ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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「昼飯時」ににじり寄る影

「アヤネってさぁ」

 

 都内某所のドーナツ専門店でランチタイムと洒落込んでいたアヤネに話しかけてきたのは、親友のサナダ・ルイだった。

 

「ん、どしたの?」

「もしかして結構なお嬢様だったりする?」

「えっ、どうしてそう思ったの?」

「だってドーナッツ両手で持って食べてるし」

 

 ルイはくひひ、と少しだけ悪い笑みを浮かべ、くるくるとウルフカットにまとめた茶髪を人差し指で弄ぶ。

 

「そっ、そっかなぁ……!?」

「えー? 隠すことないじゃん! ココロはどう思う?」

 

 少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて俯いたアヤネへ追い打ちをかけるように、ルイは同席していたもう一人の親友、エノモト・ココロへとそう問いかける。

 コンパクトを開いてメイクを直していた最中だった黒髪の女性──ココロは、小さく首を傾げて人差し指を唇にあてがった。

 

「んー、私もアヤネはお嬢様だと思うかなー」

「えー、そんなことないってばー!」

「だってアヤネ、品行方正なとこ隠しきれてないじゃん。ダメダメ学生なユミカにノート取ってあげてるし、何かと世話焼いてあげてるし」

 

 ルイからの指摘に、アヤネはぎくり、と錆びついたブリキ人形のような仕草で視線を逸らす。

 そんなに品行方正にしている覚えはないのだが、ユミカの世話をしていることは紛れもない事実だ。

 ただ、それがお嬢様という単語と接続されるとは思ってもみなかったが。

 

 別に家柄を隠しているつもりはない。

 実際、アヤネも結構いい家で育ったという自覚はあるし、相応に礼儀正しくあれと教育も受けてきた。

 ただ、ユミカの世話をしているのは、そういった、いわゆるノブリスオブリージュ的な精神とは無関係の話なのだが。

 

「そ、そんなことないよ! ユミカだって……ユミカだって、その……おっぱいとお尻おっきいし!」

「発言が完全に男子のそれなんですけど」

「ふふっ、ウケる」

「……う、うぅ……でも、ユミカ、ほっとけないじゃん……」

 

 そう呟いたアヤネの表情が一瞬沈み込んだのを見て、ルイはこれ以上深入りしない方がいいな、と直感的に悟る。

 アヤネがユミカの世話を焼いていること自体は、ルイにとっては別にどうでもいいし、ユミカがグラビアアイドル並みのプロポーションをしているのも事実だし、それ以上でも以下でもない。

 ただ、ルイとしては自分と同じ匂いのようなものを嗅ぎ取って、アヤネにカマをかけてみただけだったのだ。

 

「ごめんごめん。でもそういうとこ可愛いよね、アヤネって」

「そっかな?」

「絶対男ウケする性格してるもん。だよね、ココロ?」

「そうそう、彼氏いないのが不思議なぐらい」

 

 ココロはフレンチクルーラーを一口齧って、ルイの発言に同意する。

 

「そーいう二人は彼氏持ちだもんねー、別にうちは彼氏とかいらないからいいけど」

「えー? なんだかんだでいた方がいいって!」

「じゃあうちに愚痴ってくるのやめてよ……彼氏が鈍感なのがつらいのはなんとなくわかるけど」

「ごめんて。でも好きになっちゃったからどうしようもないんだよね……」

「そうそう。惚れた弱みってやつ」

「学生結婚してるココロが言うと説得力あるよね!」

 

 ぱん、とハイタッチを交わして、ルイとココロは完全に緩み切った笑顔を浮かべる。

 彼氏なんてそんなにいいものなんだろうか、と、一人取り残されたアヤネはオールドファッションをちまちまと啄みながら思う。

 確かに昔は人並みに素敵な彼氏が欲しいだとかロマンチックなデートがしたいだとか思っていたことはあったが、今は。

 

「まあでも、アヤネにとってはアレだよね。ユミカが彼氏みたいなもんか」

「だ、だだだだ誰が彼氏だって……」

「それを言うなら彼女じゃない? 大丈夫アヤネ、今の時代はダイバーシティとか……そういうのだから」

「もー! だから違うってばぁ、ココロ!」

 

 あわあわと身振り手振りを交えながら顔を真っ赤にしているアヤネをからかうように、ココロとルイはくひひ、と笑う。

 誰がどう見たってアヤネがユミカにぞっこんなのは一目瞭然だ。

 それもそうだが、ユミカがこんな風にランチタイムを共に過ごせるくらい深い仲にある相手が、アヤネぐらいしかいないのも大きい。

 

 ルイの見立てでは、まだ正式にくっついてないだけで事実婚状態じゃないのか──と、いったところだった。

 

「まあまあ大変だよね、アヤネママも」

「だからうちはユミカのママじゃないってば!」

「でも手がかかる子ほど可愛いって言うでしょ。猫でも犬でも」

「まあ……否定はしないけどさぁー

 

 アヤネ自身、ユミカの世話を焼いているのは、捨てられた子猫の面倒を見ているような感覚でいるのも確かだ。

 だが、自分があのダメ女へ抱いている感情について考えたときに、答えが浮かんでこないのもまた確かだった。

 結局のところ、大学生活とはどこかの誰かが言ったように、人生の夏休みみたいなものだ。

 

 自分とユミカがこれからどうなりたいのか、どうなっていくのかについて考えると、少しだけそんな影から目を背けたくなるぐらいにダメなところを、アヤネもまた持ち合わせていた。

 

「アヤネはこのあとどうすんの? GBN?」

「んー、ユミカがレポート助けてって言ってるからその手伝いかな。うちは今日ログインできないかも」

「りょ、ココロは?」

「私はゲーセンかなぁ、旦那とルイの彼氏くんの付き添い」

「えー!? あたしぼっちじゃん! てか彼ピまたあたしに黙って予定立ててるし!」

「大丈夫だって、ルイ! GBNはソロプレイも楽しめるゲームだから!」

 

 今まで煽られてきた意趣返しのようにいい笑顔で親指を立てて、アヤネはルイにそう返す。

 確かにGBNのプレイヤーの中には延々とソロでダイバーランクを上げることに終始している廃人の類がいることは知っている。

 だが、コミュニケーションを相互に取り合って楽しめるゲームをソロで延々とやり続けるのは、ルイにとって苦行なのだ。

 

「でもルイ、もう少しでダイバーランクSなんでしょ? すごいじゃん」

「いやー、AとSを行ったり来たりしてるだけだよあたし、Sに留まれた記憶がないんだよね」

「それ言ったらうちはBランクなんですけどー」

「私は初心者でーす」

「こいつら……もう、仕方ないなあ……気乗りしないけどちょっとソロでやりますか」

 

 煽る側に回ると存分に煽り倒してくるアヤネとココロに呆れつつ、ルイはジーンズの腰に着けているガンプラホルダーに手をかけた。

 別にランク上げにこだわらなくても、アヤネが言った通りGBNの広大な世界を愛機と共に駆け抜けるだけでも日々のストレス発散になる。

 遥か昔、フルダイブ型VRゲームが普及する以前のテレビに繋ぐタイプのゲーム機でその勇姿を見て以来一目惚れした、トルネードガンダムをベースに独自の改造を施した「テンペストガンダム」を片手に、ルイはガンダムベースへと駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 ただ思うままに愛機で空を駆けるだけでも気晴らしになる。

 そう思っていた時期があたしにもありました──とばかりに、GBNへとダイブしたルイこと、ダイバーネーム「ルーイ・ネルソン」は眉根にシワを寄せていた。

 こめかみには脂汗が滲んでいて、嫌な感覚がする。そして、レーダーに響いているのは絶え間のないアラート。

 

「あーもう! どうして攻撃が効かないの!?」

 

 ルーイはテンペストガンダムのビームライフルで迫り来るミサイルの直撃弾のみを撃墜しながら、そう毒づいた。

 思えば、ことの始まりは、ロビーで声をかけられたときだ。

 同じ女の子ダイバーで、ランクも近いからと一緒に探索しないか、という提案を呑んでしまったせいで、今はこうして。

 

『あっはははは! ごめんねぇ! でもさ、つよつよなあーしのダイバーポイントになれるんだから光栄だと思ってほしいんですけど!』

「ちっ……!」

 

 探索中に卑劣にも不意打ちを仕掛けてきた相手の、袖付き仕様のズサが放ってくるミサイルの雨霰を掻い潜りながら、ルーイは小さく舌打ちで返す。

 ズサという機体は全身火薬庫のようにミサイルを積んでいるため、瞬間火力に優れているが、弾切れの問題とクールタイムの長さという欠点を抱えているはずだった。

 だが、どういうわけか相手のダイバー、「イクミ」のズサが放つミサイルは文字通りに絶え間なく、クールタイムやリキャストの概念など知ったことかとばかりに飛んできている。

 

 それだけではない。

 

「ミサイルが無限でも、撃ち切った瞬間はガラ空きでしょ! テンペスト(暴風雨)の名前は伊達じゃないってね!全弾持ってけぇ!」

 

 ものは試しとばかりに強がって、一瞬の隙を突く形でルーイは全弾発射の武装スロットを選択してトリガーを引く。

 全身に搭載された火器から放たれる砲火は、確かにイクミが駆る、ビビッドピンクの袖付きズサに直撃したはずだった。

 

 ──だが。

 

『あっははは! 効かない効かない! そんなよわよわ攻撃であーしのズサは倒せませぇーん!』

「ウッソでしょ……!」

 

 流石に全弾発射であれば多少はダメージが通ると思っていたが、どういう改造をしているのか、袖付きズサがダメージを受けた様子はない。

 明らかにこれは異常だ。

 ミサイルの無限発射に即リロード、それだけではなく異常に強化された装甲。

 

 ルーイがそれらの要素をかき集めて叩き出した答えは「チート」の一言だった。

 だが、GBNには自己防衛プログラムが設定されており、チートツールの類は全てシャットアウトされていると彼氏からルーイは聞き及んでいる。

 技術的なところに関しては全く詳しくないルーイだが、確かにアクティブ2000万人を誇るGBNでチートが使われたとあれば、その日のうちに話題になるだろうし、使用者はBANされるはずだ。

 

「なんで……っ! ガードフレームが来ないの!?」

『くひひひひ、無駄無駄ぁ! この「ブレイクデカール」の前にはガーフレも運営もよわよわざこざこなんだから!』

 

 ブレイクデカール、とやらがなんなのかは察しがつく。

 恐らくそれが、イクミの使っているチートツールの名前なのだろう。

 しかし、原理がわからない。チートであれば運営や、その手先である「GBN-ガードフレーム」──もっと悪質だと判断すればチャンプですら倒せないとされる「GBN-ベースガンダム」が降臨するはずなのだ。

 

 その目を掻い潜っている絡繰りがわからない。

 

『鬼ごっこはそろそろ終わりにしよっか! じゃあね、ざこざこダイバーちゃん!』

「……くっ、この……!」

 

 自分が弱いかどうかはともかくとして、イクミのズサには勝てない。

 ルーイは不幸にもそれを理解できてしまうタイプだった。

 もう少し腕の立つダイバーであれば、あのブレイクデカールというらしいチートに対して少しは渡り合えたりするのかもしれないが──

 

『くひひひひ!!!! このブレイクデカールがあればぁ、チャンプも、SSSランカーもみーんなよわよわざこざこのおやつになっちゃうんだからさぁー!!!! 諦めなよぉー!!!!』

「言わせておけば、こいつ……!」

 

 負けたくない。

 戦うための手札が残されていないのはわかっていても、こんなチートを使ってイキっているだけの三流に大人しくおやつにされてやるほど、自分のプライドは安くない。

 ぎり、とルーイが歯を食いしばった瞬間に、天啓の如く一つの閃きが降りてくる。

 

 ──射撃に対して耐性があるのなら、格闘はどうなる?

 

「そうだよね……試してみなきゃ、わかんない!」

『くひひひひ! 雑魚乙〜! そんなにミサイルを真正面から喰らいたければ……全弾持ってけぇ!!!!』

「ごめん! でも耐えて、テンペスト!」

 

 ミサイルが直撃することを承知で、爆風と衝撃の中を突っ切りながら、ルーイはビームサーベルを抜き放って吶喊する。

 瞬く間にコックピットにはレッドアラートが明滅し、機体の耐久値も一瞬で底をつきそうになった。

 それでも。

 

「それ、でもぉぉぉぉっ!!!!」

『なっ……あーしのズサになにしてくれてんだぁ!!!!』

 

 弾幕砲火をなんとか掻い潜って振るったビームサーベルの一閃は、イクミのズサの右腕を、確かに切り落としていた。

 これだけで、ちょっとした嫌がらせぐらいにはなるだろう。

 ざまあみろ、と笑ってルーイが怒りに燃えるイクミの反撃でロビー送りになるのを覚悟した、その瞬間だった。

 

『そうだ! 諦めなければ道は開ける!』

『どこの誰ぇ!?』

 

 彼方から飛来したフラッシュエッジ2ビームブーメランが、振り上げたズサの拳を切り裂く。

 ゆっくりと伏せていた瞼を上げてルーイが見たものは、デスティニーガンダムをベースに頭部と両肩、そして両腕部をペイルライダーのものに置き換えて、デスティニーインパルスのバックパックを背負った白と濃紺のガンプラだった。

 その機体は、光の翼──ヴォアチュール・リュミエールを展開し、瞬く間にイクミとの距離を詰めていく。

 

『正義の味方気取りかよ! そーゆーのマジでウザいって学校で習わなかったの!?』

『黙れ! 俺は一人のダイバーとして……愛機と共に駆けるこのGBNの空を穢されたくない!』

『はっ! でもでもどうせ……このミサイルで一撃でしょ! ざこざこよわよわダイバーがイキりやがって──』

『冥土の土産に教えてやる』

 

 イクミがミサイルのトリガーに手をかけた瞬間、割り込んできた青年は底冷えのするような声でそう呟いた。

 

『いくぜ相棒……ロークライダー! 俺たちは絶対にブレイクデカールの脅威に屈したりはしない! HADES!』

『なっ、速──てめぇチート使ってんのかよ!!!!』

『違うな。これは俺の積み上げてきた……いつかはクジョウ・キョウヤにも届く刃だ!』

 

 HADESとヴォアチュール・リュミエールの同時起動という荒技で、凄まじいまでの加速力を発揮したロークライダーは、ミサイルが発射されようとするその刹那の隙を穿つ形で、脚部に隠されたアーマーシュナイダーをズサのコックピットに叩き込んでいた。

 

『クソッ、チクショウ! なにがクジョウ・キョウヤだこのチート野郎ぉぉぉぉ!!!!』

『まだ喚くか、ならお前に真実を教えてやる』

『はぁ!?』

『クジョウ・キョウヤは……俺より速いぞ』

『んなっ──!?』

 

 それはつまり、イクミなどブレイクデカールを使ったところで足元にも及ばないという意味だった。

 捨て台詞すら残せず、驚愕したままビビッドピンクの袖付きズサは爆発四散する。

 そうして、HADESの起動を停止したロークライダーは、まるで溜息でもつくように、全身のダクトから余剰熱を排出した。

 

「あー……助けてくれたのかな、ありがとう」

『気にしなくていいよ、たまたまブレイクデカールを使ってる……マスダイバーを見かけたからさ』

 

 戦闘中とは打って変わって穏やかな口調で、青年はルーイにそう返す。

 

「マスダイバー?」

『ブレイクデカールを使うダイバーをそう呼ぶらしいんだ。詳しくは俺も知らないけどね』

「へえ……あとでアヤネにも注意しとこ。改めてありがとう、えっと」

『ゲン。俺はゲンだよ。ソロ専でやってるんだ』

 

 ダイバープロフィールを通信ウィンドウに投影して、ゲンと名乗った青年は柔和に笑った。

 そのプロフィールには燦然と「ダイバーランク:SSS」の文字が書かれていて、道理で強いわけだとルーイは苦笑する。

 いくら研鑽を積み重ねても、自分がそこに届くことはないのだろう。だが、それはそれとして、こういう合縁奇縁を運んでくる場所がGBNなのだ。

 

「そっかー、助けてもらって申し訳ないんだけど、残念だけどあたし、彼氏持ちだよ?」

『? それがどうかしたのかい?』

「あっはは、冗談。でもキミ、最高に格好よかったよ」

『それは……照れるな。でも、ロークライダーもそう言ってもらえて喜んでるよ』

 

 それじゃあ、と最後にそう言って、ゲンは愛機であるロークライダーと共にGBNの大空へと旅立っていく。

 きっといくら頑張っても、自分はヒーローになれないとルーイは心の中で繰り返す。

 それでも。

 

「テンペスト、あなたも最高に格好よかった」

 

 ──だから、ありがとう。

 

 崖っぷちで光り輝いたビームサーベルの一撃を思い返しながら、ルーイもまた、万感の思いを込めて、愛機へと語りかけた。




読者参加型企画第四弾です。登場する「ルーイ」と「テンペストガンダム」は「笑う男」様に、そして「ロークライダー」と「ゲン」は「大剣」様にお寄せいただいております( ˘ω˘ )
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