氷上ヘテロスタシス   作:葛城イロハ

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 輝くメダルに少年は憧れた。
 理不尽な現実に少年は絶望し、憎悪した。
 そして、彼は王者となった。あらゆる感情を捨て、命を投げ打って勝利を掴んだ。
 だからこそ、全てを捨てた彼を許さない。
 いらないなら俺に寄こせ。
 存在を認知し理解したな。なら勝負だ。
 己が存在を賭けて、こと切れるまで死合おうじゃないか。


Absolute duo

「ねぇ、千仭。今日、アンタの家行くから」

「えっ……」

 

 早朝、いるかさんにそう言われた。

 ここ、学校よ? 人目とかあるのに聞かれたら不味くない?

 そんなことはお構いなしに彼女は不機嫌そうに目つきを鋭くさせて聞いてくる。

 

「何? 駄目なの?」

「いや、良いよ」

「そう。じゃ……後でね」

 

 そう言っているかさんは机に突っ伏して寝てしまう。

 えぇ……。

 困惑している俺はその日、授業にあまり集中できずに終わった。

 

「……」

「いるかさん?」

「何……?」

「近いよ」

 

 放課後になって家に帰っているのだが、いるかさんの距離が近い。

 腕を組むまではいかないが腰部分を引っ張られている。正直、ひっばられているから歩きにくい。

 

「どうしたの?」

「何が?」

「いるかさん、何か変だよ? 何かあったの?」

「……けんか」

「え……」

「親と喧嘩して帰りたくないから……泊めて」

 

 親と喧嘩。

 俺には想像できないことだった。

 俺の中での家族は温かく、心地良いものという思いが強く。喧嘩をするという考えがない。

 

「まぁ、泊まるのは良いよ」

「そう、なの……?」

「だって、帰りたくないんでしょ? 俺が泊められなかったら五里先生に言うからね。でも、知られたくないんだよね」

「そうだけど……」

「だからさ、共犯ってことで手を打とうよ」

「分かった」

 

 決して褒められたことではないけど、連絡だけは内緒で入れる。

 五里先生もよその家の事であるがゆえに中々手を出しにくいということも知っているし、日本は向こうと違って集団心理がものを言う国だ。

 本当に面倒だから隠す。

 別に後ろめたいことは何もないので普通にしていればいい。そう思いながら帰宅した。

 

「いるかさん、夕飯にリクエストってある?」

「何でもいい」

「それが一番困るんだよねぇ」

「じゃあ、味噌汁とおにぎりだけでいい」

「それだけ?」

「今日は、あまり食欲がないから……」

「オッケー。分かったよ」

 

 ならば、今日は野菜多めの味噌汁におにぎり2個と簡単なモノに決定した。

 

「米をメインにするなら……今日は土鍋でやろっと」

 

 食器棚の一番下の棚から土鍋を取り出す。

 米が入ったボウルに7割ほど水を入れて2~3回ほど混ぜ、水を捨てる。一回目は特に水を吸いやすいので手早くやらなければならない。

 水を切ったら20回ほどかき混ぜ、流水が米に当たらないようにボウルに入れて軽く混ぜたら水を捨てる。今回は新米なので3回ほど混ぜたら30分は浸水させる。

 そこから沸騰するまで中火で、沸騰後は弱火で20分ほど火にかける。

 最後に10分ほど蒸らせばOK。

 その間にちゃっちゃと味噌汁を作ってしまう。

 

「ははっ。何か――」

『お前、今……楽しいって思ったな?』

「は?」

 

 振り返っても誰も居ない。

 だが、確かに声が――。

 

『聞こえたか?』

「……」

『何、楽しんでんだよ千仭』

「何を……言って……」

『お前が今まで勝つことに執着して俺に気付かなかったからなぁ! まぁ、利害が一致していたから何もしなかっただけだけどなぁ』

「なら、何で今更……!」

『まぁ焦んなって……今回は挨拶だけだ。今は何もしねぇよ』

 

 一見、軽薄そうに感じる声音だが、いつでも主導権を奪い取ることができるんだぞという確かな確信がある。

 

『キヒッ! 日本(こっち)に来るときにスケートなんて辞めてりゃあ苦しまずに済んだのによぉ! まぁ、おかげで俺は生き残ったから感謝してるんだぜぇ! だからよぉ……簡単に飲まれてくれんなよ』

「調子に乗るなよ」

『そうこなくっちゃなぁ! 俺はいつでもお前を見てるから油断すんなよ』

 

 ゲラゲラと笑い声を上げながら、その声が聞こえなくなる。

 

「千仭?」

「……いるかさん」

「ちょ……! 大丈夫⁉ 顔色が悪いじゃん!」

「大丈夫……少し、昔を思い出しただけだから……」

「でも、アンタ……」

「大丈夫だから」

「……ッ! 分かった。本当にヤバかったら言って」

「うん。心配かけてごめんね」

 

 どうにかいるかさんを引き離し、呼吸を整える。

 初めて存在を知ったが、あれは二年前の俺だ。

 誰も信用せず、心を許さず、他者を圧倒し蹂躙することで己を守ってきた俺自身。小さく萎み、消えかけていた残り火が再燃し、戻ってきた『復讐心』そのものなのだろう。

 身を焦がし、灰にしてしまうほどの炎が俺の身を焼くのか。あれを御することができるのか分からない。だが、これで明確になったのは俺自身にタイムリミットができたことだ。

 今の俺はきっと、復讐という炎に耐えられず飲まれる。

 

「分かりやすいタイムリミットだな……」

 

 目の前にいるのは過去の自分(全米王者)だ。

 ただ内にある復讐心と憎悪。誰も寄せ付けない圧倒的な力による勝利に酔った俺自身。

 自分も他者を尊ぶことを捨てた自尊心の慣れの果て。攻撃的で残虐性しかなかった暴君。

 勝利へのエゴと愛した両親の願いから生まれた怪物だ。

 俺はこいつを超えていかなければならない。

 代償として与えられたのは俯瞰視点。俺が見ている世界をこれを通してアイツも見ているということだろう。異変はずっと前からあった。

 

「ははっ……じゃあ、やるしかないか」

 

 五回転ジャンプ。

 奴なら簡単に熟すだろう。もしかしたらシリウスすら超えている。そいつに俺は勝たなければならない。

 誰かに負けるのは構わない。だが――

 

「自分にだけは……負けられねぇな……!」

 

 

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