今も残った温もりを探し彷徨い続ける。
立ち止まることはできない。あの日、途切れてしまった言葉を繋ぎ止めるために。
ジュニアGP選考会が終わった。
前人未踏だった五回転持ちという注目を浴びながらの演技は一切のブレも緊張もなく淡々とこなした。
名港杯後の高熱以来、身体の調子がいい。
必要ない音の全てが消えて俺と氷だけが残る感覚だけがあり、気づけば演技は終わっていて練習でもしていたのかと思えてしまうくらい実感がなかった。
「千仭さん、大丈夫?」
「司先生……その、さっきの演技、どうでした?」
「え、すごくよかったよ! エッジもしっかり入ってたし何よりスケーティングが全体的に上手くなってるよ」
「そうですか……」
会話が終わり、どうするか。
この違和感、話したほうが良いのは確かなのだが言語化しにくいから言いにくい。感覚的に集中しすぎて必要な情報すら遮断している感じ。
考えても仕方がないのでさっさと言ってしまったほうがいい。
「あの、司先生。少し質問いいですか?」
「うん? 何かな?」
「俺、さっきの演技、ほとんど覚えてないんです」
「え……? 覚えてない?」
「はい。演技中の動きに注意していたらそれ以外が耳に入らなくなっていまして……」
「集中しすぎてそれ以外はノイズとして処理されちゃったって感じかな? 今日が初めて?」
「はい」
「見てた感じ、ズレがないから音が拾えてないわけじゃないと思うよ」
なら、意識の問題か、はたまた元からインプットしていたから勝手に身体が動いていたかのどっちかなのだろう。問題は曲すら聞こえずに演技している状態にあることだ。
「音が聞こえてないっていうのは致命的ですよね?」
「う~ん。プログラムを滑る分には身体に覚えさせれば良いけど……構成変更とかやると絶対にダメだね」
「そうですよね」
「どうやって直そうか……」
「今回が初めてなので2、3回ほど滑ってみればわかりますかね?」
「う~ん試行回数によるけど……やってみないことには分からないなぁ」
ならやるしかない。やらなければならない。
乗り越えるべきことは多くあり、決して油断できない。俺がシリウスと戦えるのは今年を含め二回。この機会を不意にはしたくない。
「でも、千仭さんってどうしてリースフェルト選手を目の敵にしてるの?」
「目の敵って……また何でそんなことを」
「いや、指導のために千仭さんの演技の記録を見たよ。インタビュー内容がいつもそれだったから」
「あぁ」
無意識にシリウスの話をしているのは知っている。
よく先生に注意されていたし、アイツ意外は眼中にねぇよってスタンスだったために敵も多かった。剣呑で敵愾心むき出しで挑戦者が後を絶たないくらいには燃えた記憶がある。
実力で黙らせたし技術向上のいい経験になったという記憶しかなかった。
それに、アイツとは切れない縁がある。
「コルニウス先生のクラブに入るのに二回転跳べって課題を出されたんです」
「それって初めてどのくらい?」
「いえ、仮指導を受けて一週間後ですね。期限は二週間でした」
「初心者にたった二週間で二回転を跳べるようになれって……」
「それが先生が俺を入れてくれる『条件』でした。じゃなきゃ、話にならないって」
「それは、そうだと思うけど……」
「まぁ、その二週間はシリウスだけが俺にジャンプを教えてくれたんです」
多くの人に、『キミの年齢じゃアもう無理だよ』『危険だからやめたほうがいい』そう否定された。だから俺は一人で跳んでいた。
そんな中、声をかけてきたのが当時のシリウスだった。
『キミ、ジャンプの練習してるのかな?』
『あ? だったらなんだよ。邪魔だからどっか消えろよ』
『その跳び方じゃ二回転は跳べないよ』
『じゃあ、テメェが俺に教えてくれんのかよぉ!』
『いいよ』
『……は?』
『キミ、ここ一週間ずっといるよね。諦めない姿に心打たれたから少しコツを教えて上げる。筋も良さそうだし意欲もある。だから一週間である程度マシにしてあげるよ』
『アンタ、いつかぶち抜いてやる』
『アハハ! じゃあ楽しみにしてるよ!』
そう言われて、俺は初めて救われた気がしたのだ。
始めたばっかりの俺に誰も興味はない。むしろ、邪魔だと言って後ろ指をさされる毎日を変えてくれた人だった。
「俺にとってシリウス・リースフェルトはこの世界に立たせてくれた身近な『尊敬する人物』なんです」
「千仭さん。すごいね……」
「そうですか?」
「うん。俺も千仭さんみたいに酷いことは言われなかったけど、周りの意見を信じて自らの道を狭めてしまったから……。だから今は、俺が居て欲しかったコーチを目指しているんだ。だから、俺は二人を必ず金メダリストにしてみせるよ」
司先生の目にあるのは確かな決意の闘志。
俺は、彼の――先生の言葉を違えるわけにはいかない。俺は今年も勝つ。去年は、俺の負傷、身体の傷跡で本来の力を発揮できなかったシリウスに勝っただけ。
それでもギリギリの勝利。次は無い。
だから俺は全身全霊を持って、
「なら、その言葉を違えないでくださいね。俺も、貴方を金メダリストのコーチにして見せますから」
キャラプロフィール
名前:シリウス・リースフェルト
所属:アメリカのFSC(千仭に敗れた後、クラブを転々としている)
血液型:C型
年齢:十五歳
誕生日:十二月二十四日
出身地:サンフランシスコ
身長:180㎝
呼び名:リースフェルト シリウス(家族と千仭の数人だけ)
趣味:ボクシング・剣道
好きな食べ物:日本食(千仭か妹の作ったもの)
嫌いな食べ物:タコ
得意ジャンプ:四回転ジャンプ(全種の着氷率は九割九部九厘)
アメリカスケート界では一度も敗れたことがなく、王者として長年頂点に君臨していたが、千仭が現れて敗けてからより一層、技術に磨きがかかった。
五回転ループまでを手に入れており着氷率は五割。
ずっと一人で友達と呼べる存在が居なかった彼にとって千仭は初めてできた友達でありライバル。
驚異の成長速度と適応能力に追い抜かれるかもしれないという恐怖がありながらも『全力』で相手をしてくれるかもしれないという喜びの方が強かった。
しかし、彼の過去に受けた傷やトラウマ、練習時の負傷などの情報が精神を圧迫し、全米選手権、ジュニアGPでは実力を発揮できず負ける。そのことを悔やんでおり千仭がやめると言い出した時は自分を強く責めていた。
日本でスケートを続けるとコルニウス先生に聞いて五回転を習得し、名港杯と同時期に行われた大会で披露した。
一時期、リースフェルト家で千仭を預かっていた時期があり妹が非常に懐いていたことに軽く嫉妬していながらも彼が良いなら妹を嫁にと考えている。
そして、今年のジュニアGPで対決するために今、全力で鍛えている。