心の形は長方形
この紙の中だけに宿る
書き連ねた詩の表面
その上澄みにだけ君がいる
なんてくだらないよ
馬鹿馬鹿しいよ
理屈じゃないものが見たいんだよ
深い雨の匂い
きっと忘れるだけ損だから
『六月は雨上がりの街を書く』 ヨルシカ
#19 After the rain
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――― 綾小路清隆 ―――
無人島特別試験が始まる少し前、終業式のころの話だ。
明日から夏休みということで、オレは雪や志朗と夏休みの計画を立てていた。今夜はタコパをしようだとか、その次は洋介や千秋、恵なども誘って各々で具材を持ち寄って闇鍋を作ろう、プールに行こう、ビデオを借りてみんなで映画を見ようだとかいろいろだ。
「綾小路、帰る前に少し話がある。指導室に顔を出すように。」
いつも通り授業を受け、ホームルームを終えて帰ろうとすると、直前に茶柱がそう言い残して教室を出ていく。先生に呼び出しを喰らうということは、必然的に周りの注目を集めてしまうわけで、クラス中の視線が俺に集まる。ただでさえ外は雨なのに鬱屈な雰囲気でどうしたものかとため息をついていると、いつものように佐藤や千秋が声をかけてきた。
「どうしたの清隆くん、ついになんかやらかした?」
「ついにってなんだよついにって。オレはそんなに信用ないか?」
「うん」
即答かよ……思い当たることがない。オレの唯一の懸念点はあの部屋にいた時間が長すぎて常識がすっぽり抜け落ちてるぐらいだ。カラオケやボーリングで恵や志朗に普通の人なら初めてでも3回目で100点やストライクを取れると言われて3回目で本当にとったりしたぐらいしか記憶がない。
……よく考えれば思い当たることが多すぎるかもしれない。いったいどれだ?
「あ、綾小路くんは真面目だしそんなことないと思うよ?」
「……そうだといいんだがな。」
「やらかしてたほうが面白いんだけどな~後で聞かせてね?」
千秋はそう言ってオレのほっぺをツンツンしてくる。肌荒れするから出来ればやめてほしいのだが彼女にはそんなことお構いなしらしい。佐藤の言葉が骨身に染みる。くすくすと笑う千秋を横目に見ていると端末からメッセージの着信が届く。送ってきたのは雪と……志朗か。こいつらは大抵ろくなことを送らない。
『ついになんかやらかした?やっちゃったことは仕方ないからドンマイ!』
『今までありがとう。お前のことは俺が寝るまで忘れないでおくよ。』
オレへの対応が不倫した芸能人に対する世間ぐらい辛辣な気がする。いったいこいつらは俺のことを何だと思ってるんだ。あと志朗は寝るまで忘れないと言ってるがその理屈で行くとオレの存在は明日の朝には忘れられていることになるんだが。ホワイトルームの名前の通り真っ白サラサラってわけだ。アッハッハッハッハッハッハ。無表情で笑おうとしたがオレの表情筋は仕事をしないようだ。オレの情緒や感情は数十年以上前から無断欠席をしているから仕方ないだろう。
「まあ、とりあえず行ってくる。」
そう、千秋や佐藤に言い残して教室を出るオレ。ここ最近は洋介や志朗たちなど、帰るときは必ず誰かと一緒だったので何かと新鮮なものがある。珍しく1人だなと、そんなことを考えながら歩いていると、既に指導室の前では茶柱は扉にもたれかかり俯いて待っていた。
「入れ。」
「呼ばれた理由が全く分からないんですけど?」
「中で話す。生徒指導室と聞くと嫌なイメージがあるかもしれないが、ここは存外に悪くない場所だ。何故なら監視の目がない。個人のプライバシーに関わる話を多くするが故の配慮だ」
なるほど、確かに周りを見渡せば監視カメラの類はどこにもない。つまり秘密の話をするのにはうってつけというわけだ。短い言葉でどんどん命令されるのは、始業式や終業式で長々と話す校長先生の話よりはマシだが、短いだけに逆に来るものもある。
にしても話の内容はなんだろうか?相変わらず死んだ表情で人間味もなくクールな雰囲気を放つ茶柱は指導室に入り少し歩いていくと、しばらくして腕を組んでこっちの方へ向き直る。鏡を見ろという志朗の言葉が聞こえた気がするが、それは只の空耳だろう。
「それで話ってなんです?オレは今から友達と夏休みの計画を立てるのに忙しいんですけど。」
「友達……か。入学前の資料でもある程度把握していたが、Bクラスの綾雪とCクラスの椿とは相も変わらず仲が良いようだな。」
「そうですね。気兼ねなく話せる友達ですよ。2人ともオレには勿体ないぐらいの。」
「それが本心で言ってるのかは知らんが、入学前の資料を見たときは職員一同は最初は懐疑的な意見が多かったからな。」
「……どういうことです?」
オレがそう疑問を投げかけると、「フッ」と笑って笑みを深める茶柱。そうして茶柱は横の棚にもたれかかり言葉を続ける。
「綾雪も椿も中学時の資料は完璧の一言だ。綾雪は性格に難あり、椿は中学3年以前の資料が空白。だがその問題点を含めても2人は数十年に1人のレベルのポテンシャルを持っていると言える。」
「……はあ」
「そんな2人の幼馴染だと記載されたお前の資料は不明瞭の一言だ。学力、運動能力、協調性、すべてにおいて平均かそれ以下。資料を見た教員はほぼ全員が首をかしげていた。」
「……結局何が言いたいんです?」
「なに、随分化けの皮が剝がれたなとでも思っただけだ。思わぬ副産物もあったしな。」
化けの皮……か。確かに今のオレは入学時と違い運動能力は洋介と同程度、学力に関しても雪や志朗の意見を参考に高めの点数を取るようにしている。この前の期末では英語と数学が100、他は90点~95点でそろえ、平均点は94点程度。雪や志朗は1~2教科だけ100点を取っておけばいいと言っていたが、それなら全教科高くても問題ないのではと思ってしまったからだ。
まあ、クラスメイトの視線を見るに、雪や志朗の意見が理解できてしまったのは後の祭りか。次からはもう少し抑えるかと思ってしまったのは想像に難くない。茶柱の副産物というのは多分、千秋のことだろう。本人は入試の自己採点は全教科60点程度と言っていたからな。
だが、雪や志朗と行動を共にする上で実力を多少開示できたのは悪くないだろう。少なくとも、2人と不釣り合いだというイメージは払しょくされているはずだからな。
「まあいい、これから話すのは私の身の上話だ。」
随分とぶっ飛んだ発言が出てきたものだ。生徒1人呼びつけてすることが自分語りとは。見た目通り自分以外興味がないのは正しいかも知れない。オレも茶柱の身の上話は興味ない。
とりあえず前みたいに志朗や他の人間に聞かれていたら世話がないので給湯室の中や指導室の外に人がいないの確認する。そんな様子のオレを茶柱は「大丈夫だ、他のやつに聞かれることはない」と宥めた後、言葉を続ける。
そうして茶柱は自らの過去について語り始めた。茶柱は元々この学校の生徒で、しかもオレと同じDクラスだったこと。当時のクラス間闘争はA~Dクラスのポイント差は100もなかったこと。だが、ある失敗をしてしまったためにAクラスに上がることは果たされなかった。代わりに教師として教え子をAクラスで卒業させたいらしく、そのためにはオレの力が必要なのだと語った。
「数日前、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学させろ、とな」
茶柱から放たれる空気が豹変するのを感じ取る。本題はここから、ということか。ある男、というのはオレにとってこの世に1人しかいない。
「退学させろってそりゃまた意味不明な話ですね。自分で言うのもなんですが成績も良くて素行もいいオレが退学になる要素はないと思うんですが。」
「そうだな。だがお前の意思は関係ない。結局のところ私が判断すればお前など簡単に退学できる。」
「取引をしようか。綾小路。お前は私のためにAクラスを目指す。そして私はお前を守るために全面的にフォローする」
「つまり、Aクラスを目指すか。もしくは退学するか……だ」
……は?
……時が止まる。脳の理解が追い付かない。少なくともAクラスを目指すために茶柱があの男からオレを守るなど笑わせる話だ。あの男のことをまるで理解していない。
今、何を言われたのか、オレは正直理解できていない。目の前の人間は話し方や素振りに余裕は全く感じられず、指示に従わないなら本気でオレを切る覚悟なのだろう。自分の夢のために生徒を利用する。そのためなら手段は辞さない、ということか。
ここでオレが拒否したとした退学になったとしたら、その後は?あの男はどういう行動をとる?そんなことは想像に難くない。ホワイトルームを出て1年、オレの考えは大きく変化した。
あの部屋にいたころ、オレは誰かの脱落なども気にも留めず、留めている余裕もなかった。自分の能力だけを求め続けられ、終わりなどなく、あったとしてもそれは果てしない。一度足を止めてしまえばもう二度と追いつくことはできない。これが日常だった。
じゃあ今は?脳がチリチリと熱を帯びるのを感じる。ただでさえ単調なオレの記憶にあの頃からずっとこびりついて離れない、オレの核にあるもの。2人の顔が、脳に焼き付いて離れない。
志朗や雪がオレを連れまわして、お互いを挑発しあってオレが宥めたり、オレの皆無なファッションセンスを2人が指を指して腹を抱えながら笑ったり、動画サイトで流れてくる流行りのモノを3人で試行錯誤して作ったり、それで失敗して2人がバカみたいに笑っているのを眺めたり、そんなことが最近のオレの日常だった。
あの部屋では教官たちから禁じられていなかったものの、必要がなかったため行わなかった会話。基本的に出されたものを食べる毎日だったため、好きなものや嫌いなものも存在しない。食事の時に対話をする必要性を感じなかった。共に学ぶ仲間だという意識も芽生えちゃいなかった。助ける存在にも邪魔にもならない存在はただただ周囲の無機質な景色と同化していた。
じゃあ今は?あの時では考えられないほど無駄の多い日常を送っている。食後に習っていなかった暇の潰し方でさえ今は、流行りのゲームをやったりDVDをみたり、あの部屋で食後に雪が1人で歩き回っていた理由などを、なんとなくだが理解できるようになってきた。
オレは今、退学になって雪や志朗と離れ離れになることをどう感じている?思考を巡らせる。2人は、終わった観察に新しく知見をもたらしてくれる興味深い存在。
……本当に?オレはあの2人をどう思っている?胸にチクリと痛みが滲んで、半紙に墨汁が滲んで消えないように、オレの心に染み付いて離れない。オレは今、どう思っている?ただ学生として、2人と一緒に成長して、学んで、洋介や千秋、恵みたいな友達を作って、そしてオレは考えて、考えて、考えて……
オレの答えは……
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「……」
「あ、清隆おかえり」
時刻は17時を回ったころ、オレは寮に戻り、自分の部屋に入っていく。傘を置いて、少し濡れた制服をパッパと払う。鍵はいつものように開いており、いつものように雪が出迎えてくれる。奥に行けばリビングで志朗がアイスを咥えて新作のゲームをポチポチやっているのが見える。
目が合って、笑みを深める雪。ずっと佇んでいるオレを見てキョトンと首をかしげて「どうしたの?」と困ったように眉を下げて笑う。
メッセージではああいう風にオレのことを茶化していたが、表情をよく見ると、そこには無視できない、オレのことを心配している素振りが見えた。
「お、清隆帰ってきたか、結局先生に呼び出されて、何の話をしてたんだ?」
ゲームを中断して、扉からひょっこり顔を出す志朗。雪と相違なく心配の表情を浮かべている彼を見て、自分の中でのありふれた景色のはずなのに、どこかそれがありがたいオレがいた。
「助けてくれ。」
声は自分でも驚くぐらい、拍子抜けするぐらいあっさりと出た。だが口にしたとき、自分の口から出た言葉のはずなのに、希薄な雰囲気で、それがどこか情けなかった。
「今日、茶柱からある男がオレを退学するように伝えてきたと言われた。だが、茶柱はオレを守るどころか、守る対価にAクラスに上がるのに協力しろと脅してきたんだ。」
「オレは……自分でどうすればいいかわからない。」
玄関先で、そんなことを話すオレに志朗や雪は顔をしかめる。いつも快活に笑う雪でさえ険しい表情を浮かべている。とりあえずカバンを持ってリビングに入って腰を下ろすと、志朗が口を開いた。
「……あの男って言うのは、俺たちが想像した通りの人物で良いんだよな?」
「……詳しく聞けなかったが、多分、お前たちが考えた通りで合っている。オレに退学を要求する人物なんて1人しかいない。」
結局オレは、あの茶柱との話し合いでは恭順の選択を取った。あそこで対抗したとしてオレは無力なのが目に見えている。
1人しかいない、名前は脳裏に3人ともよぎっている。だが、それをおいそれと口に出すことはしない。あの男の存在自体、俺たちにとって禁止事項のようなものだからだ。存在、政治家としてネタで弄ることはあれど、絶対に本名で出さないのは暗黙の了解だ。
多少は緩和されたと言え、本名を出せば雪が過呼吸で倒れかねないからだ。
「自分でも不思議な感覚なんだ。オレは、お前たち2人と離れたくない。でも退学にもなりたくない。うまく考えが……まとまらないんだ。」
オレがこんな風に弱気になるのはずいぶん珍しいからだろう。2人は驚きを隠せないでいる。しばらくして志朗や雪は考え込むと、最初に雪が口を開いた。
「清隆はさ、どうしたいの?」
「……?」
ふと顔を見上げると、雪は今まで見せたことのない、穏やかな表情を浮かべていた。バカにするわけでもなく、母親が子供に見せるような、暖かい笑み。
その瞳には深淵をのぞいているような、黒く濁るものがありつつも、それは眩い輝きを放っていた。
「さっき言った通りだ。オレはお前たち2人と離れたくない。でも退学にもなりたくない。でも、そんな2つのことを両立できるわけがない。」
「……私と志朗は前に言ったよね。この3年間は、清隆のやりたいことをやればいいって。私たちはそれに手を添える。サポートする。一緒に歩くって。」
「清隆のことなんて退学にさせない。私たち2人がそれを許さない。それをさせるぐらいなら、3人で2000万ポイント貯めて、私か志朗のクラスに引き抜いてやる。」
「そんなことができたら、面白いと思わない?」
「アハッ」と笑う雪を横目に、オレは驚きを隠せない。よくも1年でここまでのステージに足を、いやオレの想定より一足先のステージに足をかけたものだ。
「この前言ってた24億ポイント貯めるって話か?確かに2000万だったらまだ現実的か。面白い話だな。」
「その話って極論、担任を変えれば解決しちゃうと思わない?そう思っただけだよ。」
そう話す志朗と雪を見ていると、雪のバターブロンドの瞳とオレの瞳が視線を交わす。目があうと雪は微笑んで「清隆はどう思う?」と首をかしげて聞いてきた。
キュッと、胸が締め付けられるような気持ちになりながらも、オレは考えを巡らせる。オレの考えは、もうすでに、あの部屋にいたころとは別物のようになりつつある。少し考えて、オレは首を横に振った。
「雪や志朗の気持ちはすごく嬉しい……ああ、本当に……。でも、ダメなんだ。それじゃ。」
「……ダメ……って?」
「……今のクラスも、見捨てたくないんだ。」
こんな思考をすることに、自分が一番驚いている。志朗や雪と3人でいて、それが日常だった。でも、そんな日常の中に、オレの中に、洋介や恵、千秋などはヌルッと入り込んできている。
最後にオレが『勝って』さえいれば、それでいい。
それがオレの原点であり、行動原理で、この考え方は変わらないと、オレは思っていた。でも、その考えを持ち続ける限り、心の奥底がひどく乾く、そんな心地がしている。
Dクラスは問題児の集まりだ。改善の傾向がみられているが、お調子者の池、虚言癖の山内、喧嘩っ早かった須藤、協調性皆無の堀北、幸村、高円寺。だが、そんなあいつらでも良いところは探せばいっぱいある。
「なるほど、要は茶柱先生を封じ込めれば解決ってことだな。」
「……え?志朗?どういうこと?」
「プライベートポイントで、茶柱先生が過去1ヶ月で誰と接触したかの情報を購入する。俺たちの共有貯金は今のところ数十万程度はある。買えないってことはないだろう。その情報を盾に脅せば、表沙汰にすることなく茶柱を封じ込める。そう思わないか?」
志朗の言葉に熟考するオレと雪、しばらくして雪が、可笑しくて仕方ないのか、お腹を抱えて笑い始める。
「あはは、なるほどね。逆に脅迫し返せば私たちの勝ちってわけだ。清隆の望んでた平穏な生活も守れるね。でもね志朗。それなら私は2000万を並行して貯めるよ。」
「俺もそれについては同意見だ。2000万はクラス移籍じゃなくて退学を取り消すのにも同額がいるからな。」
「……いいのか?」
「珍しく塩らしくなってるじゃん、いつもの機械小路くんはどこに行ったの?私たちとしてはどっちのそれも好きだけどね。」
「親友を脅迫されてむかつかないやつはいないだろ。俺たちで目に物言わしてやるよ。」
「……ありがとな。」
「じゃあ誰先生に購入しようか、少なくとも星之宮先生は論外だな。」
「自分の担任論外ってどういうこと????そんな信用ないの?」
「ああ、何かと茶柱先生にマウント取ってるからめんどくさいことになる気しかしない。真嶋先生か坂上先生だろ。」
「じゃあ坂上先生かな?真嶋先生もあの2人と同い年っぽいし、暴力事件の時はあれだったけど先生も反省してるっぽいから、力になってくれると思うよ?」
「本当に力になってくれるのか?」
「力になってくれるよ」
「本当に?」
「本当だよ。」
「真似するなよ」
「真似しないでよ」
大したことでもないのに、雪と志朗の2人の意思がリンクした感覚が、妙にどこか、可笑しかった。
「「え―――?」」
2人の様子を見渡すと、2人はどこか、信じられないものを見たように、大きく目を開いて声を漏らした。
「……どうした?」
「いや……清隆が今笑ったから。」
「失礼だな。オレがそんな赤ん坊じゃあるまいし。」
「実質生後1年みたいなものなのになんか言ってるよ」
失礼な奴だ。笑おうとして意識、意図して笑ったことならオレも何回もある。だが今、この瞬間、オレが笑おうと意識していなかったことは確かだ。
「ふふ、久しぶりに清隆が自然に笑うの見たな。」
「……オレが自然に笑った?どういうことだ?」
「私にクリニックに会いに来てくれた日。この3人で過ごし始めた日だよ。覚えてない?」
「……覚えてないな。」
「……そっか。」
「覚えてない」というと、一瞬残念な顔をする雪。だが、すぐにいつものように朗らかな笑顔を見せると、また口を開いた。
「昔さ、清隆はなんで私に笑ったりできるのって聞いたよね?」
「……ああ。」
「笑うって言うのはそう意識するものじゃないんだよ。自然に出るもの。会話がおかしかったり、何かが愛おしくて仕方なかったり、ふとした時に零れて出るものなの。基礎とかそんなかたっくるしいものじゃないの。もともと私たちに備わってるものなんだよ。」
「……そうなのか。」
意図しない感情の表現。そんな経験、これまでにどれだけあったか。役作りでも、その場の空気づくりでもなく、ただ自然体であること。
それが理解できているからこそ、興味深い。
真っ白なスケッチブックに、一滴違う色が付いた。そんな感覚だろうか。
だが、またこの2人といれば、オレは自然と笑える。そんな気がした。
「さて、唐揚げの仕込みでも再開しないとね!ほら!辛気臭い雰囲気はなしで清隆と志朗も手伝って!」
「パンッ」と雪が手を叩いて、俺と志朗の手を引きずってキッチンに持っていく。雪が笑いながら、志朗が引きずられながら苦笑して、渋々そこについていくオレ。オレ達3人に部屋から漏れ出る光が差す。先ほどまで降っていた雨はもう、どこかに行ってしまったようで、
「ただいま。」
「……?どうしたの?清隆急に。」
「……今日は言ってなかっただろ?だから言わなきゃって思っただけだ。」
「なにそれ」と言いながらふにゃりと口を緩める雪。そんなオレたちの光景を志朗は微笑ましく眺めている。雪がオレのことを見つめる。目を合わせるといつも通りキョトンと首をかしげてこちらを探ってくる。何気ない、いつもの行動。気に留めるほどでもない。
おかしそうに笑う雪を見て、志朗と一緒にオレもどこかおかしくて面白いと思ってしまう。
オレはこの2人をどう思っているのか、それは、他の人より大事な存在だと思っているのは確実だ。少なくとも、駒としてはオレは見ていない。何気なく、フランクに、背中を預けることができる心地よい関係。そこに一切の雑念はない。
「おかえり、清隆!」
そうして、元気に言葉を言い直す雪。そうしてオレたち3人は、いつものように日常に戻っていく。玄関に入ったときに冷たかった手が、今手を繋いでいる雪の温もりに溶けていく。
その温もりは、オレにとってのこの1年で何物にも代えがたいもの、そう思っているオレは、何も間違っていないだろう。
清雪の絡みもっとあった方がいいですか?
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もっとほしい
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別に