行動ではあったが、薪も引っ張られるようにレジを乗り越え、彼女を追う。
そして、店から少し離れたところで手を捕まえて、引き止めた。
「……はぁ……はぁ……いきなり、逃げるなよ」
「……追いかけてきて、何の用ですの?」
「CRYCHICの解散の話。……ちゃんと、聞けてなかったからな。お前の口から聞きたかったんだ……豊川」
CRYCHIC。過去、引き裂かれた居場所の名前。何度想いを馳せても、戻らないバンドの名前。自分が壊した大切なものの名前を聞いた祥子は、酷く苦しそうな顔をして話す態勢を取った。それが、自分が背負うべき罪だと理解していたから。
◇
店の前に戻り、薪が休憩を貰いに行って戻って来た時、彼の手にはコーヒーの缶と紅茶のペットボトルが握られていた。
「はい。どっちがいい?」
「……お気遣いありがとうございます。では、紅茶を」
「あいよ。……にしても、驚いたな。まさか、豊川みたいなお嬢様が、うちみたいな古書店に来るなんて」
「……話すことは別にあったはずでは? 世間話をしたいのなら、帰らせていただきますけれど」
「いや、違う違う! ただ、少し話しやすい雰囲気になればなって……いらない気遣いだったよな。忘れてくれ。……じゃあ、改めて。CRYCHIC、なんで、あんな辞め方になったんだ?」
「………………」
「辞めた理由があるのは、なんとなくわかってる。けどさ、辞め方は違うだろ? 知りたんだよ、俺は。部外者だとしても、傍観者だとしても——燈の幼馴染みとして、聞きたいんだ。あいつが、自分のことも、みんなのことも責めなくてよくなるように」
真っ直ぐな、言葉だった。燈と同じ、真摯であたたかい言葉。本気で他者を思いやっていなかったら出てこない、優しい言葉。祥子からしたら、口を噤むのも、嘘を吐くのも簡単だ。真実を語ったところで、薪にはどうすることもできない。CRYCHICの解散は過ぎ去った時の中にあり、戻れたとしても真実は運命を揺るがすには至らない。
けれど、けれど、燈を思う実直な言葉に報いたいという最後の良心が祥子の口を、開かせる。
「辞めた理由は家庭の事情、それだけですわ。辞め方も、あれが最善だと思ったから、実行したまでです。……それ以上は、ありません」
「そっか……わかった」
「……随分あっさりと納得しますのね」
「表情を見れば、わかるよ。その時の豊川にとって、本当に最善だと思ったんだろ? なら……仕方なかったってだけさ。……むしろ、そういう強さが俺は羨ましいよ。人を引っ張ったり、嫌われてもいいから縁を切れる強さが」
「……羨まれても、嬉しいものではありませんわ」
「だろうな」
もし、自分も光になれたら。
もし、自分も照らす側になれたら、どれだけよかったことか。薪は、そう思わずにはいられない。ただ、燈りが消えないための燃料でしかない自分では、縁を切る強さもなく、自分だけで燃えることすらもできない。
燃料として燃え尽きたら最後、灰になって吹かれて消えていく運命だ。
しかし、その献身的な在り方を肯定する者もいる。他者に寄り添える優しさを美徳だと、褒めるものがいる。例えばそう、今隣にいる彼女のように。
「私からすれば、小梅さんの他者に寄り添う優しさの方が……羨ましいですわ」
「羨むようなことか……?」
「気付いていないかもしれませんが、そういう優しさは稀有ですのよ? 普通の方だったら、大切な幼馴染みを傷つけられて冷静でいられるはずがありませんもの。あなたのその優しさは、傷つけた側も傷ついた側も慮るもの……到底真似できるものではありません」
「……そう言われると、嬉しいな。でも、俺が欲しかったのは、眩しい光だったから」
「だとしても、隣の芝生でしかありませんわ。私たちはいつだって、持っている手札で今を生きるしかないのです」
「持っている手札、ね」
自分の持ち札なんて、とっくのとうに全てが割れている。勝負したところで、負け戦もいいところだ。それでも、やらなくちゃいけないことがある。
別れ。迫りつつある、終わり。
バンドが順調に続けば、自分がお役御免になることなどわかりきっている。わかりきっているから、縁を切る強さが、薪は欲しいのだ。
「……燈、新しくバンド組んだんだ」
「聞きましたわ。人づてですけれど」
「豊川さえよければ、ライブ観に行ってやってくれないか?」
「考えておきます」
「……ありがとな。俺も、今のバンドが上手くいくようなら——消えようと思ってるから。1人でも多く、見守って欲しいんだ。燈のことを」
「……お互い、難儀な性格ですのね」
「……かもな」
傷つけたくなくても、傷つける日がやってくる。
別れとは、そういうものだから。
◇
夜。電話越しに聞こえる、お互いの声だけの時間。
その日は、いつもより燈が多く喋っていて、薪はぽつぽつと相槌を打つだけだった。
(薪くん……疲れてる、のかな)
普段の彼らしくない口数の少なさ。
妙に間の開く、会話の返答。
燈が思い返せば、今日は彼がバイトの日。思いの外忙しく、疲労がたまっているのかもしれない。本来なら、早く休ませて体を思いやるのが友人として正しい行いだが、どうしてか彼女の指は──通話終了のボタンに届かない。
声が聞きたかった。
あと少し、ほんの少しだけでいいから、話していたかった。
今のバンドのこと。
ライブをやったら終わってしまう。自分の歌が終わらせてしまうから、踏み出せない。そんな現状の不安を、恐れを共有して……言葉で背中を押して欲しかった。
なんて、そんな溢れそうになる我儘が、燈の指を止めてしまう。それでも、言葉だけは素直に、口から出て行ってしまう。
「薪、くん」
「……ん、どうした?」
「今日は、もう寝よう。バイトで、疲れてる……でしょ?」
「悪い。ぼーっとしちゃってたよな。……でも、もうちょっとだけ、燈の声が聴きたいんだ。眠くなるまで、付き合ってくれないか? 話す内容は、なんでもいいからさ」
「……うん。それじゃあ、えっと……最近見つけた石がね──」
きっと、たまたまだ。
偶然が重なっただけで、薪は燈の心の声が聞こえるわけじゃない。なんとなく、声が聞きたかった、その程度の話。でも、彼女からしたら、そっと手を握ってもらえたような、そんな感覚があった。久しぶりに、自分を頼ってもらえているような、感覚があった。
小さい幸せを、感じられた気がした。
だから──
(ちゃんと、話そう。みんなと)
すれ違って、バラバラにならないように。
今度は、心の
次回もお楽しみに!
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