道の端に、滑り込むように差し出された声があった。
「すみません、アカリさん?」
僕は反射的に振り向いていた。
その声が自分の名前ではないことを、理解するまでに数秒かかった。その間に、僕の喉は音を作り、目はその声の主を探し、身体はわずかに前のめりになっていた。すべての反応が、「アカリ」という名前に正しく応答していた。無意識に。
そこにいたのは、小さな男の子だった。まだ小学二、三年くらいだろうか。上履きのような白いスニーカーを履いていて、ランドセルの紐が肩から滑り落ちかけている。
僕は、彼の大きな瞳を見つめたまま、返事をした。
「……なに?」
それが“僕”の声だったのか、“アカリ”の声だったのか。区別がつかなかった。
男の子は地図のようなプリントを差し出しながら道を聞いてきた。話しているうちに、僕はだんだんと正気を取り戻し、ぎこちなく微笑むことができた。けれど、僕の頭のどこかではずっと別の回路が作動していた。
――どうして、返事をした?
僕の名は、柊日向。アカリは、この身体の“前の所有者”にすぎない。
だが、声は応えた。
それは単なる条件反射だろうか? だとすれば、反射神経まで“彼女”のものに書き換わっている?
歩きながら、僕は自己問答を繰り返した。
この身体に刻まれた“習慣”は、感覚の領域に染み込んでいる。声をかけられれば反応する。呼ばれれば振り向く。そういった一連の流れは、脳の命令を必要としない。
でも、これはそれだけだろうか?
「アカリ」と呼ばれて、反応することに“快”を感じた気がした。まるで、自分の名前を肯定されたような、どこか懐かしいような。
自分の名前でないのに。
ナギの家に戻ると、彼はいつものように椅子に座っていた。左手には古びた手帳、右手には紅茶のカップ。
「君の声が、変わってきてる」
彼は本を閉じずに言った。
「声?」
「抑揚とか、呼吸の仕方。それに、視線。以前はもっと“直線的”だった。でも今は、カーブを描いてる」
ナギの言うことは抽象的だ。でも、彼の言葉には感覚の裏付けがある。科学というより、呪術のような精度で。
僕は無言で頷いた。
「君がアカリでないのは、事実だ。だけど、アカリが君の中にいるのも、また事実なんだよ」
その言葉は、落ち着いた声だった。
ナギは続けた。
「魂、というと胡散臭いが、記憶というのは形を持たない肉体の部品だ。血や骨と同じくらい、肉体を定義する。記憶は、思い出す人間の形も変えてしまう。ときに、言葉さえ変える」
僕は思い返す。あのときの男の子を。
そして、自分の返事を。
確かに、僕はそれを“自然”と感じていた。違和感よりも、納得感の方が強かった。
「……俺の中の“アカリ”が、今も生きているんだな」
呟いた声は、たしかに僕のものだった。
でも、それは“僕だけ”のものじゃない。
その夜、夢の中で、僕はまた彼女の名前を呼ばれていた。
“アカリ”、と。
そして、僕はまた、返事をした。
「はい」と。
僕の中で、アカリは眠っている。だが、それは死んでいるのとは違う。むしろ、彼女の意識は、僕の深部を穏やかに侵食してきている。まるで、地下水のように。
どこまでが僕で、どこからが彼女なのか。境界は、朝霧のように揺らいでいる。
「俺は日向。でも……アカリでもある、のか?」
その疑問は、はじめて「自分」について考えたあの日よりも、鮮明だった。
思えば、名前というのは、最初に与えられる“他者からの定義”だった。
赤ん坊の頃、自分に名前をつけたのは自分ではない。他人が勝手に定義した音列が、自我の看板になった。それはいつの間にか、アイデンティティとして染み込んでいく。
でも、もし途中で名前が変わったら? それを呼ばれる回数が増えていけば? やがて、それを“自分”だと思い込むようになってしまうのではないか。
僕は、“アカリ”と呼ばれることで、彼女になろうとしているのかもしれない。
あるいは、彼女が僕になろうとしているのか。
その境界線は、曖昧で、甘美で、そして恐ろしい。
たとえば、「スワンプマン」は、元の人間のコピーであるとされる。だが、コピーされた瞬間、そこにあるのは“本人と同じ記憶を持つ他者”だ。では、今の僕は、アカリという存在の“スワンプマン”なのだろうか。
記憶が引き継がれ、身体が残っている。意識の座だけが、入れ替わっている。
それでも、人はそれを“同じ人間”と呼ぶのか。
夜風が、カーテンを揺らした。ナギの紅茶の香りがかすかに流れる。
僕は、指先で机を叩いた。
「この世界で、自分が誰かを定義することほど、不確かなものはないんだな」
それだけは、今の僕でもわかる。
けれど、わからないからこそ、先へ進みたいと思うのかもしれなかった。