燈りを絶やさぬ薪となれ   作:しぃ君

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9話「優しいあなたへ送りたい」

 人はいつだって、自分の中の熱を信じて生きている。例えそれが、歪で、醜かったとしても、熱が熱として存在する限り、人は歩き続けることができる。

 もし、その熱が消えるようなことがあれば、きっとたちまち立ち行かなくなり、朽ちていくだろう。

 

 

 現状の薪が、まさにそれだった。残っていた全てを焚べて渡したが故に、なにもない。灰になった彼は、想いを抱えたまま消えていく。貰ったものは、もう返せない。

 けれど、満足だった。走り出した、大切な幼馴染みが止まることはないから。頑固で諦めの悪い彼女は、走り出したら最後、全部手に入れるまで止まらないから。

 

 

 少し、安堵して、手紙をしたためる。

 お別れの手紙。

 誕生日のお祝いに燈から貰っては、終ぞ、形に残さず返したもの。記憶にしか残らない一瞬で、返したもの。

 ずっと後悔していたことを取り戻すように、彼は手紙に想いを綴る。

 

 

 惹かれ合った2人は、いつも違う場所に居た。

 

 

 燈は、形あるものを集める人間だった。

 薪は、形ない記憶を重ねる人間だった。

 

 

 燈は、自分の想いも誰かの想いも剥き出しに言葉にした。

 薪は、自分の想いを隠し、誰かの想いに寄り添う言葉を吐いた。

 

 

 隣に居るようで遠く、近くに居るようで離れた関係。結局、薪は形に残す言葉を書くまで、想いを伏せたままでーーこの一瞬の記憶も独り抱えて生きていく覚悟だった。

 電話先の彼女とは、根本的に違ったのだ。

 

 

『……できた』

 

『お疲れ。今日は早かったな』

 

『うん……最近、みんなのことも……自分のことも、全部……歌詞に乗せられる感じがする、から』

 

『……よかったな』

 

『ぁ……えと、送るから……薪くんにも、見て、欲しいな……って』

 

『わかった。感想は……いらないよな』

 

『大丈夫。ただ、見て欲しい、だけ……だから』

 

 

 楔を打つかの如く、燈は彼の心に言葉を刻む。別に、2人は互いの全部を理解しているわけじゃない。欲しい言葉も、して欲しいことも、わからない。ただ、燈は素直に想いをぶつけ。薪は、言葉と行動で寄り添って、歩いてきた。

 ちょうどいい距離感があって。もどかしい感覚の中でも、通じ合う親愛があった。

 

 

 そして、頑として想いを隠す彼に、彼女は一歩近付く。聞かなければいけなかったことを、聞くために。

 

 

『……薪くん』

 

『ん。どうかしたか?』

 

『……薪くんは優しい、よね?』

 

『いや……自分で肯定するのはどうかと思うけど……まぁ……そうだな。優しい方だとは、思うよ』

 

『……私には、すごく優しい、よね?』

 

『大切な幼馴染みだからな。ちょっとくらい特別でも、いいだろ』

 

『……なんで、そんなに優しくして……くれるの?』

 

 

 言葉に詰まる質問だった。

 今の今まで、想定していなかった問答。どう答えるべきか、どう切り抜けるべきか。薪の脳は、瞬時に思考を加速させ、答えを導き出す。

 取り繕うべきもの、嘘で覆い隠していいもの。今回の話は、そういうものじゃない。だから、自然な形で、言葉を返す。

 

 

『言っただろ、燈が大切だからだよ。大切な人には、幸せでーー笑っていて欲しいもんだろ? 本当に、それだけだよ』

 

『……ぉぁ……そう、だね。私も……薪くんには、笑ってて欲しい、な』

 

 

 優しい声が、耳に響く。

 もっと早く聞けていれば、違ったかもしれない言葉が、届く。薪の心に、燈の言葉を素直に受け入れる余力は、もうない。壊れた器には、何を注いでも満たされることは、ないのだ。

 だから、縁を切るための凶器(言葉)は、綴られ続け、止まることはない。

 

 

 誰かに優しくできる人は、本当はーー誰かに優しくされたかっただけなのだ。

 

 ◇

 

 何度も歌詞を変え、何度もステージに立ち、燈はかけがえのないものを、仲間を取り戻した。

 全てがなくなったわけじゃないのなら。全てが終わってしまったわけじゃないのなら。伝えたい言葉を、届けたい言葉を。真っ直ぐに。そんな、眩しいくらいに綺麗な想いに誘われ、彼女はーー彼女たちはバンドとなった。

 

 

 迷子の5人の、迷子のバンドとして。

 

 

『……じゃあ、ライブの日までは夜の電話は無理そうだな 』

 

『ごめん……』

 

『気にするなって。別に、約束してたわけじゃないんだし。……今度のライブ、楽しみにしとく』

 

『……ぁ、うん。待ってて……がんばる、から……!』

 

『おう。体壊さないように、程々にな。それじゃあ、おやすみ、燈』

 

『おやすみ、薪くん』

 

 

 電話を終え、ベランダから部屋に戻れば、バンドメンバーは食事中。2日後に迫るライブ当日。それに合わせ、衣装作成やら楽曲作成が佳境に入る5人は、そよの自宅に集まり、各々の作業や練習に励み……先程ようやく休憩に入った所だったのだ。

 

 

「……あっ、お帰り、ともりん。さっきの、誰から電話だったの?」

 

「親?」

 

「……親、じゃなくて、薪くんから……ぁ、薪くんは、小さい頃からの友達で……」

 

「薪……小梅のこと?」

 

「こんな時間に連絡とってるの?」

 

「えっ? なになに!? りっきーとそよりんは知ってる感じ? もしかして……ともりんの彼氏さん!?」

 

「ち、違くて……」

 

「……気になる」

 

 

 否定する燈に近付くのは、彼女達のバンドのギター2人。桃色のロングヘアに灰色の瞳を持つ燈の同級生、千早(ちはや)愛音(あのん)。白髪のショートヘアに金と銀のオッドアイ、野良猫の愛称で呼ばれる少女、(かなめ)

 揃って、ある種、独特な感性とコミュニケーション能力を持つ2人。

 

 

 あらぬ誤解が生まれそうな現状を、数分の説明で脱出した燈に更なる追撃が飛ぶ。

 

 

「幼馴染みってのはわかったけど、その……薪くんって人はどんな人なの?」

 

「……薪くんは……あたたかくて、優しい人」

 

「まぁ、小梅くんのことを話すってなると、そんな感じになるよね」

 

「優しいっていうか、細かい所まで気が利く良いやつ……みたいな」

 

「おもしれー男?」

 

「ぁぅ……おもしろい……かは、わからない、けど……話してて、心が休まる、かな」

 

 

 優しい。

 あたたかい。

 心が休まる。

 彼を形容する言葉はシンプルだ。

 元々垂れ目で優しい顔立ちなこともあり、薪は人当たりがよく、あまり他人と衝突することはない。波風を立てない、平凡な人間だ。故に、表す言葉も在り来りなものになる。

 

 

 だから、燈は言葉を尽くす。思い出を語り、小梅薪という人間がどれだけ真剣に自分と向き合ってくれたか、自分の背中を押してくれたか、話す。

 

 

「おぉ〜、ともりん、めっちゃ愛されてるね〜!」

 

「愛されてる……」

 

「過保護っぽいよね、小梅くん」

 

「過保護……」

 

「幼馴染みっていうか兄妹っぽい」

 

「兄妹……」

 

「めんどくせー男の子」

 

「めんどくさい……?」

 

 

 聞いただけで見通したのか、はたまた、ただの勘か。楽奈の一言は、的確に薪を評する。他の面々の反応も間違いではない。傍から見れば、彼は燈に対して過保護で愛の重い兄のような存在だ。

 恋が人の綺麗な部分ばかりを自然と目で追ってしまうように。一番近くにいる彼女では気付かないことを、仲間は気付き理解する。

 

 

「歌詞、届くといいね」

 

「そよちゃん……うん……届けたい……貰った言葉を、ちゃんと返したい、から……」

 

「じゃあさじゃあさ! 衣装、ともりんの分だけでも少しイメージ変えてみる? 中に着る服、ノースリーブにするとか!」

 

「お前のそのノリ、ほんと無理。私たち、別にそういうのじゃないし」

 

「動きやすければ、なんでもいい」

 

「もー! ちょっとは私のお願いも聞いてよ〜!」

 

 

 賑やかに過ぎていく夜。

 緩やかに落ちていく砂時計の砂の音を、誰も見つけられないまま、崩れていく。最後の楔として機能していた電話の繋がりすら切れたら最後、縁の糸は細く細くなり。

 

 

 詩が届く前に、終わりを告げる。

 




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