対話とは、声と言葉だけで成立するものではない。
思考の深部では、常に“誰か”が“何か”と対話している。
それは、記憶の亡霊だったり、欲望の原型だったり、あるいは、自分自身だったりする。
僕――日向は、声のない声と対峙していた。
深淵の中心。そこには“それ”がいた。
名もなく、形もない。けれど、間違いなく、僕の一部であるもの。
「アカリを受け入れろ。そうすれば、すべては“ひとつ”になる」
言葉ではない。観念が、脳内に直接差し込まれてくる。
それは命令ではなかった。
願望でもなかった。
むしろ、当然の結果として提示される“選択肢”だった。
融合。
それは、分裂した人格を統一し、過去を整理し、未来を整えること。
それは、矛盾の解消。
それは、自己の完成。
「でも……完成って、終わりじゃないのか?」
ふと、そう思った。
“僕”は、“わたし”を抱えたまま生きてきた。
アカリの記憶、声、行動。罪と愛と憎しみ。
それを、日向として処理しきれず、ただ内側に押し込んできた。
それは未解決だった。
未解決だからこそ、まだ“僕”でいられた。
「おまえは、曖昧さに依存している。だが、曖昧さには限界がある」
声は、僕を分析していた。まるで、プログラムを読むかのように。
矛盾をひとつずつ列挙し、それらが共存できないと説明する。
理屈は正しい。だからこそ、怖かった。
「……俺は、俺でいたい」
その言葉は、思った以上に脆かった。
口にした瞬間、自分の声が他人のもののように聞こえた。
それは、自己主張ではなく、懇願のようだった。
「“俺”という仮面は、もう崩れている。おまえは既に、“私”と混ざっている。
融合は、終わりではない。“解放”だ」
甘美な響きだった。
痛みが消える。
過去が赦される。
罪と人格の重さが、ひとつの存在に“まとめられる”。
そうなれば、楽になれるのだろう。
悩まずに済む。迷わずに済む。
他人の視線も、評価も、もう関係なくなる。
だって、“自分”というものが、ただの概念になるのだから。
「けれど、それは……俺が“俺”じゃなくなるってことだろ?」
声が止まった。
わずかな沈黙のあと、また観念が注がれる。
「自己とは、そもそも幻想だ。君が“俺”であろうと、“私”であろうと、それは便宜的な記号にすぎない」
そうだ。確かにそうだ。
けれど、幻想でも、僕はそれにしがみついていた。
理由はない。
ただ、怖かったのだ。
“ひとつになる”ということが。
自分と、他人と、過去と、現在とが、区別なく混ざり合うこと。
それは、救いであると同時に、死に等しかった。
「俺は……まだ、“俺”でいたい」
「ならば、苦しめ。おまえは“分離”という地獄を選んだのだ」
そう告げる声には、怒りも失望もなかった。
ただ、淡々とした“事実の確認”だった。
その方が残酷だった。
“選んだことの責任”を、容赦なく背負わされた気がした。
声が遠ざかっていく。
意識が浮上していく。
感覚が少しずつ、現実に戻り始める。
地面の冷たさ。
皮膚を這う空気の重み。
指先に戻る震え。
それらが、“僕がまだここにいる”ことを証明していた。
「その地獄から、お前を救えるとしたら」
誰かの声が、背後から響いた。
ナギだった。