わんだほいな妹をまふゆに生やした   作:花を摘む豆腐

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思い出に影を

 

『は―――雪を救う曲がどんな曲か分かった!?』

『ちょっ、今の妹自慢がどう繋がったらそんな話になるのよ!?』

 

 俄に、ヘッドホンから響く声が騒がしくなる。

 同時に私は、音が耳元から遠のいていくのを感じた。

 

『うん』

「……」

 

 Kに、あまり期待しているつもりはなかった。

 初めてKの曲を聴いたときは他の曲にはない “何か” があると、そう思えたけど。

 期待しただけ、徐々に失望感が増していった。

 Kが悪いわけじゃない。だから、私は無意識に他人に縋り付いて、頼ろうとすることをやめた。

 私たちは曲を作るという関係性において、誰かに比重を偏らせるべきじゃなかった。

 

『わたしの考えたことを、聞いてほしい』

 

 だけど、こうしてKが確信めいた話し方をすると。

 否応なく期待して、かえって現実味を失ってしまう自分が嫌だった。

 

 

『まず、前提として。雪は、妹を守りたかった。だけど話を聞いていた限り……雪の妹はもう、雪と同じくらい追い詰められた状況にある。だから、今の雪の気持ちは “妹を守りたい” じゃなくて、“妹を救いたい” に近いんだと思う』

 

 それは、確かにそうだ。

 もう、守るだけじゃあの子は間に合わない。

 私が気が付かないうちからあの子はずっと、傷を重ねてきてしまっているのだから。

 

『雪は初めてわたしの曲を聴いたとき、何かを感じたって言ってたよね』

「うん。……それが何かは、結局分からなかった」

『わたしは、今の話を聞いて思ったよ。わたしの曲から雪が感じたのは―――共感(・・)じゃないかなって。……わたしも、誰かを救いたいと思って、曲を作っていたから』

「……」

 

 共感。

 つまり、私がひよりを救いたいと思う気持ちが、Kが誰かを救うために作った曲と重なった。Kが言っているのは、そういうことだろうか。

 

『妹さんに対してだけじゃないよ。雪には、誰かの助けになりたいっていう元々の性格があるんだと思う』

 

 それは……わからない。

 いい子の私じゃなくても、優等生の朝比奈まふゆじゃなくても、私は誰かを助けようとするのか。

 でも昔の私は――いい子を演じる前の私は――もしかしたら、素直な気持ちだけで人に手を差し伸べていたのかもしれない。

 

『それなら、雪は』

 

 なら、私は。

 

『―――妹さんを救うことで、雪自身も一緒に救われるんじゃないかな』

 

 ひよりの手を掴んで救い上げることができたのなら、私の本当の想いも見つけられるのかもしれない。

 

『だから、雪。一緒に作ろう―――雪の妹を救うための曲を』

「……うん。……ありがとう」

 

 

『……お~い、ボクたちのこと、覚えてる?』

『……いや、まあ……いいけどね。結局ニーゴとしての最終目的は変わらないんだし』

『それはそうだけどさぁ〜、こういう大事な話にはちゃんと、ボクたちのことも混ぜてくれないと』

『ご、ごめん! Amiaとえななんのことも忘れてたわけじゃなくて……!』

 

 忘れていたつもりはないけど。

 二人も、ありがとう。

 

 ひよりと……私のために、これからもお願い。

 

 

■

 

 

 お姉ちゃんのもわもわがちょっとだけ、ぽかぽかになりました。

 何があったのかひよりには分かりませんが、いいことです。

 

 お姉ちゃんが自分で、というよりも、どなたかお友達さんができたのでしょう。

 お姉ちゃんは、優しいですから。きっとお友達さんが放って置かなかったんですね。

 ひよりは、そのお友達さんにいーっぱい感謝しないといけません。

 お姉ちゃんと仲良くなってくれてありがとうございます、って。

 

「……あら、ひより。もう下りてきたのね。宿題は終わったの? 明日の予習はした?」

「はい! 今出ているものは、全部終わりましたっ! 予習もばっちりです!」

「ふふ、ひよりは偉いわね。夕ご飯は、今作っているところなの。もう少し待っていてちょうだい」

「はーい!」

 

 とたとたと小走りで、ひよりは台所へ向かいました。

 エプロンを巻いたお母さんを見上げます。

 

「何を作っているんですか?」

「今日はね、まふゆの好きなビーフシチューよ」

「わあ……! じゃあじゃあ、ひよりにも手伝わせてほしいです!」

 

 ひより、本で読みました。

 お料理には、食べる人のことを考えながら、美味しくなーれって想いを込めて作ると美味しくなる魔法があるそうです。

 近頃のお姉ちゃんはご飯のときもぐにゃぐにゃ〜ってしているので、ひよりはその魔法を試してみたいのです。

 

「まあ、ひよりはいい子ね。それなら……このヘラで、鍋の中をゆっくりかき混ぜてもらえるかしら」

「任せてください!」

 

 ヘラを受け取って、野菜を崩さないようにそーっと鍋のスープをかき回します。

 美味しくなーれ、美味しくなーれ。

 

 お姉ちゃんが美味しくご飯を食べられますように。

 お姉ちゃんがぽかぽかで笑ってくれますように。

 にこにこな味になりますように。

 

 くるくる、くるくる。

 

 お母さんが笑顔になってくれますように。

 お母さんがキリキリしなくてもよくなりますように。

 ふわふわな味になりますように。

 

 くるくる。

 

 お父さんのお仕事の疲れが取れますように。

 ……あと、お父さんがもうちょっとちゃんとひよりたちのことを見てくれますように。

 

 ……よし!

 

「ふふ、とても真剣な顔で混ぜていたわね。じゃあ次は、調味料を入れましょう。……ちゃんと分量通りに入れられるかしら?」

「で、できます!」

 

 ひよりは調理実習でもたくさん褒められたので!

 

 

 そうして、家族四人が揃った食卓で。

 

 ひよりは、反省しないといけません。

 

 お姉ちゃんがスプーンを口に運ぶのを見て。

 もしかしたら、なんて思ってしまったから。

 

「……!」

「いただきます。……と、そうだ、まふゆ。学校じゃもうすぐ試験があるんだろう? 勉強の調子はどうだ?」

「順調だよ。まだ少し不安なところもあるけど……あと一週間あるし、大丈夫だと思う」

 

 ひよりは、いつもそうです。

 自分勝手に頑張ったのに、上手くいかないとちょっと悲しくなってしまいます。

 

「そうね、最近のまふゆは夜遅くまで頑張っているみたいだから。今日ビーフシチューにしたのも、ちょっとした応援のつもりなの」

「はは、そうだったのか。よかったな、まふゆ。ビーフシチュー、好きだっただろう」

 

 でも空回りしてしまうのは、残念なことにいつものことなので。

 ひよりは大丈夫です。

 

「どうかしら。美味しくできていると思うのだけど」

「―――うん! いつも通り、すっごく美味しいよ! ありがとう、お母さん」

 

 お姉ちゃんは笑顔で、辛そうな顔をしていました。

 魔法は、やっぱり上手くいっていなくって。

 

「あら。ふふ、良かったわね、ひより(・・・)」

 

「……え」

 

「……はい!」

「ん、なんだ。今日はひよりも手伝ってくれたのか」

「そうなの。煮込んだり、味付けしたり……全部ひよりがやってくれたのよ」

「へえ! ……うん、美味しいよ。完璧だ」

「えへ、良かったです」

 

「ぁ……」

 

 どうしたら、お姉ちゃんはぽかぽかでご飯を食べられるようになるのでしょうか。

 ひよりはなんだか、お姉ちゃんの方を見ることはできませんでしたが。

 

 また頑張ろうと思いました。

 

 

■

 

 

「おっもいのよだからぁ! あんたの相談はいつもいつも!」

「えななん、うるさ〜い。ここファミレスだよ?」

「外でその名前で呼ばないで! あ、店員さん! とりあえずパンケーキ四つお願いします」

「「えっ」」

「何よ。食べるでしょ?」

 

 騒がしい。

 

 

「……で? まふゆはどうしたいの?」

 

 私の様子を心配した三人に、休日の予定を決められて訪れたファミレス。

 ひよりのことをまた傷付けてしまった、と。

 大まかに事情を話したところ、絵名から返ってきたのはそんな言葉だった。

 

「……分からない。……謝りたい、のかも」

「えーでも、謝ったってしょうがないんじゃない? まふゆの本音は変わらないんだし、何を謝るの?」

 

 いちごミルクをストローで飲みながら、瑞希が疑問を呈してくる。

 ……全くの正論だった。

 あの子は私が嘘を吐いたことなんて分かっていて、けれど何も味がしない、美味しくない、なんて口に出せるわけがなかった。

 

「なら……もう一回、あの子の料理を食べてみたい」

「それで、なにか変わるの?」

 

 分からない。

 それでもし、味がしなくても。今度はちゃんと、ありがとうって言えるはずだから。

 叶うのなら、もう一度だけ。

 

「でも、こんなことがあった後でどうやってまた作らせるのよ。あんたの誕生日とか? それもまだ先でしょ」

「いや、普通に頼んだらいいんじゃないの? ご飯作って〜って。聞いてる感じ、お姉ちゃん大好きみたいだし」

「はぁ? そんなんで作ってくれるわけないじゃない」

「……あのねぇ、絵名とまふゆは違うんだよ? 東雲さん家のきょうだい事情と朝比奈さん家のきょうだい事情が同じなわけないでしょ」

「なにそれ! まるでこいつの方が立派なお姉ちゃんしてるみたいな……!」

「そう言ったつもりだけど〜? 少なくともボクのお姉ちゃんとは比べものにならな―――」

 

 騒がしい。

 

 

「ていうか妹ちゃんと仲良くなりたいんだったらさ、一緒に料理するように誘うとか、色々やりようはあるんじゃない?」

「確かに。あれ、まふゆって料理できるんだっけ」

「人並みには」

「よーし! じゃあまふゆは、妹ちゃんと一緒にお料理をすること! 決まり!」

「うん……」

 

 昔から、料理の手伝いは時々していたし―――

 

『―――今日ね、おとうさんのためにお弁当作ったんだよ! おかあさんに作り方教えてもらったの!』

 

「……」

 

 ふと、昔の記憶が蘇って。

 私が踏み躙ったのは、あの感情だったんだと気が付いた。

 

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