燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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 薪は灰になりました。


8話「篝火を託して」

 何度かの夜を超え、また夜が来る。燈の声は日に日に暗くなり、そよへの接触手段がない薪は簡単なメッセージで連絡を試みるも既読はつかず。ただただ、嫌な想像だけが脳裏を過ぎる。

 決心を揺らがせる、傍に居るための免罪符。どうしようもないくらい甘い、毒の蜜。

 

 

 この日も、追い打ちをかけるように──スマホが鳴った。

 

 

『……もしもし?』

 

『ごめん、小梅。……今、時間いい?』

 

『椎名か。……長崎さんの件か?』

 

『それもあるんだけど、それだけじゃなくて……実は、バンドのこれからについて、燈と言い合いになっちゃって……』

 

『言い合い……? 椎名と燈が?』

 

 

 2人はCRYCHICからの仲間であり、悪くない仲だ。少しばかり、立希からの思いが重い気もするが、小さいことで揉めるような2人ではない。お互いが許容できない、譲れないことで争ったのだろう。バンドについて。

 

 

『……いや、いい。理由は今は聞かないけど……それで、電話の理由は? 何かあるんだろ?』

 

『燈と……連絡がつかないんだ。メッセも無視されてる。だから……小梅の方に、なんか来てないかなって』

 

『取り敢えずは、今のところなにも。……あとは、まぁ、俺が言えたことじゃないけど、椎名も気にし過ぎるなよ。バンドのこと、大切に思ってるからぶつかったんだろ? なら、それはいつか必要なことだよ。お前だけが抱える責任じゃない。燈の方は……俺が何とかするから』

 

『ありがと。……ほんと、助かる』

 

『いいって、別に。それじゃ、また』

 

『うん。燈のこと、よろしく』

 

 

 できるかわからない約束をして、薪は電話を切った。途中まで震えていた立希の声が、少し柔らかくなったから、それが最善だと自分に言い聞かせて、動き出す。

 やれることを、やれるだけ。手当たり次第に、彼は手を付け始める。

 

 

 メッセージ──未読。

 電話──応答なし。

 家への連絡。彼女の両親から、逆に居場所を知らないかと聞かれる始末。踏んだり蹴ったりな現状に、薪は慣れない舌打ちをして、外へと飛び出した。

 

 

 幼い頃、石集めに付き合った公園。

 2人でよく行った水族館や、プラネタリウム。探そうと思えば、場所は幾らでもあって、時間が足りなくなりそうなくらいの思い出が、あった。

 けれど、そんな思い出とは違う、とても近くて遠い歩道橋に燈は居た。

 

 

 手すりから少し乗り出して、何かを掴むように手を伸ばして、今にも落ちてしまいそうな彼女の下に、薪は走る。早まるような人間ではないと知っていても、頭で考えるより早く足が動き、手を伸ばして抱き寄せた。

 

 

「このバカ! 落ちたらどうするつもりだ!」

 

「……ぁ、薪、くん……」

 

「……頼むよ、燈。ちゃんと、教えてくれよ。言っただろ? 言葉にしてくれなきゃ、俺は……お前になにも、してやれないよ」

 

「……今日は、星が綺麗だった、から。伸ばせば、届くかな……って」

 

 

 星に手を伸ばしたかった。

 届かないものに、もう一度。そんな思いが溢れたからの行動……それだけなわけがない。だから、薪は続く言葉を待つ。そっと、彼女の手を握り、待った。泣いていないのに、泣いてるような声で、彼女が話し始めるまで。

 

 

「……全部、嘘だったって。立希ちゃんが、教えてくれた。そよちゃんは、CRYCHICをもう一度やるために……一生って、嘘をついて。愛音ちゃんや楽奈ちゃんを、私と立希ちゃんをバンドに繋ぎ止めるために利用したんだって……」

 

「──それで?」

 

「……けど、全部聞いても……私、みんなでバンドやるの諦め、られなくて……愛音ちゃんのこと……傷、つけて……立希ちゃんにも……酷いこと、言って……私のせいで、みんながバラバラに……」

 

 

 流れない涙の代わりに、震える体が燈の悲しみを、辛さを、直接薪にぶつけてくる。同じだ。また、繰り返すように、空で解けていく。明確な悪者は居るのに、彼女はまた、自分を責めていて。誰かを責めることを、受け入れられないまま、傷ついている。

 

 

 

 いっそ、いっそ、このまま堕ちてしまえば。堕としてしまえば。そんな最低な思考が、薪の心を濁らせる。

 魔が、差す。

 邪な思いが、口から出そうになる。

 壊れかけの心が、醜く捻じ曲がった心が、悪意を溢れさせる。

 

 

 だがしかし、それを彼の善意は許さない。彼の目の前にいるのは、大切な──大切な幼馴染み。心がどれだけ歪んでいても、醜く折れていたとしても、なけなしの善意が、変わらない優しさが悪意を捩じ伏せる。

 

 

「燈……痛いよな、苦しいよな……でも、このままでいいのか?」

 

「……それ、は……」

 

「バンド、辞めていいのか? 傷つけたまま終わりにして、それでいいのか? 立ち止まって、見てるだけで、また終わらせていいのか? 違うだろ? 今、進まなきゃいけないんだ。迷ってもいいから、走り続けなきゃ。欲しいものなんて──何も手に入らない」

 

「……迷っても、いい……」

 

「そう、迷ってもいいんだ。人生っていう迷路は、何時だって選択肢の連続で、みんな迷子になりながら、自分だけの出口を探してる。自分が欲しいものがわかってるなら、迷ってもいいから走り続けて、その手を取らなきゃ、ダメだ。ダメなんだよ、燈」

 

 

 進めてすらないくせに。

 迷うことすら辞めようとしてるくせに。薪として燃えるための言葉は。燈りを絶やさないための言葉は、するすると紡がれ、声になる。

 あと、一押し。

 

 

「……もし、行き止まりに当たったら?」

 

「行き止まり、か。……そうだな、もし、燈が行き止まりに当たって、前に進めなくなったら……その時は、一緒にそこまで行って、傍で考えるよ。お前が納得する答えが出るまで、隣にいる」

 

 

 嘘であり、本音。

 嘘にしたくないけど、嘘になる想い。

 それでも、言葉にした想いはきっとあたたかいから、心に届く。優しく握った手から伝わる体温と共に、心を温める。

 

 

「……ありがとう、薪くん。私……迷ってみる。迷子になって、走ってみる……!」

 

「そっか。……がんばれよ。燈の真っ直ぐな言葉なら、絶対届くから」

 

 

 結ばれていた糸が解けるように、2人の手は離れ、別れていく。歩道橋の上の一幕は、善意による自己犠牲により、終わる。

 まるで、自分ができなかったことを託すかの如く、薪は心に残った炎の全てを燈に渡した。

 

 

 微かな篝火が、彼女の道を照らすことを祈って。

 

 ◇

 

 貰ったあたたかなものを持って、燈は家に帰り、自室でノートと向き合った。真っ直ぐな言葉なら届くと言った薪の思いを信じ、鉛筆を握る。

 胸に点った炎に従うように、詩を書く。書いて、書いて、書いて──一歩立ち止まり、手の温もりを確かめる。

 

 

「あたたかかったな……薪くんの手」

 

 

 ほんのり残る熱。

 淡い想いを力に変える、熱。

 その裏に何があるのか、少しだけ、見えた気がした。燈の鼓動を加速させる、想いが聞こえた気がした。今ある熱が消えない内に、また彼女は走り出す。

 

 

 灰になった薪に気付かぬまま。

 前へと進む。

 

 

 篝火が指し示す方へ。

 




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