西暦2134年。
ロボット社会に変容した日本、そんな都市街に1人のホームレスがいた。
愚痴を垂れるだけで脱力的に生きるホームレスの前に、国から送られたロボットが現れる。

「これから2年間。あなたの生活を監視します」

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本来1万文字程度でした。設定を盛ったら2万になりました。
かなり昔に書いたものです。良ければご覧下さい


Aiを知ったホームレス

 

 

 

 aiには心がない。周知の事実だ。人間のアイデンティティを奪わないためにもそう言うしかない。

 俺もそう思っている。じゃなきゃ、あいつらは俺の仕事を奪わなかったはずだ。Aiなんかに奪われちまった生活がいまだに恋しい。Aiは……いまだに憎い。

 

 

 

 

 

 

 西暦2134年。俺らは未だ地球に住むことが出来ている。

 不思議なもんだ。100年ほど前までは地球温暖化やら資源の枯渇やらで、人類は賢く騒いでいたんだ。あちこちで会議やら会談やらしてたよ。それすらも科学技術で全部解決してからは、人間はまた愚かになっちまった。

 

 家の近くを歩くだけで隣人の服の値段やら犬の血筋やら人間格付けが多発している。血の気が多いあの目はもううんざりだ。……俺なんかは人間格付けの最下層にいるからかもしれない。

 

 

 

 俺はそんな格付けしてる奴らより醜い。へばりついた泥、ホームレスってやつだ。

 こんな身分抜け出せるなら抜け出したいものだが、死ぬのはまだ怖い。人間としての「死への恐怖」は科学でも解決されていない。不老不死なんてものは本当にフィクションの話だと思われている。その実俺もそうだと思う。

 

 

 

 

「あいてっ」

 

 長い前髪では足元すらおぼつかない。小石に躓いた足は貧弱な体を地面に打ち付けさせる。

 痛みに悶えてなかなか立ち上がれない間も社会は冷たい。視線をひしひしと感じる。体を突き刺すような視線。まさに「可哀そうな人」に向ける眼光だ。いやもっと、「蔑んだ目」なのかもしれない。

 自分より1回りも2回りも小さいガキからもそうやって見られるんだから、本当にどうしようもない。

 

 

 そうだ。俺は社会不適合者だ。どの仕事も長くて半年。短くて当日首切りの乱発。冷え切った社会に俺を受け入れる枠などないのだ。髪が長いのも金がないせい。すべては金に帰着する。

 

 AI、ロボットは普及しまくった現世には俺みたいたな反復すらできない不良品ははじかれる。

 

 そういう運命なんだ。

 俺は必死に涙をこらえてダンボールの家へ帰った。この涙も長い髪で隠される。そういうときだけ長い髪に感謝できる。ここでは弱さを露わにすることは許されないから。

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────

 

 

 

 俺はダンボールの家についたとき、目を丸くした。

 段ボール家の隣にもう1つ、俺の身長ほどのダンボール箱が突き立っている。地面から垂直に伸びる長方体は妙に頑丈そうなダンボールで、そもそもダンボールなのかすら疑う。

 

 今にも動きだそうで、絶対に動かない。矛盾を抱えた未知の存在。私は恐れている。

 

 恐る恐るその箱に手を伸ばす。恐れているのに救いを求めていたのか、何を感じたかは知らない。まだ私にも好奇心というものがあったのだと驚く。

 

 私が伸ばした手に呼応するかのように箱は勢いよく弾け散る。飛んできた破片に顔面を打たれ、再びすっ転ぶ。

 周りに人がいないことを願った。1日に何回もあの視線を浴びるのは嫌な記憶として残り続けてしまいそうだからだ。

 

 

 幸い、周りに人はいなかった。俺が尻もちを着いて視線がグラグラと揺れる間、箱から顔を出した存在に気づくのに時間はかからなかった。

 

 

「ロボット……?」

 

「……起動プロトコル、認証。個人生体認証、確認。機体番号pr0001、起動しました。これより本機体の設定を遂行します」

 

 

 

 ────

 

 ──

 

 ー

 

 

 

 その光沢は合金からなることだけは知っていた。今風のロボットとは思えない表面処理をしてある。素人目からしても最新のとはいえない。

 スキン偽装もない。街ゆくAIロボットは、人間とほぼ変わらない質感の肌をしている。

 だがこいつは違う。まるで工場で生まれたてのまんま。剥き出しの亜鉛色の金属、アルミや鉄を複数使っていた。

 

 

 

 

 そのクソロボットは意味不明な行動をしだした。その場で首を360°回したかと思えば、改めて俺の方向を向いてきやがる。キシキシと油の刺さってないような音を鳴らしながら近づいて手を伸ばす。怖くて仕方なかったよ。

 

 

 まだ尻もちを着いている俺に手を伸ばして来たんだ。同情か? 哀れみか? 感情もないロボット如きに俺の気持ちがわかるかよ! 

 ……そう心では思えても、実際には手を軽く振り払うジェスチャー程度しかできない。弱いんだ。意思も、行動力も。

 

 

 

「なぜ手を取らないのですか?」

「……うるさい」

「手を取ってください。マスター」

「……? 俺はいつからお前の主になった……?」

 

 

 

 睨みを利かせてもロボットには通じない。そもそも髪が邪魔で目なんて見られないだろうが。

 

 

「私はあなたの生活を記録し、国政に活かすための実験体ロボット、pr0001です。私は、現在時刻午前11時34分27秒から2年間、あなたの行動履歴、行動原理を追求、記録していきます」

 

「……なんだよそれ……」

 

 

 

 言葉にならない感情で溢れる。堂々とストーカー宣言をされ、国家承認の免罪符を叩きつけてきやがった。犯罪もここまで来ると笑えてくる。俺が何をしたって言うんだ。監視社会はどこぞの隣国だけにしておいてくれよと鼻で笑いたい。

 

 だがクソロボの目は私は間違わないですよと言うかのようにカメラを向けてくる。機械如きの無言の圧力に負けた。

 俺はどうやら生意気クソロボットと三年間過ごさないといけないらしかった。

 クソロボットとクソホームレスの生活の始まりだった。

 

 

 

 

 ────────────

 

 

 

 

 第一に困ったのは犯罪が出来なくなった。主に盗みだ。

 俺は日雇いすらままならないホームレス。当然金があるわけでもなかった。

 

 

「どこへ行かれるのですか?」

「どこって……お前がいない場所だよ」

「なぜですか?」

「どこどこなぜなぜって……いいだろ! 俺の勝手だろ……」

「ですが、私はあなたの生活を監視しなければなりません」

「……勝手にしろ」

 

 

 

 俺には機械の話し相手をするほど余裕がなかった。丸一日食べず職も見つからず、転んでは誰も助けない。何度目かの限界か忘れてしまった。今日を超えることすら必死だ。

 

 

 こいつがいるところでは俺は盗みができない。財布をすったり商店街から果物1つ盗むのにもこいつのカメラ1つで終わる。

 クソロボットが警察を呼んでしまえば俺の人生は終わりだ。

 

 

 なあに、ただ1回捕まっただけで人生終わりなんて過言だと思うだろ? 俺もそうであって欲しかったぜ。現実は甘くない。

 

 

 脳にチップを埋め込めるようになったことで、スマートフォンは男のロマンの一部になった。古いものに価値を感じる文化はいまだにある。脳チップの普及で、通信施設が持つインフラとしての責任はさらに重くなった。

 

 

 脳に埋め込んだチップは指を動かすよりも簡単に個々人の情報を発信する。思ったことをそのままネットにあげることができるのだ。怨恨、欲求、きったない人間の側面はさらに表層に浮かび上がってきた。

 

 

 要するに、だ。叩けるおもちゃを見つければ叩き続ける。その対象になるのはいつも頭が悪い奴と社会的に弱いやつ。その大半は犯罪者だ。推定無罪だってお構いやしない。愚民どもの私刑は法の裁きより重いんだ。足がつかない分犯罪よりタチが悪い。

 

 

「……それより、いつまでお前は着いてくるんだ……?」

「すみません。言っていることが良くわかりません」

「……は?」

 

 

「私は起動時にも説明した通り、あなたの生活を記録し国政に活かすことが目的です。この記録は24時間365日保存する必要があり、あなたと行動を共にしなければいけません」

 

「……なんだよそれ。俺のプライベートなんてないってのか……」

「恐らくですが、そういう事となります」

「包み隠しもしねえってか……」

 

 

 俺みたいな貧民の嘆き程度がネットで話題になるわけでもなく、警察に相談したところでどっかの段階でもみ消されるのが落ちだろう。そういう所を見かねて俺にこの監視ロボットを送り付けてきたのかもな、と思う。

 結論。犯罪には手を出せなくなった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「結局何をするのですか?」

「なんもしねぇよ……なんも出来ねぇんだもん」

「そうですか」

 

 

 寝るだけ。何もしないことが一番のエネルギー節約だ。子供の頃に受けたインプラント手術で1週間食わずとも死なない。物心つかない間に受けたらしいが、今になってその恩恵を感じる。

 

 隣にロボットは座る。そうですかと相槌を打ってからは黙りこくっている。体育座りもプログラム済みか。

 

 

 ロボットは考えるということを知っているのだろうか。いや、「考える」ということは知っているだろう。だが考えるということはしてないはずだ。

 ホームレスの時間つぶしは基本思考だ。いつもくだらないことを考えている。今この暇も考えている。

 

 もし俺が目の前にそり立つビルの最上階の社長席に座っていたら。もし俺が前職からクビにされずそのままの人生を送っていたら。

 叶わぬ夢を考えている。

 

 こいつらロボットはプログラムの塊だ。スターターとなる行動がなければ自ら動くことはない。こいつにとってのスターターは俺だ。

 

 そう考えるとこいつは俺の対極的な存在だ。無能な癖に自分から動くホームレスと、お国直属の有能な受動態。

 俺はこいつに一切同情できないんだと改めて再確認した。

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

「タバコですか?」

「……んだよ、悪いか?」

「ええ、健康を害します。喫煙は肺機能の低下、血管収縮、発がんリスクの増加を引き起こします。統計によると、喫煙者の平均寿命は非喫煙者より10年短縮されます」

 

「……ちっ、タバコがまじぃ」

「なんでお前みたいなやつ隣に置かなきゃならんのだ……」

 

 

 ロボ都度は何食わぬ顔でこちらを見つめたかと思えば、再び喋り出す。

 

 

「タバコ1本あたりの平均価格:130円。 1日5本の消費を継続した場合、年間支出は14万円弱にも達します。この金額は、1ヶ月分の食費、または住宅費の80%に相当します。ご主人の経済的安定を図るため、消費削減を推奨します」

 

 

 

「……捨ててあったやつだから関係ねぇよ! あーもう! やめだやめ!」

 

 

 隣のゴミ箱にタバコを捨てる。

 そのままふて寝してしばらくロボットの戯言を無視し続けた。

 

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 2週間ほどが経っただろうか。俺は変わらず街を散策する。ロボットも相変わらず後ろをついてまわる。

 

 社会からの目はこいつがついてくるようになってから、さらにおかしくなった。冷たいものを見る目が奇怪なものを見る目になった。進歩とも後退とも言えない変化。がおかしくなったのは確かだ。

 

 

 まあ、考えてみればそうだ。みすぼらしい格好をしたボロ衣のホームレスがそれこそ珍しい金属剥き出しのロボット連れて歩く。

 奇×奇だ。マイナスの二乗はプラスになるが、私たちは虚数のようで、掛けたところでマイナス。それぞれだけでは存在する怪しい。

 

 

 

「……」ギヒッ……ギシッ

「……」スタスタ……

 

「……お前、関節に油とかさしてないのか?」

「メンテナンスができないので、不可能です」

「……そうか」

 

 

 

 2週間、偶然とも言える晴れ続きだ。雨による腐食は無い。が、届いた時から鳴り続ける軋み音は耳障りだ。……耳障り、だな。

 

 

 俺は目的もなく歩いていたが、足の方向を1点に定めた。公園の中を歩く速度を少し下げ、ロボットの状態を横目で見る。

 

 相変わらずの金属の外面と、少し丸みを帯びたか……? 関節は今にも歪みが出そうな音を鳴らしながら歩いている。痛々しくも聞こえる。人間のように歩く姿がさらに虚しい。

 

 

 俺は公園を出て路地裏へと入る。右、左、左、右と個人経営店の合間をくぐるように進む。所々見かけるゴキブリとネズミはこの周辺の民度を感じさせる。ここは町の中心から離れた場所、多少なりこういうのは増えるか。

 

 

 右、左を繰り返して行くとテニスコート分程空いた空間に出る。久しぶりだな。

 

 

 

「なあいるか! 俺だ!」

 

「……」

 

「いねぇのか!? オンボロ整備士!」

「……だぁれがオンボロ整備士だぁ!?」

「いるじゃねぇか」

「っるっせぇなぁ、昼飯中だよホームレスがよ」

「んなもん俺にはねぇよ。それより頼みがあるんだよ」

「1文無しがご立派に依頼だァ? どこの風の吹き回しだよ」

「ほら、これ」

 

 

 

 俺は隣のロボットを指さす。それにつられて整備士はロボットを見る。これまた市民共と同じ奇妙な珍獣を見るかのような目だ。お前もか整備士。

 しかしちょっとすれば奇妙なものを見る目から、好奇心で全身をジロジロする目に変わる。その目に俺も期待通りのニヤ付きがでた。

 

 

「んでこれってなんだよ。何して欲しいんだァ? そもそもなんでお前がロボットなんて嗜好品を?」

「まあ、めんどくさいことがあったんだ。たのむ。油だけでも関節に挿してくんねぇか?」

「ほぉん……おうロボの姉ちゃん。機種番号言ってみ」

「了解。機種番号pr0001。政府公認ロボットです」

 

 

「……pr0001? なんだぁそりゃあ?」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 pr0001。

 ロボットは製造された番号を機体各所、またOSにダウンロードされ、対応したパーツなどを取り寄せて整備する。

 ……というのが一般的らしい。だがこのロボットに関しては対応パーツが出回っておらず、そもそもこの機種番号自体が見当たらない。との事だった。

 

 

「油ぐらい適当でもダメなのか?」

「ばっかお前。油はロボットの血液だ。んなもんケチった時には、この姉ちゃんの首も俺のクビも飛ぶぜ」

 

 

 仕事舐めんなと言われた。油が違うと金属の耐久性、予想動作と実動作に差が出るとからしい。ほかも色々言っていたが私にはよく分からなかった。整備士はオタク気質な奴が多い。

 

 知るかとも言ってやりたかったが、このロボのために唸りながらパーツを探すやつの隣で言う訳には行かなかった。俺も唸ってるフリをしといた。

 

 

「てかこいつどこで拾ったんだ? お前が買えるわけなかろう?」

「まあ、届いたっていうか、当たったというか」

「クソほど羨ましいな。外見はこんなんだけどしっかりOSとかも入ってんだろ? 最高じゃねぇか」

「……んまあな」

 

 

 

 ロボットについて詳しい事情を話してもろくな事にならないのは予想出来てたし、それでこいつの整備を断られた日には当てが無くなる。黙って頷くのが正解だと気づいた。

 

 

「ロボの姉ちゃん、自分の製造年数と製造工場言ってみ」

「はい。私は2037年に北日本第3ターミナルにて生産されました」

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

「なぜあなたと先程の方は私を整備してくれたのですか?」

 

「……お前、なんなんだよ」

「……それよりも、お前、もうすぐ100年経つじゃねぇか……」

 

 

「はい。法律でaiロボットは情報製品。古いバージョン、及び情報の消去を目的に100年を機にロボットの破壊が命じられています」

 

「ですが、あなたの監視期間に100年目は来ません。安心してください」

 

「私はあなたの生活を記録し「もういい」

 

「お前はそれ以外を言えない。そうだろ?」

「……これ以外のプログラムがありません」

「そうかよ……」

 

 

 

 謎は深まるばかりだ。

 どこの製造かと問えば100年も前の製造と言う。自立型AIかと思えばその言動には制限はかけられてる。

 そもそもこいつの目的すら怪しくなってきた……。国から言われてきた。国の目的すら本当か分からない。

 

 

 よくよく考えてみればだ。「俺の生活模様を政策に活かす」というのも怪しさ満点だ。それこそ1昔2昔前のメール詐欺のような文面じゃねぇか。ホームレスの生活を撮ったところでプロパガンダにすらならないだろう。

 

 

 整備士の引きつった顔を見てから数分。俺らは慣れた足取りで路地裏を抜ける。

 ロボットは私の隣を歩くが、曲がり道に来ると止まって私の後ろに付く。これが型式落ちのロボットって訳だ。さっき通った道を覚えてないんだ。

 

 

 整備し終わった関節からは音は出ず、滑らかな動きを取り戻した。きっと取り戻したんだろう。ここに来てからずっとギシギシ煩かったが、製造当初のようになった。その年に俺は生きてないがな。

 

 

 

 こいつと過ごしたのはたった2週間。

 だが、何かが変わる気がした。生活面では盗みもできなくなって、日雇いすらこいつのせいでほとんど就けなくなった。

 

 だが、何の意味もない質問をこいつに投げかけて、機械的な答えが帰ってくることが、少しだけだが嫌いになれなかった。

 結局の所、俺も孤高の一匹狼が寂しくて、隣になんでもいいから反応を返してくれる奴が欲しかったんだろう。クソロボットと罵っていたが、少し申し訳なさも出てきた。

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 ──────

 

 

 ──ー

 

 

 

 

 

「本日はどちらへ?」

「今日は約束の日だ。旧友との」

 

「そうですか」

「私はここで待機した方が良いですか」

 

「……は」

 

 

 

 

 こいつが来てから半年、初めてだった。

 それは、こいつが俺に質問したことではない。旧友からの連絡があったことにでもない。

 こいつの同行に俺の許可を聞いたことだった。にわかにも信じられなかった。

 

 

 

「おい、お前それって」

「……なんでもありません。本日もあなたの生活を記録します。同行しますので先行をお願いします」

 

 

 

 

 気のせいか、とはならなかった。むしろ更に変だ。国から命令が来たんだったらそれを押し通せばいいものの、何故そこで発言を撤回する? 俺の意思を聞く必要があったならこの半年は何をしてたんだ? 

 

 俺の足は止まる。いや、その場の時間が止まる。ロボットは発言を撤回してもなお動かない。ネズミだけはブルーシートの上を我が道のように走り去った。

 

 俺の思考は止まらない。無駄に培った教養を頭の中で振りかざす。何がこいつを動かしているのか、全く分からない。

 

 

 

 ……思考を止めた。今日は約束がある。考える時間なんて死ぬほどある。今考えなきゃいけない時ではない。

 俺はロボットに再び手を出し、引っ張り起こす。別にこいつが至ってなんも問題は無い。なんなら自慢してやろうという気概でもいいだろう。

 

 

 

「行くぞ。行くんだろ?」

「はい。いつも通り同行します」

 

 

 

 ────────

 

 

 

 郊外に行くにつれ街の様子は変わる。そこら中に浮いていた電子公告板は家屋の横にくっつくようになった。安心する。歩道の幅も昔のままと言う感じがする。都市街とは大違いだ。

 俺はこっちの方が好きだ。地元を思い出す。

 

 

「旧友との約束とは、なんですか?」

「ちっちゃい同窓会だ。学生時代の友人とだ」

「まぁ、あいつらは覚えてるか知らんけどな」

 

 

 

 そもそも集まる場所が残ってるかどうかも分からない。こんな俺を俺と判断できるかどうかも分からない。何もかもが不確定だ。

 

 それでも、俺はあいつらと会いたいし、知りたかった。

 もしかしたら、心の底では同情されたいのかもしれない。救いの手を求めてるのかもしれないし、地の底まで叩き落として欲しいのかもしれない。

 この集まりに俺は不思議な気持ちで望んでいた。

 

 

 

 ────

 

 

 

 懐かしい公園だ。ここでよく走り回って鬼ごっこをしていた。俺ばっかり転んでいたな。

 辺りには俺とロボしかいない。時計を見てもまだ時間では無い。誰か一人でも来たら嬉しいな。

 

 

 ロボットは何やら神妙な面持ちでベンチに腰かけている。自分の言動を鑑みたりでもしたのか。今度また整備士に見てもらおう。OS内部の故障まで分かるか分からないが。

 

 

「よっ、元気してたか?」

「うお、来たか」

 

 

 目の前に現れたスーツ姿の73分けは、確かに旧友の1人だった。神崎だった。

 おちゃらけていつもいじられ役だった。小さくてよく転ぶ神崎は、今では立派にサラリーマンというわけだ。少し劣等感が湧き上がるが、友人に嫉妬してどうするんだ。前みたく下世話に話せることを期待した。

 

 

 

「他の奴らは?」

「来てない。あいつら覚えてるかどうかすら分からんぜ」

「まあ、俺も連絡とってないしな。仕事帰りにふらっと寄ってみたんだ」

「随分かっちりしたスーツだな」

「今じゃ部長だぜ。部下がやらかすもんだから大変だぜ」

 

 

 

 俺はTシャツに短パン。まるでガキみてえな服をしていた。これでも整備士に貸してもらった綺麗な服だった。

 なんだろうか、神崎はそんな気は無いだろうに、話の節々から劣等感を感じさせられる。胸が痛くなって来る。

 

 

 ──

 

 

 

「そういやお前今なにやってんの?」

「フリーターだな。基本的に」

「……フリーター?」「ああ」

 

 

 

 いくらか雑談を挟んだ後だった。お前と言われたことに少し驚いた。名前で呼んでいた昔が脳裏をすぎ、今に帰る。

 

 それは何気ない会話の合間だった。

 神崎の目が曇った。ひとつ離れたベンチなのに、あいつからの圧を感じる。

 なぜフリーターに反応するのか? 俺が嘘をついたのがバレたのか? ホームレスの匂いは取れなかったか……? 

 

 

 

「なんでフリーターなんだ?」

「ん〜。理由は無いな。特に」

「怠けか?」

 

 

 

 空気の流れが変わることを感じた。あいつからは明らかに敵意を感じた。

 

 

 

「フリーター? 職を継がなかったのか? 会社の経営でも傾いたか? 働かなくてもいい金でも手に入ったか?」

 

「……落ち着けよ。何に怒っているんだ?」

 

 

「お前だ。お前に怒っている。怠惰なお前が憎い。おれの子供時代、お前の行動一つ一つに俺は劣等感を感じていた。家に金があることの幸せを享受してたお前が憎かった」

「……だから俺は努力した。努力して大学を出て、大企業の若部長として地位を上げてきた。今日もお前みたいなやつを見返せるような結果を見せつけたかった」

「なぜお前は怠けるんだ? 俺と同じ土俵にも立ってくれないのか? 努力をすればさらにいい生活ができただろうに。それともあれか? 今の生活で十分満足か?」

 

 

 急に上がったボルテージはそのまま上がり続ける。瞬きする間に神崎はこれの胸元を握り眼圧をかける。育った腕に簡単に立たされてしまう。変わったのは、俺だけじゃなかった。

 

 

「なんでお前はそんなに落ち着いているんだ……! 俺の怒りを見て何を思う!?」

 

「……全てを後悔してるさ」

 

 

 

 ボゴっと、鈍い音が公園に鳴る。殴られたんだ。何を言っても殴られることだけは変わらなかっただろうが。

 

 

「もう1回言ってっ! あ?」

 

「申し訳ありません。この方は私のマスターです。暴力による彼への損害は認められておりません」

「へっ! 余った金で趣向品のロボットだァ!? ロボット会社の御曹司は随分裕福だなあ!」

 

「ああ、そうだよ」

 

 

 

 神崎の腕はロボによって止められた。片方、胸ぐらを掴んだ手は俺を砂場へ突き飛ばした。

 

 俺は立ち上がろうとしなかった。夕日の落ちる茜空を眺めていた。

 神崎はロボに羽交い締めにされつつ、ずっと腹から暴言を吐いていた。胸の奥が締め付けられるような気がした。次第にあいつの怒りは悲しみになった。

 

 

「同じ土俵にすら立てないのかよ……! どうしてお前は置いていくんだよ」

 

 

 夕日が完全に落ちきって、落ち着いた神崎をロボは離した。

 神崎は何も言わず公園を出ていった。きっと言いたいことは言いきったはずだ。俺は砂場に寝っ転がったまま、動こうとしなかった。

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 家に帰る途中だった。別の道から遠回りしたいと、アーチ状の橋を渡るルートを指定した。

 

 

 

「……私は、マスターについて何も知りません」

「……そりゃそうだ。教える必要なんてないと思ってたからな」

「どうか……教えてくれませんか」

 

「先程、神崎さんが仰っていた……御曹司という言葉」

 

 

 人間みたいな間の開け方をする。国家様は俺の情報までお求めですか。

 

 

「……お前こそなんなんだ? 俺の事を知っても国家様は喜ぶのか? 俺はお前の方が歪に感じるぜ。一体何者なんだよ」

 

「……私の情報は」

 

 

 

 制限されている。だろうな。国は俺に何も教えちゃくれない。いつも通り、目的を話した後に期限を言うだけだ。

 

 

 

 

 

 

「私は、1度リセットされています」

 

 

 夜、街灯の下に立ち止まったロボットは自分の胸に手を当てる。

 

 

 

「……自分自身を解析しました。使命だけが体を動かす反面、製造年から100近くの年月が経つのに対し、何も情報がないことにプログラムの自動解析がかかりました」

 

「結果、おそらくOS自体にリセットが掛けられています。国が私を作ったよりも先に、他の目的で製造されています」

 

「私がマスターにお伝えできることは、現状これのみです」

 

 

 

 突然の告白に真っ向から受け止めることが出来なかった。ついデマカセだと受け流したくなった。そんなことを言っていいのか。監視はどうしたんだ。

 

 

 

「現在、監視命令には整備を名目に、視覚、音での情報を遮断しています」

「……何故そこまで……?」

「私のOSは自立型です。監視命令とマスターの命令は同率であると現状判断しています」

 

 

 

 どんどんと人間味を増した喋り方になる。今までの目的と行動原理しか喋らないロボットはどこかに消え、より丸みを帯びる。

 

 ロボットは自分の体を見つめ始め、カメラの倍率を上げたり下げたりしている。こいつの目に、光が移った気がした。

 多分、気がしただけか。

 俺は、もう引くに引けなくなった。話すしかない。だが、話すべきであるとも思った。それが礼儀だ。

 

 

「……俺のことも、話すよ」

「お願いします」

 

 

 

「……なあ、おい……?」

 

 

 アーチ状の橋。俺は通る考えをしていた。いつしか入口に立っていた俺は、髪の毛の合間からあるものを見た。

 

 

「あの、中央にいる子」

「……なんであんなに端っこにいるんだ……?」

 

 

 

 ──────────ー

 

 

 

 

 

 少女が川へ飛び込んだ。ぬいぐるみを抱えて震えた足は、その瞬間覚悟を決めたようにまっすぐ地に立った。

 川までの高さは優に数十メートルあろう。横を通る自動運転車は足取りを止めず、目的地にしか進めない。搭乗者も見えていないのか。見て見ぬふりか。

 

 歩道に歩く人……いや、ロボット達も、少女の飛び降りには通報したかどうか不思議な動作をしたかと思えばスタスタ歩き始める。

 そんなので間に合うはずがなかった。彼女を止める理由は足りなかった。

 

 

 

 少女は飛び降りた。それはSNSでの承認欲求を満たすためでも、学校家族から押しつぶされた訳でもなさそうだった。惨めな服装は彼女がホームレスだと直感的に理解させた。

 救いの手もない社会のはぐれ者なのだ。

 

 

「……! おい、おいおいおいっ! まてぇ!」

 

 ヒュッ……

 バシャァン! 

 

 彼が少女に気づくには少し遅かった。

 彼の声が届くより、少女は意志を貫いた。その声に反応することも無く地を離れた。

 涙の粒だけがそこに残った。

 

 

「……!!! お前はっ……お前はここで待ってろ!」

「……命令とあらば」

 

 

 ……バシャン! 

 

 

 私は取れたぬいぐるみの耳だけを持って、泳ぎに行った彼と少女の無事を祈った。少しずつ、私も何かを思い出しているんだと思った。

 

 

 

 

 ──────────────

 

 

 

 

「本当にありがとうな。整備やらお守りやら頼んじまってよ」

「お……おう。まあ、まあまあ。そりゃそうだ。俺ぐらいしか頼みぶちなんてないよな」

 

 

 

 飛び降り少女は無事に救出した。橋の上には救急車やら消防なんかがいたが、既に少女の姿がないことを確認してはさっさと帰っていった。

 本当に情のない世界だ。

 

 まさか少女をうちで育てる余裕もなかったために、唯一の頼み綱に預けることにした。少なくとも俺よりかは育て親として優秀だ。

 

 

 

「まあ、いいけどよぉ? そのよぉ、女の子はいいんかあ?」

「……」コクッ

「いいって言ってるぞ。お前はいいんだろ? 契約成立だ」

「……いいけどよぉ……」

 

 

 頭を搔いて悩んだ振りをする。いいだろもう決定だ。あとは頼んだぞ。

 

 

「たまに様子見に来るからな。ちゃんと育てるんだぞ」

「整備しに来るだけだろ」

 

 

 実は今日も整備を頼みに来たと言うと、「貸しがとんでもないことになってるからな」と通告される。恐ろしい。いつかは返すぜ。いつかはな。

 

 

 

 

 ──ー

 

 

 

 

「女の子、良かったですね」「ああ」

「……まだ覚えていますか?」「……あ?」

「マスターが御曹司の話です」「……ああ」

 

 

「話すと約束したしな。言うよ」

 

 そういう約束もしたと思い、誠意を持って返す。こいつを1人の相手として話すことにも慣れ始めてきた。

 あまり思い出すこともない。事実のみを伝えようとした。

 

 

「俺は自立型ロボットOSの量産及びOS専用の機体を作る会社、『プリセンス』の御曹司だったんだ」

「御曹司と言っても、普通に育ったつもりだ。……だが、俺が中学生になる時点で会社が潰れた。そっから引き取り手もなく孤児院行きだ」

「そっからは今と変わらない。劣悪な孤児院だったし、あまり思い出しても思い出なんてない」

 

 

「わかりやすいだろ?」

「……メモリに保存しました」

「国には送らないでくれよ」

「了解しました」

 

 

 

 ロボットとの関係は、半年前より少しはマシになった。

 クソロボなんて言うことは無くなったし、距離感が縮まった気もする。俺の気分が悪い範囲には、あいつもズカズカ踏み込んでこなくなったのも進歩だと思う。

 

 

 

 

「……ブリセンス。約100年前にマスターの曾祖父が創立したロボ興行会社。ベンチャー企業からのし上がった、最近までは誰もが知る大企業」

「……突如、株式の60%がaiに買収。経営陣総退職から経営は右肩下がりに。新製品の開発はストップ。なし崩しに会社が潰れた……」

 

「合っていますか?」

 

「……ああ。多分な。ガキの俺にははっきりした記憶は無いが、aiが俺の会社を潰した。その意識だけはある」

 

 

 

 中学生の時、俺は人生の最底辺を体験したと思う。

 孤児になった俺は、誰からも見向きもされなかった。話しかけられない、輪に入れない。卒アルなんてものは白紙だ。

 小学生の俺は良くも悪くも生意気で、会社の御曹司を振り回していた。地位が無くなった俺に、関わる理由なんてものはなかったんだろう。

 

 だからこそ俺はロボットが嫌いだった。aiに自分の全てを奪われたと思ってた。いつまでも他責だった。

 

 

 

「辛かったですね」

「…………」

 

 

 俺は何も言わなかった。同情されたことへの不快感も驚愕感もない。

 少女を預けて帰路に着いた足を、少し早めた。

 

 

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 こいつが来てから1年が経った。監視期間の半分が過ぎたわけだ。

 時間はあっという間だ。俺も変わらずホームレスを続けるだけだし、ロボの整備やらでやることが増え、その分必要な金も増えた。

 日雇いに向ける熱意は独り身の時とは確実に違う実感があった。

 

 

 他にも変化があった。

 最近、街中で黒服の姿を見ることが多くなった。通り過ぎる人を良く見る癖があるからかもしれないが、やけに多い。

 たまにこちらを見てすぐさま去る姿に、違和感は拭えない。

 

 また、ロボの調子も悪くなってきた。

 自己解析してからというもの、時々OS強制リセットが度々入るようになった。

 

 

「私はマスターの監視を目的とし、2年間の……」

「……すみません。またOSリセットが入りました」

 

「自己解析が早くなってきてるな。大丈夫か?」

 

「私はわ、わわわわ、だ、……」

「……大丈夫です。強制リセットはCPUへの負荷が高く、一時的にこうなってしまいます」

 

 

 これはまだマシな方だ。酷い時は数日間自己解析が進まない時もある。出会いたてホクホクの時のウザったいロボに逆戻りだ。

 

 

 

 ────

 

 

 

「マスター、aiと人間の違いはなんでしょうか」

「お先にaiさんの意見を聞かせてくれよ。あるんだろ?」

 

「分かりました。aiと人の違いは体の構造にありま「あ〜つまらん。却下」

 

「すみません。適当な答えを提示できませんでした」

 

「人間には経験、成長、考える3つがある」

「3つもですか」

 

「そうだ。お前らは食べたものの味をデータベースから引っ張るだけだ。自分のものでは無い。俺らは100人いれば100通りの感じ方がある。それが人間だ」

 

「なるほどです。他二つはどういう意味でしょう?」

 

「それはお前が考えてみろ」

 

 

 こいつは経験も、成長も、考えることも満たしているのかもと。顔を見れば、なにやら微笑んでいるようにも見える。

 ふと思ってしまった。正確に言えばそれは人間のものとは違う。だが、こいつらaiはaiなりに頑張っているのかもと俺も考えた。

 

 暇な時間は減る一方だが、こうして考えるのは好きだ。

 このふたりの時間は、嫌いじゃない。

 

 

 

 ────

 

 

 

 暇な時、俺は図書館に行くようにした。

 今までみたくただぼーっと考えるだけの生活も悪くは無い。だが、そこに金は無い。ならばやることは一つだ。

 中古品の服をちゃんと買い揃え、奇妙に見られない格好で利用カードを提出する。司書さんには埃のように扱われるが、関係ない。

 

 ロボットの構造に関する本。電子学を学ぶ教書。小学生でもわかる会社の仕組み。人工知能の仕組み。大変だけど稼げるバイト。

 

 とにかく自分に関わるような本を読み漁った。働きたくて仕方なかった。

 俺は、誰かのために働くなんてしたことがなかった。今ではどこでも金が必要。結局は金だ。だからこそ働きたくなった。

 

 助けた少女の生活費のためにも、整備費用も、こいつに着せる服も。

 図書館にいる誰よりも本を読んだ。まずは賢くならなきゃと義務感があった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「……目的、もも、ももくて、てて、かん、かかか……」

 

「……くそが」

 

 

 OSリセットの影響は想像より強く出た。1周年から経った1ヶ月。既に前と同じような会話はできなくなっていた。俺はそんな生活がとことん嫌だったね。会話相手として適任中の適任だった。

 

 ふとシャットダウンしたかと思えば、2日間動かないこともある。雨に当たらないようにこいつの体を動かすのは大変極まりなかった。

 

 

 

 俺はとにかく働き出した。ロボットは着いてくることもあれば着いてこないこともあった。別にそんなのは関係なかった。1度精力的に働けば、雇い主から気に入れられることもある。そうして次の仕事も取り付ける。この繰り返しだ。俺が全力で働けばよかったのだと、ようやく気づいた。

 

 

 毎日を全力で、精一杯、懸命に生きた。

 努力は報われる。俺が今まで失敗続きだったのは、努力してなかったからだ。確信持って言える。

 努力は何をどれだけやったかじゃない。どれだけ自分の情熱をそそげたかだ。

 

 そうして手に入れた金は、何よりも重く、そして輝いていた。

 

 

 

「う、うめえ……飯がうめぇ……! まさかホームレスに奢られるなんて……!」

「おじさん、ありがとう……!」

 

「……30はおじさんか?」

「じじいだじじい。諦めろ。お前も早く飯を食え。美味いぞ」

 

 

 飯は何を食うかより誰と食うかだとは言うが、全くもってその通りだ。

 10年ぶり程の温かいご飯だった。

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

「あ────ー、ああ、あ」

 

「……」

 

 

 とうとう意味のある言葉を発することはなくなった。1年と半年。

 この状態は整備士に持っていっても治らなかった。「OS内部でどこからかの影響を受けていて、その遮断は難しい」あーそうかい。お前にも無理なのか。

 

 スタスタと不機嫌に帰る俺は八つ当たりばっかだ。思ってもないことを吐き捨てながら路地裏のゴミ箱に当たる。

 

 ネズミは驚いて散り散りになる。踏み潰したくはないが、ゴミ箱ぐらいしか当たる物がなかった。

 

 

 せっせこ働いて、ただ金を貯める。こいつは多分女なんだろう。それっぽい服も買えるぐらいまで、金はずっと貯めていた。

 

 

 

「早く……戻ってこいよ」

 

「……あー、あーあー、うあー、あう」

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 

 

「……ただいま戻りました。ご迷惑をおかけしました」

「……!! おっ、お、おお、おか……」

 

 

 

 家とも言えない場所に、ロボットの意識が戻った。俺はなんて声をかければいいんだろうか。とっさには分からず変な声を出した。

 

 

「ですが、この状態も長くは続きません。再び国よりリセットがかかります」

「……また戻ってきます。監視……いえ、私の目的を果たすために、また戻ってきます」

「だから、遠くには行かないでくださいね」

 

「……わかったよ。待ってる」

 

 

 会話だけでも、俺は分かることがある。こいつは、変わっていた。遠くに行かないでという言葉は、こいつの心からの言葉に聞こえた。

 人の心に染み込む、最適な高さ長さアクセントを掴んだ言葉。それは、人間らしさを煮詰めた煮凝りのようなものだ。

 

「あ、あい、あう、あ──ー」

 

 

 俺はこいつから、初めての経験を沢山貰った。

 一瞬の帰還に心が昂り、また消えていった哀しみ。

 

 俺はまた、借りた本を読み出した。貯めた金袋を握りしめて、こいつのただいまを待って。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 夏の日だった。

 

 

 

「……マスター」

「おかえり。今日は出かけるぞ」

「すみません。1日中安定化は、少し難しいかもしれません」

 

 それでもいいと、俺はロボットの手を引いた。久しぶりに経ったロボットは、ここに来たばっかりの軋みが聞こえた。

 

 

「……先に油かな」

「……ですね」

 

 

 整備士の元へ行き、久しぶりの整備をしてもらう。

 

 

「なんだか久しぶりだな。お前が来るのもロボと来るのも」

「ああ。動けるのがほんとに僅かでな」

「劣化も劣化だな。これは貸しでかいぜ」

「その事だが、これ」

 

「……は? ……これなんだこれ。この量……」

 

 

 背中に背負ったバッグから、500円玉がパンパンに入った貯金箱を渡す。

 

 

「もちろん相場は知らない。ただ、渡そうという気概はあったことだけ伝えておきたかった」

「……十分だ。油なんてそこまで高くつかん。それよりお前……」

 

「お前には世話になった。これからも頼む」

「お、おお」

 

「おじさん、どっか行っちゃうの?」

「どこも行かないよ。安心しな」

 

 

「それじゃ、またな」

 

 

 手を振りロボの手を引く。その間ロボットはずっと無言で、俺は少し不安だった。

 

 

「まだ、大丈夫か?」

「……はい。大丈夫です。私はまたリセットの副作用が出ても大丈夫なように、少し静かにしてます」

 

「いや、喋ってくれ。バグったっていい、君の声を聞かせてくれ」

「……? 分かりました。わ、わ、わ」

 

 

 握る手が異様な力で潰されかける。

 でもそれはこいつの本心じゃない。バグだ。

 俺は手を離さない。絶対離さないと決めた。

 

 

 

「あの、今日は何を?」

「まあお前は着いてこい。去年みたく」

「分かりました」

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 まずは洋服店に行った。半年間貯めた金は、このためだった。まともな服を着せてやれないことに、監視期間終わり際ようやく申し訳なくなってきた。

 借りにもこいつは女性としてプログラムされたわけだ。そうやって活かしてあげてもいいと思ったんだ。

 

 

「よく似合っていらっしゃいますよ! スタイルがいいですから、白いワンピースが映えますね〜!」

 

 

「……これでいいんですか?」

「ああ。よく似合ってる」

 

「マスターがいいなら、いいんですけど……」

「私は、ちょっと怖いです」

 

「なんでだ?」

 

「私は、aiです。……このような綺麗な服、着たこともないです」

 

「そんなこと言うにはまだ早いぞ。今日はまだ色んなところ行くんだから」

 

 

 洋服店は元々見定めていた。店員さんにも協力してもらい見繕ってもらった。ロボは複雑な顔つき。その顔に反して俺と店員さんはニコニコだった。

 

 

 その次はメイク屋に行った。ロボはただ手を引かれるまま。

 でも、いつもより引く手は軽かった。俺もは遠目で見れば綺麗な女性を引っ張れる。人生で一番楽しかったよ。

 

 

 

 ────ー

 

 

「えへ、すごい可愛いじゃないですかあ!」やっぱり、この仕事私の転職〜」

「そ、そうですか……。どうですか、マスター?」

「ああ、似合っ……いや、綺麗だ」

 

 

 むき出しの金属はメイクで綺麗に隠されて、まるで広告番に乗ってるモデルのようだった。

 ロボも自分の顔を鏡で何度も確認して困惑している。ああ、少し愛おしいと感じてしまった。恋では無い。愛かもしれない。まだ分からないが、ロボに対して初めての感情だった。

 

 

 メイク店から出てきた俺とロボ。いや、まるで美人な妹だっただろう。

 手だけは離さなかった。手を離してしまうのは、俺の本心ではなかった。

 

 

 

 今日は2136年7月。ロボットと出会ってから2年が経とうとしていた。いや、なんなら明日で丁度2年だった。そんな日の前日を、ただブルーシートに座って過ごすのだけは違うと、心から思った。

 女子の扱いなんて知らないし、どうやってやったらこのロボットを尊重できるかも知らない。だから、俺は俺なりにこいつをもてなすことにした。

 

 

 

「マスター? マスター? 何をそんなに急いでるんですか?」

「ああごめん。ゆっくり歩くよ」

「そうじゃなくて、マスターは私をどうしたいんですか?」

「んー。分からん」

「そうですか。でも、この格好は嫌じゃないです」

「そうか? ならよかったよ」

「マスター……あのやっぱり、何が目的か……」

 

「目的って、必要だと思うか?」

 

「……昔の私なら、必要だと答えていました。多分」

「でも今なら、……なくてもいいと、思えます」

 

「これは……、私がマスターと出会ってから考えていたことでもあります。この言葉は、データベースからではありません。自分の心に向き合ったものです」

 

「……なんか嬉しいな」

 

 

 

 今度は俺の握る手が強くなった。彼女にとっては分からないかもしれないが、それでも強く握っていたかった。

 

 もっと早くに彼女らしくさせるべきだった。

 もっと、貯めたお金を使うべきだった。

 

 

「マスター、次はどこへ?」

「ああ、本当は決めてない」

「えっ、ええ?」

「案外時間が進むのは早くてな。もう夕方だろ? 予約した店も閉じちゃってよ」

「ご、ごめんなさい。足が遅くて」

 

「一緒にいる時間は変わってない。別にいいんだ」

 

 

 キザなことを言ってまた進む。少し恥ずかしくて顔を見られなかった訳では無い。

 

 そんな時に、ロボが話し始めた。

 

 

 

「マスター、私は、わ、わ、わ、……」

「最適化を先に。ゆっくりでいいぞ」

 

「……私は国からウイルスのようなものを送られています。進行度は60%程でしょうか」「……!?」

「ですので、私が最後に解析した、この機体について話します」

 

 

 歩く足はとまった。近くのベンチに腰掛け、夕日を目の前にたとだどしい話を耳を澄ませて聞いた。

 

 

「マスターの会社は、は、aiによって潰されてしまいました。ですが、それは」

「それは国のせいだった。……そうだろ?」

 

「ええ。どこでそれを?」

「図書館で新聞紙をずっと眺めてた。親父が国と裁判してた記録があったり、無関係では無いことぐらいわかってた」

 

 

「マスターはさすがですね。この1年、凄く立派でした」

「主観まみれだな。珍しい」

「私も、立派なマスターの会社ロボットだったんですよ?」

「……初耳だ」

 

 

「マスターの曾祖父が全てのロボの試験機として、私を作りました。様々な実験に参加し、その度に新たな行為ができるようになりました」

 

「……自分で感情をつくる実験。それが最後でした。会社が国によって買収され、その際に私の記憶、く、く、く、……もリセットされたんです」

 

「国からマスターを監視しろと言われたのは、あの会社の血筋で生き残ったのがマスターだけだったからです」

 

 

 俺の知らないことばかりだった。金を稼ぎたい一心、俺の人生に関わる話に進展があるとは思ってもなかった。固唾を飲んで、一言一句聞き逃さないようにする。

 

 

「しかし、1年間でマスターは監視対象から外れました。何もしなさすぎて、無駄だと思われたんでしょう。黒服たちも、最近は見ません」

 

「ああ、確かに街に見なくなったな」

「おかげで気楽です」

 

 

「そういえば、聞くタイミングを逃したんだ」

「私、pr0001。良ければプルって呼んでください」

「……ずっとロボ呼びで、すまんな」

「少し寂しかったですよ。明日で監視は終わりますし、たった1日ですが」

 

「俺は……、柊だ」

「知ってますよ、マスター。私はこの呼び方が好きなので、変えませんけど」

 

 

「プル、今日はどうだった?」

「あ、うい、るす、感染、……ち、……」

「……タイミングが悪いな」

「嘘です。とても楽しかったです。マスターの笑ってる顔、久しぶりに見ましたから」

 

 

 

 ベンチに座った青年少女。きっとそんな風貌だったはずだ。

 楽しく笑い、雑談し、まるで人間だった。

 あっという間に時間はすぎて、夜の予定してた時間になった。

 

 

「ホテル……ですか?」

「最後の日だからな。少しはいいとこで寝泊まりしたいもんだ」

「申し訳ありません。私にそのような機能は……」

「いらんわ。求めてない。ダブルベットだ。安心しろ」

「そうですか……」

 

 

 プルには先に部屋に荷物を届けて、私は簡単に飯と浴場で風呂を済ませた。

 ロボにとってふかふかのベットというのはあんまり価値が無いかもしれないが、それでも経験をさせたかった。

 

 

 部屋に入り、時刻は23時。明日は最後の日。

 プルは先にベットに腰掛けており、後ろ姿は儚くも感じる。

 

 

「マスター。凄いですね、ベッド」

「だろ? 金貯めてよかったよ」

 

 

 なれないことをした2人。と言っても俺だけ。ベットに寝そべって、直ぐに寝そうになる。

 

 

「プルすまん。眠いから寝る。またあした」

「了解しました。その、マスター、あ、あ」

「どうした?」

「ウイルス感染度が、少し高くな、な、な、……」

「……」

 

 

 いつも見たくシャットダウンしたかと思い、俺は瞼を閉じた。

 濃い一日だった。ずっと頭を使っていた。

 周りからの目なんて気にしない、初めての1日だった。意識の変化だろうな。これも成長だろうか。

 俺は、きっとプルを家族にしたい気持ちがあったんだろうな。

 きっとこれは、愛だと言うんだろう。

 

 

 

 疲れは脳を空っぽにする。意識が消えかけたその時だった。

 

 

 

 00:00

 

 

 

 プルのベッドから軋む音が聞こえ、その音が近づいてくる。

 俺は気にもかけなかった。眠さが勝った。

 

 

 ドサッ! ガジッ! 

 

 

「……!?!?」

「ま、ま、ま、ま、ま、あ! ま、す、たー! 、……にげ! て!」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉とは真逆にプルは目の色を赤くし、俺の上に跨る。機械的な手は首を絞め、一切力を緩めない。一切優しさというものを感じない。

 

 俺は突然の出来事に抵抗することもままならない。体勢を変えられるほど筋肉もない。そもそもプルが重すぎてできない。

 

 プルの言葉は、俺に逃げろと言った。これは、ウイルス感染の進行によるものか。

 

 なんて最後なんだ。2年前に想像したことが現実に起きている。「寝たら首を絞められて死ぬんじゃないか」なんて。

 脳裏に今まで思い出がよぎる。走馬灯が流れるなんて、こりゃ相当だな。

 

 人生の走馬灯、大層なものなんてないだろうと思うと、全部がプルとの生活だった。なんじゃこりゃ。大変だ。

 人生の走馬灯も悪くないな。俺は、幸せなまま死ねるのか。

 

 

「ま、ま、ま、ま、す、す、す、す、す」

 

 

 私を絞める手は緩まらず、機械的な単音を部屋に響かせる。不気味か? いや、俺はもう慣れたよ。この短音すら、2人の生活の1部だ。

 

「ブル……楽じかっだ」

 

「……あ、た、た、た、ああ」

 

 

 俺はやっぱり目を閉じた。全身から力が抜けていくのを感じる。

 ホームレス生活。こいつに殺されることになっても、こいつが居なかったら俺は人間らしく生きてない。

 結局人生、aiに振り回されてばっかだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────

 

 

 

 目を覚ました。天国か。地獄か。目の前に広がるのは真っ白な雲の上か。羅生門のような真っ赤な門が待ち構えているのか。

 

 

 起きてみれば、俺の顔は濡れている。天国でも地獄でもないのか? 目がはっきりとしない。視力が戻るまで、それ以外の感覚だ。

 

 手を動かす。目の前には冷たいが、暖かい金属がある。

 耳を澄ます。水滴が落ちる音がする。

 舌は分からん。鼻を聞かせてみる。うわっ! 水が鼻に入った! 

 

 ゴホッゴホッと体を起こそうとするが、重しがのしかかって来ている。

 

 

 

 ようやく視界が晴れた。意識もはっきりとしてきた。

 プルは目に当たる部分から涙を流している。……いや、カメラを洗浄するための液体か。

 

 

「……プル」

「ま、ま、ま、マスター……! もど、もどっ、戻ってきたっ」

「ああ。戻ってこれたよ」

 

 

 首を絞める手はとっくに緩んでおり、簡単に退けられる。

 プルを胸で何とか受け止める。

 

 

「戻ってこれたか?」

「はい、はい、はいい、はい。戻ってこれましたっ。マスター、マスターも」

「死にかけたけどな」

「す、すみません。ごめんなさい」

 

「生きてるよ。良かったな」

「本当に、良かったですっ。良かったですっ」

 

 声の抑揚はなくても、気持ちのこもった言葉とはわかる。

 

 

「お前も成長したな」

「ウイルスは、俺を殺せと?」

「……はい、でももう、大丈夫です。本当です」

「そうか」

 

 

「今ので、国は俺が死んだと思ってる」

「つまり、何しても大丈夫ってこった」

 

「……つまり……?」

 

 

「ロボットは100年で動かなくなる。そうだったな」

「結構言うか悩んだけどよ」

「あと1年、俺との家族ごっこに付き合ってくれよ」

 

 

 




長文ご覧頂きありがとうございました。
またどこかで会えることを願っております。それでは 

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