朝は快晴だったのが、昼になったら一転して土砂降りになったのはどういうことだ。
とある大学に通う、傘を忘れた学生たちは一斉に嘆きと怒りに駆られ、ビニール傘を求めて構内の購買へと駆け出していく。
そんな騒動の中心から外れたところで、茶髪に鳶色の瞳という、よくいえば普通な、悪くいえば取り立てて特徴のない学生──トリウミ・タイトはぼんやりと次の講義に備えて弁当を食べていた。
「絶対ユミカのせいだよねこの雨」
「えー? せっかくアヤネを喜ばせるために今日は頑張ったのに」
「それはわかってるけどさぁ」
大講堂の中心に近い席に座っていた、見目麗しい女学生二人こと、アヤネとユミカがそんな他愛もない言葉を交わしているのに気づくと、タイトは雑念を振り払うように、急いで弁当をかき込んでいく。
(ユミカさん……今日も綺麗だな……)
しかし、サファイアのような瞳をちらりと伺うだけで、ついそんなことを考えてしまう。
いつもはよくわからないセンスの筆文字Tシャツに赤のホットパンツというラフすぎる格好で、しかもろくに出席してこないのがユミカという自堕落大学生だった。
だが、今日は珍しく、白いフリルつきのノースリーブの上から黒い半袖のジャケットを羽織って、赤いホットパンツというそこそこおしゃれな格好をしてきたのである。
だから雨が降ったんじゃないかと、アヤネは頬を膨らませていた。
ただ、タイトはそのせいで雨が降ったとしても別に構わなかった。なんなら、歓迎してさえいる。
普段のラフすぎる姿でも隠しきれない美人であるユミカのオシャレな私服が見られたのだ、こんなに嬉しいことはない。
──そう、タイトはユミカに密かな想いを寄せているのだ。
きっかけは大したことではない。ただの一目惚れだ。
この世にあんな綺麗な目をした女性がいるとは思わなかった。あんなに透き通って輝いている、どんな宝石さえも霞んで見える瞳が、心をとらえて離さない。
ただ、残念なことにタイトはこと恋愛においては奥手だった。
恋心を抱いてこそいるものの、ユミカに話しかけた数も話しかけられた数も少ないし、なんなら認知してもらえているかどうかも怪しい。
もっとも、これに関しては今日こそ勇気を出して話しかけようと思った日に限って出席していないといったことも珍しくないユミカにも非があるのだが。
「ん?」
「どうしたの、アヤネ」
「いや、なんでも? そろそろ、うちらも学食でも行く?」
そんなタイトが密かにユミカへと送っていた熱視線に気づいたアヤネは、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべてそう提案する。
「学食? 別にいいけど」
「それじゃ決まりだね、行こっか」
ユミカに恋しているのも難儀なものだと、アヤネはタイトが恋心を隠せていないのを見る度に思う。
この女はめんどくさくて半裸族で自堕落で重たくて、見た目以外はとんだ事故物件だというのに。
ただ、恋というのはそういうものだ。特に理由もなく、どうしようもなく誰かが愛おしくなって仕方なくなる。
もっとも、百年の恋も覚める──なんてことわざがある通り、ユミカの自堕落極まるリアルを知ってしまえばタイトもドン引きすると、アヤネは思っているのだが。
「学食の醤油ラーメンってたまに食べたくなるよね」
「わかる、なんか普通の醤油ラーメンって感じだし、特別美味しいわけじゃないんだけど」
「じゃあ私は餃子も追加で頼んじゃおうっと」
「いいの? ニンニク入ってるけど」
「ご飯食べたら帰るし」
「こいつ……」
午後にも授業の予定があるといえばあるのだが、必修でもなければ別に関心があるわけでもない科目なので、ユミカは全力で目を背けることに決めていた。
興味も関心もない講義で90分を浪費するなら、GBNでダラダラ過ごした方がちょうどいい。
自堕落すぎてそろそろ天から雷でも落ちてくるんじゃないだろうかと、アヤネが心配になっていた、そのときだった。
「じゃ、じゃあ僕がっ……! だ、代返します!」
思い切り舌を噛みながら、タイトが言葉を口走る。
ある限りの勇気を振り絞った、一世一代の大舞台のつもりでの行動だ。
おお、とアヤネは感心する一方で、肝心のユミカは小首を傾げていた。
「えーっと、あなたは」
「た、タイトっていいます」
「そっか、どっかで会ったことあるかな」
「多分……」
どこか、がGBNを指すならタイトはユミカと結構な確率でエンカウントしている。
とはいえ、「ランチタイム」としての活動がメインであるユミカたちの邪魔をするつもりはないので、電子空間でも遠巻きに見ているだけだが。
ユミカもそんな関係だからか、しばらく思い出すのに苦労していたようだが。
「ああ、この前の黒いクラスターガンダムの……で合ってるよね?」
この間ふらりとレイドミッションを受けたときにたまたま同じチームに配属されていたことを思い出して、ユミカはぽん、と手のひらを拳で叩く。
「覚えててくれたんですか!?」
「うん、いい腕してたよ。あなた」
「こ、光栄です!」
タイトの黒いクラスターガンダム──正確にはクラスターガンダムをνガンダム風のカラーリングに塗装した上で各部にハードポイントを追加するというミキシングビルドを行っている「モノクローム・クラスター」は、奇しくもハードポイントの活用による戦術の多様化という意味で、ユミカのドラグストライクと似通ったコンセプトをしていた。
それだけではない。
機体に時限強化システムとして妖刀システムと、体力が一定値を割った状態で発動できる超妖刀システムを組み込むことで、爆発力を確保しているのもまた、「ドラグドライヴ」とヴォアチュール・リュミエールによる強化を搭載しているユミカのドラグストライクとこれまたコンセプトが似通っている。
とはいえこれは、タイトの恋心とは全く関係なく、単なる偶然の産物なのだが。
「んー、これもなんかの縁だし、あなたも学食行く? 今日雨だから混んでると思うけど」
「いやいやユミカ、タイト君お弁当食べてるじゃん」
「それもそっか」
「問題ないです! 僕、胃袋の大きさには自信あるんで!」
ごめんね、と断ってふらりと踵を返そうとしたユミカだったが、それを引き止めるようにタイトは宣言する。
アヤネはおお、とその度胸に感心した様子でにまにまと邪悪な笑みを浮かべていた。
ちなみにこれはタイトが咄嗟についた大嘘である。弁当の時点で大盛りなのに、追加でラーメンを頼んだら夜飯は抜きでもいいぐらいだ。
「じゃあ行こっか、これもなんかの縁ってことで」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「そんな畏まらなくてもいいってば」
ユミカは苦笑するが、学食とはいえ憧れの女性と一緒に食事をできるのだ。
男として、緊張するなというわけにはいかない。
これを機になにかGBNの話でもできたら、なお上出来だ。勇気を出して話しかけた甲斐があったというものである。
喜び勇んでユミカとアヤネと共に学食に向かうタイトだったが、美女二人に囲まれている男、という構図に結構な嫉妬の目を向けられていることには、舞い上がっていて全く気づかなかった。
†
「大盛りのお弁当とラーメンを平らげてしまうとは、とても健啖な方なのですねぇ……うふふ」
そんな昼間の出来事をユミカが手狭なフォースネストで語って聞かせると、シオリは是非甘やかしたいとばかりに妖艶な笑みを浮かべる。
「す、すごいですね……ニィレヤは、そんなに食べられないです……」
「私も流石に大盛りのお弁当とラーメンは無理があるかなーと思うけど、男の子ってすごいんだね」
その上、スープを完飲までしていたのだからユミカはタイトの健啖ぶりに驚いたのだ。
ただ、それが会話に困って見栄を張っただけだと見抜いているのはアヤネだけだが。
恋する男の子というのはいつだってエネルギッシュで見栄っ張りで格好つけたがるものだと相場が決まっている。
だから、それを言うだけ野暮なのもまた、アヤネにはわかっていた。
「学食のラーメンって量が多いんだよね」
「わかる、基本腹ペコな男子向けって感じ」
「に、ニィレヤたちは給食ですから、なんだか学食って憧れます……!」
「そうですわねぇ、中学校で学食があるのは、私立でもないと珍しいですから」
そういえばニィレヤとシオリは中学生だったな、ということを思い出して、ユミカは小さなジェネレーションギャップを感じる。
昔の自分については全く思い出したくないが、自分にも中学生だった時期が確かにあったのだ。
それから6年、大人になれたかどうかで聞かれれば全くもってそんなことはないのが悲しいところだった。
「今度会ったら代返のお礼とかした方がいいのかな」
「どうかなー? そこはユミカがどうしたいかによるんじゃない?」
ユミカが過去から目を逸らすように、強引に転換した話題に乗っかったアヤネは、少しだけ意地が悪い笑みを浮かべたまま、試すように問い返す。
「んー……今度ラーメン奢ってあげようかな、今日もよっぽど食べたかったんだろうし」
「ずこー」
そうだけどそうじゃない。
ユミカの天然ぶりに思わず顔面から床にずっこけたアヤネは、タイトの恋の前途多難ぶりを思って苦笑する。
ユミカはなぜ親友がそんな芸人じみたことをしているのかが最後までわからず、ただこてんと可愛らしく小首を傾げることしかできなかった。
こちら読者参加型企画第二弾になります。作中に登場する「モノクローム・クラスター」と「タイト」くんは「ハナバーナ」様からお寄せいただいております( ˘ω˘ )