インフィニット・ストラトス ─蒼狼と黒鉄の霞─ 作:ダブスタ親父
隠した本心、捨てては拾って 前編
ラウラ・ボーデヴィッヒのVTシステム暴走事件は、ラスティの命懸けの介入によって辛うじて終息した。
試合に参加出来ず終いだった生徒達のデータ収集も無事に終了し、通常の学校生活に戻れるようになった頃には既に一週間が経過していた。
漸く学園にも平穏が戻り、生徒たちはいつもの日常を取り戻している。
────少なくとも誰もがそう思っていた。
「はぁ......どうしてこうも私の元には書類ばかりが回ってくるんだ」
職員室。机の上に積み上がった始末書の山。その中心で、ラスティは額を押さえ、深く息を吐いた。
紙の束は単なる事務作業ではない。
VTシステム暴走事件鎮圧の報告書、損害評価、保護者向けの説明文、学園理事会への釈明資料。
面倒な戦後処理というヤツに頭を悩ませていた。
「貴様が面倒事に毎度毎度首を突っ込むからだろうが、馬鹿者が。だが、そのお陰で助かった命もある......感謝する」
隣で資料に目を通す千冬が視線はそのままに言う。
ラスティは片眉を上げる。
「珍しいな、君が感謝とは。明日は隕石でも落ちて来るのか?」
「......私がバカだったな。その机に山積みになった始末書を手伝ってやろうと思ったんだが」
彼女はわざとらしく肩をすくめた。
「慣れない事はするもんじゃないな」
「...........」
「なんだ。その言いたげな目は」
「いや、別に」
千冬は小さく鼻を鳴らし、踵を返す。
「......まぁ良い。あまり遅くまでやるなよ。昨今、そういうのには煩いからな。......あと、ちゃんと医務室に行け。痛むならな」
扉が閉まる。
残されたのは、書類の山と静寂のみ。
ラスティはしばらく無言で書類を見つめていたが、観念した様にペンを手に取り、再び書類へと視線を落とす。
ひたすらに書類を捌いていく。
気が付けば窓の外は茜色に沈んでいる。
「......っ」
全てを片付け終えた頃には、職員室に残っている人影はほとんどなかった。
ラスティは椅子から立ち上がり、軽く首を回す。
全身に溜まった疲労が、鈍い痛みとなって返ってくる。
......戻る前に一応、行っておくか......
足は自然と医務室へと向かっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
医務室はとても静かだった。
音を失った静寂に包まれた部屋の中で、包帯を巻き直した右腕を動かすたび、骨の軋むような痛みが走る。
外傷は塞がった。だが、内側の損傷はまだ身体に残っている。
「......やはり、無茶をした代償は残るか」
中破したスティール・ヘイズを超えた負荷は彼の身体にも確かな爪痕を残している。
恨めしそうに呟いた彼の言葉は誰に届くでもなく、霧散する。
その時だった。控えめなノックが響き、静かにドアが開く。
そこに立っていたのはシャルル──シャルロット・ディノアだった。
顔は青ざめ、唇は震えている。
今にも壊れてしまいそうな程、限界の表情。
「......ラスティ先生」
ポツリと弱々しい声。
「僕ね、フランスに帰って来るように言われたんだ......」
その一言で十分だった。学園での任務失敗。その全責任を背負わされ、本国へ戻れば『実験台』としての幽閉か、あるいは不都合な道具としての処分が待っているだろう。それは確実な死刑宣告に等しい。
ラスティはゆっくり振り返り、夕闇に沈む少女の瞳をじっと見つめた。そして、いつも通り低く重みのある声音で最後の確認を投げる。
「......シャルロット」
「なん......ですか......」
「一度しか聞かない」
静かな間。
「君は......ディノアの名前を捨ててでも生き延びて、この学園の皆と一緒に居たいか?」
彼女は沈黙を貫いている。
名前を捨てる。簡単に言うが、並大抵の覚悟では決められない。それは彼女を形作る為のピースだからだ。
シャルロットは一瞬目を見開くと当然と言いたげに、けれど張り裂けそうな悲鳴のような涙を零した。
「当たり前な事聞かないでください......!」
ラスティは何も言わない。ただ続きを促すように静かに見つめるだけだった。
涙が溢れる。
「僕は皆と一緒に居たい! 皆優しかった。嘘を吐き続けるこんな最低な僕に優しくしてくれた!」
言葉が崩れていく。
「初めて、心から友達だと思える人達に出会えた! そんな大事な人達と離れるなんて嫌だよ! でも戻れば殺されるんだ! 居たくても、居られないんだよ......っ!」
嗚咽を堪えるように口元を押さえ、そのまま駆け出していく。
彼女の背中を最後まで見届けると、ラスティも静かに医務室を後にした。
廊下を歩く足取りは重い。
教師として、生徒一人の人生を背負う。
傭兵だった頃なら切り捨てていた案件だ。
だが今は違う。
その日の夜──
医務室でのやり取りを思い出したラスティはやれやれと髪を掻き、小さく息を吐いた。
「......全く因果な仕事だな。教師というものは」
誰に向けるでも無い言葉。
「希望を見せた手前、中途半端に降りる訳にもいかないな」
ポケットから専用の端末を取り出す。
短いコール音。
『もしも〜し。珍しいね、君から電話だなんて』
いつもの調子の軽い声。
ラスティは目を瞑る。
「どうだったかな」
続けて言う。
「まぁ、世間話をしたくて掛けた訳じゃない」
『どういった要件で?』
短い沈黙の後。
「依頼に決まっているだろう?」
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