とある少女とライ麦狼の話
※注意:幼いキャラクターの死亡描写があります苦手な方はブラウザバック推奨です
pixivにも上げたやつです

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ライ麦畑であなたと

 穏やかな日の暖かさに退屈を感じて空を見る。両親に月のようだと褒められる銀の髪を櫛で撫でながら、私は大きくあくびをした。

 

「本当はお外で遊びたいのに」

 

生まれながらに肺の弱い私は、同じ歳の子どものようには動けず自宅療養の日々を過ごしていた。

私にとって運動というものは健康状態が悪くならないようにするもので、だからこそ外で遊ぶ同世代の子たちがひどく羨ましかった。

 

 ある日、ふと悪い考えが浮かんだ。こっそりと外に出てしまおうと。幼い好奇心の熱は抑えきれないほどに高まっていて

私はルームシューズのまま、窓から部屋を抜け出した。

 

「やった、やった!学校と通院以外で初めてお外に出たわ!たくさんお散歩しちゃうんだから!」

 

幸いにも雪は降っていなかったため、凍えてしまうということはなかった。弾む心のままに、私は歩いて景色を見渡す。なにもかもが新鮮で、世界に新しい色が追加されていくようだった。

 

 歩き疲れた私は、家に帰ろうと踵を返していた。たくさんの思い出を抱えて辿る帰路は輝いていて、今日は素敵な夢が見れそうだなんて思った。

 

あと少しで家に着くという時、ガサガサと音が聞こえた。お父さんがいつも「入っちゃ駄目だよ」と言っていたライ麦畑の方からだった。

 

「誰かいるの?」

 

問いかけても返事はなくて、けれど確かに気配があった。初めての外出で気が大きくなっていた私は、誰かが畑を荒らしていたのならお父さんが悲しむと、お父さんの言いつけを破りライ麦畑に足を踏み入れた。

 

「……子どもが入るべきではない」

 

突然、低く唸るような声が響いた。

咄嗟に声の方を見れば、黄金色をした6本脚の狼が居た。

私はとても驚いて動けなかった。動物の怖さを嫌というほど聞いていたというのもあるけれど、一番驚愕しているのは狼が人語を話していることに対してだった。

 

「なんだ……聞こえなかったのか?もう一度言う、子どもが此処に入るべきではない」

 

狼は優しく諭すように言い直す。その話し方がお父さんと重なって、私は落ち着きを取り戻した。

 

「ごめんなさい狼さん。お父さんの畑に誰かいるから覗いてみようと思ったの」

 

口にしてから、少し言い訳になっているのではないかと不安になった。でも、狼さんは柔らかく返してくれた。

 

「そうか、そうか。優しい子だな。父親のために来ていたのか」

 

最初に放っていた威圧感は嘘のようになくなっていて、焼きたてのパンのようなふわりとした香りが辺りには広がっていた。

 

 それから私は毎日部屋を抜け出してライ麦畑に行くようになった。初めての家族以外との交流に、私はときめきを感じていた。

 

ーーー

 

「ねぇ狼さん、今日は理科のお勉強をしたわ。生き物って小さな小さな細胞からできてるのね。私、感動しちゃった!」

 

「そうなのか、雪は賢いな」

 

「えへへ!たくさん頑張ってるもの!」

 

ーーー

 

「ねぇねぇ狼さん!今日は国語のお勉強をしたわ!名前のない猫ちゃんのお話とか、いたずらっ子の狐さんの話とか!……そういえば狼さんは名前ってないの?」

 

「……ライ麦狼とは呼ばれていたよ。種族名のようなものだがね」

 

「じゃあじゃあ!私が名前をつけていい?」

 

「おや、どんな名前をくれるのかな」

 

「『ライカ』!来る花って書いて『来花』!」

 

「とてもいい名前だ。では、今日から私は来花だな」

 

ーーー

 

「来花!今日はお茶の淹れ方を習ったわ!いつか上手になって来花にも飲ませてあげる」

 

「ふふ、楽しみにしてるよ」

 

ーーー

 

「ねぇ来花、お父さんに来花のことを聞いたら、そんなものは居ないと言われたわ……来花は私以外に見えないの?」

 

「子どもか特別な目を持っている者にしか見えないようではあるよ。私からすると向こうが見えているかどうかなど分かりようもないが」

 

「私は大人になっても来花のことを見えていたいわ」

 

「ありがとう。その気持ちだけで充分だよ」

 

ーーー

なんて、他愛のない会話を畑の中に入らないように気をつけて交わして、日が暮れる前に部屋に帰る。何ものにも代えがたい幸福な日々。私の大切な宝物だった。

 

本当に楽しくて、なにもかもが上手くいっている気がして

 

だから、自分の病状も忘れてしまっていた

 

いつものように部屋を出ると、泥が纏わりつくように脚が重くて

 

今日は早めに帰ったほうがいいのかななんて考えながら、歩を進める

 

辿り着いた頃には視界は暗く点滅していて、自分が立っているのかさえも曖昧なほどだった

 

駆け寄る来花に私が口から出したのは言葉ではなく血液だった

 

「この大馬鹿者!!不調であるなら休息を取るべきだ!!あぁクソッ!!少し痛むが耐えろよ!!!」

 

そう叫ぶと来花は私の首元を咥え、お父さんとお母さんが居る家に向かって駆ける

 

「ラ゛イカ……迷惑かけで……ごめんね」

 

「無理に喋るな!もう着くぞ、意識を保て!!」

 

玄関の前に着くと来花は全身を使い扉を叩く

 

するとお父さんが家から出てきた

 

「雪!?なんで外に!!いや、それよりも医者だ!!!母さん、医者を呼んでくれ!!!」

 

心配と動揺が混ざった声を後ろに、世界が暗転した

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、私は一時的に命はとりとめた

お医者さんから言い渡されたのは絶対安静と外出の禁止

 

お父さんとお母さんからはたくさん怒られて、来花にも会えなくなって

 

私の世界は影を落としていた

 

沈む気持ちに引かれるように私の体調は悪化して、どんどんとできることは減っていく

 

最初に起きていられる時間が減った

1日に3時間ほどしか目を覚ますことができなくなっていた

 

次に勉強ができなくなった

肺機能が低下して、思考に必要な酸素を取り込むことも難しくなった

 

その次にはご飯を食べられなくなった

無理に口に押し込めて飲み下しても、咳き込みと一緒に戻してしまうようになった

 

そして、筋力がひどく落ちて自分で歩くことも難しくなった

私は自分がもう長くないことを察していた

 

ふと目を覚ますと病院のベッドの上だった

真剣な顔をしたお医者さんが覚悟を決めて息を呑む

 

「大変伝えづらいのですが……余命2ヶ月です」

 

お父さんは膝をついて泣き崩れていた

お母さんは私を抱きしめて「どうしてこの子が」と涙を流していた

 

私は、思ったよりも長く生きれるんだなぁなんてぼんやりと思った

 

それからはずっと家族で過ごした

私は眠ってばかりだったけど、いつ目が覚めても側に居られるようにとお父さんとお母さんは仕事を休んで家にいてくれた

 

健康になることはもうできないと分かっていたから、たくさん手紙や絵を書いた

私が死んでしまっても遺って2人の心の支えになってほしいと願いを込めてペンを動かした

 

起きていられる時間は抱きついて過ごすようにした。私がいたことを忘れてほしくないから

 

そうして、最後の日が訪れた

 

私は、最後に我儘を言った

 

「ライ麦畑に行きたいわ」

 

2人は何も聞かずに車椅子を押してくれた

 

「もう、たくさん親孝行してくれたからね。最期は、最期くらいは、雪の、好きなように、しなさい」

 

「ずっと、お外に行きたいって、言ってたもんね」

 

「うん、ありがとう」

 

家族全員で涙を流しながら進む道は、天国への階段にも似ていて

 

胸の奥がズキリと痛んだ

 

ライ麦畑に着いた私は、両親に向かって両手を伸ばした

 

先にお父さんが、抱きしめてくれた

 

「いつまでも、俺達の大切な娘なんだ。どんなことが起こったって、宝物なんだ。そのことだけは、覚えていてくれ」

 

目の潤みを隠すような笑顔で言葉をくれるお父さんの背中がとても大きくて

 

次にお母さんが私の頬と背中に手を当ててくれた

 

「今だって、生きるのを諦めないで。また一緒にご飯を食べましょう。貴女の大好きなシチューを作るから」

 

私の腿に落ちる雫が、お母さんの優しさや愛を物語っていた

 

ふたりともに精一杯の感謝を込めて返事を返して

最後にきゅっと手をつないだ

私が生きていたのだと、その手に刻みたかった

 

 

 

 

 

 

 

しばらく時間をおいて、言葉を紡ぐ

 

「少しだけ、1人にさせて」

 

本当は許されるはずもない、最期を親と共にしないことを願う台詞

 

それでもお父さんもお母さんも、私を尊重してくれた

 

「ねぇ来花。今日が最期の日なんだ」

 

誰もいないように見えるライ麦の集まりが狼の形をとって、低く唸るような声を発した

 

「大馬鹿者め。最期の時くらいは私ではなく親といるべきだ」

 

至極真っ当なことを言う来花に、初めて出会った時のように言い訳をする

 

「最期は初めてできた無二の友人に看取られたかったんだもの。お父さんやお母さんがいると来花、姿を表してくれないでしょう?」

 

「……それが親不孝だと言っているのだ」

 

頭を抱えるように首を振る来花に、少し申し訳ない気持ちが湧いたので本当の気持ちを伝える

 

「ホントはね、死んでいく私を見せたくなかったの。お父さんとお母さんの最期の私の記憶は、せめて精一杯元気な私がよかったから。でも、1人で死ぬのはとっても怖くて、側に誰かがいてほしかった」

 

困ったように眉を下げた来花は、ゆっくりと私に近づいて額にキスをしてくれた

 

「すまない。私ができるのはこの程度だ」

 

「いいえ、充分よ。とってもとっても幸せ」

 

小さくなる心音を聞かせるように来花のことを強く抱きしめる

 

この温もりを感じられるのもこれでおしまいなのかな

 

あぁ、嫌だな……もっと…………生きて………………いた……………………かった…………………………………………

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやすみ、雪。どうか幸せで」

 

風に揺られるライ麦が、ふたつの人影と共に少女の旅立ちに慟哭していた


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