オラリオに至る病   作:ヤン・デ・レェ

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道の果て(シル) 完結

黒竜を含む『三大冒険者依頼』の完遂により、世界は一つの節目を迎えた。

 

新暦が考案され、年号が変更され、そして誰もが一つの時代が終わり、新たな時代が幕を開けたことを認識していた。

 

それは日常生活の中での実感に加えて、浮ついた世間の雰囲気が無言の内に訴えた、期待や予感を反映した精神的な現象だった。

 

新たな時代を何と言うのか、人々は口々に案を出し合った。

 

この新たな時代に何と名づけようか。

 

エルフの時代…とは言えないだろう。

 

著名なエルフは両手では足りないほどにいるとしても、それはドワーフもパルゥムもヒューマンも、他の種族にしても依然として同じだ。

 

大公の時代…というのもナンセンスだ。

 

静かなもので、あれから十年以上も経つというのに、戦争は起こることすら許されず、大公が大々的に活躍したという話はない。

 

また、『三大冒険者依頼』を達成に導いた大偉業を手にしても、この栄光を、大公が何らかの駆け引きに利用したことは皆無であり、外交的な主導権は手放さずとも、特定の人種や思想を弾圧することもなく、大陸統一に動くこともなく、また大公国の版図拡大を企図することもなかった。

 

寧ろ、軍備の縮小を推し進め、古参近衛隊を除いて、国軍と国家憲兵から始まり、帝国の軍備自体を大幅に縮小し、その規模は最盛期である『三大冒険者依頼』戦役時の三分の一にまで抑えられた。

 

一方で、溢れた人員を警察、消防、自警団などへと配属しなおし、彼らを正式に軍属から除外した。

 

踏み切ったことは大胆な軍縮だったが、内実としては軍備の整理であり、半ば国民軍と化していた帝国と大公国の軍隊を解体し、志願兵や軍人の家系のみで構成された常備軍へと生まれ変わらせるための荒治療であった。

 

続けて、戦争の時代という呼び名も考えられるが…これは、無事に阻止されたと言って差し支えないだろう。

 

『三大冒険者依頼』の達成後、ラキア王国は幾度目かの帝国侵攻を企図したものの、この機先を制する形で帝国が布告を出したことで、以後の侵略計画を含めて、それらはすべて白紙化された。

 

布告の内容は「地上に擾乱を齎した神からは人権を剥奪する」というものであり、暗にも明にも、アレスに対する最後通牒に違いなかった。

 

ラキア王国は他国に対しての戦争ならばと考えたものの、布告の範囲は『地上』と明記されており、少なくとも神々が下界と呼ぶこの地において、その範疇から逃れることは難しかった。

 

好戦的な国家を沈静化させる為に、大公国並びに帝国は共同して非軍事的な解決が優先される、紳士的な国際政治体制の構築に邁進した。

 

戦争を回避することが、常に戦争を選ぶ以上に利得が大きいものとして認識させるために、如何なる立場においても価値があり、如何なる立場からも指図を受けない、公正な利益分配用のプールが求められたが、外交的な協働という条件を呑ませるために、この役目をオラリオ大公国が背負った。

 

ダンジョンはパンドラの箱であり、モンスターにより齎される被害と、その素材による恩恵は、禍福の二面性を象徴するものであった。

 

オラリオという底が見えない、危険な、だが魅力的な牧草地の門戸は常に、誰に対しても解放されているが、その豊かさを享受する以上は無条件にこれの維持管理の為に義務を負うべきである。

 

そのような論理に基づいて、オラリオは大公という君主を戴きながらも、その領域を自由経済都市として位置づけた。

 

素材の買占めなどは許されず、価格のつり上げや独占売買なども公的に禁止された一方、工房の民営はそのままに、常に国家の業務が一定数流入する仕組みが整えられた。

 

誰であれ冒険者になることができ、誰であれオラリオで仕事に就くことができ、誰であれオラリオで暮らすことができる。

 

それは、この都市が本来持っていた懐の深さを、この先も生かし続けるという意思表示だった。

 

帝国との友好は傍目に見ても明らかだったが、帝国の一部であるにもかかわらず、否、であるからこそ帝国による掣肘はこれを一切受け付けなかった。

 

大公その人の経歴が雄弁にその根拠を語り、オラリオは実質的に誰のものでもないが、誰のものでもあるという状態に行き着いたのだ。

 

では、今度は、神々の時代と言うのはどうだろうか。

 

いいや、これは終わった時代の名前だった。

 

そうだ、神々の時代は終わったのだ。

 

『三大冒険者依頼』の達成後、大公国と帝国は領域内の全ての神々に公的な人権を認めた。

 

改めて認めた、と言うべきか…これまでも神々の扱いは人間の扱いに準じたものが適用されてきたのだが、ここにきて明文化されたのである。

 

神々の反応は様々で、一つ共通して言えることは、今までとほとんど何も変わらないだろう、ということだけであった。

 

それは形式的な禊でしかなかったかもしれないが、彼らは徐々に違いを理解することになる。

 

彼らはこの先、この不確かな世界で、ちゃんと生きなくちゃならないのだ。

 

この不完全な世界の中で、神々は人として扱われる。

 

善いことをすれば善く、悪いことをすれば悪く扱われるのだ。

 

神であることは非難の対象ではなくなるが、同時に地上の法からも、地上の罪からも、地上の苦楽からも、免れる理由を失うのである。

 

これまでもそうやって地上に生きてきた神々にとっては、変わりあいのない日常が、この先もずっと保証されるだろう。

 

だが、そうではなかった神々の場合は、幾らかの修正を迫られることもあるだろうが。

 

では、では、英雄の時代だと呼べるのか。

 

この呼び名もまた、難しいところだろう。

 

新たな時代を切り開いたのは、確かに英雄的な実力の賜物であった。

 

しかし、ベヒーモスはゼウス・ファミリアのザルドが、リヴァイアサンは近衛隊のアルフィアがそれぞれ最後の一撃を与えて討ち取ったものの、最大の脅威であったはずの黒竜だけは、誰が倒したのかと問われれば特定の誰かの名を挙げることができない。

 

おまけに、前者の怪物二頭分の素材は世間に出回ったものの、黒竜の素材は眉唾物として存在しないことになっており、実際にほとんど流通しなかった。

 

脅威は去った…はずだが、最後の英雄は黒竜と同様に不在だった。

 

神々の思惑は外れたが、ザルドとアルフィアが最後の英雄として語り継がれることに誰も異論はなかった。

 

新しい時代において、果たして英雄が生まれ得るのかと問われれば…大公は「英雄が必要とされない」ことこそが、或いは「健全さ」の証明であると断言するだろう。

 

誰か、高度な倫理を持つ者が、自己犠牲を訴えて不条理の輪を広げ、自己犠牲の為に我が身を捧げるような場合、そのような状況下にある時点で倫理は死んでいるのだ。

 

倫理が生存している環境下において、そのような振る舞いは許容されるべきではない。

 

ただ、大公は英雄から必要性を奪うことを志向しつつも、英雄を嫌悪しているわけではない。

 

それだけは断言できる。

 

彼は英雄の人格と人間性とが剥奪され、一種の非人間的な機械へと堕ちることを断固として回避するために、英雄に対する過剰反応を抑制することを是としているのであり、英雄願望や人造英雄に対する嫌悪感は皆無と言ってよかった。

 

寧ろ、神にしても、英雄にしても、人に望まれてこそ生まれてくるものであり、その存在を否定することは、森番としての職務怠慢を、恥知らずにも糊塗しようとするが如き悪徳であるとさえ考えていた。

 

故に、ザルドとアルフィアの功績を過剰に賞賛し喧伝することはなかったが、淡々と事実を開示し、彼らを毀誉褒貶から守ることに心を砕き、また群集心理による過剰な干渉から両者を保護する為に、先んじて神格化は死後に行われることを宣言した。

 

このことは、逆を言えば、死ぬまでは人間であることを意味していた。

 

英雄存在への抑制的な姿勢が功を奏し、英雄熱とも呼ぶべきものは、常識の範囲を逸脱することなく、緩やかな沈静の波にさらわれつつあった。

 

薄れていく熱狂に安堵ともの悲しさが過る者も決して少なくはないが、それは両者の功績が失われるわけでも、その偉業が忘れ去られるわけでもなく、道端で見かければ人々は興奮し、会釈し、喜んで道を譲るくらいはするだろう。

 

だから…英雄の存在が否定されることはないが、神々と英雄存在に過度に依存した体制では、もはや無くなるだろう。

 

それに合わせて、強力な個人の面影を残しつつも、あくまでも大きなうねりの中を、一丸となって泳ぎ渡ることが要求される時代が来るだろう。

 

切り拓く者たちに続く点は、今も昔も変わらないとしても、彼らに依存するというよりは、より役割分担的な意味で、世の人々は切り拓く者たちの後に続き、彼らの示したことに学び、彼らが残すものを継ぎ、これらを発展させていくだろう。

 

ただ、切り拓く者たちを搾取することは許されず、彼らが人間をやめることは金輪際、あってはならないことだ。

 

死後に神になるとも、人として生まれ、人として生き、人として死ぬのだ。

 

ならば、一体どんな時代と呼べるのだろうか。

 

時代が進み、十年を過ぎるころ、誰かがふとして言った。

 

「まるで『黄金時代』だ」と。

 

何気ない言葉は瞬く間に広がり、用意されていたかのように人々の口を席巻した。

 

だから人々は、この安定した時代を、『黄金時代』と、そう呼んだ。

 

 

 

 

 

 

『黄金時代』を生きた人間の中に、無数の人間の中の一人に、シルという少女が在る。

 

彼女が生まれた頃は、『三大冒険者依頼』の一角、『陸の王者』ベヒーモス』が討ち滅ぼされた頃だった。

 

彼女が生まれた頃、世界は既に、大分安定を迎えていて、オラリオはその安定の震源地そのものだった。

 

経済は戦時中でさえ揺ぎ無く安定しており、貧民街の住民はそのままに真新しい住宅街に代わっていたし、乳幼児死亡率は過去数千年で最も低かった。

 

母子ともに健康で生まれてくることが当然のことになっていたが、それでも孤児は存在し、育てられない子供は放置したり捨てたりするくらいなら行政に預けることが奨励されていた。

 

シルと言う少女も、言ってしまえば、安定した時代にもかかわらず生まれてしまった持たざる者の部類に組み分けされる。

 

それが健全な親の不在であったか、貧困からくる育児放棄であったのかは当人にも知り得ないが。

 

ともかく、何らかの理由に従い、彼女は生まれて間もないころに大公府の専門機関の手に委ねられた。

 

彼女にはシルという名前だけが残ったが、名付け親もわからない。

 

それでも、彼女は生きていたし、不幸になるべき道理もなく、罪があろうはずもなかった。

 

彼女は生きていてよいし、寧ろ、生きたいと願う限りは生かされるべきであり、生きていけるように施され、導かれて然るべき人であった。

 

そんな子供は、どんなに素晴らしく整った統治が行き渡った、この一つの街の中でさえ、毎年のように出て、数も一桁で済むことは稀だった。

 

大公は、こんな経験を、ずっと前から経験してきたし、納得は出来ずとも、理解していた。

 

だからこそ、どうするべきかも、とうの昔に決めていた。

 

子供は誰もが愛されて、何者にも脅かされることなく育てられるべきだ。

 

そして、生まれたということは、誰かの子供な訳で、誰かが親として存在している訳だ。

 

にもかかわらず、目の前の、子供たちには親が見当たらない。

 

何かしらの理由があり、本来、この子を育てるべき人が、育てられなかったのだ。

 

その何かしらの理由の根幹に、生まれ持ってのものは含めない。

 

ただ、才覚や意識では太刀打ちできない、環境や構造による困難が強いた結果だとするならば、誰が責任を持ち、この子らを育てるべきかは甚だ明白である。

 

その日、シルから親が居なくなったその日に、シルは大公の子供になった。

 

 

 

 

 

 

 

赤子の折に大公の娘として、小公女の地位を得たシルだったが、オラリオ大公家を構成する公子、公女は数多く、シルだけが取り分けて特別扱いをされていたわけではなかった。

 

それも当然で、少なければ少ないほど特別扱いをされてしまう恐れがあり、しかして自分の子供であることは否定できないのだからと大公が配慮した結果、子供たちは全員が大公の子供として、成人するまでは大公家の一員として保護されることが定められたのだ。

 

少なすぎれば特別扱いだが、大盤振る舞いすれば有難みも薄れるので、この作用を逆手にとり、子供たちが普通に暮らしていけるような環境を整えたのである。

 

ただし、地位は大公家の継承権を持つ大公子ではなく、あくまでも継承権のない地位であることを明らかに示す意味で、『小』の一字が頭に付け足された。

 

このような経緯により、慣例に則りシルは小公女として育つこととなった。

 

生まれこそ不遇であったかもしれないが、そこからのシルの人生においては、質素を経験することはあれど、間違っても貧困や悲惨を味わうようなことはなく、一端の公族としても、一人の淑女としても、また一般的な個人としても、何不自由なく育てられた。

 

シルは伸び伸びと成長し、長じるに従って美しくなっていったが、未だに進路は定まっていなかった。

 

小公女としての立場に甘んじることを父である大公は拒絶しないが、そこに留まり続けることには懐疑的であるようだった。

 

とはいえ、生まれてこの方、生活こそ質素倹約ではあっても、歴とした公族として扱われてきた人生を、ある日いきなり普通の一般市民として送るように修正せよ、というのも難しいものがあった。

 

その点は大公も重々承知の上であり、専ら、進路が定まらない子供たちには手取り足取り就労支援を行ってきた。

 

大公の親心もあり、彼の権限の及ぶ範囲で職を斡旋することも少なくなかったが、このような場合は大抵は当人に相応の実力が伴っている場合に限られた。

 

優れた子供がいれば、そうではない子供もいるわけで、彼らの大半はある程度人生経験を積んだ後で、途中から大公の子供に成った面々が多かった。

 

決して全員に当てはめられることではなかったが、中には大公以外の大人に不信感を募らせたままの者も、社会へ出ることや公子の地位を捨てることへの恐怖が大きい者もいた。

 

また、言葉を選ばずに言えば狡猾で、性格の悪い者とて当然だが含まれていた。

 

彼らは社会に出ようとしても、爪弾きにされることも多く、それは先方にとっては事実、必要な措置であり、決して間違っているとは言えなかった。

 

彼らの、世間一般的に言う『悪さ』や『弱さ』や『醜さ』と、大公は親として向き合わねばならなかった。

 

大公とて人間である以上は好き嫌いがあるが、そこで終始してしまえば、子供たちに対して不誠実である。

 

彼はそういう子供の『悪さ』を導き、『弱さ』を受け入れ、『醜さ』を赦し、それぞれの道を共に探した。

 

そして、人事を尽くしても道が見つからなければ、その時は自身の伴として、その生を終えるまで手元において見守った。

 

幸いなことに、大公の子供たちは常に、誰もが皆、親不孝な者たちばかりで、一人の例外もなく大公よりも先に逝った。

 

大公は成人し、自立し、遠方に去り、全ての繋がりを喪おうとも、死の床が迫れば必ず駆けつけて来て、これを看取った。

 

どこからともなく表れて、看取り、そして去っていく姿を見て、人々は死神になぞらえたが、一方で『揺り籠から墓場まで』を体現していると考える者もいた。

 

だから、シルがどんな道を選んだとしても、大公がこれを拒むことはまずないだろう。

 

経済的な理由はよほどの不徳を致さぬ限りはあり得ず、困難なことでも協力してくれるだろう。

 

自立した後でも、困ったことがあれば頼ることが出来るし、頼れば必ず手を差し伸べてくれるだろう。

 

無論、酷いことをしようものならば、然るべき懲罰をくわえられるだろうが。

 

なにせ大公は、助けを求められれば猫も杓子も助ける人であるし、倫理に悖れば猫も杓子も懲らしめる人だからだ。

 

だが、公正な人であった。

 

シルは、シルが生まれた時からずっと、ずっと父親の背中を見て育ってきた。

 

彼は仕事が忙しい人ではあったが、必ず家に帰ってきて、子供たちの顔を見て、子供たちに顔を見せる人であった。

 

とはいえ、子供一人一人と満足に触れ合うことは時間的にも、物理的にも難しいことではあった。

 

子供たちは下の子も上の子も、全てを含めれば数百を超えているというのに、大公の身体は一つしかないのだから。

 

大公が仕事をしている間、子供たちの面倒を看てくれて、実質的に育ててくれたのはイシュタルの眷属の娼婦たちであり、イシュタル自身が現れて構ってくれることもあった。

 

また、女の子はそれでも構わないかもしれないが、男の子はそうもいかないというので、彼らの面倒を看たのは専ら非番の近衛兵たちだった。

 

シルたちが暮らし、大人になるまで育てられたのは学園で、大公が仕事から帰ってくる場所も、大概は学園だった。

 

彼の屋敷は無く、大公府と執務用の小屋にある仮眠室を除けば、彼の私的な空間が用意されているのは学園にある私室だけだった。

 

とはいえ、その部屋も入室自由で、子供たちに半ば共有されていたのだが…。

 

ともかく、彼が帰る場所でもあった学園は、子供たちを育てる為の巨大な揺り籠であり、彼らが人生の序盤を、場合によっては中盤も、或いは終盤までも過ごす家そのものだったのである。

 

子供たちは周囲の大人たちを見て育ち、彼らを育てた人々は実に多種多様だった。

 

娼婦にしても、近衛隊にしても経歴も人種も多種多様な環境であるし、教師陣や医師や看護師も各方面から様々な人材が集まっていた。

 

彼らの多くは、大公から頼まれるまでもなく、子供たちにそれぞれの方法で愛情を注いだ。

 

嫌な人間だっているだろうが、幸いなことにそれは多数派ではなかった。

 

子供たちの大半は伸び伸びと育ち、その中にはシルの姿もあった。

 

美しく、可憐に育ったシルは子供たちの中でも人気があり、中には彼女に思いを寄せる子もいたが、シル自身は恋愛事にはあまり興味を示さなかった。

 

彼女の興味は、幼少のみぎりから一方向にのみ振り切れているようで、常に大公の背を追いかけていた。

 

彼女の夢は小公女から『大公女』になることであり、ただひたすらに、自分の特別な人にとっての特別な存在になることだけが、彼女の最も強い欲望だった。

 

そのためには何かしらの方法を探さねばならないが、大公を知れば知るほどに、小公女に甘んじて家を出ないことは悪手でしかなく、大公女になるという前代未聞の出来事を起こすには、非常識な遠回りこそが却って実を結ぶように思われた。

 

適切な、間違ってはならない進路を選び取るために、彼女は非常に神経質になり、自立という、この問題にかつてないほどに真剣な姿勢で臨んでいた。

 

 

 

 

 

 

どうすれば…。

 

どうすれば私は…。

 

私は…私が、貴方を看取れるというのか。

 

 

 

 

 

 

私が自分の名前をシルだと認識したときに、私は再び生まれた。

 

私の名はシル。

 

オラリオ大公の娘であり、小公女として生きてきた。

 

だが、いずれはそれも終わりを迎える。

 

私が大公女になる時なのか、私が父様に看取られる時なのか。

 

その時がいずれのものなのか、私にはわからない。

 

だが、私は、願わくば前者でありたいと思うのだ。

 

そのためならば、この人生を捧げても惜しくはない。

 

父様は、偉い人だ。

 

物心がついてすぐに、そのことを理解していた。

 

だって、あんなにも美しい。

 

だって、あんなにもあたたかい。

 

これ以上に、偉いことがあるだろうか。

 

世の中には美しいものが沢山あるだろう。

 

だが、その美しいものを巡り、相争うことの何と醜いことか。

 

その美しいものの為に破滅するようでは、それは、果たして真の美しさと呼べるのだろうか。

 

美しさが諍いの元になるようならば、それが原因で争いで傷つく人が生まれてしまうのならば、そんなものを、美しいなどと、いったいどの口が言えるのだろう。

 

自分の美しさを押し付けて、言いなりにしてしまうこと。

 

美しいことを理由に、自分の都合でしでかしたことの責任を取らないこと。

 

美しさに感けて、散々に振舞ってきたというのに、結局はすべてを投げ出して自分だけ幸せになろうとすること。

 

そのどれもこれもが、醜くて、醜くて、吐き気を催す腐臭を放つ。

 

そんな生き方をしてきたと、私たちの母親の一人でもあったイシュタルは語ってくれた。

 

その話が真実であれ、虚構であれ。

 

イシュタルの瞳は真っすぐで、少なくとも今の彼女には、虚飾ではない在り方の美しさが、確かに宿っているように感じた。

 

彼女を変えたのは父様だったそうだ。

 

女を、まして女神を、ただ美しいという一点のみで、こうまで変えてしまうだなんて。

 

私は、ただそれだけで、父様はなんと偉大であるかと、また、なんと美しいのだと。

 

そう思ったのです。

 

 

 

 

 

父様は、私たちに自立してほしいと思ってはいますが、それぞれが持つ『弱さ』を、苦難を強いられた末に捨ててまで生きていくことまでは、望んでいないと言います。

 

貴方は、弱い人が弱いままでも生きていける世界が、この森の中でだけでも成り立てばいいと、それを守り続けることが願いなのだと、私たちにも話してくれましたね。

 

私は、自分が貴方のお力になり、お役に立てるなどとは、そんな驕った考えは持っていません。

 

ですが…私は、美しい、美しい貴方が、ある時、はたと美しくなくなった時、醜くなった時、その時に、ただ一人だとしても貴方の御傍で在りたいと、ただ、そう願ってしまったのです。

 

貴方はきっとこの先も、ずっとずっと永いこと、美しいままでおられるでしょう。

 

貴方の美しさは容姿が老いようとも、そんなものとは無関係に、その並外れた生き方から、在り方から滲むものなのですから。

 

けれど、もしも、今のあなたが、今までのあなたが、どこか、いつかの段階で、ひどく疲れて、現実の無情に戸惑い、無力を咽び、悲嘆に暮れたような時があったのならば…そして、その時を、その時のあなたを、今のあなたに成るために、綺麗さっぱりかなぐり捨ててしまっていたというのならば、私は、その時のあなたを、掬い上げて、もう一度、今のあなたの隣に、そっと委ねたいのです。

 

あなたが捨ててしまった、きっと形振り構わずに捨ててしまった『それ』を、あなたが私たちに、抱えたままでいて構わないと、それは間違いではないと言い切ってくれたように、深く、遠くに仕舞われてしまって、もしかしたらもう残滓すらも見当たらないとしても、それを、私はそれを、あなたこそ、持っていていいのですよと、伝えたいのです。

 

あなたがこれまで積み重ねてきた、途方もない時間を、経験を、見たこと、聞いたこと、味わってきたことのどれ一つでさえも、私は想像ですら知り得るものだとは到底思えないのです。

 

でも、だからこそ、私は、私こそは、無責任に声を上げたい。

 

あなたのことを、知りたくて知りたくて知りたくて、でも、どうしたって知りようがない、無知蒙昧な私こそが、この愚かさにこそ託けて、あなたに、逃げ場を奪われて、前に進むしかできなかったあなたに、あなたの道は間違いではないと。

 

例え、正しいことではなかったとしても、それは、誰にも非難も否定もできないほどに、非道い目に遭って、それでも、尚も誰の所為にもできなかったあなたの美しさを、寸分たりとも陰らせるに値しないのだと。

 

あなたの涙の先に、私の今の喜びがありました。

 

私は、あなたのおかげで、野蛮と、不誠実と、虚飾のみを憎み、誰のことをも憎むことを望まずに、自分の生というものに喜びを見出せているのです、と。

 

私は、死の床に逢って、あなたに言いたい。

 

私の言葉は必要とされていないかもしれない。

 

私の言葉が響くことはないかもしれない。

 

けれど、そのことは恐ろしくはない。

 

寧ろ、こんな言葉が必要とされることもなく、また響くこともなければ、それはどんなに幸いなことでしょう。

 

だってそれは、あなたの心が健やかで満ち満ちていて、すこしの毀れもないということの証左に他ならないのだから。

 

私は、あなたが出会ってきて、面倒を看て来て、世話を焼いてきた、無数の誰かの内の一人でしかなくて。

 

けれど、あなたは全員を覚えていると言い、じっさいに、誰一人のことも忘れておられない。

 

私は、あなたが、私以外のすべての誰かのことを覚えていて、ただ私のことだけを忘れてくれても、そのことにすら喜びを見出してしまう。

 

あなたはきっと忘れてくれなくて、私が死んだあとで、ずっとずうっと長い時間が経った後でも、当然のように私の話をするのでしょう。

 

私の名前はシルといって、あなたの娘で、あなたに愛してもらってきて、それでいて、あなたの中の例外になれるのなら、どんなに不謹慎で些少なことにさえ、喜びを見出してしまう。

 

そんな困った、面倒くさい女なのです。

 

けれど、わたしは、決してあなたを裏切ることだけは、あり得ない。

 

あなたが教えてくれたことを、あなたの願いを、あなたをこれほどに思っていながら、一体どうして背くことが出来るだろう。

 

あなたに嫌われたくないなんて、純朴な感情まで持て余す始末なのに。

 

あなたに感情的に嫌われてしまうことにさえ、まだ他の誰のものにもなっていない特別な何かが宿っていると考えてしまう。

 

私は…。

 

私は…必ず、あなたよりも先に死ぬ。

 

あなたよりも後に死ぬだなんて、そんなことは不可能だ。

 

けれど、どんなに遠くに行ってしまっても、その時が来るとしても、それはあなたが旅立つ前の日か、一日だけ後がいいのです。

 

あなたが死んでしまった世界で、私はそんなに長い時間を耐えられるとは思えないし、かといってあなたに看取られた後にも、ずっとずっと、あなたが続いていくことに、あなたを置いてけぼりにしてしまったことに、到底耐えられるはずもないから。

 

出来るだけ早く、あなたの御許に召されたい。

 

出来るだけ早く、あなたには私の元へ帰ってきてほしい。

 

たまたま、あなたの帰ってくる場所が、わたしの隣の家に暮らす別の女のものであったとしても、そんなことは、どうでもよいのだ。

 

あなたには帰ってくる場所があって、あなたはそこに望んで帰ってきてくれて、そして幸せそうに笑っていて、たまには私に会釈を返してくれたり、機嫌がいい時には他愛のない、やさしいことばを掛けてくれたりもするのだ。

 

私はあなたの帰る場所であろうとなかろうと構わない。

 

私が帰る場所は、勝手にあなたがいる場所にと決めているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが叫んだ。

 

神に願った。

 

けれど叶わなかった。

 

あなたは決して、なにか大それたものを望んだわけでもなくて、他の誰かの利益とぶつかりあうものを欲したわけでもないというのに。

 

神は、あなたを救わなかった。

 

でも、嗚呼、一体どうすれば、こんなこと、どうして…けれど、然う、あなたは…だから、あなたは、私を救ってくれたのです。

 

きっと、あなたは森の奥深くで、家族と一緒に暮らして、エルフ以外の人をみることもなく、静かに生きて、他のエルフと同じように、静かに、ゆっくりと年を取り、老いて、平凡に死んでいくはずだったのでしょう。

 

けれど、きっと何かとても大きな、理不尽で、惨たらしい、何かがあなたを壊してしまって、あなたの世界を壊してしまって、だから、今のあなたに続く道が、苦難の道が敷かれてしまったのでしょう。

 

あなたは、本来ならば知ることのなかったことを知り、触れることのなかったものに触れ、知りたくもなかったことも、成したくなかったことも、そのすべてと関りを持たねばならなかったのです。

 

選ばれざる道は、決して、あなたの罪ではない。

 

あなたは、神様が自分にしてくれなかったことを、誰かにしてほしかったことを、ただ、ただ、目の前で生きている誰かのために、かなえようとしているのですね。

 

きっと、今生きている人の中には、たくさんの、本来ならば死んでしまった人たちや、本来ならば困難に直面していた人たちがいて、同じように、死んでしまった人たちの中には、本来ならばそうではなかった人たちや、本来ならば幸運に恵まれていた人たちが当然のようにいて、あなたは、自分が変えてしまった何かに、強い自責の念と、同じくらいの安堵と、そして何よりも無力感を抱えているのでしょう。

 

あなたは同じことを繰り返して、この先もずっと、この道を前に進むことしかできなくて。

 

だから、わたしは、あなたに、立ち止まり方をお教えしたい。

 

あなたが立ち止まる理由に成れたのならば…それは、どんなに幸せなことでしょうか。

 

あなたは、本来ならば、あなたが使えないと言っていた魔法だって使える人で、もともとは、ずっと大昔に年を取って死んでいるはずだった誰かなのではありませんか?

 

あなたは、変えられてしまって、今、こうしてなおも、叶わぬ道の続きを急いでいるのではないですか?

 

もしも、わたしの、この、理由も根拠もない確信が真実を帯びるのならば、それが、わたしとあなたの道が微かに触れていることの証だとするのなら、わたしはあなたの傍で、添い遂げることさえ適うかもしれない。

 

わたしは、あなたの隣に立てずとも構わない。

 

相応しい人は別にいて、或いは、あなたが望む誰かが他にいて。

 

だとしても、かまわない。

 

ずっとずっと、片時も離れずにあなたを追いかけて、視界に入らないほど近くで常に潜んでいて。

 

最期の最後に、あなたの視界に飛び込んで、そうして今際の貴方を独占しちゃうから。

 

永い永い、あなたの道の終着点で、私はきっと、あなたが本当の最期の瞬間に目撃するものの『すべて』になるのだから。

 

空の青さも、飛ぶ鳥も、風の囁きも、そのすべてを押しのけて。

 

貴方を見つめる私を見て。

 

 

 

 

 

 

 

苦難の道を行く人よ、私は貴方の行く末を見届けよう。

 

私は貴方の影となり、常にその内に潜む。

 

私は貴方を知り、貴方は私を知らずとも好い。

 

永い道程の果てに、旅立ちの折が訪れて、貴方はその身を静かな場所へと横たえる。

 

仰向けに寝そべり、背中を大地に委ねて。

 

貴方が見上げる視界は丸く、どこか歪んでいるようだ。

 

風、鳴る。

 

鳥の囀りは遠く、羽ばたきはしめやかである。

 

厳めしい古き巌は苔生し、その上で冷たい雫は滲む。

 

岩肌へ伝い、這う。

 

貴方は目を閉じる。

 

瞼は重く、静寂は最早、その勇み足を隠す気もなしに迫りくる。

 

ふと、貴方は風の音に耳を澄ませる。

 

が、何も聞こえない。

 

ぬるい風を感じて、貴方は鼻を鳴らした。

 

ほのかに甘い、爽やかな香りがして、心地が良くなる。

 

永い間、嗅ぎ慣れた薫りのように感じて、貴方は確かにそれを知っていることに気が付いた。

 

貴方は忘れていない。

 

貴方は憶えている。

 

一人の子供のことを思い出す。

 

父親としてできることは多くなかったが、貴方は誓って、彼女を自分の子供だと言い張るだけの誠実さに背くことなく生きてきた。

 

彼女は元気だろうか。

 

ある日、彼女は突然に消えて、それから行方は杳として知れなかったのだ。

 

彼女は大公女になりたいことを公言していて…けれど、貴方は頷くことが出来なかった。

 

なにせ、自分の次を用意する気など端からなく、自分が死ねばオラリオは自由都市として開放する心づもりでいたからだ。

 

それに、自分の後を継がせる頃には、彼女は生きていないかもしれなかった。

 

出来ないことを出来るとは言ってやれなかった。

 

さっきから頬が熱い。

 

確かに、自分のものではない熱を感じる。

 

柔らかい感触。

 

それは頬を包むように在る。

 

手のひらだと気づき、貴方は、人には言えない安堵を覚えた。

 

誰だろう…否、一人しかいない。

 

薫りは答えだ。

 

もう、時間はない。

 

掌は頬を包み込み、指先が遂に耳を塞いだ。

 

擦り切れるように生きてきたが、特別な感慨は湧いてこなかった。

 

もう一歩たりとも動けないのに、あれでよかったのか、という答えのない問い掛けが無数に駆け巡った。

 

鼻先に息が当たる。

 

温かい息は、生ける者の証だ。

 

穏やかにも、ぬるい息を吐いてから、彼は緩慢に両目を開けた。

 

 

 

 

 

女は、膝の上に男の頭をのせていた。

 

男はもう動けない。

 

彼は酷く疲れてしまっていて、今、ようやく眠り込んだところなのだ。

 

どうか、起こさないでやってほしい。

 

女は、急ぐでも、惜しむでもない上品な手つきで、眠たげに開かれたままの、男の瞼を降ろしてやった。

 

森の中は、静かだった。

 

 

 

 




おしまいです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

本作に限らず、最近はヤンデレよりも論理が先行してしまって思い通りにいかないことが多かった割には、幸運なことに書かざるを得なかったことだけは概ね書けたので、好き嫌いは分かれるとは思いますが、この二次創作を書けて良かったと思います。

書きたいものが書けたとは言い難いこともあり、次はもっとヤンデレ偏重で、ヒロインの深堀り中心の二次創作を書きたいですね。

読んでくださった方には、重ねて厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

では、また。
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