ライブ当日。賑わう会場に似つかわしくない表情で、薪は独り演奏を聞いていた。燈たちの出番が来るまでの間、折角買ったチケットを無駄にしないため会場に早めに入ったが、どうやら失敗だったらしい。
今の彼の精神状態に、青春を駈けるガールズバンドたちの音楽は酷く眩しくて――心を突き刺していく。
何かを残すこともできず。
何かを成すこともできず。
自分勝手に消えようとしている薪には、あまりにも輝かしいそれは、毒のように壊れた器を蝕んでいく。いつか生まれた修復不可能な心の傷に、染み込んでいく。
そんな中、ようやく……燈たちのバンドがステージに上がった。けれど、中々始まらない演奏、始まったら始まったでミスをし、やり直すグダグダ感。バラバラなピースが上手くハマらない、モヤっとした感覚が、薪の決意を乱していく。
(……任せて、いいのかな)
話したいことを話して、纏まったと考えていた彼にとって、目の前の茶番とも言える現状は理解し難く、気持ちが揺らぐ。
大切な幼馴染み。そんな彼女が選んだ居場所。大切な場所。尊重したい。尊重したいが、それ以上に心配がある。
何故なら、燈の歌が聞こえないから。ギターも、ベースも、ドラムも、色んな音が響いているのに、彼女の声だけが聞こえない。緊張か、不安か。視線も下に行き、観客すら目に入らない。目に入らないから、余計に思考がマイナスに寄る悪循環。彼女が書いた歌詞はきっといいもののはずで、彼女の歌声も心の叫びのように真っ直ぐなものなのに、響かなければ、意味がない。
どんどんと俯いていき、か細い声が完全に消える刹那。薪と燈の視線がかち合った。
今にも吐き出しそうな、苦しそうな表情が、「助けて」と叫んでいる、気がした。届かない手を伸ばして欲しいと、呼んでいる気がした。都合のいい自己解釈が、自分勝手な自己満足が、灰になっていく彼の心に儚い燈にも似た火を――点ける。
何を言うべきか。
何をするべきか。
そんなのわからない。
いつもそう。求めるものを完全になんて理解できなくて。欲しい言葉も、渡すべき言葉も、曖昧で。それでも、何か言わなくちゃいけないから。薪は一言、口にする。
「叫べ」
心の叫びが、燈の歌。
歌詞は、想いを綴った日記。
だから、今は
なんて、一言に込めたって全てが伝わるわけないのに。彼の言葉は確かに、燈の胸を穿ち、心音を晒す。
歌い始めた彼女の声は、どんな音よりも素直に耳に届く。聴きいれば、それは、寄り添う歌だった。いつかの自分の言葉を、そのまま返してくれたような、隣にいるよと囁く歌。
けど、違う。
これは、今の仲間のための歌だ。薪が受け取っていい、受け取るべきものでは、きっとない。だとしても、それは綺麗で、愛おしく感じてしまう。
固まった意志をぐらぐらと揺らしていく。
耐えて、耐えて、耐えて。
終わりに差し掛かったところで、また燈と薪の目が、合った。
「――――――!!」
『一緒に』。最後の最後の詩。まるで、自分に向けて歌ったようにも取れる、彼女の視線。
言ってないのに。
伝えてないのに。
行かないでと、訴えてくる瞳。
「…………おれ、は」
行けない。一緒には、もう無理だ。続けたくても、続かない言葉。さっきは言えた、なのに、今は言えない言葉。どうしようもない人間を断頭台に送るように――2曲目が始まる。やる予定のなかった曲、ただ、走り出したら止まることのない、曲。
一度、彼の心に致命的なヒビを入れた、歌。『春日影』。ライブ会場という、一度入れば、終わるまで逃げることは許さない空間が、薪の足を地面に打ちつけ、退路を塞ぐ。
光に惹かれた歌。
光に導かれ、幸せだったと、このままずっとと、歌う詩。
特別になれなかった。特別になりたかった薪の心を穿つ、叫び。
忘れようとしても、忘れられない歌詞が、彼の頭の中をぐるぐると回り。耳から消えてくれない歌声が、攫っていく。
残ったのは、弱ってくしゃくしゃになった心だけ。もう、傷つくことさえなくなって、取り繕うことで精一杯な弱い本音だけ。
響き続ける、歌を聴き。
終われば、最後。薪は、燈のスマホに『よかったよ』と一言、メッセージを送り会場を去った。
攫うなら全部壊してくれれば楽だったのに。そんな、わがままだけが彼の中で浮かんでは、消えた。
◇
何度繰り返しても、夜が来て、スマホのコール音が鳴る。彼女のために設定した着信音が、薪の心を揺らす。
なるべく平常心で、できるだけ波を立てないように。静けさを保つことで取り繕おうとした彼の準備を、燈は意図も簡単に崩していく。
『……もしもし、今日はお疲れさま、燈。ライブ、すごくよかった。あの出来なら、次もなんとかなりそうだな』
『……………………』
『燈……? なにか、あったのか?』
トラウマを思い出す、無言の返事。
大丈夫。なんともない。きっと、掛けたのはいいものの、少し席を外してしまってるだけだ。きっと、そうだ。自分を納得させるための理由をでっち上げて、平静を持たせようと必死に心を殺そうとする彼を――運命の魔の手は決して逃さない。
『……バンド、また……ダメになっちゃうかも……』
『……ぁ……』
また、退路が塞がれる。
決心したはずなのに、戻される。
手放そうとした、傍にいる理由が勝手に湧いてくる。
まるで、逃げるなと釘を刺すかのように。
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