ギルティクラウン~The Devil's Hearts~   作:すぱーだ

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今回は2章のプロローグにあたる回です。





第2章 -Devil trigger-
loose the temper


六本木消滅より一週間前ーーー、

 

 

 

 

 

 長い船旅で固まった身体を解しながら、ネロは着いたばかりの島を見渡しながら歩を進める。

 此処に来るまで随分と時間が掛かってしまった。

 ヘリコプターに刻印されたロゴから、悪魔を使役した疑いがあるウロボロス社の本拠地を近い場所から現地に赴き、片っ端から調べ上げたが全くの空振りに終わっていた。

 

 国内で残すはウロボロス本社があるデュマーリ島ただひとつ。

 

 ここが外れならば後は世界各地にある支部が候補になり、実質ゼロからの再出発となっていたが、ーー

 

 そうならなかった事にネロは密かに安堵していた。

 

 「おーい。そう急ぐでない若人(わこうど)よ」

 

 「婆さん危ねぇぞ。

家に戻ってろ」

 

 ネロは背後の杖をつきヒョコヒョコ危なっかしく走る老婆に振り返る。

 『マティエ』と言う名のこの老婆は、島に上陸するネロを出迎えこの島の現状を聞いて聞かせて来た。

 

 マティエはシワクチャな顔に更にシワを寄せて溜め息をついた。

 

 「なに時間は取らせんさ」

 

 「何だ?もう必要な情報は聞いたぞ?『アリウス』とかいう男が悪魔を召喚し続けているってな」

 

 古代の神々や妖精を信仰する人達が「正当なる神」の信仰により異端として排斥され、流浪の果てにようやく見つけた安住の地こそがこのデュマーリ島。

 島には古代信仰に由来する秘密が数多くが遺跡や文献等の形で残されていたが現代の島の住民のほとんどはそれを忘れ去り、今では国際企業ウロボロス社のCEOのアリウスの手によって、近代化が進められていた。

 しかしアリウスには魔術師という裏の顔を持っていた。

アリウスは科学と魔術の力で究極の存在になろうとしており、鉱物資源の採掘を隠れ蓑に島が秘める魔の力を我が物にすべく暗躍していたのだ。

 そして魔帝と同等の力を持つ『覇王アルゴサクス』の復活に必要な『アルカナ』という呪具を筆頭に多くの遺産を掘り起こされた。

 

 マティエの情報はネロの興味を引くだけの魅力があったが、ネロにとって何よりも重要な情報があった。

 鳥の悪魔が若い女性を島の中に運んでいる所を見たと言うのだ。

 

 連中が他の場所で人間狩りをしていなければ、十中八九その女性はキリエだ。

 

 

 「お主に聞きたい事があってのお」

 

 「悪いが先を急いでんだ。世間話に付き合ってる暇は無いぜ」

 

 ネロはマティエに背を向けた。

 

 

 「…お主、まさか“ダンテ”の息子か?」

 

 

 立ち去ろうとしたネロの背中に予想を遥か上に上回る言葉が投げ掛けられ、ネロはつんのめりそうになった。

 ネロが知るダンテという名は一人しかいない。

 まさかあの男の事か?とネロは信じられない物を見るかの様な目でマティエを見る。

 

 「………は?」

 

 「わしもダンテとは会った事が無いが…。父親のスパーダとは浅からぬ縁でのお…。

戦友と呼べるものじゃった」

 

 ゆっくり振り返るネロに構わずマティエは懐かしむ様に目を細めながら、しげしげとネロの顔を眺める。

 

 「見れば見る程、お主にスパーダの面影を感じるのぉ…」

 

 「…勘弁してくれよ」

 

 ネロは額を抑えながらため息をついた。

 

 「その勘はハズレだ婆さん。アイツは俺の親父なんかじゃねぇよ。

アイツにガキは居ねえ」

 

 小せえ弟子は居るがなと、ネロは付け加えた。

 

 「…そうかい邪魔したね。気を付けて行きな」

 

 「自分の心配してな婆さん」

 

 目的地に振り返り駆け出すネロを見届け、マティエも背を向けようとした時、ふと足を止めた。

 

 「ーーそういえば、スパーダのせがれは双子だった様な……」

 

 そう言いながら再びネロに振り返るが、既にネロは去った後で影も形もなかった。

 

 「……やれやれ、せっかちな若者だわい」

 

 ため息を吐きながらマティエは誰に聞かせる訳でもなく呟くと、その場を後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネロは海岸から切り立った崖を岩から岩へ駆け上がる。

 一歩上に登るごとに町の喧騒が近付く。

 

 ネロが崖下からガードレールの向こう側に飛び降りると、住民の何人かが突然の訪問者に驚きの声を上げた。

 

 「気にすんな。ジロジロ見る程のモンでもねぇよ」

 

 ざわめく住民を押し退け、ネロは改めて近代的な町を見渡した。

 

 依頼で時々遠出するようになってからは前ほど物珍しさは無くなったが、相変わらず高層ビルが森の様に並ぶ光景は圧倒される。

 しかし、ノンビリ観光をする気などさらさら無い。

 

 「……いるな…」

 

 一見なんて事無い普通の町。

 だがネロはその嗅覚で人々に紛れ込み、コチラを伺う存在がいる事を感じ取った。

 

 ネロはいつでも抜けるように背中に背負ったレッドクイーンの存在を意識する。流石に剥き出しでは無く、黒い布に厚く巻いて隠れている。

 

 「そこのお前!見ない顔だな」

 

 町の中を散策していると、後ろから威圧するような声が聞こえて来た。振り返ると二人の警察官がネロの所へ向かって来る。

 

 「面倒な事になったな…」

 

 ネロは逃げ出そうとも考えたが、そうはしなかった。

 

 「職業は?」

 

 「便利屋だ」

 

 「出身は?」

 

 警官の一人がネロを質問攻めにする。

 口調こそ穏やかだったが、少しでも妙な動きがあれば躊躇いなく銃を抜くだろう。

 

 「背中の物は何だ?」

 

 「………」

 

 「おい」

 

 ため息をつくネロに警官は目を尖らせる。

 しかしネロはその様子を気にする素振りも見せずダルそうに頭を掻く。

 警官の手がついに拳銃のグリップに触れる。

 

 「おいポリ公悪い事は言わねぇ。

ーー伏せろ」

 

 警官が何か言う前にネロは警官の襟首を掴み、足を払って地面に引き倒した。

 ネロは素早くブルーローズを抜くと、引き倒した警官の後ろに立っていたもう一人の警官の眉間に向けて発砲した。

 ほぼ同時に発射された二つの銃弾は見事に警官の眉間をブチ抜いた。

 

 周囲から悲鳴が上がる。

 

 「ーーなっ…」

 

 警官は崩れ落ちる同僚に言葉を失っていたが、すぐにネロに向かい直って拳銃を構えた。

 

 引き金を引こうとした時、即死した筈の同僚がバウンドする様に起き上がった。

 警官はその光景に思わず凍り付いた。

 

 「悪魔がポリ公?…世も末だな」

 

 警官の帽子が落ちると頭頂部に巨大な目玉が見開いた。

 さらに下顎から喉、そして胸までメリメリと不快な音を立てて割れた。

 割れた裂け目には肋骨の様な牙が縦に並びダラダラと涎を流す。

 次の瞬間、不気味な叫び声と共に牙が常人では反応出来ない速度で次々と襲い掛かって来た。

 

 ネロはシラけた表情でそれを小さい動作で躱す。

 自分の眉間に伸びた牙を右腕で掴み取り悪魔を睨む。

 

 「テメェが味わえ」

 

 吐き捨てる様に言うとネロは受け止めた牙をへし折り、頭頂部の巨大な目玉に突き刺した。

 

 「ルオラァッ!!」

 

 そのまま悪魔を真上に抱え上げ、そのまま頭からコンクリートに叩き付けた。

 悪魔の頭はコンクリートを貫き、地中深くに埋もれる。

 周囲は騒然として、誰一人目の前で起きた出来事を理解出来ず呆然としていた。

 

 ネロは素早く周囲に目を走らせた。

 

 目の前の光景に釘付けになっている市民とは、全く違う動きをしている者達がいた。

 ネロはそれを確認すると同時に、市民をかき分け駆け出した。

 いくら悪魔との戦いに慣れていると言っても、人ゴミの中で戦って犠牲者を出さない自信がネロには無かった。

 

 そのためひたすら人気の無い場所を探して走り続けるが、大都会の中でそんな場所はそうは多くはない。

 出た場所も悪かった様で、あまり人足が伸びないであろう裏路地すら見当たらない。

 

 そうこうしている間に市民に紛れていた悪魔は人ゴミをかき分け、飛び越え、時には障害物を跳ね飛ばし車を乗り越えて迫ってくる。

 

 人間の様に走る者も居れば、獣の様に四足歩行で迫る者も居た。

 

 何処へ行っても人が密集していてネロは舌打ちをするが、ふと人ゴミでも確実に人も車も来れない場所に気付いた。

 ネロはニヤリと笑うと、走る方向を変えて直角に曲がった。

 当然、悪魔達もそれを追う。

 

 ネロは歩道橋の柵に足を掛け、飛び降りながら反転し銃を抜いた。

 悪魔達もネロを追って次々と柵を飛び越える。

 

 「ーー“Bang”ーー」

 

 ブルーローズが次々に弾丸を吐き出す。

 悪魔達は自ら弾丸に飛び込む形で、急所に弾を迎え入れた。

 

 しかし例外もいた。

 壁を走り翼を生やし不規則な軌道を描いてネロに襲い掛かった。

 

 ネロはレッドクイーンに手を伸ばしグリップを捻った。

 

 レッドクイーンは豪快な音を立てて推進剤を燃やす。

 その熱で剣に巻いていた黒い布は燃え落ち、赤く燃える銀色の剣が姿を現す。

 

 「ーー吹っ飛べ(Blast)!!」

 

 ネロは小さい竜巻を起こす程重く鋭く周囲を薙ぎ払った。

 剣をまともに喰らった悪魔は一瞬で粉砕された。

 

 「ちぃ、バッチイな…」

 

 着地したネロは降り注ぐ悪魔の破片を払いながらボヤいた。

 ふと周囲の変化に眉を寄せた。

 

 本当に人がいない場所に来た訳では無い。

 実際つい1秒前まで大勢の一般市民がいたのだ。

 

 「……”ようこそ“てか?

ケーキくらいあるんだろうな?」

 

 空を見上げると、晴天だった空に嵐が吹き荒れていた。

 

 『遅かったな…』

 

 声のする方を見上げると、黒いローブ姿の奇妙な人影が空中に立っていた。痩せ細り、老人の様にかすれた声が響く。

 男か女かも分からないその人影は蜃気楼のようにその輪郭もハッキリしない。

 

 「ーー招待状も用意されてないんでね」

 

 ネロは目も止まらぬ速さで銃を抜き黒ローブを撃つが、銃弾は全て人影を素通りした。

 黒ローブはクククと不気味な笑い声をもらす。

 

 『急ぐな。我はここにはおらん…』

 

 「…だろうな。コソコソ隠れる臆病者のクソらしいじゃねぇか」

 

 ネロは銃を収めると右袖をまくり上げ、悪魔の右腕(デビルブリンガー)を露わにする。

 

 「くだらない話はどうでもいい。キリエは何処だ?」

 

 『貴様の目の前に居るでは無いか…』

 

 黒ローブの指差す方を見る。

 目の前のビルの屋上、そこの支柱にキリエが縛り付けられていた。

 攫われた時の白いワンピースでは無く、ウェディングドレスの様な純白のドレスで括られている。

 

 「…テメェらの目的は何だ」

 

 『我らの目的は貴様だ。騎士ネロ』

 

 黒ローブが指を鳴らすと、キリエがいるビルが溶けるように大きく歪んだ。その隣のビルも同じ様に形が大きく変わって行く。

 ビルが巨人に変わって行く様にも見えるが、何かがビルから出て来ようとしている様にも見えた。

 

 『ゴガァアアアア』

 

 ネファステュリス。

 巨大なビルの壁面を媒介に出現した、強大な悪魔の手によって創り出された大巨人の上半身のような悪魔。名前は「災いの塔」を意味する。

 

 咆哮を上げたネファステュリスはネロを睨み付け、巨大な腕を振り下ろした。ネロが跳んで躱すと巨腕は地面を大きく割り、巨大な亀裂を生み出した。

 

 「なかなか凝った演出だな?さて…”採点“といくか」

 

 ネロは一切怯む様子無く、背中からレッドクイーンを抜いた。

 巨人は口から破壊光弾を放つと町中でいくつも爆発が起きる。

 

 「こっちだノロマ!」

 

 光弾を掻い潜りネファステュリスの真下に潜り込んだネロは、銃を抜き何発も身体にブチ込んだ。

 

 『ガアアァ!?』

 

 ネファステュリスは短く悲鳴を上げると、すぐさまネロをすり潰そうと身体を地面に乗り掛かった。

 

 島が壊れるかのような地響きと轟音が起こる。

 

 『デケェだけか?』

 

 『!?』

 

 エコー掛かったネロの声が、ネファステュリスの身体の下から響き渡る。ネファステュリスの巨体が彼自信の意思と関係無く持ち上がる。

 

 『!!?』

 

 ネファステュリスはまだ何が起こったか分からずにいた。

 その下で魔人化したネロが片腕だけで、大巨人の身体を持ち上げていた。

 その動きに連動してネロの背後に浮かぶ幻影の魔人が、巨人の身体をさらに上へ持ち上げる。

 ネロがレッドクイーンを抜くと、幻影も連動して閻魔刀(ヤマト)を構える。

 

 その瞬間、巨腕がネロの立つ場所を地面ごと抉った。

 ネファステュリスはすぐさまネロに照準を合わせ、口内に棒大な魔力を溜める。

 

 『ーー来いよ(C'mon)

受けて立ってやるよ』

 

 ネロは紅い光を放つ眼で巨人を見据える。

 ネファステュリスの口から、先程と比べ物にならない閃光が放たれた。破壊光線が辺りを焼き払いながらネロに迫る。

 

 ネロの右腕に閻魔刀が現れ、青い光を放つ魔力を纏う。

 それと同時に光線がネロに衝突し、光線はネロにぶつかる度に弾け辺りに散る。

 

 『ーーおおおおおおお!!』

 

 ネロは雄叫びと共に光線の中で閻魔刀を薙ぎ払った。

 閻魔刀から放たれた斬撃は、光線ごと巨人の頭を真っ二つに両断した。縦にズレる頭の割れ目からドス黒い体液が噴き出す。

 

 『ギィアアアアアアーーゴギュ!?』

 

 絶叫する巨人の頭を巨大化した悪魔の右腕(デビルブリンガー)が鷲掴みにした。

 掴む力はどんどん増していき、巨人の顔中に亀裂が走る。

 

 『ーー見かけ倒しだな。“落第”だ』

 

 吐き捨てる様なネロの言葉と共に、巨人の頭は握り潰された。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ネロはビルの屋上まで登り、鎖で支柱に縛り付けられたキリエを助け出した。鎖は剣の刃を押し当てるだけで簡単に断ち切れた。

 

 「キリエっ!」

 

 倒れそうになるキリエの身体を優しく抱きとめた。

 

 「うっ…ネロ…」

 

 キリエはネロに気付き、起き上がろうとした。

 ネロは慌ててそれを止める。

 

 「おい、無理すんな!ーー大丈夫か?」

 

 「大丈夫…ずっと眠らせられてたみたい…」

 

 「そうか…」

 

 キリエの様子を見るが、怪我をしている様子も、栄養失調や脱水症になっている様子も無い。詳しい事は医者でも無ければ分からなそうだ。

 

 「サッサとこんな島出て病院にーー」

 

 「……ネロ?」

 

 キリエは自分を抱き上げる体勢のまま、動きを止めたネロを不安そうに見る。

 

 「悪いキリエ…もう少し待っていてくれ」

 

 ネロは地面にキリエを優しく下ろし、背後に振り返った。

 そこにはフォルトゥナで取り逃がした悪魔ボルヴェルクが、既に剣を抜き立っていた。

 

 「ーー散歩中か?」

 

 『………ーーー』

 

 ボルヴェルクは眼から白い火を燃やし、ネロを見据える。

 ネロも背中から剣を抜き、ボルヴェルクを睨み付けた。

 次の瞬間、何を合図か同時に地を蹴り二人の剣はお互いを砕かんばかりの勢いでぶつかり合った。

 

 高い金属音と衝撃波が周囲を駆け抜け、キリエは巻き上げられた砂塵から逃れる為に咄嗟に身を伏せた。

 

 ネロはボルヴェルクを持ち前の怪力とレッドクイーンの推進力で押していく。

 

 『ーーーーッーー!!』

 

 単純な力比べは不利だと悟ったボルヴェルクは、ネロの剣を滑らせ受け流す。僅かに生まれた隙をボルヴェルクは適確に捉え、正拳突きを放つ。

 ネロはギリギリで拳を躱すと、その腕を掴み支点にしてボルヴェルクの顔面に膝を浴びせようとした。

 しかしボルヴェルクは柳の様にそれを受け流し、逆に回し蹴りでネロを吹き飛ばした。

 

 「ーーっと」

 

 ネロはすぐに体勢を立て直し、靴底を擦りながら着地した。

 

 「この前は怠けてやがったな?」

 

 『……ーーー』

 

 その時、突然ビルを駆け上がりネロの両側から白い狼が挟み込む様に襲い掛かって来た。

 ネロは空中に跳び上がり、2頭の狼の突進を躱す。

 

 「紐くらい付けろよ」

 

 『ゴァ!』

 

 2頭の名は『フレキ&ゲリ』。

 ボルヴェルクに付き従う狼の姿をした使い魔だ。2頭の見分けが出来るのはおそらく主人の彼だけだろう。

 

 2頭は一度ボルヴェルクの周囲を回り、何度もネロに襲い掛かって来た。ネロは目にも止まらぬ速さで動く2頭の攻撃を難なく躱し、頭を噛み砕こうとした1頭を悪魔の右腕で捕まえ、掴んだままブルーローズで撃ち抜く。

 

 しかし、銃弾は白狼の厚い毛皮に弾かれ、ブチブチと毛を引き千切ってネロから逃れてしまった。

 

 ネロは逃れた1頭を追おうとはせず、すぐさまレッドクイーンを背後に振り抜いた。

 もう1頭の牙とぶつかり合った剣は、ガキンと重い金属音と共に白狼の顎で止められてしまった。

 そこを先程逃れた1頭が迫る。

 

 「これで捕まえた気か?」

 

 ネロは鼻で笑うとグリップを捻って、レッドクイーンを駆動させる。

 真っ赤に燃えるレッドクイーンから白狼は堪らず離れる。

 

 「でラァッ!!」

 

 振り抜き様に迫っていた一体の鼻先に悪魔の右腕の拳を叩き込んだ。

 

 『ギャウ!』

 

 手痛い反撃を受けた白狼は慌ててネロから距離を離した。

 

 「きゃあ!」

 

 「キリエ!?」

 

 悲鳴に慌てて振り返ると、ボルヴェルクがキリエに迫り剣を振り上げていたのだ。

 

 「止めろおおおお!!」

 

 一瞬でボルヴェルクの背後に迫り、レッドクイーンを背中に斬りつけた。

 しかし剣はボルヴェルクの身体を素通りし、地面に突き刺さった。

 

 「はっ?」

 

 ボルヴェルクの姿が霞の様に消え、戸惑いの表情を浮べるキリエと目が合った。

 その時ネロは自らの迂闊さを呪った。

 この戦場にはもう一人幻覚を作り出せる悪魔が居た事を思い出したのだ。

 

 「しまーー」

 

 慌てて振り返るが、既にボルヴェルクの剣はネロの身体を切り裂いていた。

 

 「がぁ!」

 

 「ネロ!」

 

 ネロの身体はビルに備え付けられている貯水タンクに叩き付けられ、タンクを見る影なく破壊した。

 

 「ーーぐっ」

 

 タンクの水で出来た水溜りの上を歩きボルヴェルクが迫る。

 

 「……っーー調子に乗るなよ?」

 

 ネロの中で渦巻く感情が魔力という力へ変換され、外へと噴き出す。

 しかし、それがぶつけられる事は無かった。

 

 突然地面から一本の鎖が飛び出し、ネロの右腕を捕らえたのだ。

 

 「ちっ!何だこんなモン!!」

 

 鎖を引き千切ろうとするネロだったが、ボルヴェルクの蹴りを受けて地面に倒されてしまった。

 

 「ごっがぁぁあ!」

 

 さらにボルヴェルクは仰向けに倒れたネロを踏み付け、動きを封じた。ネロは何とか脱出しようともがくが、力が上手く入らない。

 

 『さすが予想以上の力だ。まさか“災いの塔”を無傷で討滅するとは思わなかったぞ…』

 

 黒ローブが何処からともなく現れ、ネロを見下ろす。

 

 『ーーその鎖は我々が魔界の鉱石から作り上げた物でな、()()()()()も込めておる。いくら奴の血筋でも所詮は一体の悪魔よ…』

 

 「テメェ!!」

 

 暴れるネロのそばにしゃがみ込み、黒ローブは慎重な動作でネロの右腕に触れた。

 黒ローブの黒い枝の様な指先が傷も付けず、右腕の中に潜り込んで行くのだ。ネロは眼を見張ると同時に黒ローブの狙いに気付き、さらに激しく抵抗するが鎖もボルヴェルクの足もビクともしない。

 それに魔人化も出来ない。先程から妙に力が抜ける感覚がある。

 

 (これが“呪い”とやらか…!?)

 

 『ーー見つけた!』

 

 黒ローブの言葉にネロの額に汗が流れる。

 そしてその手が抜かれると、黒ローブが掴み取った光が見慣れた刀に変わった。

 

 『我が(あるじ)もお喜びになられる…』

 

 「ーー返せ!!」

 

 ネロの右腕に巻き付いていた鎖が遂に砕け、一気に放出された魔力が腕の形に変化して黒ローブに迫った。

 

 「ーーぐああああ!?」

 

 しかしボルヴェルクの剣が右腕を串刺し、ネロの右腕は再び地面に縫い止められてしまった。

 それと同時に魔力の手は霧散する。その時、ネロは初めて黒ローブの素顔を見た。

 フードの下に3つの顔、それらは全てネロを冷たく見下ろしていた。

 

 『行くぞ』

 

 『ーーーー…』

 

 ボルヴェルクは黒ローブの言葉に従い、剣を引き抜くと白狼を従え黒ローブの後ろに続いた。

 

 「ま…て!」

 

 『取り返したいのであれば追って来るがいい。

(あるじ)は…アリウス様は何時でもお前達を歓迎するだろう…』

 

 その言葉と共に、黒ローブとボルヴェルクの姿は霞の様に消えて行った。当然、白狼達も同様だ。

 

 「クソッ!!」

 

 ネロは拳を地面に叩き付ける。

 その衝撃で右腕から血が噴き出し、キリエは慌てて自分の袖が切って、ネロの傷に巻いた。

 

 「ネロっ!傷がーー」

 

 「ーー閻魔刀(ヤマト)を奪われた…。

アイツに、託された物を…ーー」

 

 そう言って拳を握るネロにキリエは何も言えなかった。

 

 「ーーキリエ。海岸に騎士団の奴を待たしてる…」

 

 ネロは立ち上がり屋上の縁に向かって歩き出す。

 キリエも立ち上がるが後を追おうとはしない。

 

 「ネロは?」

 

 「俺はまだ帰れない…先に帰って待っていてくれ」

 

 「……はい。

ーーいってらっしゃい」

 

 キリエの言葉にネロは微笑む。

 そして屋上の縁から町を見渡す。何事も無かったかの様に人々が暮らす町に戻って居た。

 先程までの戦いの跡も夢か幻の様にキレイに消えている。

 

 「………好き放題しやがって…」

 

 ネロは拳を握り締める。

 キリエを攫ったばかりか、命の恩人から託された物を奪って行った。

 しかも、ネロを排除するのでは無く何時でも来いとまで言われたのだ。

 はらわたが煮え繰り返るなどと言ったレベルの話では無い。

 コケにしてるとしか思えない。

 何よりまんまと手の平の上で踊らされた自分自身にも強い苛立ちを覚えた。

 

 「アリウス…」

 

 今回の一件の首謀者である男。

 顔すら知らない男だがーーー、

 

 

 「ーー覚えたぜ名前…ーー」

 

 この借りをどう返すか、それがなされるまで到底怒りは収まりそうも無かった。

 

 

 

 

****************

 

 

 




次でやっと本編に戻ります。
だいたいいつもと同じペースで投稿するので、気長にお待ちください。

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