人はいつだって、自分の中の熱を信じて生きている。例えそれが、歪で、醜かったとしても、熱が熱として存在する限り、人は歩き続けることができる。
もし、その熱が消えるようなことがあれば、きっとたちまち立ち行かなくなり、朽ちていくだろう。
現状の薪が、まさにそれだった。残っていた全てを焚べて渡したが故に、なにもない。灰になった彼は、想いを抱えたまま消えていく。貰ったものは、もう返せない。
けれど、満足だった。走り出した、大切な幼馴染みが止まることはないから。頑固で諦めの悪い彼女は、走り出したら最後、全部手に入れるまで止まらないから。
少し、安堵して、手紙をしたためる。
お別れの手紙。
誕生日のお祝いに燈から貰っては、終ぞ、形に残さず返したもの。記憶にしか残らない一瞬で、返したもの。
ずっと後悔していたことを取り戻すように、彼は手紙に想いを綴る。
惹かれ合った2人は、いつも違う場所に居た。
燈は、形あるものを集める人間だった。
薪は、形ない記憶を重ねる人間だった。
燈は、自分の想いも誰かの想いも剥き出しに言葉にした。
薪は、自分の想いを隠し、誰かの想いに寄り添う言葉を吐いた。
隣に居るようで遠く、近くに居るようで離れた関係。結局、薪は形に残す言葉を書くまで、想いを伏せたままでーーこの一瞬の記憶も独り抱えて生きていく覚悟だった。
電話先の彼女とは、根本的に違ったのだ。
『……できた』
『お疲れ。今日は早かったな』
『うん……最近、みんなのことも……自分のことも、全部……歌詞に乗せられる感じがする、から』
『……よかったな』
『ぁ……えと、送るから……薪くんにも、見て、欲しいな……って』
『わかった。感想は……いらないよな』
『大丈夫。ただ、見て欲しい、だけ……だから』
楔を打つかの如く、燈は彼の心に言葉を刻む。別に、2人は互いの全部を理解しているわけじゃない。欲しい言葉も、して欲しいことも、わからない。ただ、燈は素直に想いをぶつけ。薪は、言葉と行動で寄り添って、歩いてきた。
ちょうどいい距離感があって。もどかしい感覚の中でも、通じ合う親愛があった。
そして、頑として想いを隠す彼に、彼女は一歩近付く。聞かなければいけなかったことを、聞くために。
『……薪くん』
『ん。どうかしたか?』
『……薪くんは優しい、よね?』
『いや……自分で肯定するのはどうかと思うけど……まぁ……そうだな。優しい方だとは、思うよ』
『……私には、すごく優しい、よね?』
『大切な幼馴染みだからな。ちょっとくらい特別でも、いいだろ』
『……なんで、そんなに優しくして……くれるの?』
言葉に詰まる質問だった。
今の今まで、想定していなかった問答。どう答えるべきか、どう切り抜けるべきか。薪の脳は、瞬時に思考を加速させ、答えを導き出す。
取り繕うべきもの、嘘で覆い隠していいもの。今回の話は、そういうものじゃない。だから、自然な形で、言葉を返す。
『言っただろ、燈が大切だからだよ。大切な人には、幸せでーー笑っていて欲しいもんだろ? 本当に、それだけだよ』
『……ぉぁ……そう、だね。私も……薪くんには、笑ってて欲しい、な』
優しい声が、耳に響く。
もっと早く聞けていれば、違ったかもしれない言葉が、届く。薪の心に、燈の言葉を素直に受け入れる余力は、もうない。壊れた器には、何を注いでも満たされることは、ないのだ。
だから、縁を切るための
誰かに優しくできる人は、本当はーー誰かに優しくされたかっただけなのだ。
◇
何度も歌詞を変え、何度もステージに立ち、燈はかけがえのないものを、仲間を取り戻した。
全てがなくなったわけじゃないのなら。全てが終わってしまったわけじゃないのなら。伝えたい言葉を、届けたい言葉を。真っ直ぐに。そんな、眩しいくらいに綺麗な想いに誘われ、彼女はーー彼女たちはバンドとなった。
迷子の5人の、迷子のバンドとして。
『……じゃあ、ライブの日までは夜の電話は無理そうだな 』
『ごめん……』
『気にするなって。別に、約束してたわけじゃないんだし。……今度のライブ、楽しみにしとく』
『……ぁ、うん。待ってて……がんばる、から……!』
『おう。体壊さないように、程々にな。それじゃあ、おやすみ、燈』
『おやすみ、薪くん』
電話を終え、ベランダから部屋に戻れば、バンドメンバーは食事中。2日後に迫るライブ当日。それに合わせ、衣装作成やら楽曲作成が佳境に入る5人は、そよの自宅に集まり、各々の作業や練習に励み……先程ようやく休憩に入った所だったのだ。
「……あっ、お帰り、ともりん。さっきの、誰から電話だったの?」
「親?」
「……親、じゃなくて、薪くんから……ぁ、薪くんは、小さい頃からの友達で……」
「薪……小梅のこと?」
「こんな時間に連絡とってるの?」
「えっ? なになに!? りっきーとそよりんは知ってる感じ? もしかして……ともりんの彼氏さん!?」
「ち、違くて……」
「……気になる」
否定する燈に近付くのは、彼女達のバンドのギター2人。桃色のロングヘアに灰色の瞳を持つ燈の同級生、
揃って、ある種、独特な感性とコミュニケーション能力を持つ2人。
あらぬ誤解が生まれそうな現状を、数分の説明で脱出した燈に更なる追撃が飛ぶ。
「幼馴染みってのはわかったけど、その……薪くんって人はどんな人なの?」
「……薪くんは……あたたかくて、優しい人」
「まぁ、小梅くんのことを話すってなると、そんな感じになるよね」
「優しいっていうか、細かい所まで気が利く良いやつ……みたいな」
「おもしれー男?」
「ぁぅ……おもしろい……かは、わからない、けど……話してて、心が休まる、かな」
優しい。
あたたかい。
心が休まる。
彼を形容する言葉はシンプルだ。
元々垂れ目で優しい顔立ちなこともあり、薪は人当たりがよく、あまり他人と衝突することはない。波風を立てない、平凡な人間だ。故に、表す言葉も在り来りなものになる。
だから、燈は言葉を尽くす。思い出を語り、小梅薪という人間がどれだけ真剣に自分と向き合ってくれたか、自分の背中を押してくれたか、話す。
「おぉ〜、ともりん、めっちゃ愛されてるね〜!」
「愛されてる……」
「過保護っぽいよね、小梅くん」
「過保護……」
「幼馴染みっていうか兄妹っぽい」
「兄妹……」
「めんどくせー男の子」
「めんどくさい……?」
聞いただけで見通したのか、はたまた、ただの勘か。楽奈の一言は、的確に薪を評する。他の面々の反応も間違いではない。傍から見れば、彼は燈に対して過保護で愛の重い兄のような存在だ。
恋が人の綺麗な部分ばかりを自然と目で追ってしまうように。一番近くにいる彼女では気付かないことを、仲間は気付き理解する。
「歌詞、届くといいね」
「そよちゃん……うん……届けたい……貰った言葉を、ちゃんと返したい、から……」
「じゃあさじゃあさ! 衣装、ともりんの分だけでも少しイメージ変えてみる? 中に着る服、ノースリーブにするとか!」
「お前のそのノリ、ほんと無理。私たち、別にそういうのじゃないし」
「動きやすければ、なんでもいい」
「もー! ちょっとは私のお願いも聞いてよ〜!」
賑やかに過ぎていく夜。
緩やかに落ちていく砂時計の砂の音を、誰も見つけられないまま、崩れていく。最後の楔として機能していた電話の繋がりすら切れたら最後、縁の糸は細く細くなり。
詩が届く前に、終わりを告げる。
天ノ丘さん、ローマンさん、☆9評価ありがとうございます!
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次回もお楽しみに!
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