白いドレスの少女の専属ハンター   作:聖成 家康

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炎矛穿つショウグンギザミ亜種①

炎矛穿つショウグンギザミ亜種

 

「よく寝たね、おはよう」

 

 目覚めると、目の前でアーキが微笑んでいた。

 寝ぼけていたアルメリアの顔は一気に眠気が吹き飛んで、清々しい朝を迎えることができた。

 

 差し込む陽光でさえ、普段とは別の物のように感じられる。仄かに温かい室内で、アルメリアはゆっくりと起き上がり、窓の外を見る。

 

「髪がぼさぼさね。はーい、私が梳いてあげましょうね〜」

 

 アルメリアは軽い身体を無理矢理動かされ、ドレッサーに座らされた。

 ブラシで長い髪をさら、さらと梳かれる。結んだことなどない。

 アーキは慣れた手つきで、彼女の髪を丁寧に編み始める。三つ編みは、昔は自分で毎朝やっていたが、アーキと暮らすようになってからは彼女に任せきりだ。

 一つ、また一つと綺麗な束を交差させていく。毛同士の擦れる音が、アーキの温い吐息と共に混ざって心を揺さぶってくる。

 

「ほら、できた。いつもの可愛いあなたよ」

 

 白い手が髪を撫でれば、精巧な三つ編みが緩やかに垂れる。

 

「ありがとう」

 

 顔を洗ったり何やりをして、朝の支度はすぐに終わった。アーキの方は寝癖一つないし、硝子細工のような顔には、埃、汚れ、一切の気配がなかったのだ。

 

 外に出ると、いつしか打ち倒した銀火竜の甲殻を思わせる煌めきが、うざったいほどに彼女の瞳を劈いた。

 

「さぁて。私はねアルメリア。あなたといっしょにいるのは愛してる、以外にもちゃんと理由があるのよ」

 

 手をぱち、と合わせてアーキは彼女の前に出た。

 

「私はあなたみたいな強いハンターの狩りを見るのがだーいすきなのは、ずっと前から知ってるでしょ? それをしたいからなの」

「じゃあ、またクエストについてくるってこと?」

 

 危ないよ、と続けようとしたとき、周りの音が消える。

 アーキの赤い瞳が、さながらそれが世界の全てかのように感じられた。

 

「ふふ、危なくなんかないのは()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 頭にじんじんと響いたあと、その妙な感覚は消えた。

 

「あなたに行ってほしいのは〜、これだっ!」

 

 スカートをはしたなく捲って取り出した依頼書に、アルメリアは素早く目を通した。

 

 

 ――――

 

 炎刃

 

 

 メインターゲット

 焔矛穿つショウグンギザミ亜種一頭の狩猟

 

 目的地

 火山

 

 ――――

 

「ショウグンギザミ亜種……特殊個体?」

 

 ショウグンギザミ亜種でさえ珍しいモンスターだ。本来は青い肉体を持つ甲殻種のモンスターで、食性の違いにより体色が赤色になり、通常個体より一層凶暴になるとされている、という情報しか流石の彼女でも持ち合わせていなかった。

 

「また私に楽しい狩りを見せてほしいなぁ。大丈夫、ちゃんとご褒美はあるから」

 

 アルメリアは、全く構わなかった。この子がそうしてほしいと願うのなら、自分は多少身の保身を案じながら、できる範囲で答えるまでだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 正式なクエストを受けるのも久々だ。

 火山の熱気が伝わるベースキャンプに辿り着いた彼女は、辺りをくるりと見渡す。アーキは着いてきていないようだ。あの口ぶりからして、ある時ひょっこりと現れるのだろうが。

 

 相手が新発見の特殊個体にくわえ、ショウグンギザミ亜種という未知の存在のため、アルメリアは此度に至ってはかなり慎重だった。

 

 火山では必須のクーラードリンクの後、ポーチから取り出したのは黄金色の液体が入ったビン。俗に言う千里眼の薬と呼ばれるドリンクだ。

 これを飲むと一瞬だが感覚が研ぎ澄まされ、見てもいないモンスターの気配を何となく察知できる。

 

 液体を嚥下した瞬間、あたりの音が消失し嗅覚が消え失せた。感じるのはどこか遠くで響く甲殻種特有の足音のみ。

 

「エリア5……かな?」

 

 生息域も分からぬまま闇雲に歩き回ると体力を消耗しかねない。未知の存在相手ではそれは避けたい。そう思って大金をはたいて購入したに至る。

 

 

 エリア5に向かって歩き出したアルメリア。

 防具は相も変わらずオーダーメイドのシルバーソルシリーズ。武器は太刀、ミラアンセスフォリア。美しい純白の――――の素材から作られた武器で、異質なまでの力を秘める。未だに、その武器の柄に触れただけで全身の毛が逆立つような感覚に陥る。

 

 クーラードリンクを使用してもなお、汗が滴る。白い首筋を辿り、髪束に雫が貯まるようになってきた。

 彼女は標的をその眼に収めるのだった。

 

 強靭なる鎌が、まず目に入る。溶解しているようにも見えるその巨大な鎌は、通常のショウグンギザミのそれとはまるで違う切れ味を誇る。赤黒い肉体を守るヤドは、おぞましい牙を持ち、背筋を凍てつかせる気迫を放つ斬竜の頭骨を使用している。牙の色味からして、「燼滅刃」の名を持つ個体のものだろう。

 

 炎矛(えんむ)を穿つショウグンギザミ亜種――その異様さが一目で見て取れた。

 

 気づかれぬよう、まずは物陰に身を潜める。

 ポーチから複数の瓶を取り出す。赤、橙、黄色とカラフルな液体を秘めたそれらを、順序よく飲み干していく。筋力に作用する鬼人薬グレードと硬化薬グレード、そして持久力に作用する強走薬グレード。

 筋肉が焼けるように躍動し、肺が破裂寸前まで膨れ上がっては、潰れるぐらい萎むを繰り返す。だからあまり飲みたくないのだ、とアルメリアは己の行いを悔いる。

 

 舌が麻痺するほどの味の嵐を無理矢理呑み込み、ようやく狩りに差し掛かる。

 

 脈動する筋肉を自制し、刀を引き抜く。

 柄を持つ腕が灼けそうになるのを堪えながら、大気を引き裂く勢いでミラアンセスフォリアを薙ぎ払う。

 

 攻撃は標的の脚に命中。青黒い体液が飛散した途端、奴は跳躍しながら彼女の方へと向き直った。この時点で、普通のギザミとは訳が違うのが分かる。

 

 ショウグンギザミ亜種は、耳に障る鳴き声を轟かせた。

 そしてすかさず、アルメリアめがけて強烈なる斬撃を浴びせてくる。

 

 地面に突き刺さる鎌は、溶岩の輝きを纏い不気味なまでの光沢を宿している。

 それに気を取られていた彼女は、鎌を中心に広がる赤い粉塵を察知するのに時間を要した。

 

(爆破……っ!?)

 

 その正体を理解した彼女は、武器を納めて回避行動を取る。

 背後で爆ぜる灼熱の豪炎。熱風を伴い辺りを焼き払うそれの威力は、回避した彼女にダメージを与えるほどのものであった。

 

 あの鎌の異様な光沢――それは、纏わりついていた爆破性の分泌液か何かなのだろう。

 

 攻め過ぎるのも危険だが、守りに徹するのは太刀という武器を担いできた以上選択肢にはない。

 

 そう思っていた矢先、ショウグンギザミ亜種の鎌が寸前まで迫る。

 太刀の矛先をヤツに当てるようにしながら身体を捻り、横方向へ宙を泳ぐように跳躍。華麗に攻撃を避けた先で、力強い斬撃を二、三度叩き込む。

 

 ショウグンギザミの動きは、幸運にも単調だ。距離を詰めている状態ではその鎌で敵を引き裂くことしか頭にない。

 

 しばらく、そのような攻防が続いた。

 奴の傷口の修復が間に合わなくなってきた頃、流石のショウグンギザミ亜種も戦法を変える。

 

 跳躍するように距離を取り、鎌を振り上げて威嚇。

 そうしたかと思えば、彼女のいない場所で何かが大気中に満たされる。

 

 赤黒い靄。火山という背景に馴染んで、常人ならば区別のつかないもの。

 ショウグンギザミの切り払いによって遥か彼方まで流浪し、アルメリアの足元まで迫った。

 

 "燼滅刃ディノバルド"――ふと、そのモンスターの情報が頭を過る。

 尾から散布される爆発性の粉塵と、摩擦により引き起こされる目も眩むほどの大爆発。

 

 アルメリアは寒気が走るも、想像がついてしまった最悪の運命から逃れる術はどこにもなく、ただただ、狩人として刃を構えるしかなかった。

 

 ショウグンギザミが鎌を磨り合わせ、飛翔した瞬間、アルメリアは矛先をぎらりと輝かせる。

 

 その灼熱を帯びる鎌が叩きつけられれば、目も眩むほどの爆発が辺りを包み込む。

 爆炎を爪先に感じるアルメリア。間一髪のところで、軽やかな回避で巻き込まれるのを免れた。

 

 熱気の立ち込める空間に更なる熱が上乗せされ、クーラードリンクを飲んでいなければ悍ましい結末が彼女に待ち受けていたに違いない。

 

 爪に纏わりついた爆破性の粘液が結晶化したもの。それがあの爆発の起爆剤となっているのだろう。

 おおよそ食性が関わっていると推測できるが、いくら雑食性のギザミ種とはいえ、何を食ったらこんな予想できない成長を遂げるのか甚だ疑問である。

 

 洒落臭くなったのか、ショウグンギザミは鎌と鎌を擦り合わせ、軽い爆破を纏うようにしながら振るい、同時に飛びかかってくる。

 鎌を叩きつけた瞬間、凄まじい爆破が地面を抉り取るように巻き起こる。アルメリアはすかさず奴の懐に潜り込みながら太刀の柄を押し潰すように踏み込んだ。

 

 ミラアンセスフォリアの矛先はショウグンギザミ亜種の腹部を穿つ。

 吹き出る体液と怯む本体。反応からして、幾度も叩き込んだ剣戟の中で一番手痛いものと考えられる。が、裏を返せばようやくダメージを与えられたということ。

 

 青黒い滴を道標と言わんばかりに残しながら、天井に張り付き、一目散に撤退していく。

 

 ぽた、ぽたと垂れる奴の体液を眺めながら、アルメリアは一息つく。ペイントボールを用意していたが、追跡は比較的容易そうだ。彼女は握りしめていた球体をポーチに収めると、ただならぬ気配に踵を返した。

 

「動きは全然鈍ってないね。アルメリア」

 

 首を少し傾けながら、白髪の美少女がその姿を現す。

 アーキは灼熱の業火の放つ熱を白い素肌に溶かしながら、アルメリアに一歩、二歩と歩み寄った。

 

「アーキ……暑くない?」

「お気遣いなく〜」

 

 背の低い彼女に合わせ膝をつくアルメリア。

 頬を掌ですりすりとすると、アーキはいやらしい笑みを浮かべながらその手を退かした。

 

「だーめ。お触りは全部終わったあとね」

「ぅあ……ごめん」

 

 冷たい対応をされたアルメリアは、先の戦闘をしていた人物とは別人のように萎れたような反応を見せた。

 それを見たアーキにクスクスと笑われ、苦い笑みを綻ばせる。

 

「早く追いかけないと。獲物を逃がすのは悪いハンターよ」

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