名港杯を終え、ジュニアGPの選考会をまじかに控える中、俺は自宅の洗面所に立っていた。
「グッ……ゲホッ!」
掌には血が付いており、口元は鉄の味が広がる。
「クソっ……!」
あれ以降、俺は熱を出して学校を休んでいた。
全身が怠く、平衡感覚がつかめない中、どうにかここまで来た。しかし、ここまで身体がイカれるとは思わなかった。
「……あぁ」
気持ち悪い。
汗で張り付いたシャツを脱ぎ捨てると腹にはいくつもの銃創があり、肉が歪に盛り上がって動かすたびに肉が引きつる。
両親の事件の後遺症。五発の銃弾を浴び、腸、胃を傷つけ、事あるごとに吐血するようになってしまった。背中は酷い焼けただれ跡があり足はふくらはぎから腿にかけてズタズタに斬られた跡がある。
両親を殺した奴は快楽殺人者で、人を嬲り徹底的に尊厳を破壊してから殺す異常者だった。
いるかさんのおかげでもう夢に見ることはなくなったが、受けた傷は未だに身体に残っている。
傷の事を知っているのはコルニウス先生とシリウス・リースフェルトの二人。確か、着替え中に見られたんだ。ヒデェ傷で絶句されたのを覚えている。
「そういえば、俺はこんな状態でいつも滑ってるんだよな……」
よく持つ身体だと思った。
一際頑丈に生まれた意味はあったのだろうなと勝手に自己完結して服を着替える。
このまま眠りにつこうとするとインターホンが鳴る。
「は~い」
俺は玄関を空けに行く。
外で待っていたのは司先生といるかさんだった。
「あ、千仭さん、お見舞いに来たよ」
「千仭、これ……届けにきたよ」
「あ、ありがとう」
いるかさんから書類を貰おうと一歩踏み出そうとすると、ガクンと視界が下がる。
「危ない!」
「ぁ……」
ヤバい、意識が……落ちる。
そう思った時には意識が完全に落ちてしまった。
気づくと俺はベッドの上にいた。まだ頭痛がするが先ほどよりも体調は良くなっていた。
「あ、起きたね」
「司、先生」
「その様子だと大丈夫そうだね」
「はい、少し頭痛が残ってますがある程度は調子は戻りました」
「良かった……」
うん? 何だ。先生がなんかよそよそしい。ふと、俺の服が新しいモノに変わっていた。それに気づき、俺は先生の方を見ると気まずそうに目線を逸らされてしまった。
「見たんですか……!」
「う……ごめん」
そうか、見られてしまったのか。そうなるといるかさんも……。
「まぁ、良いですよ。すいません。醜い所を見せてしまって……グッ、ゲホッゲホッ!」
「千仭さん、血が!」
「大丈夫ですよ。いつもの事ですから」
「そういうわけには……薬は――」
「ないですよ」
そう言うと、俺は、司先生に抱きしめられた。
「今まで、こんなになるまで頑張ったんだね。大丈夫、苦しいなら……苦しいって言って吐き出して良いんだ。辛いときに泣いていいんだよ」
「ぁ――」
そう言われ、目頭が熱くなる。
「俺、父さんと母さんが亡くなってから、熟睡なんてできなくて……吐いた血を洗う手が痛みで動かせなくて……」
「うん」
「寝たら、二度と目覚めないんじゃないかって……明日なんて来ないかもしれないって毎晩怯えてた」
「うん」
「もう、死にたいって何度も思った……だけど、俺には両親の願いだけしか残って無くて……それだけを頼りにしがみついて生きてきた。もしかしたら俺は成人まで生きられないかもしれない。それでも、俺は父さんと母さんに誓った夢を叶えるその日まで――俺は、生きるのを諦めない」
「千仭さん……!」
誰にも望まれなかったとしても、進むことをやめなかった。だからこそ、やって見せる。
だから今だけは、弱さを見せることを許してほしい。再び立ち上がる力を得るために。
***
1時間後――。
「司先生、忘れてください」
「いや~千仭さんって大人びてるから年相応な所があって安心したよ」
「マジで……忘れてください! 恥ずかしいので」
「うふふ……」
クソ! 最悪だ。これは事あるごとに言われるヤツだ。
もうどうにでもなるしかないのかと思っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「ん?」
「あ、そうだった」
司先生がドアをあけると、いるかさんがお盆に小鍋を乗せて持ってきてくれていた。
「千仭、大丈夫?」
「え、あ……いるか、さん……」
「あぁ……岡崎選手がご飯を用意してくれてたんだよ」
「えっと……前に泊めてくれたお礼もあるから……はい」
机の上に置かれ、俺はそちらの方に座り、小鍋の蓋を取る。
月見うどんだった。長ネギに椎茸、鶏肉が入ったもので汁のいい香りがふわりと鼻を抜ける。
「いただきます」
今は食べる。
食べて、体力つけて、休むしかない。
ちゃんと休んで、身体を万全の状態に持っていく。
「美味い……」
「よかった」
「いるかさん。ありがとう」
うどんも食べ終わり、ようやく一人になれた。
二人は今日、家に泊まるらしい。司先生は俺の看病と様子見。いるかさんは家に帰りたくないらしい。二人はお泊りセットなるものを用意しておりすでに準備万端だった。空き部屋にそれぞれを泊まらせて終わりだった。
ただ、俺は長いこと眠っていたため寝れずにいた。
「暇だ……」
などと口にしていると携帯が鳴る。
画面には『Sirius Leasefelt』となっていた。
電話に出るとビデオ通話に切り替わり、奴の顔が写る。茶髪のウルフカット。ツリ目気味の赤眼で俺様系王子タイプのイケメン野郎だった。
「シリウス……なんだよ」
『キミ、五回転跳んだんだろ?』
「何で知ってるんだよ」
『名港杯? だったか? その動画が上がってたからね』
「あ~あれ撮られてたんだ」
『見事だね』
「どうも……それで、何の用だよ」
『俺も五回転ループを跳んでさ。そう簡単に追い抜かせないよっていうのと、次のGPFは俺が勝つって宣戦布告かな』
「へぇ、じゃあもう一度、敗北を味合わせてやるよ」
『ははっ。流石、我がライバルだ。だからこそ、俺も今まで以上に進化できる』
「俺も少し、考えさせられたからな」
シリウスはポカンとした顔をした後、獰猛な笑みを浮かべる。
『じゃあ、次に会う時を楽しみにしているよ』
「あぁ、首を洗って待ってろ」