負ければ死に勝てば生きる。
誰もが一番になるために必死に藻掻く。
故に、勝利への渇望が無い者に立ち入ることはできない。
俺の滑走は一番。
否応なしに集中力が高まっていく。
「千仭さん」
「司先生」
「何か、すごく殺気立ってるね」
「いや~いのりさんに感化されちゃいましてねぇ」
勝つために準備をする。
試合に臨む上で誰もがすることであるが、いのりさんの勝利への想い。氷の上を自分の居場所にしようという執念は本当にすごい。
俺にはないものだ。
俺の中にあるのはただ、勝つことのみ。
己の全てを全力で出し切るだけ。
今回のジャンプ構成はダブルアクセル、指定された三回転フリップ、トリプルアクセルと三回転トウループの三種となっている。
「千仭さんって選曲が意外と規則性がないよね?」
「え? そうですか?」
「今日は『you are my love』だよね。俺の学生時代のアニメの挿入歌だったはず……」
「そっすね。一度聞いてからは結構好きなんですよ。でもSPやFSで使えない曲多いんですよね」
「あぁ……千仭さんの曲ってシニアでも使えるか分からない曲ばっかりだもんね」
「でも、曲かけの時は使えるんで」
「何度も言うけど試合じゃ使えないからあまりやらないでほしいんだけど……」
「いや~無理ですね」
「即答⁉」
ストレス発散の為にしか使えないプログラムが無数にあり、試合では使えないがこのやり方が俺に合っていた。アメリカでも使える曲でやれと言われたがこれはどうしようもない俺の『悪癖』なのだ。
司先生も諦めてください。
「でも、これが千仭さんのやり方なんだよね?」
「え⁉ まぁそうですね。ルールに縛られない曲かけ練習って好きにできるんでどう動こうかとかいろいろ試せるんですよ。気分もノッてくるので」
「なら無理にやめろなんて言わないよ。それが貴方に必要ならね」
何だろう。
司先生ってこっちの意見とか言い分聞いてくれるから会話でストレス少ないから楽しいんだよな。
などと考えていると、練習のアナウンスが聞こえる。
「司先生、いってきますね」
「うん。頑張って!」
練習は軽く慣らして滑る。
ブレードの食い込み、氷の固さ、重心移動による沈み。あらゆるデータを身体に覚えさせる。
練習が終わり、俺意外の選手はリンクサイドへとはけていく。
「よし。やりますか……」
響くピアノの旋律と共に滑り出す。
最初は三回転フリップ。
綺麗に着氷し拍手が鳴る。雑音だ。
より深く集中しろ。俺が生きるために。
ステップ、ターン。動作は力強くも繊細に。ゆったりとしたノルタルジックな曲調に合わせる。全体的にゆっくりであるからこそ、一つ一つを丁寧にこなしていかなければ演技としては最低の出来になる。
だから何だ。
俺は勝つ。勝ちたいんだ。
溢れ立つ勝利への渇望。復讐心が生んだ絶対的な『エゴ』は圧倒的な演技の基、全てを飲み込んで魅了する滑り。
ダブルアクセルはいつもは幅広い飛びで高さがいつも足りない。だが、今回は違う。大会にいる選手を潰す勢いで跳ぶ。
「うわ、高っ」
「キレイ」
俺を見ろ。
俺は今、生きているんだ。だから脳裏に刻め。
ステップシークエンスに入り力が入る。より曲調がゆったりとするためそれに合わせステップを踏まなければならない。一つ間違えれば後の演技は最低評価以下。そんな博打の中で俺は笑う。
ほら、見ろ。これは戦いだ。高々スポーツと侮っている奴らに教えてやる。これは生存競争だ。生半可な執念や勝利への渇望はいらない。敗北は死。何もかも失う。先なんてねぇんだ!
だから付いてこい。俺に『生』を実感させてくれ!
最後のトリプルアクセルと三回転トウループを跳ぶ。無事に着氷するが、駆け足でのジャンプだから出来栄えは少し落ちたかもしれない。
構成を少し簡素にしすぎたかも。もう少し余裕と振付を複雑化してジャンプタイミングを増やすべきだったかもしれない。
ピアノの旋律が落ち着いていくのと共に俺は回転しながら膝をついて止まる。
無事に完走し、俺はお辞儀をしてリンクサイドへと戻っていく。
「千仭さん、良かったよ!」
「うーん。最後の方ミスってませんでしたか?」
「ちょっとジャンプが遅れ気味だったかも」
「あーやっぱり。複雑化させた方が良かったですかね」
「いや、ダブルアクセル後の振りを一秒ほど遅らせた方が良くなるかも」
「あぁ、なるほど……って、反省は後にしましょう」
そう言ってリンクサイドを進んでいく。
『淵藤さんの点数、『79.98』現在の順位は一位です』
思ったより伸びたな。
76点とかそこらだと思ったのに。演技構成とか他の項目が伸びたのだろう。
チラッと他選手を見るが、その姿を見て、高ぶっていた気持ちが静かになる。
はっ? 何だよ。その『絶望しました』って顔。FSも残ってるのに勝つ気なんて失せてる。
「先生」
「千仭さん?」
「俺、こっちでも喰らい付いてくる選手がいると思ってました。でも、この程度でこのありさまって正直、ガッカリです」
「千仭さん、まだ他の選手が演技していないのにそういうことは……」
「じゃあ、あの姿見て何を期待しろっていうんですか? 所詮はスポーツってことですね」
「それは……どういう……」
「決まってるじゃないですか。これは生存競争。限られた人間しか、生き残れない世界でスポーツなんてお遊び気分で滑るなんてできない。いつ頂点が獲られるか分からない命の取り合い。俺は、そういう演技を待ってる」
アメリカでは完全実力主義。勝てば生き、負ければ死ぬ。そんな環境だった。誰もが一位に勝つために必死子いて努力して、本番でも進化する選手がいた。
だが、今回はどうだ。
勝利への執念という『熱』を感じない。重要な大会だけやればいい? 関係ない大会などそんな必要はないと、そう言っているのか。
ふざけるな。
その程度の気持ちで勝てると思っているのなら始めから出ない方が良い。
「常に本気でやらなきゃどんな逆境にも立ち向かえない。先生は分かるでしょ? 氷の上に残ることに命を賭けた先生なら」
「うん、わかるよ」
「俺は――本気でメダリストを目指すと決めました。それが他者の人生を潰すとしても俺は、止まりません」
「分かったよ。なら、取りに行こう」