「昼飯時」のお姉さん
「昼飯時」のお姉さん
世の中には「ちょうどいい」場所というものが存在する。
それは居心地がいいだとか、あるいは収まりがいいとか、身の丈に合ってるだとか、とにかく自分にとってピタリとハマるような場所があって、そこに上手く収まって生きるのが人生のコツみたいなものだ──それがワカバ・ユミカの哲学だった。
身の丈以上に背伸びをしても疲れるだけで、誰もなにも得しない。つまりは、そういう「ちょうどよさ」をユミカは求めているのだ。
「そろそろ髪切った方がいいかなぁ」
今日も脱ぎ捨てた衣類やら積んだガンプラの箱やらなにやらが散乱しているマンションの一室で、ユミカは下着姿のまま姿見を覗き込んで、そう呟く。
野暮ったい、片目を覆う黒髪に、幼馴染曰く人相だけは無駄によさそうな黒い垂れ目。
いつ見たってどこにでもいる自堕落な女子大生Aだと、ユミカは自嘲した。
「……っと、自分の顔なんか見てたってしょうがないよね」
そして、下着姿のままおもむろに机まで歩き出して、ユミカは家庭用ダイバーギアへ、マイデスクの上に飾ってある愛機を読み込ませる。
ゴーグルを被って、いつも通りのシステムダイアログが表示されたのを確認し、ユミカの意識は電子の世界へ解けていく。
ガンプラバトル・ネクサス・オンライン。略して「GBN」。
今、世界で最もホットな遊びにして、ユミカの見つけた「ちょうどいい場所」の名前だった。
†
「ユミカ、また授業サボったでしょ」
ログインして手狭なフォースネストに向かうなり、待っていたのはオレンジ色の髪をポニーテールに括って、クソデカリボンを結んだ翡翠色の瞳をした少女のお小言だった。
「だって必修じゃないし……アヤネがノート取ってきてくれるって私、信じてるから」
「そんな頼りになる親友だから、みたいな顔されても、うちは今度こそノート見せないって決めたから」
「そんな殺生なぁ……」
アヤネと呼ばれた少女こと、ユミカの同輩である女子大生、クラシキ・アヤネはうるうると潤んだ瞳でユミカに縋りつかれてもなお、ツンと唇を尖らせていた。
「だってどうせユミカ、今日も服着ないでGBN来てるんでしょ? このままじゃ友達がネトゲ廃人になっちゃうから、うちは口を酸っぱくしてるわけ!」
「失礼な、下着は着けてるよ」
「世間じゃ裸と大して変わらないんだよそれ!」
その格好でコンビニにでも行ってみろ、とアヤネはポニーテールを逆立てて反駁する。
確かに下着姿でコンビニなんぞに行ったら、あらゆる意味で人生が終わる。
現実ではそんな人権損失一歩手前のユミカだが、GBNでは赤いベストにハーフパンツという至って真っ当なダイバールックをしていた。
「半裸でゲームする変態がどこの世界にいるのよ、もー!」
「世の中広いし探せば一人ぐらいいそう」
「もうユミカの洗濯物洗ってあげない」
「そんなぁ……アヤネがいなかったら私、生きていけないんだよ……?」
アヤネの辛辣な正論パンチにとうとう耐えかねたユミカは、髪の毛に隠れていない左目に涙を滲ませて、ケープの裾を掴む。
「うっ……もう、ノートも洗濯物も夜ご飯も今回だけだからね、次から自分でやってね!」
「やったー。アヤネ、愛してるよ」
「!!!!」
ぼそっと耳元で囁きかけられた言葉にアヤネは顔を真っ赤にしてそう叫ぶ。
通算56回目ぐらいの「今回だけ」だった。
ユミカは黙っていればそこら辺のグラビアアイドルが裸足で逃げ出していくような美貌とスタイルの持ち主だったが、生活能力が著しく欠如しているから、自分が世話をしなければならない。
そういう意識が、もはやアヤネの根底まで刷り込まれているという意味では、アヤネもアヤネで大概手遅れだった。
「それより今日はなにすんの、ユミカ?」
「んー、別になんでもいいけど……」
正直なところ、ユミカもアヤネもGBNにログインしているのはほとんど惰性のようなもので、これといった志の類は持ち合わせていない。
例えば、不動のチャンピオンである「クジョウ・キョウヤ」を倒したいだとか、ダイバーランクの頂点であるSSSランクを目指したいだとか、そういう気持ちはこれっぽっちも持ち合わせていなかった。
ただ、楽しく駄弁って、そこそこに遊んで気持ちよく一日を終える。
そのための「ちょうどいい場所」がGBNであり。
「ま、私たちのフォースってガチじゃないし」
「『ランチタイム』なんてふざけた名前でガチってたら逆に怖くない?」
「突撃お前が昼ごはん」
「やだよそんな物騒なランチタイム」
ユミカとアヤネの二人だけで作ったフォース、「ランチタイム」だった。
フォース戦も気が向いたときにしかやらず、ただ単にログインボーナスを受け取ったり、アヤネと駄弁るためだけに作ったフォース、それこそが「ランチタイム」の本質だ。
GBNの頂点を目指すだとか、そういうのは最近ホットな「ビルドダイバーズ」とかいうフォースに任せておけばいい。
そういう方向では、ユミカとアヤネの考えは一致していた。
「じゃあお店でも巡る?」
「いいじゃん、行こ行こっ!」
なんともなしに出された提案に、理由もなく乗っかって、電子の世界でもリアルとそうそう変わらないことをする。
それが「ランチタイム」の、ユミカとアヤネの日常だ。
概ね、そのはずだったのだが。
†
「お、お願いします! ニィレヤを仲間に入れてください!」
ロビーの片隅で、か細い声を必死に張り上げている少女がいた。
道行くダイバーたちは概ね音の出る障害物ぐらいの認識で少女──ニィレヤを無視して去っていくが、興味を惹かれたのか、ステータスを参照するダイバーも中にはいた。
しかし、その反応は一様だ。
「勝率33パーセントって、そんな戦績のヤツを欲しがるフォースがどこにあんだよ」
「そ、それは……」
「そういうわけでこの話はなかったことにしてもらえっかな、そんじゃ」
ニィレヤのステータスを見た青年は、肩を竦めて去っていく。
勝率3割。およそゲームの巧拙という観点から見れば間違いなく「下手くそ」に分類されるダイバーを欲しがるフォースは、確かにほぼ皆無だろう。
特に、ロビーでの野良勧誘は地雷だと思っていいという共通認識がダイバーたちの間に形成されていることもあって、ニィレヤのステータスを見ていくダイバーは怖いもの見たさが全てだ。
ウサギのような獣耳にふわふわの毛皮を纏った手足という愛らしいダイバールックでも誤魔化せないほど、事実としてニィレヤの戦績は悲惨なものだった。
「に、ニィレヤはきっとお役に立ちます! ひとりぼっちは嫌なんです! 誰か、誰か……お願い、します……」
後半に行くにつれて勢いを失っていくニィレヤの声を聞くダイバーは、もはや一人もいない。
勝率3割で野良勧誘を呼びかける地雷だと判明してなお声をかける存在がいるなら、それはきっと菩薩の生まれ変わりかなにかだろう。
ダイバーたちは嘲笑を隠すことなくニィレヤを一瞥して去っていく。
──だが。
「じゃあ、うちに来る?」
「……えっ……?」
ぽたぽたと涙をこぼして俯いていたニィレヤが顔を上げると、その瞳に映ったのは、スタイルのいい長身の女性と、小柄な女の子の二人組──ユミカとアヤネだった。
「えっ、ユミカ、メンバー増やしたくないって前言ってたんじゃなかった?」
「そんなこと言ったっけ」
「前に言ってたじゃん!」
「ごめん、忘れた。それであなたは……ニィレヤちゃんだっけ。うちのフォース、あんまりガンプラバトルとかしないけど、それでもよければ入っていいよ」
ユミカは小柄なニィレヤに視線を合わせる形で、潤んだ瞳を真っ直ぐに見据えて手を差し伸べる。
「……ほ、本当に……ニィレヤなんかが入っていいんですか……?」
「いいよ」
「……に、ニィレヤはゲームが下手っぴで……いつも皆の足を引っ張ってて……」
「下手くそでもなんでもさ、一緒にいて笑えればそれでいいと私は思うんだ」
「えっ……?」
「私たちは『ランチタイム』。お昼ご飯を一緒に食べるぐらいの関係でいようって思ってつけた名前。だから、ニィレヤちゃんも遠慮とかする必要ないよ」
ユミカが言葉と共に差し伸べた手のひらに、恐る恐る伸ばされたニィレヤの手が重なる。
自分なんかを初めて受け入れてくれた人。
どのゲームにいても下手くそで爪弾きにされてきたニィレヤに、「一緒に遊ぼう」と、なによりも欲しかった言葉をかけてくれた、人。
「……あ、あのっ! お名前、聞いてもいいですか……?」
「私はユミカ。それでこっちは」
「うちはアヤネ。ユミカのお世話係」
「ちょっと、私のクールで格好いいイメージ崩れるんだけど」
「だって事実じゃん!」
なんとも気の抜けるやり取りを交わしながら笑い合うユミカとアヤネを、ニィレヤは羨ましく思う。
自分も、あんな風に笑いたい。
あんな風に、一緒に──
「それじゃ、ニィレヤちゃん加入記念になんかしよっか」
「結局なにするのさ」
「んー、ガンプラバトル?」
ユミカはヘラヘラと笑いながら談笑していた、先ほどニィレヤの勧誘を蹴った青年を一瞥して、口元ににやりと不敵な笑みを浮かべる。
「なーるほど、ユミカのワルの血が騒いだわけだ」
「あーあー聞こえなーい」
「あ、あの、どういうことですか?」
「んーとね、簡単に言えばさ」
ふっ、と天使のような笑みを浮かべて、ぱちん、とユミカは指を鳴らした。
「お礼参り、しちゃおっか」
しかし、その唇が紡ぎ出した言葉は、悪魔か羅刹のような趣旨だった。
†
三人でフォース戦を挑んでくる上に一人は勝率3割野良勧誘の地雷を抱えている。
最初にフォース戦の話を受けたとき、青年──モルブはカモがネギどころか鍋とカセットコンロと調味料を背負ってやってきたと、そう思っていた。
しかも、「ランチタイム」なんてふざけた名前でメンバーは女三人。
新進気鋭の武闘派フォース「レッドエナジー」として売り出している自分たちの相手ではない。
そう確信して、モルブは売られた喧嘩を買ったのだ。
だが、目の前に広がっているのは。
「絶対に……絶対に、ニィレヤはユミカさんの役に立って見せるんだァッ!!!!」
『な、なんだこいつ!? 被弾が怖くねえのかよ!?』
『クソッ、ただ突っ込んでくる猪だってだけなら怖くもなんともねえんだが──』
ニィレヤの愛機、バルバトスルプスレクスとフラウロスのミキシングモデルである「ガンダム・ビーステッド」が四つ足の姿勢から砲撃とテイルブレードを同時に繰り出してがむしゃらに突っ込んでいく。
確かにこの前しか見ないような戦い方では、野良のバトルでは地雷だと認定されても仕方がないと、ユミカは素直にそう思った。
だが、これは野良での戦いではない。
「やりたいようにやっちゃえ、ニィレヤちゃん。フォローは私たちに任せて」
「そんなわけで、うちもガンガン狙い撃っちゃうんだから!」
ニィレヤから付かず離れずの位置に陣取っている、トールストライクガンダムグリッターを改造したガンプラ──ユミカの「ドラグストライクガンダム」が背負ったアグニ砲を、ニィレヤが討ち漏らした敵にぶち込む。
そして、陣形に穴を空けることを目的としたマークスマンとして、アヤネのガンプラ、イフリート改をカスタムした「イフリート・ジン」が対艦ライフルショーティーで敵の索敵型や遠距離型を的確に潰していく。
一人では無謀な戦術でも、仲間がいればフォローし合える。それがガンプラバトルの「ちょうどいい」ところだ。
『く、クソッ……ワキヤ、マイメ、あの地雷女の相手ばっかすんな! 厄介なのはストライクとイフリートだぞ!』
モルブは迷彩色で塗装したペイルライダー陸戦重装型のミサイルポッドをユミカに向けて放ちながら、残存している仲間たちへと呼びかける。
だが、ワキヤのガイアガンダムとマイメのガンダムヘビーアームズに、ニィレヤは獣がごとく食い下がって、決して離れない。
ニィレヤが意図せずヘイトを一身に請け負ってくれているからこそ、ユミカとアヤネは自由に動けているのだ。
いつしか10対3という絶対的な数のアドバンテージは消失し、3対3に持ち込まれている。
そして、ワキヤとマイメがやられるのも時間の問題だ。
どうにかしてユミカかアヤネを排除しなければ、形勢をひっくり返すのは無理に近い。ならば、モルブはなりふり構っていられなかった。
『クソッ……HADESを切るぞ!』
「おっけー」
ユミカはペイルライダーのバイザーが赤く発光したのを視認すると、ランチャー装備をパージして、踏み込んだ。
ガイアガンダムにはニィレヤが文字通り噛み付いている。
ヘビーアームズは多分アヤネがなんとか抑えていてくれる。
だったら、自分は確実に負け筋を潰しに行くのが役割だ。
ここで「暴れ」を通されるのがユミカたちにとっての負け筋であり、相手にとっての勝ち筋である以上、ペイルライダーの排除は急務といって差し支えない。
ユミカは両手に持ちかえたビーム・ソード・ピストルからビームの刃を発振し、ブーストを噴かしたペイルライダーと鍔迫り合う。
『ストライクにただハードポイントを増やしただけじゃあないみたいだな! だがその程度じゃあ、HADESのパワーを止めるには──』
「脇が甘いってあなたみたいな人のことを言うんだよね……っと!」
『なあッ!?』
ユミカは強引に鍔迫り合いをいなすと、脚部に装備していたハンターエッジを展開して、モルブのペイルライダーを蹴り付けた。
ぐらり、と体勢が揺らぐ。
わずか数秒かもしれない。だが、その数秒は。
「もらったぁ!」
『し、しまったぁぁぁぁ!!!!』
致命に至る数秒だと理解できる程度には、モルブもまた実力者には違いなかった。
アヤネの放った弾丸がペイルライダーのコックピットを撃ち抜いて、テクスチャの塵へと還していく。
そして、爆散したペイルライダーに目を向けてしまったのが、残る二人の運の尽きだった。
「ぐるるる……! がうっ!」
ガンダム・ビーステッドが抜いた鋸刀「ケモノガリ」がガイアガンダムのVPS装甲を強引に削り取って、コックピットを抉り取る。
「さて、と。これで終わりかな」
そして、呆気に取られていたヘビーアームズの背中を、ユミカのドラグストライクが構えた2挺のビーム・ソード・ピストルから放たれた光弾が撃ち抜く。
『Battle Ended!』
『Winner:「ランチタイム」』
システムダイアログがユミカたちの勝利を告げて、ニィレヤの「お礼参り」は無事に終わりを告げるのだった。
†
「あんたら、強ぇな……バカにしてすまなかった」
戦いのあと、ロビーに強制送還されたモルブは、ユミカたちに頭を下げていた。
侮ったのも敗因の一つだが、純粋に実力差で競り負けている……いや、遥かに開きがあることを認められないほど、モルブは腐っていない。
ニィレヤの猪突猛進な戦い方を完全にカバーして的確にフォローするのは、間違いなく達人と呼べる域に達した腕前の持ち主ゆえだろう。
「謝るならニィレヤちゃんに謝ったら? 私たちはただ単に喧嘩売りに行っただけだし」
「それもそうだな……すまない。お前の戦い方にも光るもんがあったぜ」
「に、ニィレヤ……もしかして褒められてますか? やった! やったぁ!」
モルブに頭を下げられたニィレヤはぴょんぴょんと小躍りして、嬉しさを全身で表現する。
子供っぽくてかわいいな、と、ユミカは素直にそう思った。
「なあ、あんたら……何者なんだ? Bランクの俺だからわかる。あんたらは絶対Bランクに収まっていい器じゃない。もっと上を狙える逸材だ」
ニィレヤが褒めて褒めてオーラを全身から醸し出していたのに反応して、その癖っ毛をわしゃわしゃと撫で回していたユミカは、モルブのその問いに小首を傾げる。
自分が何者か。
よく問われることだ。そして、その度に決まって返す言葉があることだ。
だから。
「私たちは『ランチタイム』。一緒にお昼ご飯食べたりする程度のゆるいフォースだよ」
ユミカはお決まりの言葉を口にして、ひらひらと空いている方の手を振りながら、踵を返して去っていった。
※この女、リアルでは汚部屋で下着姿である