氷上ヘテロスタシス   作:葛城イロハ

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 種火は萎み、弱弱しく灯っていた火は新たな薪をくべ、猛々しく燃え始める。
 炎は全身を駆け巡り、新たな活力となる。
 その眩しさは揺るぐことのない光を放つだろう。
 


氷上指導前

 あの衝撃的な出会いから翌日、俺は中学校に来ていた。

 色々と話したいことがあったし、話さなきゃいけないこともあったのにドタバタして結局話せず仕舞い。

 上の空で学校に来ている。

 早く終わらないだろうか。

 

「じゃあ、淵藤くん。自己紹介を」

「はい」

 

 教卓の前に立って自分の名前を書き込む。

 苗字が画数多いから微妙に時間かかるんだよな。などと思いながらも振り返る。リンクに立った時のような時とは違う緊張感があり新鮮で少し、深呼吸する。

 

「皆さん。初めまして。アメリカから転校してきました。淵藤千仭です。一年と期間は短いですがんかよくしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

「はい、じゃあ……淵藤くんに質問ある人は居ますか?」

 

 先生。

 小学生じゃないんだからこれで終わりにしてくれよ。

 授業を始めましょうよ……などという浅はかな考えは汲み取ってもらえず一限丸々と質問タイムになっていた。

 誕生日とか好きな食べ物とか無難な質問が飛んでくる。

 

「あの……」

「ん? えっと次はキミで……」

 

 ちょっと気弱そうな女の子。

 でも、なんだろうか。このキラキラした目は。

 

「えっと、淵藤くんって……一年目で世界ジュニアGP王者になった淵藤選手ですか」

「よく知ってるね」

「お母さんがスケート好きで、私もたまたまテレビを見てたので……」

「それでも見てくれてありがとうございます」

「あっ……はいぃ……」

 

 顔を真っ赤にしながら席に着く。すごく緊張していたのだろうか。悪いことをしたな。これで終わりかと思っていると、後ろの席にいる男の子が手を上げた。

 何処か嘲笑するような笑みですごく癇に障る。

 

「ねぇねぇ、そのジュニアって始めて一年で勝てるもんなの? 俺でもできるかなぁ~」

 

 そんな質問を投げてきた。

 そうしたら窓側の席の女子生徒が今にも彼に掴みかかりに行きそうな雰囲気だった。

 

「無理だよ。キミみたいな斜に構えてるお調子者はあっという間に潰されるよ」

「じゃあ、淵藤。お前は何でできたんだよ!」

「俺?」

 

 そう聞かれ、当時のインタビューでも見ろよと言いたかったが、俺も止まれる気がしなかった。

 

「殺された両親の敵だったから」

 

 そう答えると緊張感あふれる教室が冷え込む。

 ひどく底冷えするような声音。久しぶりに出たな。男の子もあまりの気迫に顔面が蒼白になっている。今の俺はどんな顔をしているのだろうか。

 

「俺は、勝手に復讐心を抱いて、両親の約束を理由にやってた。ストレスが凄すぎて月単位で寝られなくて、ただひたすらに滑ってたよ」

 

 両親は、俺の家族は――どこにでもいる平凡な家族。何不自由なく、やりたいことができた。それを身勝手な理不尽が全てを壊した。

 誰が悪い、何処にぶつければいい。行き場のない怒りを発散する場所がスケートリンクだった。

 馬鹿にしていた奴がお前よりも上手く、強かったらどれほど気持ちがいいだろうか。

 刻みつけてやるよ。

 お前らが奪った以上の栄光を亡き両親へ捧ぐ為に。

 

「生半可な決意なんて要らない。本当に死ぬ気で努力した奴が掴む栄光なんだよ。軽々しく『俺も出来る』なんて口にしないでくれ。不愉快だ」

「ご、ごめん、なさい……」

「いや。俺もゴメン。これはもう終わった気持ちだから。八つ当たりしてごめんね。でも、知っていてほしいんだ。俺は、そういう暗くて怖い気持ちを糧にしてここまで来てしまったんだってことを」

 

 男の子は本当に泣きそうになっているので速攻で謝りどうにか場を治めたが気まずい空気になってしまったな。先生の方を向くとちょっと焦った様子で俺と場所を入れ替わる。

 

「じゃ、じゃあ、淵藤くんは岡崎(おかざき)さんの隣ね」

「わかりました」

 

 俺は後ろの窓際の空いている席に座る。

 綺麗な子だった。

 鴉羽色のロングヘア―で顔は小さな卵型の輪郭。小ぶりだがスッと通った鼻筋の下には桜色の唇が華やかに彩りを添えていた。

 やや目つきがキツめだが、実に絵になる。

 

「何?」

「今日からよろしくお願いしますね」

「あっそ……」

 

 ちょっと気まずいなぁ。

 暗い雰囲気にしたせいで何て言ったらいいかもわからずに授業が始まってしまうのだった。

 

                   ***

 

 特に何もなく、放課後になってしまった。

 俺が両親の死に関して話したせいでクラスメイト達は遠慮がちになりながらも話しかけてくれた。気にせず普通に話しかけてくれていいよとは言ったものの、今日はそういう雰囲気ではないのが分かっているのか、みんなそそくさと帰ってしまう。

 今日は挨拶回りで休みますと高峰先生には連絡してあるから大丈夫だが、少し困ったことが起きた。

 

「……」

「……」

 

 岡崎さんがこちらをジッと見てくるのだ。

 話しかけてくるのならまだしも授業中もこちらを凝視してくるのだ。

 

「ねぇ……」

「な、何でしょうか……?」

「何で家族のためにスケートやってんの?」

「俺がそうすべきだと思ったからだよ」

 

 するべきことはアメリカで全部やった。だから日本に来た。だけど、しぼんでいた火種にコルニウス先生たちが新しい薪をくべてくれた。

 だから続けるだけ。

 

「実はさ……俺はもうやめるつもりだったんだ」

「じゃあ、何で続けてんの? やめればいいじゃん」

「両親との約束を思い出したんだ」

「約束?」

「うん。オリンピックで金メダル取るって。向こうでは無理だってバカにされてたの思い出したから嫌がらせしてやろうと思って」

「ふ~ん」

 

 岡崎さんは興味深そうにチラチラとみて微笑んだ。

 

「面白いじゃん」

「ハハッ! 俺は馬鹿にされたら根に持つので絶対に後悔させてやるって気持ちなので……って岡崎さん、ごめん! もう行かなきゃ!」

「ん? 練習?」

「挨拶回り。コルニウス先生伝手で色々お世話になってる人に挨拶しないといけないので……」

「ふ~ん。じゃあ、またね」

「はい!」

 

 そう言って俺は走って教室を出ていった。

 

 

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