「おぉぉ!」
エミヤシロウとヤルダバオトの打ち合いは一種の別空間を作り出す。
味方であろうと敵であろうと近づくことさえ許されない。
強者の領域。
「ム……。」
――攻めきれない。
ヤルダバオトは何度も後退を繰り返す。
かといって、迂闊に距離をとればエミヤシロウの独壇場だろう。
打ち合いは互角――いや、ヤルダバオトの熱のこもった拳はエミヤシロウを上回るモノか。
――なのに、であるはずなのに、どうしてここまで差が出るのだ。
ヤルダバオト……憤怒の魔将は思考を巡らす。
「セイッ――――!」
一歩。
ズレが生じる。
エミヤシロウの剣戟はヤルダバオトを捉え、肉を割く。
「――何故だ、何故ここまで差が。」
その言葉は焦りから来るものであった。
デミウルゴスから油断はするなとそう言われていた。
さらにいえば、本格的に戦闘が始まる前にあった一度の攻防も、憤怒の魔将が終始優勢であっただろう。
だから、慢心はあった。
聖王国への侵攻。
エミヤシロウという存在が出てくるまでそれは成功と言えるものだった。
それが確かな自信へとつながっていたのだ。
だが、本物の、世界に認められた英雄にその慢心は決定打となりうる。
「ちっ、
魔法を使って大きく後退する。
エミヤシロウはその隙を逃さない。
手にはすでに白黒の夫婦剣は手放され、黒い弓へと変化していた。
矢が、無数の剣が、ヤルダバオトに突き刺さり、炸裂する。
「些か、妙だな。どうした。まさか、加減をしているわけではなかろう?」
まだ、初めて会った時の方が強い。
エミヤシロウの感想としてはそれである。
令呪という奇跡で強化されたからなのかもしれない。
いや、それだけではない。
分析し、敵を討つ。
同じ戦い方だったからこそ、今の憤怒の魔将が本当にヤルダバオトなのか怪しく思えている。
「ぐぬぅ……。」
――妙だな。
そう思うのも無理はなかった。
もしかしたら、憤怒の魔将は囮でヤルダバオトはカルカの方へと向かったのかと思うも、カルカからはそのような報告はない。
だが、
「例え、囮だったとしてもお前のような存在を見過ごすこともできんのでな。」
歴代最強の聖騎士と名高いレメディオスがたとえ、決して魔力が尽きても切れ味が損なわれないとして有名な聖剣を持っていようと、
英雄級の実力を持つケラルトが魔力を打ち消す紅の長槍を持っていようと。
圧倒的な差がある以上は何もできない。
とはいえ、宝具とは人の幻想が、神秘が、理想が、具現化したモノである。
エミヤシロウが思っている以上に、二人はその力を振るっていた。
◇
「はぁあ!」
「なっ、俺の武器が!」
十傑は現在、攻めあぐねていた。
それは聖王国の兵士の士気が高く、逆に亜人側の士気が低いのも要因の一つではあったが一番の原因は、十傑のうちの複数を同時に相手取る二人の女だった。
「
十傑のうちの一つであるナスレネがどんな魔法を繰り出そうとも、奥義であるオリジナル魔法を使おうとも、聖王国の兵士を容易くなぎ倒せる火力でも、その全てが紅の長槍の穂先を前にして霧散する。
かといって、
「魔力を打ち消すのだけだと思うな!」
そう言って、放たれた穂先はバザーと呼ばれる男が身に着けているマジックアイテムごと貫かれる。
「バザー!」
「何をしておる、ナスレネ!魔法を。」
「今やっている!」
恐るべきはすでに十傑のうちのヴィジャーと呼ばれる者を討ち取ったレメディオスか。
それとも、天使の援護があるとはいえ、十傑の三人を相手取るケラルトか。
その勇士は正しく、英雄足りうるであろう。
「何をしている!側面に回れ!この二人相手に有象無象はいらん!」
「しかし、凶眼の射手が!」
戦場に矢が降り注ぎ、亜人を貫いていく。
それは、当たれば十傑であろうともただではすまないだろう。
凶眼の射手と呼ばれる……父を持ったネイア・バラハは輝いていた。
エミヤシロウが渡したのはたかが、マジックアイテム一つ。
されど、亜人相手には十分であった。
「まさか、アーチャー様はこうなることを見越して……?」
そう、考えられずにはいられない。
ネイアにとっての理想の英雄像が組みあがっていく。
己が信念にアーチャーを重ねる。
想像するは、数多の亜人を下し、その上に立つ最強の自分。
「ここは私がなんとしてでも守り抜く!」
奇しくも、錬鉄の英雄と重なったネイアは――――
錬鉄の英雄とは違い、理想を振りかざして敵を射抜く。
英雄と呼んでも差支えがないほどに。
◇
「終わりだ。」
「むうぅ……。」
戦場になれば、見られてしまうのは仕方ない。
この戦いの始まる前、エミヤシロウが偵察をしていた頃からか。
恐らくは、分析をされているのだろう。
まともな人間ならば、強力な敵、未知の敵に対して分析を行うのは自然といえる。
その視線が、――
――途切れた。
それに気が付いたとき、エミヤシロウは大きく後退していた。
おおよそ、30メートル。
一瞬にしてその間合いをとったのだ。
「……お前が、プレイヤーか?」
出てきたタイミング的にもそう考えるのが自然であった。
自然ではあるのだが、エミヤシロウの英雄としての勘がそれを否定する。
凍っている。
パキパキと音をたてて、ゆっくりと冷気の渦は正体を現していく。
「否、魔王ヤルダバオトニ従ウ身ニ過ギナイ。」
見た目とは不釣り合いな仮面から、息がこぼれる。
そこに存在するだけで凍てつく存在。
「――厄介だな。」
エミヤシロウがそう思うのも仕方なかった。
◆
「コキュートス。お前はデミウルゴスの補助に行ってもらう。」
「……承知シマシタ」
玉座の間。
アインズ・ウール・ゴウンもとい、モモンガは焦っていたといえる。
――デミウルゴスよ。何故、あそこまでの怪我を負ってなお、計画を続けようとするのだ。
それは、デミウルゴスがヤルダバオトとして初めてアーチャーと名乗る謎の存在と対峙してすぐのことだった。
「デミウルゴス、何か申し開きはあるか?」
「申し訳ありません、アインズ様。失態に続く失態を……」
デミウルゴスの気持ちもアインズにとってわからないものではない。
いきなり現れたとはいえ、ほぼほぼ一方的に敗北し、さらに計画の変更を余儀なくされたのだ。
デミウルゴスが面子を憂いるのも仕方ないと言えるだろう。
アインズだって、アーチャーという男をそう簡単に許すことはできない。
――なにせ、あと一歩ということで家族を失うことになっていたのだから。
……まあ、面子もそうだが、デミウルゴスの憂いはアインズがナザリックを捨ててしまわないかということではあったのだが……。
それはともかく。
アインズは念のため外から観察しつつ、危なくなったら介入するとデミウルゴスに伝えると一人、アーチャーと言う存在について考えていた。
初めに考えつくのはこの世界由来の存在。
だが、あまりにレベルがかけ離れている。
アーチャー以外にも領域守護者レベルの存在がこの世界にもいれば、そういう奴もいるで話がすむ。
しかし、アーチャー以外は今のところ注意すべきような存在はいない。
世界級アイテムは例外ではあるが、それにしてもである。
「アインズ様、少しよろしいでしょうか?」
「どうした、アルベド。」
アインズの隣。
そこには漆黒の翼を持つ麗人が立っていた。
「此度の戦い、私に考えがあります。」
あり得ないほどに悪い顔をして。