「こうするほかないのです」
燃え盛る炎の中、母上は私に柄も付けられていない刀の茎を握らせる
「雅、目を閉じて、よく聞いて」
私の頭を撫でながら、優しい微笑みを携えて、母上は私に告げる
「これが…、最後の修行」
「やだ…」
刀を握る私の手を、包み込むように握りこんだ母上を見て、本能が拒絶の言葉を放つ
「雅、どうか、恐れず」
切っ先を己の胸に定めた母上を見て、私は思わず
「生きて」
「っ…!」
引き付けようとしたその腕を動かさまいと、必死に抵抗していた
「雅、お願い」
「…やだ、やだ」
今思えば、母上が”こうするほかない”と言った理由も理解できる
混沌とした旧都、もう助からない程に進行した浸食、近くに蔓延るエーテリアス
「雅…」
「やだぁ!」
ああする以外に、母上が私を助ける方法はなかった
非情だが、合理であった
だが、あの時の私は、どうしても、その選択を許容できなかった
だから
「ぁ…、どうか、お願い…致します」
「母…上?」
「……確と…引き受けた」
「え?……!?!?」
あの時、私の背中を押した兄様には、本来感謝すべきだったのだ
「愛して…いますよ、雅…」
手に伝わる、命の感触
流れる血、添えられた手、伝えられた愛の言葉
「あ、ああぁ…」
多くのものを残して崩れ落ちていく母上を見て、私は
「ああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!!!!!」
儀を成した直後で、無尾の御し方も知らぬまま、それが如何なる力かも知らぬまま
「なぜええぇ!?!?」
ミサゴ兄様に切りかかっていた
「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ!!どうして!?」
旧都陥落時、”時渡り”の活躍は知っているだろう
兄様がいなければ、旧都陥落の時の犠牲者は桁がもう1つ増えていたとも言われている
また1つ、”時渡り”がその称号に相応しい武勲を挙げたと、あの時には数少ない希望を持てるニュースであった
それだけのことを為していたあの時の兄様に対して
「なぜ母上を殺したあぁぁぁ!?!?」
未熟な私は、愚かで筋違いな怒りを、衝動のままぶつけていた
「裏切者!!うらぎりものぉ!!人殺し!!母上の…!!」
兄様とて、ことここに至る以前に、相当な消耗をしていたはずだ
本来であれば、私たち母娘など見捨てていればよかったのだ
更にその子供の癇癪になど付き合わなければ、もっと多くの民を救えたはずなのに
「カタキぃぃぃぃ!!」
悲しそうな、苦しそうな、泣いてしまいそうな、辛そうな
あらゆる負の感情を詰め込んで、飲み下して
そんな辛苦の表情をしながらも、母上の願いに”確と”と答えた兄様は、私を決して見捨ててくれなかった
だから、私は今ここに居る
あの時兄様が救えたはずの人々に、命を賭した母上に、そして私を救ってくれた兄様に、報いるために
兄様は、今でも必ず、どこかで生きている
いつか、また、どこかで出会えたなら
あの時の過ちを謝罪できることを、心から願っている
@@@
血まみれのアイツが、すぐ隣に倒れている
「…おい」
目が覚めたら、そんなあり得ない光景が広がっていた
「…なぁ、返事しろよ」
俺をここまで引き摺ってきたのか、あの戦いをした場所とは少し離れているようだが、未だホロウの中
「冗談キツイぞ、さっさと出ないと、流石に浸食が…」
何故か固く握っていた右手にさらに力を込めながら、アイツを揺り起こす
「………あぁ」
「やっぱり起きてたか、ほら、行くぞ」
目を少し開けたかと思えば、酷く掠れた声で返事が返ってくる
全身に痛みが走るが、無理にでも動かしてコイツ共々ホロウの外を目指さなければ
「移動するぞ、立てるか」
「……なぁ、ミサゴ」
モゾモゾとのたうつように上半身を起こし、アイツの肩を担ごうと試みる
「なんだ」
「…これを、お前に」
そう言いながら、アイツは刀を俺に差し出した
「…なんの冗談だ」
「冗談、じゃない」
持って支えているのもやっとなのか、刀はプルプルと震えている
「私は、ここまでだ」
「!!っざけんな、寝言言ってないでとにかくここから」
縁起でもないことを言い始めたので、一喝して、肩を担いで動かそうとすると
”パキッ”
「は?」
担ごうとしたアイツの左腕が、根元から”割れた”
「な……」
「ミサゴ」
呆然とする俺に、アイツはやけに冷静に名前を呼んできて
斬れ
とだけ言った
「何を」
「時間がない、このまま私の浸食が進めば、お前を殺すことになる」
そう話している間にも、アイツの体の至るところからエーテル結晶体が晶出していた
「最期の、我儘だ、私に、大切な人を殺させないでくれ」
「お前…、そんな…、何で」
アイツの表情は、これまでに見たこともないほどに安らいでいたというか、優しい顔をしていて
それでいながら、目の奥には強い意志が在った
「ミサゴ、頼む」
「………」
心が絶叫する、”嫌だ”
理性が諭す、”他に道はない”
内心はグチャグチャだったのに、気づけば俺の手は、アイツの刀を握っていた
「今だから、言える…、私は、貴方のことを」
こっちは必死に覚悟を決めてる最中だってのに、アイツはいきなりそんな前置きをして
「心から、お慕い申し上げておりました」
「っ……何で、今なんだよっ」
声が、涙が、感情が、想いが、詰まる
それでも体は淀みなく動き、鞘から刀身を抜き放ち、構えた
「私は、果報者だったぞ」
「そうかよ」
アイツは目を閉じ、全身の力を抜いて
「俺だって……、俺だって、お前のことが…っ」
「ミサゴ」
ふと、最期の”迷い”が、口から出そうになった
それが出てしまえば、そこで共に果てる選択をしてしまったのかもしれない、そんな世迷言
それすら遮って、アイツは
「後を頼む」
「………」
まるで満ち足りたような笑顔だった
苦しいことも、後悔の念もないと言わんばかりに
何もない、何てことのない、ありふれた地獄の中
大切だった人を、この手で終わらせた
そこに残ったのは、とある虚狩りの愛刀が一本と、愛用の漆黒の外套が1つ、そして
「ッッッーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
とある虚狩りが愛した、次代の虚狩り(笑)が、1人
”後を頼む”
「……確と引き受けた」
虚狩り(笑)は、歩き出した
@@@
課長の様子がおかしい
いや、世間一般で言う”普通”とは普段からかけ離れた人であるということを踏まえた上で
課長の様子がすごくおかしい
いつもは仕事も鍛錬も、猫も杓子も修行修行って言いながら真面目に取り組んでいたけど
今は
「柳」
「駄目です」
さっきから
「…柳」
「駄目です、26回目ですよ、課長」
なんというか、いつもの集中力はどこへやら、フワフワと浮ついたような雰囲気で、仕事に身が入っていない
それもこれも
「そろそろ帰ってきてもおかしくないのではないか?」
「まだ出発して37分しか経っていません、スケジュールでは全体で3時間、残り143分はありますよ」
先日の大規模零号ホロウ調査遠征
全行程の8割を完了し、もう一息というところで起きた、突然の”大規模エーテリアス群体出現”
先行部隊の指揮に当たっていた月城柳副課長の尽力により、初期対応は成功
しかしその後の増援到着までの遅滞戦闘において劣勢に陥り、あわや死者が、というところで現れたもう一人の虚狩り
(課長はミサゴ兄様、って呼んでたけど、星見家の縁者なのかな?)
彼と出会ったその日、課長が引っ付き虫のように彼の腕を掴んで離さず、そのまま医療施設へ
検査の間も片時も離れず、さらにその後は半ば強引に彼の6課への加入を発表
呆然としていた彼をを引っ張り、星見家にまで連れて帰ったらしいというのが、1週間前のこと
(まさかあの”時渡り”をこの目で拝めるとはね、と言っても厄介なネタをこれでもかと持っていそうなもんだけど)
事実、厄ネタの宝庫なのだろう
課長は6課所属を理由にして、外部からのあらゆる干渉を跳ね除ける算段だったみたいだけど
僕らの所属組織であるH.A.N.Dをはじめ、防衛軍、治安局、シルバースター学会、果てはTOPSまで
新エリートのありとあらゆる組織から彼への面会や出頭の要請があった
いくら当代の虚狩りであるあの対ホロウ6課課長 星見雅といえど、今回は相手が悪かった
「柳」
「駄目です」
今日は治安局への出頭だったかな
これまでにあった”時渡り”と思しき人間が関わった可能性のある事件、事故、それらについて事情聴取があるらしい
その案件というのが溜まりに溜まっているらしいので、3時間っていう予定ではあるけど、まずその時間じゃ帰ってこれないだろうな
「……」
「駄目ですよ、課長」
スクッと立ち上がったかと思えば、即副課長に釘を刺され、また静かに座る課長
どーーーしても彼の近くにいないと落ち着かないらしい
うーん、こうも平静を欠いた課長は見たことがないし、何とかしてあげられないか少し考えてはみたけど
如何せん、相手が相手だ、僕なんてお呼びじゃないだろうな
(どうしたもんかな)
なんて、柄にもなく自分にできることを思案していると
「僕、取りますよ」
電話がかかってくる
「はいもしもし〜、こちら対ホロウ6課オフィス、ご用件をどうぞ」
『もしもし、私は治安局所属、都市秩序部捜査課・特務捜査班班長の朱鳶と申します』
肩書きなっが
『突然のお電話で恐縮なのですが、本日こちらにいらっしゃった”彼”の件で少々…、トラブルが』
「ミサゴさんの件でトラブル?」
「何?」
「ヒュッ」
音もなく、気配もなく、目の前に突然課長が現れた
心臓が止まるかと思った
「悠真、変われ」
「ちょ」
「こちら対ホロウ6課、星見雅だ、要件を聞こう」
『雅…?』
「…朱鳶か?話が早い、一体何があった」
『何と言えばいいのか、えぇと、そうね、彼はつい先ほど治安局に到着したのだけど』
「あぁ」
『その…、こちらのとある治安官の顔を見た途端、酷く取り乱して』
「兄様が取り乱した?」
『兄様…?あぁいえ、今はそこじゃないわね、そう、何だか”どうしてここに居る!?”とか、”幽霊!?”とか、こちらも何が何だかわからないことを口走って』
「……」
『そのまま走って、治安局から逃げ出してしまったのだけど…』
「わかった、それはこちらで対応しよう」
『待って、既にその”とある治安官”が直々に彼を追跡しているわ、今どのあたりにいるかこっちで確認を…』
話が纏まりつつあるのか、課長が今にも受話器を置いて走り出して行きそうな雰囲気を感じた、その時
「何で追いかけてくるんだよぉおおおお!!」
「お主が逃げるからであろう」
少し遠いところから、そんな叫び声が聞こえた
「!!」
『え?ちょっと雅!?もしもし!?』
受話器を放り投げ、声がした方へ課長が走り出す
何事かと、副課長も走り出したのを見て釣られて僕もそれに続いて
現場へ辿り着いて見ると
「人の顔を見るなりその対応は感心せぬな、そのように育てた覚えはないぞ」
「いやまだだ、まだ別人の可能性もある、俺の記憶の中の姿そのままだが、あの人の遺伝子が余りにも強く出過ぎた隔世遺伝的なやつの可能性が…」
「……未だ信じておらぬのか、相分かった、聴衆も増えてきた故、ここは改めて名乗ろう、我の名は」
うつ伏せに倒れた彼の背中に、胡坐をかいて座り込む小柄な治安官の女性
どういう状況なのかとこちらが混乱していると
「青衣、と申す。久しいな、ミサゴ」
「…………うそぉ」
状況はよくわからないけど
これはまた、かなり大きめの厄ネタが見つかったんじゃないかな?