氷上ヘテロスタシス   作:葛城イロハ

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 氷の上は誰もが平等でありながら牙を向く相手を選ばない。
 故に鎬を削り、誰よりも上手く、誰よりも強くなるために牙を磨く。
 例え、出遅れたとしても――勝利の女神は平等にチャンスを与える。だからこそ、そのチャンスを掴むために彼らは跳ぶのだ。


氷上指導

 ルクス東山のリンクで俺はスケーティングの練習をしている中、明浦路先生とその教え子である結束(ゆいつか)いのりのレッスンを見ていた。

 前髪を編み込んだ可愛らしい女の子。

 線も細く傍目からでも少々筋力不足に見える。それでも尚、滑りが上手い。素質があるのは分かる。それに明浦路先生の指示も的確で初心者故に経験者特有の独自の癖もない分、すぐに修正できている。

 

「すげぇな」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。

 三日目でフォアクロスが滑れるのは呑み込みが早い。この調子ならすぐに一級レベルになれると思う。

 休憩時間。俺はベンチに座って水を飲んでいると結束さんがリンクの子を見て暗い表情をしていた。

 自分よりも小さい子がスピンやジャンプができている姿を眺めている。

 

「大丈夫だよ」

「え……!」

「急に話しかけてごめんね」

「あ……その……」

「そんなに不安にならなくていいよ。キミ、三日前に来てた子だよね?」

「は、はい」

 

 緊張している様子なのでさりげなく隣に座らせてしまう。

 

「なら、すぐに跳べるようになるよ。夕飯をたくさん食べてよく寝て鍛える。今から身体をしっかり作っていけばすぐに上手くなるよ」

「そうかな……」

「あとは、気持ちかな」

「気持ち……」

 

 練習に対するモチベーションの高さで成長曲線は大きく変わる。

 俺が最たる例とコルニウス先生が言っていたのを思い出す。絶対にのし上がっていくという気概と復讐心という執念を持って肉体性能を極限まで引き上げる。そうやって身体が心についてくるようにした。

 この子にも心に燻ぶる『炎』があるように感じた。

 今は消えてしまいそうなほど小さいけど、何かしらキッカケで燃え上がれば彼女はきっと俺と同じように羽ばたくだろうと思えてしまう。

 

「そう。気持ち。キミが今、何をしたいのか、何をやりたいのかは言葉と行動で証明しないといけない。その思いを嘘にしないためにね」

「嘘にしない……」

「あぁ。やりたいことがあるなら伝えた方がいいよ。俺は、伝えることができなかったから……」

「お兄さん……」

「何か気を遣わせちゃったね。ごめんね」

「い、いえ……! そんなことは……」

 

 などと話していると結束さんの母親が来た。

 それに気づいた明浦路先生と高峰先生がズンズンとこちらに近づいてきた。

 

『今月のバッチテストを受けましょう!』

「今月⁉」

 

 お母さんは驚いている様子だが今日のレッスンを見る限り、よほど緊張してガチガチにならない限り落ちないだろう。

 バッチを高峰先生に見せてもらっておりおどおどしてた目に熱が宿っていた。

 

「今月受けたいです!」

 

 すごいやる気だ。

 

「そしたら試験後からスピンとジャンプの練習を始めましょう」

「え⁉」

「いのりちゃんそろそろ好きな曲を探し始めてね。ジャンプが跳べたらプログラム作るから」

「ひやったあああ!」

 

 と飛び上がって喜んでいる。

 俺はどうだったろうか。当時を思えば俺は、人前で笑ったり喜んだりできる精神状態ではなかった。だからあんなに喜んでいる姿を見るとこちらも嬉しくなってしまう。

 

「良かったね」

「あ、お兄さん」

「頑張れ。応援してるよ」

 

 そう言ってから約二週間後。

 結束さんは初級合格と先生伝手に聞き、ルンルン気分でリンクに入ろうとするところで自販機で飲み物を買ったところであることが耳に入る。

 

「結束いのりって子なんなの? 本当に嫌なんだけど」

 

 はっ――?

 

「あの子11歳なんだって」

「あの先生入って来たばかりでしょ? なんであの子は見てもらってるの?」

「なんであんな出遅れた子を可愛がるのかしら」

 

 俺も言われたことがあるからわかる。

 向こうでは陰湿で攻撃すらされた。もう、誰も守ってくれない。なら、強くなるしかなかった。全員を黙らせるくらい。

 金を積んで強くなるなら誰だってやるさ。運も才能? そんなものは極限まで技術を磨き、勝利の執念を持った者たちが掴むものだ。

 氷の上で勝負すらしたことのない人がそんな言葉を吐くことが許せない。

 

「あの……子供たちがいる所でそんな話するの、やめてもらえません?」

「何、貴方」

「世界ジュニア王者の淵藤千仭です。申し訳ありませんがそういう話は下の喫茶店などでお願いします。他の親御さんや子供もいます。なのでそういうお話をする際はもう少し声のトーンを落としてください。迷惑です」

 

 あぁ、やっちまった。

 そう思いながら保護者の間を抜けると黒髪の少女に手を引かれる結束さんに会ってしまう。

 目元は泣きはらしたように赤くなっておりあの話を聞かれていたというのが分かる。

 

「あ、お兄さん……」

「結束さん。気にしなくていいんだ」

「え……?」

「他者の評価を気にする必要はないんだよ」

「そうそう。氷に乗れない人の言葉なんて信じなくていいよ!」

 

 俺たちはそのまま氷の上に立ち、滑る。

 黒髪少女は思ったより速い。と言いつつ俺はバックで追走している。危ないのですぐに方向転換して前進する。

 この速度で結束さんはついてくる。

 少女はその姿を見てより速くなるがそれでもついていく。そして、少女が跳ぶ。

 綺麗な回転で軽快に着氷する。

 

「へぇ~良いね」

 

 などと言ってしまうが、結束さんは少女にぶつかり二人とも転倒してしまう。

 

「あ、大丈――」

「どうすればそのジャンプ跳べるの?」

 

 声を遮るほどの大きい声、ゆらゆらと結束さんは少女へと近づいていく。大丈夫かなと思っているともうマウントポジションをとって馬乗りしていた。

 そして『ジャンプ……』と言いながら泣きべそをかいていたので二人をとりあえず引き離し、近くの椅子に座らせて俺は明浦路先生を探しに行く。

 流石にストッパーがいないと何しでかすか分からない。

 

「あ、淵藤選手」

「明浦路先生、結束さんの所に行ってあげてください。自主練して待ってますよ」

「え⁉ 本当に? ありがとう。すぐに行くよ!」

 

 そう言って走って行ってしまった。

 大丈夫かな。ちょっと不安なのでちょっと様子を見に行く。

 遠目から少し観察するだけ。

 バッチを貰い、明浦路先生のパーカーの紐を握り、何かを話していた。そして二人でグータッチをしていた。

 

「どうですか?」

「あ、お兄さん」

「淵藤選手!」

「結束さん、キミは何を目指すんだい?」

「オリン……ピック、です」

「いいね。じゃあ、俺と同じだ」

「お兄さんもですか?」

「あぁ、だから一緒に頑張ろう」

「はい!」

「まずは、一級合格だな」

 

 やるべきことが決まり、結束さんは顔を赤くするが本当に相性がよさそうで良かった。

 俺も、頑張ろう。

 

 

 

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