氷上ヘテロスタシス   作:葛城イロハ

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 解き放たれた獣はいつだって自由だった。
 全てを喰らい尽くし征服する。
 それが仲間であったとしてもその圧倒的な闘争本能は牙を向く。
 食らい合いを制する者が次へ行くことができるのだ。


自由

 金メダルを獲ることで、俺の強さを証明する。

 二日目のSF。

 俺は殺気を振り撒きながら歩く。

 誰もが俺を避け、道を空ける。本気なのは俺だけなのか。誰も追い抜こうという気概がないのは会場の空気が証明している。

 JGP王者? 全米最強? 将来のオリンピア? そんな肩書は関係ない。俺たちスケーターはいつだって氷の上の挑戦者のはずだ。

 誰もが最強の称号を手に入れるために努力し、技を磨き、殺気むき出しの執念を持って超える。ただ、それだけの存在。

 今、本気になれない奴が世界大会で勝てるわけないのだから。

 

「千仭さん……落ち着いて」

「俺は落ち着いてますよ。ただ、集中しているだけです」

「殺気が駄々洩れだから……!」

「司先生、演技構成、最後の部分とステップシークエンス前を変えます」

「……! 千仭さん、それは……」

「やらせないとは言わせない。これでダメなら俺は日本スケーターの悪役になります」

 

 もう、一々他人の視線や評価なんか気にして滑るなんて御免だ。アメリカでは証明できた。今度は日本(ここ)で証明する。

 

「全てをブチ壊してやるよ」

 

 リンクの上に移動し、練習が始まる。

 怠い。

 やる気を感じない。執念を感じない。進化を感じない。ただ怒りだけが湧き上がる。だからここで一度、飛んでおく。

 四回転アクセル。

 着氷時、会場の空気は静まり返っていた。

 それもそうだ。

 四回転アクセルはアメリカの『特異点』と呼ばれるシリウス・リースフェルトしか跳べる者がいない奇跡のジャンプだからだ。

 あれからどれだけ立ったと思っているのだろうか。

 俺も跳べるに決まっている。

 

「舐めんなよシリウス。俺も、跳べるぞ……!」

 

 練習時間が終了し、俺はリンクサイドに戻る。

 

「千仭さん! 足は大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

「ならよかった……」

「もう、名港杯は四回転アクセルの公演練習になりそうですね」

「ちょ! 千仭さん」

 

 ごめんなさい司先生。わざと聞こえるように言いました。

 何人かは嫌な奴を見る目をしているが、軽く睨むとみんな目を逸らす。そうだ、お前らはその程度何だと自覚しろ。嫌ならここで進化するしかないんだぞ。

 そう、圧をかける。

 悔しくないのかと。

 

「まぁ、見ててくださいよ」

 

 選曲は『愛の残滓』。

 溺れろ。

 会場は一気に圧を増す。

 

「焦んなよ」

 

 最初は四回転ルッツに三回転ループ。

 危なげなく着氷し、これには会場がざわめきの声が聞こえるが俺には関係ないノイズとして処理され、次第に耳に入らなくなっていく。

 俺は、遠慮なく《俯瞰視点》を発動する。ガチンと身体の全神経が掌握される感覚。車で言うトランスミッションのような感覚。

 ギアが上がる。

 全身を使った踊り。両手を鞭のようにしならせ、舞う。スナップが得意遠慮なく振り回してみようという司先生の提案は本当に的確だ。

 踊りやすいうえに氷上の線がブレない。そして次のジャンプ。

 四回転フリップ+二回転トウループ。

 勢いは衰えることを知らず、さらに加速していく。肌を刺す風、氷の削れる音、自身の心音。俺は氷上の全てが視える。

 

「ハッ……! 恐れ慄け!」

 

 四回転ルッツ。

 レベル4のレイバックスピン。

 もうここら辺は意思しなくても充分出来る。より鮮麗された演技に隙は無くただ己の感覚を信じる。鋭利に研ぎ澄まされた感覚ならどんなジャンプもステップも不可能ではない。

 さぁ、滾れ俺の血よ肉よ。

 ここからが本領発揮だ。

 四回転トウループ。一切の沈みもズレもない。視点で姿勢とタイミングを補強し、全身全霊で跳ぶ。大きな大会でもないのにここまで本気になるなんて馬鹿だろと思っている選手もいるだろう。

 だが、そんなのどうだっていい。

 俺は常に全力で挑むだけ。出なければ大舞台で勝利などできない。

 ふと、俺はコルニウス先生との会話を思い出した。

 

『アンタ! 回転数勝手に挙げるなって言ってるでしょ⁉』

『えぇ⁉ 上げてないですって!』

『嘘おっしゃい! また四回転を跳んで!』

『あれ? 四回転? 跳びました?』

『アンタ、怖くないの?』

『まったく』

『そうよね。あんな目に合えばそこも狂うのかしら』

『じゃあ、いつか不可能といわれた五回転とかできるかな?』

『は~。クソガキが言うようになったわねぇ』

 

 あぁ、そうだよ。俺は、怖くない。

 高い回転数も氷上に叩きつけられて転ぶのも、流血しても怖くない。

 両親が死んでからそんな感覚がマヒしてる。だから己の身も顧みず跳ぶことができる。

 

「やってみるか」

 

 流れるようなステップと何もかもぐちゃぐちゃに壊すように上半身を上下左右に振るい荒れ狂う狂気を演出する。

 そして、勢いついでに跳ぶ。

 五回転サルコウ。

 

『はぁ!』

 

 思ったよりもすんなり飛べた。だが、二度目は無理。

 再現性がない。

 超ギリギリの着氷な上に足に凄まじい負担が来た。これはヤバい。構成に二回入れると骨が折れるかもしれない衝撃だった。

 だが、今は心地良い。

 ステップシークエンスは司先生仕込みのスケーティング。俯瞰視点練習で徹底的に叩き込まれた場所。故に間違えるはずがなかった。

 そして、次のジャンプ。四回転ループ着氷。

 動きに問題ない。むしろ良くなってすらいる。

 

「このまま、最後まで行くか」

 

 四回転アクセル+オイラー+三回転サルコウ。

 ラストの前にバックフリップを跳び、そこから足換えコンビネーションで完走する。

 雨のように鳴り響く拍手の中を悠然としながらリンクサイドへと戻る。

 

「千仭さん!」

「司先生」

「何で……!」

「五回転ですか。いや~想定よりもすんなりと回ったので行けるかと思いまして……」

「行けると思ったって、足は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫ですよ。それに、これでシリウス(あいつ)と同じステージに立てました。後は追い抜くだけです」

『淵藤さんの得点、『157.29』現在一位です』

 

 五回転を跳んでなお、滾る闘争心が治まりそうにない。だから俺は笑いながら司先生に言う。

 

「先生は俺に挑戦してくれますよね。貴方のコーチとしての力、結構買ってるんです。なので潰れないでくださいね」

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