【完結】夜神月、平和過ぎる「魔王アノスの世界」に転生する   作:生徒会副長

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後編はアノス目線で書かせて頂きます。


後編「デスノートの使い方」

SIDE:アノス

 

「ふむ。そうだな……」

 

 ライトは目をキラキラさせて、尊敬と敬愛の眼差しで、この俺──アノス・ヴォルディゴードを見ている。

 ふむふむふむ。中々の演技力だな。

 

 百点満点で点数をつけるなら──。

 

「<四界牆壁(ベノ・イエブン)>」

 

 ──0点といったところか。

 

「ぐぎッ!? ぎゃぁぁああアアアア!!?」

 

 ライトの肉体の内側から、全てを拒絶する魔王の壁を溢れさせ、その肉体を破壊していく。

 

「正義? 平和? 馬鹿げたことを言うな、ドブ臭い殺人鬼め」

 

 おっと。死んでいる相手に言っても仕方がないか。

 血を一滴垂らし、ライトを蘇生してやった。

 蘇生に成功したとはいえ、死んだショックで呼吸が乱れているライトに、俺は訊ねた。

 

「やましいことがあるなら、先に言えと、言ったはずなのだが?」

「な、何のことでしょう……? 魔王様……?」

 

 まだとぼけているのか?

 それとも、本気で何が悪いか分からないほど、人の道を外れたか。

 

「このミリティア世界の住民を、3名。お前はデスノートの実験体として、虐殺しただろう。弁明出来るものならしてみせろ。新世界の神とやら」

 

 ライトは改めて跪き、言い訳を始めた。

 

「たっ、確かに僕は……。この世界で、デスノートの力を試しつつ、世界の為に、デスノートを使いました。一人目は、酒場で暴れていた鍛冶職人の男です。この男が酒に酔って暴力を振るったのは、一度や二度ではないと聞き込み調査済みでした。僕は、平和な酒場を守るためにデスノートを使ったんです!」

 

 ほう。それらしいことを言うものだ。

 

「平和な酒場を守る、か。ライトよ。俺のサーシャも、中々厄介な酒乱でな。普段は俺がボケでサーシャがツッコミなのだが。サーシャが酔っ払うと、サーシャがボケで俺がツッコミになってしまうのだ。お前は、自分が殺した酔っ払いの、普段の姿を知っていたのか?」

 

 ライトが、一瞬目を泳がせてから答える。

 

「聞き込みによれば……。酒癖が悪く、妻と離婚して、独り身だと……」

「俺の父親の知り合いだぞ。俺の父が、鍛冶職人なのを、知らなかったのか?」

 

 ライトがギョッと目を開く。

 死因は急性アルコール中毒。その鍛冶職人の生活拠点がミッドヘイズではなかったので、俺も父さんも気づくのが遅かった。父さんは、「良い奴だったんだが、いつかああいう死に方をすると思っていた」と話していた。

 フン。何が『あらゆる悲劇と理不尽を滅ぼす暴虐の魔王』だ。

 俺が少しでもその死を怪しんでいれば、二人目や三人目の被害者を出す前に、このライトとかいう馬鹿を滅ぼすことが出来たはずなのにな。

 ライトが深く頭を下げてほざいた。

 

「も、申し訳ありません!」

「はて? なぜ謝るのだ? 前世では何百人も殺してきたクセにな。こんなものはまだ序の口だ。二人目の犠牲者についての、弁明でも話してみたらどうだ? 存外、俺の機嫌が直るやもしれぬぞ?」

 

 まぁ直る訳ないがな。

 二人目や三人目の方が、惨い殺され方をしているのだからな。

 そんなことも分からぬのか、ライトは震えながら、二人目の犠牲者の話をする。

 

「ふ……二人目は……。病院に入院していた、余命幾ばくもない、高齢患者の、女性です……。彼女は、デスノートの力によって、遺族への感謝の手紙を遺し、安らかな死を迎えることができました……。肺炎や誤嚥で苦しみながら死ぬよりは、救いがあるかと……」

 

 感謝の手紙だと? ほう? あれが感謝の手紙か。

 新世界の神とやらは、ずいぶんと優しい権能を持っているらしいな。

 

「貴様のデスノートの指示内容と、一言一句合致した手紙を書き遺して死ぬのが、幸せな死に方か?」

 

 ライトの記憶を読んだ際、デスノートのルールも把握した。

 ただ殺すだけでなく、死の直前の行動も、本人が可能な範囲であれば操ることが出来る。

 本人の思想や語彙力と矛盾がなければ、任意の遺書を書かせることが可能だ。

 前世では、囚人3人の命を玩具にして「える/しってるか/しにがみは/りんごしか/たべない」と読み取れる暗号文を作らせていたらしい。

 今回も、高齢患者の命を弄び、ライトが思った通りの遺書を書かせたのだ。

 俺からすれば、どちらも違いはない。

 

「貴様はあの女性の、人生最後の瞬間を、デスノートの操り人形として終わらせたのだ。あの手紙を読む遺族の気持ちを、少しは考えたか? あの女性が書き遺した手紙が、愛によって綴られたものではなく、貴様の命令によって綴られたものだと知れば、どれほど嘆き苦しむのか理解できぬのか?」

 

 ライトは何も言い返さない。

 納得したのではない。何を言い返しても俺の怒りを収めることが出来ないと悟ったに過ぎぬ。

 どこまでも救いようがない奴め。

 

「三人目の、いたずら好きの少年については、どう弁明する?」

 

 俺が訊ねると、ライトはまた喋り始めた。

 

「その少年は! 勇者学院の学院長、エミリア・ルードウェルのスカートをめくって笑っていた! ああいう子どもを野放しにしておくと、いずれは性犯罪者になり得るんだ! それに、その少年は、エミリア・ルードウェルによって蘇生が成功した!」

 

 はてさて。なぜ敬語をやめたのだ?

 化けの皮でも剥がれたか?

 それとも、生き返ったのだから別にいいとでも思っているのか?

 まぁどうでもよいな。

 

「95%の確率が、うまく当たって良かったな? お互いに」

 

 ライトは『何の話をしているのか分からない』といった具合で、呆然とした顔をしていた。なので、仕方なく俺は説明してやった。

 

「エミリアを買い被り過ぎだぞ、お前は。あの日の時点で、エミリアの<蘇生(インガル)>は、成功率が95%しかなかった。5%の確率で、あの少年の蘇生は失敗していた。その後、エミリアが何をしたか知っているか?」

 

 まぁ、知るはずもないがな。

 

「エミリアは、俺とレイに泣きついて……いや、泣き叫びながら頼んできたのだ。蘇生成功率95%では低過ぎると。勇者学院の学院長として、魔王の子孫として、自分は甘過ぎたと。一週間予定を空けたから、その一週間で、蘇生成功率100%になるよう鍛えてくれと」

 

 エミリアは勇者学院の学院長にして、勇議会の一員だ。一週間予定を空けるなど、尋常なことではない。働き詰めをして予定を空け、空いた一週間は何十回も死にながら自分を鍛え直し、それが終わったらまた働き詰めの日常へ帰っていった。

 

「エミリアが自分を鍛え直す機会にはなったがな。その心労でエミリアがぶっ倒れでもしたらどうする気だ? 新世界の神とやらの力で、尻拭いでもしてくれるのか? うん? 殺したいだけ殺して、尻拭いは俺やレイやエミリアに丸投げか。随分と平和の役に立つ神だな、お前は?」

 

 ガタガタと震えながら、ライトはもう一度跪いた。

 化けの皮はとうに剥がれているというのに。何がしたいのだ、コイツは。

 

「申し訳ありません! 僕が愚かでした! 魔王様が創られた平和な世界には、デスノートなど不要なもの、だったと……」

 

 一瞬目を伏せたライトであったが、また決意を新たにした目で、こちらを見てきた。

 

「しかし! 僕は……デスノートの効力が残っているか確かめる必要があったんです! この世界に暴虐の魔王が必要だったように! 地球にはデスノートが……。新世界の神である、キラが必要──」

「不要だ」

 

 俺はそう吐き捨ててやった。「なにっ!?」とライトが俺を睨みつけてきたが、気にせず俺は続けて言う。

 

「お前が人として世界を救いたいのなら、顔も名前も堂々と出して、殺すべき者と正面から相対すべきだった。俺や勇者カノンは、そうやって血で血を洗う戦いを繰り広げて、やっとのことで平和を勝ち取ったのだ。こそこそ陰に隠れて、ノートに名前を書くだけの臆病者と同じにするな」

 

 そうやって戦う中で、憎しみに染まり切ってしまった者もいた。勇者ジェルガのように。

 そんな者でも、いつか──。

 憎しみよりも、愛を選ぶ日が、いつか来るはずだ。

 そう信じて、俺や俺の配下は戦ってきたのだ。この世界を守ってきたのだ。

 さらに俺は続けて言う。

 

「お前が神だと……秩序だというのなら。なぜLという知恵者を挑発した? なぜFBIなどの罪なき者を殺した? なぜお前を愛する者達を──。父親を、使い捨てた?」

 

 地球など、俺には直接関係ない世界ではあるのだが。

 こいつの記憶を覗いたときに見た、こいつの父──。夜神総一郎については、不憫でならぬ。

 

「お前の記憶で見た。あの男は、最後の瞬間まで家族を想い、キラを追う正義を貫いて死んだ。お前を愛し、お前を信じて逝ったその姿は、どうにも忘れられそうにない」

 

 世界と家族の為に命を賭けた姿には、我が父、セリス・ヴォルディゴードに似たモノが感じられる。

 俺はまぁ、少しは父の人生に報いることが出来る王になったつもりではあるのだが。

 こいつは父親を道具として使い潰し、裏切った。

 何故こんな悪魔が我がミリティア世界に転生してきたのだ。

 どうせ転生するなら、夜神総一郎の方にすればいいものを。

 

「俺の方から言い出しておいて何だがな。心がある人間なら、父親を死なせはせぬ。心が無い秩序の歯車だったなら、罪なき警察官は死に追いやる必要がない。どちらにしても、夜神総一郎は流石に死なせぬと思うが?」

 

 ライトは一瞬目を伏せ、震える声で口を開く。

 

「父……夜神総一郎は……。確かに立派な人だった。僕だって……。父を死なせたくはなかった!でも、あれは仕方なかったんだ。キラとして、新世界を作るためには……誰かが犠牲になる必要があった! 父は……その正義のために命を捧げたんだ!」

 

 ほう。なんだ? こいつ、思ったより神らしい神だったか?

 自分はロクに働かぬクセに、他人には働きや悲劇を強要し、それを正義や秩序のためと正当化する。

 

 ──俺が最も、嫌いなタイプの神だ。

 

「ならいい加減、自分の命を、正義の為に使ってみたらどうだ? 残り5分と少しの、命をな」

 

 戸惑うライトを尻目に、俺は<契約(ゼクト)>の魔法を発動した。

 内容は、俺が5分間、ライトを攻撃しないというものだ。

 

「お前を地球になど帰してやらぬ。お前のような悪魔を──。俺と、このミリティア世界は許さぬ。この契約を交わしてから、5分が経ったらブチ殺してやる」

「そ、そんな……」

 

 ライトがうなだれた。俺の力無しでは地球に帰れないのだから、絶望するのも無理はない。

 だが、まだだ。

 この程度の絶望では、到底足りぬ。

 

「さっさと<契約(ゼクト)>に応じよ。お前に残された5分間で、お前の正義とやらを、示して見せるがいい。俺を殺すか? 俺から殺されないぐらい遠くへ逃げてみるか? 或いは命乞いでもしてみるか? 正解を選べば、このミリティア世界で、人並みの青年として、天寿を全う出来るかもしれぬぞ? まぁ正解を選んだとしても、デスノートの理も、新世界の神になるという馬鹿げた夢も、俺が滅ぼすがな」

「あ、あぁぁ……」

 

 ライトは両手を地面につける。そんなことをしていないで、さっさと調印してもらいたいところなのだがな。

 数秒後、ライトはグググ……と頭を上げ、俺を睨んで言った。

 

「……本当に、5分間、攻撃してこないんだな?」

 

 ライトは、俺が発動した<契約(ゼクト)>の深淵を覗きながら、そう訊いてきた。

 

「今すぐ死にたいのなら、契約に応じなくてもよいぞ」

 

 俺がそう挑発すると、ライトは俺の<契約(ゼクト)>に調印した。

 するとライトは──笑い始めた。死神のような形相で。

 

「フフフ……ふはははは!! アーッハハハハハハ!!」

 

 笑いながらライトは立ち上がる。そして収納魔法陣を開いた。

 

「お前がなんと言おうと、僕は新世界の神だ! キラだ!! 神に対する冒涜の数々、万死に値するぅ……!!」

 

 眼が赤く血走り、完全に正気を失っている。ふらつきながら、奴は収納魔法陣に手を伸ばす。

 

「僕を否定する存在などぉ……。断じて許されない! それが暴虐の魔王だろうと……。世界そのものだろうとなぁ!! 5分あれば、お前が下で僕が上だと……証明することができる!!」

 

 収納魔法陣から、一冊の黒いノートが姿を現す。

 あれがデスノート。

 このノートに名前を書かれた者は──死ぬ。

 死神の操り人形にされた上で。

 死神が望む方法で。

 

「思い知れぇ! これが神の裁きだ!!」

 

 奴は素早く、ノートに裁きのシナリオを書いた。

 

──※──

 

アノス・ヴォルディゴード

死因:消滅死

状況:<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>を七歩目まで使用した後、根源すら残らず消滅して死亡。

 

──※──

 

 ふむ。俺の自伝である『魔王学院の不適合者』を読んでいれば、痕跡神やエクエスを相手に使用した魔法として、<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>の存在を知っていても、おかしくはない。

 あれを七歩目まで使えば、何もかもが滅び去る。

 ミッドヘイズも──。

 ディルへイドも──。

 転生世界ミリティアも──。

 何もかも──。

 

「ふぁぁ……」

 

 おっと。ついあくびが出てしまった。

 

「何してる、アノス・ヴォルディゴード! さっさと殺せぇ! <涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>でぇ……。全て滅ぼせぇ!!」

 

 しかし……それにしても退屈だな。相手を一人殺すのに40秒もかかるのか。殺人兵器としては欠陥品か?

 そう考えている内に、40秒が──。

 

「うっ……んん……?」

 

 俺の心臓が……動かぬ。

 心臓をぶち抜かれようと、首を刎ねられようと死なぬはずの……魔王の、身体が……死ぬ?

 とうとう俺は──。

 アノス・ヴォルディゴードは、その場に倒れ臥してしまった──。

 

「ふふふ……。フハハハハハハ!!」

 

 ライトは、愉しそうに笑っていた。

 

「何故か<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>は発動しなかったがァ……。ざまぁみろ! 不適合者、アノス・ヴォルディゴードぉ!! これが、僕の力! 僕の正義だぁ!!」

 

 ふむ。こんなものか。

 

「そんなケチなことを言わず、もっとお前の正義とやらを、見せてくれても良いのではないか? まだ3分程度残っているぞ?」

 

 笑っているライトの背中に、俺はそう声を掛けた。

 するとライトは機械人形が止まったように固まり、錆びた歯車が動くような鈍い動きで、ギギギ……と、俺の方に首を向けた。

 そしてライトは訊いてきた。

 

「な、何故……? 確かに……殺したはず……」

 

 ニヤリと笑って、俺は言う。

 

「デスノートに名前を書かれたぐらいで、俺が死ぬとでも思ったか」

 

 ライトの、死神のような狂気に染まった顔が、天敵を前にした猿のように歪み、そして奴は叫んだ。

 

「ふっ……ふざけるなぁぁああああ!! 馬鹿ヤロォォオオオオ!! デスノートのルールを守れぇぇええええ!! この不適合者がぁぁああああ!!」

 

 デスノートのルールを守れだと?

 おかしくなことを言う。

 

「はっはっはっは……」

 

 つい笑い飛ばしてしまった。

 俺はデスノートのルールなど何も破っていないというのにな。

 心臓を潰されても死なない魔王が、心臓麻痺で死んでやったのだから、讃えてもらいたいぐらいだ。

 

「何が可笑しいぃぃいいいい!!」

 

 仕方ない。せっかくだし説明してやるか。

 

「なぁ、ライト。俺はデスノートの使い方については素人でな。エキスパートのお前に聞きたいのだがな? デスノートに書かれた死の状況というのは、矛盾した内容でも適用されるのか? トラックがない世界で、トラックに轢かれて死ぬという内容は有効か? 竜がいない世界で、竜に喰われて死ぬという内容は有効か?」

 

 叫ぶのに疲れたか、ライトは膝をつき、呟くように言う。

 

「む、無理だ……。実現不可能な死の状況を書いた場合……。心臓麻痺になる……。それが、どうかしたか……?」

 

 やれやれ。前世では名門大学の首席だったらしいのだが、狂気で知能もイカれたのか。

 

「お前が書いた内容も同じだぞ。矛盾が生じている」

「ど……どういうことだ!?」

 

 俺は元の位置まで歩いて戻りながら、説明してやった。

 

「もし俺が<涅槃七歩征服(ギリエリアム・ナヴイエム)>を七歩目まで使ってしまった場合、あらゆるものが滅び去るのだ。世界だけではない。時間という概念が滅びて、時間が進まなくなる。死という概念が滅びて、俺は死ねなくなる。

お前がデスノートに誰かの名前を書いたという痕跡も滅びる」

 

 銀水聖海まで旅したが、結局七歩目を使うことは、今まで一度もなかったな。使わずとも、この考察は合っているはずだが。

 

「そんな世界で……。いや、世界という概念すら滅びた無の中で、俺にどうやって死ねというのだ? トラックが全て壊れた世界で、トラックに轢き殺されたり、竜が絶滅した世界で、竜に喰い殺されるようなものだぞ。そんな無理のある死の状況を書かれてしまっては、心臓麻痺に帰結するしかあるまい。そして──」

 

 指を3本立てて、決めポーズをして俺は言う。

 

「心臓麻痺で死んだぐらいなら、3秒以内に自力で蘇生すれば問題ない。これが俺の自伝でお馴染みの、3秒ルールだ」

 

 俺がそう言うと、ライトは呆然としていた。

 ふむ。コイツの世界の地球でもウケそうにないのか。俺の鉄板ギャグだったのだが。

 まぁちなみに、もしライトがもう少し控えめな内容を書いていたとしても、言いなりになるつもりはなかった。

 ここは魔王城デルゾゲードだ。いつでも理滅剣ヴェヌズドノアを抜けるよう待機させていた。流石に理滅剣を持っている俺をどうのこうのする力は、デスノートなどという紙切れにあろうはずもない。

 俺はライトに告げた。

 

「残り1分半だ。俺の名前を書くなら、あと2回チャンスがあるぞ?」

 

 ライトは左手にデスノートを握りしめたまま、俺に縋りついてきた。

 

「い……いやだ! 死にたくない! 助けてくれ! 許してくれ、アノス! 逝きたくない! 牢獄も嫌だ! 殺さないでくれ! 僕にチャンスをくれ!」

 

 デスノートを握りしめたまま言われたところでな。俺は言ってやった。

 

「今がまさにそのチャンスの途中だ。そのチャンスの時間で、お前はミリティア世界を破滅させようとした。耳障りな命乞いをした程度で、許される罪と思っているのか?」

 

 いやはや。ノウスガリアやエクエスより感情豊かな点だけは、中々どうして面白い。時間は残り僅かだと、俺は教えた。

 

「さぁ、残り40秒を切った。もうデスノートでは俺に勝てぬぞ? お前が死んだ後に俺が死ぬ筋書きなら、まだ書けないこともないが?」

 

 するとライトは、自分の左手にあるデスノートを見つめ、ゴクリと唾を呑み込んだ。そしてそれを俺に差し出してくる。

 

「でっ……デスノートをお前にやる! お前こそ、新世界の、頂点に相応しい男だ!!」

「そんな紙クズは要らぬ」

 

 精一杯作ったライトの作り笑顔が、絶望に染まる。

 俺は<獄炎殲滅砲(ジオグレイズ)>の魔法陣を20個描いた。

 

「残り5秒だ」

「うっ……うわああああああああーーーーっ!!」

 

 ライトは頭を抱えて絶叫する。叫ぶだけで5秒を使い果たした。

 俺がライトと交わした<契約(ガイズ)>の効力が切れる。

 同時に、俺は<獄炎殲滅砲(ジオグレイズ)>の魔法陣を──破棄していた。

 ガタガタと、ライトは未だ死の恐怖に震えている。

 

「う……うぅ……。あ、れ……?」

 

 頭を抱え込んでいた手を、ライトは離した。

 

「助けた訳ではないぞ。答え合わせぐらいしておこうと思っただけだ」

 

 俺は収納魔法陣から、緑色の表紙のノートと、ペンを一本取り出した。何の力も宿していない、普通のノートだ。

 俺は素早くペンをノートに走らせる。

 

「こういった内容を、お前がデスノートに書いていたなら、助けてやってもいいと思っていた」

 

 俺はノートに書いた文章を、ライトの眼前に突きつけた。

 

──※──

 

ライト・ノクターン

死因:心不全

状況:新世界の神として抱いた夢とプライドの全てを捨て、残された良心の全てを絞り出し、精一杯の後悔と反省の弁を述べながら、5分後に心不全で死亡。

 

──※──

 

 ガタガタと再び震えながら、ライトは言った。

 

「無理、だ……。自分の名前を……デスノートに……書くなんて……」

「ルール違反ではないはずだぞ」

 

 ライトの言う「無理」とは、恐怖のあまり出来ないという意味でしかない。

 デスノートには、自殺を強要する力すらある。

 愛や優しさの、背中を押す力があっても、おかしくはない。

 続けて俺言う。

 

「それがお前の……。人としての、神としての、限界だ。自分の名前を書く勇気もない輩が、他人の名前など書くな。お前はライト・ノクターンとしてデスノートを再び手にしたとき──。いや、夜神月としてデスノートを初めて手にしたとき──。お前は一度も試さずに、デスノートを捨てるべきだった」

 

 ギリッと、ライトは歯を食いしばり、立ち上がり、俺を指さして怒鳴った。

 

「お前や! お前の配下や! お前の周りの連中だって! こんな凄い力を秘めたノートを拾ったら、その効果を試してみたくなるはずだ! 殺してもいいような相手を使って! このノートには、そんな魅力が……人を惹きつける力があるんだよ! 誰でもそうす──」

 

 グシャッと音がして、血飛沫が床を濡らした。

 おっと。ついうっかり粉微塵にして殺してしまった。

 生き返らせておくか。

 俺の配下の、愛と優しさを、こいつの頭蓋に刻んでやらねばならぬからな。

 

「<蘇生(インガル)>」

 

 蘇生したライトに対して、俺は言った。

 

「俺や俺の配下、俺の周りの者達が、デスノートを拾ったらどうするか、だと? 悪人相手に人体実験をするはず、だと?」

 

 一瞬沈黙し、静かに続ける。

 

「あり得ぬ。馬鹿にするのも大概にせよ。俺なら自分の命で試す。効力が本物なら、その深淵を覗き、2冊目や3冊目が現れた場合の、対策を立てねばならぬ。それが魔王としての、俺の責任だ」

 

 ライトがいた地球の人間でも、強く正しい心を持ち、死を恐れない人間ならば、そこまでやったかもしれぬ。1冊目の最終的な扱いをどうするかについて、苦慮しそうではあるがな。

 

「俺の考えの深淵をそこまで覗き、一度も試さずに俺に報告する配下が大半。残りは、馬鹿げたイタズラと判断して燃やすだろう。それ以外ならば──」

 

 俺は再び普通のノートを手に取り、ペンを走らせる。

 

「サーシャや、レイや、大精霊レノならば。真に愛する者を救うため、自分の名前を書くかもしれぬ」

 

 俺は書いた内容を、ライトに突きつけた。

 

──※──

 

サーシャ・ネクロン

死因:消滅死

状況:<分離融合転生(ディノ・ジクセス)>のオリジナルを最愛の妹に変更した後、最愛の妹の根源と融合して、15歳の誕生日が訪れると同時に消滅。

 

レイ・グランズドリィ

死因:他殺

状況:偽りの魔王を演じ、偽りの魔王を名乗ったまま、殺害されて死亡。

 

大精霊レノ

死因:噂と伝承に背いたことにより潰える

状況:自らが孕んだ半霊半魔の噂と伝承を特定し、それを広める為に全力を注ぐ。その後、半霊半魔の我が子を産み落とすことで、自らの噂と伝承に背く。根源が消滅する前に、幸せな涙を流し、我が子を胸に抱きながら安らかに潰える。

 

──※──

 

 ライトは再びガタガタと震え始めた。

 不吉なことを書いてしまったノートのページを破って燃やしながら、俺は言った。

 

「到底、褒められた使い方とは思わぬがな。しかし……。本当に勇気あるデスノートの使い方があるとしたら、これぐらいしか思いつかぬ」

 

 似たような命の捨て方をした配下や盟友を、俺は何人も見てきた。俺がまだ弱く、力がなかった頃のことだ。

 転生世界ミリティアは、そうした者達が捧げた、命と愛と優しさの上で成り立っている。

 夜神月がいた地球とて、そうだろう。

 もしもデスノートを拾ったなら、似たような使い方をしてもいいと思える程、命を捨てて己の正義を貫いた英雄や、政治家や、発明家や、医者や、芸術家が──。何人も歴史上に存在していたに違いない。

 

「貴様に前世や来世があったとしよう。サーシャやレイやレノのようなことが出来るか!? ここまでやれたか!? この先出来るか!? 新世界を作れるのは──。こういった者たち一人一人の、愛や優しさの積み重ねなのだ!」

「あ……あぁぁぁぁ……」

 

 ライトの手から、デスノートが零れ落ちる。目から溢れた涙が、床を濡らした。

 

「僕は……間違っていた……。僕は……。神なんかには……なれなかった……」

 

 何を以て神と呼ぶかにも、よると思うがな。

 なので俺は、こう伝えた。

 

「神の友達ぐらいには、してやってもよいぞ」

 

 光が少しだけ残された瞳で、ライトは俺を見つめる。

 

「どういう……意味だ……?」

「お前のような輩を、ミリティア世界の外に出せば、他の世界に迷惑がかかる。この、愛と優しさに満ちた、ミリティア世界で生きるがよい」

 

 ぱぁっと、ライトの眼に光が戻った。

 

「ほ……本当か!?」

「あぁ。俺の自伝に出てくる、天父神ノウスガリアという神が、どうなったか覚えているか?」

 

 ククク。忙しなく表情が変わる奴だ。今度は顔から血の気が引き、青褪めたな。

 

「嘘だろ……。まさか……! そんな酷いこと……!」

「死にたくないと、何度も叫んでいたのはお前だぞ? 未来永劫、虫けらになって生きるがいい」

 

 にっこりと俺は笑って、ライトの未来を伝えてやった。

 するとライトは、俺にしがみついて、嘆願を始めた。

 

「嫌だーーッ! 神になんかなれなくていい! 虫けらになんかなりたくない! 人間にしてくれ! さっ、さもなくば殺してくれッ! もういっそ、死なせてくれぇっ!!」

 

 別に虫けらとして、精一杯生きればいいと思うのだがなぁ……。虫けらの尊さを教えてやるとするか。

 

「虫とて、ミリティア世界の大切な一員だ。蟻は食べカスや死骸を掃除してくれる。蜂は花粉の運び屋になり、甘い蜜を作る。新世界の神なんぞより、よほど世界の為になる。ノウスガリアと同僚になったら、仲良く手を取り合って働き、友達にでもなることだ。お前がノウスガリアに喰われるようなことがあっても、まぁノウスガリアも腹が減るのだ。許してやるがよい」

 

 虫の生き方も色々ある。蛾や蝶は蜘蛛の罠にかかり、バッタはカマキリに狩られる。ライトが何度転生しようと、今度はどんな者の食料になるのか、毎回怯えながら生きることになるだろう。ノウスガリアの腹を満たしてやる日も、まぁそのうち訪れるだろう。

 死の恐怖を他者に強いてきたコイツには、死の恐怖を味わい続ける罰こそ、ふさわしい。

 

「うっ……うわぁぁああああーーっ!!」

 

 そんな未来への恐怖故か、ライトは王命の間の外へ逃げようとした。デスノートを持って。

 俺は<蘇生(インガル)>を使うために出しっぱなしにしていた血に魔力を込めて、5発の弾丸として、ライトに向けて撃ち出した。

 地球でいうピストルのような威力になったそれは、ライトの足や肩などに被弾した。

 出血し、横転しながら、ライトは叫んだ。

 

「ぐぁぁああああーーッ!? 馬鹿ヤロォォオオオオ!! アノスッ! 誰を撃ってる、誰をぉぉおおおお!! ふざけるなぁぁああああ!!」

「虫に転生すれば、子どもの悪ふざけで殺されたり、魔法訓練の流れ弾に当たって死んだりすることもあろう。まぁ大目に見てやることだ」

 

 今まで待機させていた、魔王の魔法を、俺は発動した。

 漆黒の魔力が立ち上り、闇色の長剣を形作る。 理滅剣ヴェヌズドノア。万物を滅ぼす、始祖の魔剣だ。

 死神だろうと、新世界の神だろうと、関係ない。

 我が眼前では、ただ滅べ。

 

「未来永劫、虫として生と死を繰り返しながら、恐怖と共に頭蓋に刻め。俺こそが暴虐の魔王──」

 

 理滅剣を一振りする間に、ライトの肉体が何万回と切り刻まれた。

 その肉体から出てきた一匹のハエに対し、更に何万回という斬撃が重ねられる。

 

「──アノス・ヴォルディゴードだ」

 

 夜神月の肉体は、跡形もなく滅びた。その心はどこかで、虫に転生しているだろうがな。

 後に残されたのは、黒い表紙のノートが一冊。

 デスノートだけだ。

 

「転生世界ミリティアは、夜神月を転生させたものの、残念ながらその悲劇と理不尽を生み出す醜い心まで、正しく転生させることは出来なかった」

 

 俺は理滅剣を、デスノートに突き刺した。

 

「死神のノート、デスノートよ。せめてお前の悲劇と理不尽だけは、滅ぼし、転生させてやろう」

 

 デスノートの漆黒の表紙が、変色していく。

 表紙に刻まれた『DEATH_NOTE』という名前も、消えていく。

 表紙は明度と彩度が上がり、群青色になった。

 そのノートの新しい名が、表紙に刻まれていく。

 その名は──『ENDLESS_NOTE』。

 俺は理滅剣を仕舞い、そのノートを手に取り、表紙を捲る。

 

「ふむ。やはりこれぐらいが、シンプルでよい」

 

 デスノートのルールは、長ったらしい上に複雑だ。挙げ句に人が死ぬ。

 40秒後に心臓麻痺だの。6分40秒以内に何だかんだとか。23日以内ならどうだとか。

 しかし、数あるデスノートのルールの中でひとつ、平和な世でも使えそうな内容があった。そいつだけは滅ぼさずに残しておいた。

 エンドレスノートに記されたルールは、ただひとつ。

 

『このノートは、どれだけ使っても、ページが尽きることはない。』

 

 ノートとは、人を殺すための道具ではない。

 学業に励んだり、財務の計算をしたり、物語を描いたりする道具だ。

 流石にエンドレスノートが何百冊もあると、製紙業に悪影響が出てしまうが、一冊ぐらいなら問題あるまい。

 

「魔王聖歌隊にでも下賜してやるか」

 

 この前、『名探偵コナン』が好きだという転生者と共に、『まじ快夢』の尊い本とやらを作ったときの褒美を、渡していなかったからな。

 今までデスノートには、殺したい相手の名前が書かれてきた訳だが……。

 これからは、魔王聖歌隊が、新曲の歌詞だとか、俺の漫画だとか、小説だとかを、記していくことになるだろう。

 

「デスノートは、我がミリティア世界には相応しくない。このエンドレスノートこそ、平和で優しい世界には、ふさわしい」

 

 俺はエンドレスノートを収納魔法陣に仕舞い、王命の間を後にした。

 

──※──

 

 夜神月が殺され、デスノートがエンドレスノートに転生してから一週間ほど後。

 魔王学院の敷地内にある魔樹の森の一角で、魔王聖歌隊がライブの打ち合わせをしていた。

 

「──でねっ! 1番のサビが終わったら、花火を打ち上げたらいいんじゃないっ!?」

「うんうん! じゃあそれで、とりあえず1番の終わりまで、通しでやってみよっ!」

 

 1冊の群青色の表紙のノートに書かれた歌詞や配置、演出などと擦り合わせをしながら、魔王聖歌隊は、より面白くて楽しいライブの深淵を覗いている。

 そのノートとは当然、エンドレスノート。彼女達にとって永遠の推しにして世界の真理、ゼロにして無限、この世のあまねく全ての概念たる、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードから下賜された、世界に一つだけの、最高のノートである。

 一方、彼女達のすぐそばに生えている木の枝では、一匹の小さい茶色の蛾が、クモの巣に引っ掛かって藻掻いていた。

 蛾に声帯は無いのだが、それでも蛾は、声無き声を上げている。

 

『わ……罠だ! これは罠だ!! ノウスガリアが僕を陥れるために仕組んだ罠だ!!』

 

 夜神月は何度も転生し、今は蛾になっていた。

 するとそこへ、クモの巣の主が現れた。今はただの黒いクモだが、かつては偉大な称号と名前を持っていた。

 その称号とは、神々の父。失った名前は、天父神ノウスガリアという。

 

『ははっ。小さな蛾よ。どうせなら喜ぶといい。神の食料になれるのだから。神の策略は絶対だ』

 

 今は神ではなく虫けらで、声帯も無いのだが、声無き声で、そんなことを言っている。

 蛾は、声無き声で助けを求めた。

 

『魅上ぃ! 何してる!? 書け! ノウスガリアを殺せェ!! ミサはどうした!? 高田は! だっ、誰かぁ……』

 

 別にその願いが届いた訳ではないが、奇跡が起きた。

 火の粉が二粒、飛んできたのだ。魔王聖歌隊が打ち上げた花火。そこから出た火の粉である。

 魔樹の森に生えた丈夫な木を燃やす程の火力はない。しかし、片方はクモの身体に命中し、その小さい身体を燃やし始めた。

 

『ぐぎゃああああああ──ッッ!? おのれぇぇええええ!! 秩序から、外れた、不適合者の、配下どもめぇぇええええ──ッッ!! いつかお前達にはっ! 神罰が下るだろう!! 神の預言はッッ! ゼゼゼゼゼゼェェェェ──!?』

 

 身体を燃やしながら、クモは声無き声で、断末魔を上げ、地面へ落ちていく。こうして蛾は、クモの餌にならずに済んだ。

 

『フッ……。ノウスガリア。僕の勝ちだ!!』

 

 声無き声で、蛾は勝利宣言する。

 だが忘れてはならない。火の粉はもう一粒あるのだ。

 それは、蛾に命中してしまった。

 火の粉は鱗粉に引火し、急速に蛾の全身に燃え広がる。

 声無き声で、蛾は悲鳴を上げながら、地面へ落下していく。

 

『ぐぎゃああああああ──ッッ!? 馬鹿ヤロォォオオオオ!! 魔王の配下ッ! 誰を撃ってる、誰をぉぉおおおお!! ふざけるなぁぁああああ!!』

 

 クモと蛾。元・ノウスガリアと、元・夜神月。かつての神々の父と、かつての新世界の神は、ほぼ同時に焼死した。

 そしてほぼ同時に、新たな虫けらへと転生していく。

 ノウスガリアと夜神月の、虫けらとしての生と死は、永遠に終わりはしない──。

 

「ねぇ、待って! こっちAメロに……。キッド夢女子さんが教えてくれた……パラパラダンスを入れたらいいんじゃないっ!?」

 

 エンドレスノートに記される、愉快な歌や漫画や小説も、永遠に終わりはしない──。

 

 

 

 

 

 




ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ぜひ感想書いていただければ幸いです。

Q:ライトが助かる方法はあった?
A:現実的には、一度も実験せずにデスノートを捨てた場合以外、助からない(アノスの逆鱗に触れてしまう)と考えています。

本作ではアノス様とライト君は(筆者の都合で)ずいぶん長くお話をしていますが、現実的にはアノス様がもっと早くブチ切れて話を終わらせていると思います。

他にも質問あれば、お気軽にどうぞ。
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