「はぁ、素敵なお話でした……」
今日も今日とて教室の隅っこでライトノベルを読んでいたニイハマ・レイカことニィレヤは、昼休みに読了したその一冊を閉じて感嘆の息をつく。
最初はなんだかんだで言いがかりをつけられて婚約破棄された悪役令嬢が自分の足で幸せを掴み取っていくシンデレラストーリーは、乙女心を掴んで離さない。
読んでいてつらい場面もあったものの、それでもハッピーエンドが確約されているから、ニィレヤはこの手のティーンズノベルを読み漁っているのだ。
「あら〜? 悪役令嬢、ですかぁ」
「あっ、シオリちゃん」
そんなニィレヤの前に規格外の胸部装甲を小さく揺らして現れたのは、同じフォース「ランチタイム」に所属している、リアルにおける唯一の友人といっていいツクヨミ・シオリだった。
「し、シオリちゃんはあんまり好きじゃないですか?」
「いえいえ〜、わたくしもそういった本は嗜んでおりますので……つまるところ大好きですっ」
「わぁ……レイカ、初めて趣味が合う人と出会ったかもしれません……!」
感極まったニィレヤとシオリは、小さくハイタッチをする。
なぜ悪役令嬢なのか、普通の令嬢ではダメなのか?
と、知らない人間は口を揃えて言うのだろうが、皆から冷遇されてきた「悪役」令嬢があえて幸せになるところにカタルシスがあるのだ。
「いいですよねぇ、運命の人に出会えるって」
「レイカもこういう、芯が強くて気品がある、大人の女性になってみたいです……!」
ニィレヤはおどおどした性格で、人見知りで落ち込みやすいのも自覚している。
だから、余計にひどい目にあっても何度でも立ち上がって自分の幸せを掴み取る、物語の中の悪役令嬢が眩しく見えるのだ。
できることなら、そういう女性にじっくりと強さのコツだとか精神的にタフであり続けるための秘訣だとかを教えてほしいが、リアルでそういう条件を満たしている人物を探し出すのも、インタビューをするのも中々ハードルが高い。
「レイカ、もっと強くなりたいです……拾ってくれたユミカさんたちのためにも」
「あらあら、それでしたら〜、GBNを利用してみるのはどうでしょうか、レイカちゃん?」
「GBNを?」
シオリの提案に、一瞬ニィレヤは小首を傾げる。
確かにアクティブユーザーが2000万人もいるGBNなら、闇雲にその辺を探し回るよりも理想の女性を見つけられそうなものだ。
しかし、シオリの言い方にはなにか含みがあることを、ニィレヤはしっかり見抜いていた。
「ふふふ〜、ロールプレイもまた、GBNの楽しみということ、なのです……」
妖艶な仕草で人差し指の先端を唇に当てて、シオリはニィレヤへとそう囁く。
ロールプレイ。
なりたい自分になれる場所でもあるGBNを、そういった自己表現の場として使うダイバーもまた、珍しくないからだ。
†
「と、いうわけで〜、悪役令嬢について教えていただけると、わたくしたちがとーっても助かります」
放課後、ガンダムベースからGBNにログインしたニィレヤは、同じくガンダムベースからログインしたシオリに連れられて、ロビーを歩いていた。
シオリとしてはユミカとアヤネにも協力してもらう予定だったが、アヤネに送ったメッセージの返信が「ごめんねシオリちゃん、ユミカが溜め込んでた課題の締め切り今日なの!」という切実なものだったことで、そのプランは諦めている。
そうなれば、頼れるのは自分の人脈だ。ニィレヤを連れて、シオリはまるで自分がこの子のママだとばかりに堂々とその手を引いていた。
「……げっ、シオリだ」
「あら〜? なにか不都合がありましたかぁ」
「そうじゃねーけどよぉ……ったく、今日は一体なんの用なんだよ?」
そしてロビーの片隅に佇んでいた、メイド服姿の青年──ダイバーネーム「シャルル」に、シオリは臆すことなく話しかける。
シャルルは自身のランク上げを率先して行わず、他人のミッションの手助けばかり行う、いわゆる「救援バイト」と呼ばれるダイバーの一人だ。
普通の青年がメイド服を着ているというその特徴的な出で立ちもあって、目立ちやすい上に元々「救援バイト」をやっていたシオリとはちょっとした縁があったのだ。
「いえ、ちょっと悪役令嬢の方を探してまして〜」
「は?」
シオリの口から飛び出てきた突拍子もない言葉に、シャルルは思わず高速でなにかを捲し立てられたときの猫みたいな声を出していた。
悪役令嬢を探している。
確かにこのGBNには色々と奇特なダイバーが多いから、探せば悪役令嬢の一人や二人ぐらい、簡単に見つかりそうではあった。
なんなら自分の人脈を駆使すれば簡単な方だろう、とシャルルは思う。
だが、シオリの問いには「なぜ」と「どのように」が欠けている。
報連相というのは、5W1Hをはっきりさせないと、相手を困惑させるだけなのだ。
「わかったけどなんでさ、悪役令嬢なんて」
「ニィレヤちゃんが、理想の悪役令嬢を探しているので〜」
「お、おう……」
シオリの後ろに隠れるようにしてびくびくしているニィレヤを一瞥して、シャルルは小さく頷く。
理想の悪役令嬢とやらがなんなのかはわからないし、なぜそんなものを探しているのかも同様だが、今のやり取りを重ねるうちに、シャルルの脳内にはいくつかの候補が浮かび上がっていた。
しかし、悪役令嬢ロールプレイを行っているダイバーは妙にランクが高かったり癖が強かったりと、一筋縄ではいかない相手ばかりだ。
「それで、ニィレヤちゃんはどんな悪役令嬢を探しているのかなっ?」
営業トークをするときの柔らかい声音で、シャルルはニィレヤへと問いかける。
傾向さえわかればあとは当たって砕けろだ。
逆にいえば、それがわからなければお話にならない。
「え、えっと……『不遇ジョブ「槍使い」の悪役令嬢は追放された隣国の皇子に溺愛される』に出てくるマリアローズ様……ですっ」
「あぁ、『ふぐやり』ね! おっけー了解ですっ。似たような感じのダイバーなら知ってるよ」
槍を使う悪役令嬢っぽいダイバーが即座に脳内検索でヒットする辺りGBNは魔境も魔境だな、とシャルルはぼんやりそんなことを頭に浮かべる。
「ほ、本当ですか?」
「一応ちょっと似たような感じ、だけどねっ。それでもいい?」
「は、はいっ! マリアローズ様に似てるダイバーなら、ニィレヤは大歓迎です!」
「おっけー⭐︎ 了解了解。それじゃあ……シオリ、言い出しっぺの責任ってことでお前も一緒にヴァルガ行きな」
「あらあら〜」
一応とはいえ同意は得られた。
問題があるとするなら、それはその悪役令嬢ロールプレイをしているダイバーは、悪名高いハードコアディメンション・ヴァルガを活動拠点にしていることだった。
だが、「ランチタイム」といえばシャルルも知るところな武闘派フォースだ。
きっと生き残ってくれるだろう──そう期待しつつ、シャルルは二人をハードコアディメンション・ヴァルガへと誘った。
†
『ウッキー! 今年は申年ィ!』
『ア゛ーイ゛!!!!』
『隙あり天誅!』
『そんなお前を後ろから天誅!』
『ちょっと下通りますよっと』
ニィレヤも噂には聞いていたが、ハードコアディメンション・ヴァルガの無法地帯っぷりは予想を遥かに超えたものだった。
理性を捨てて人からチンパンへと退化したダイバーたちが狂気の叫びを上げる横で幕末に汚染されたダイバーがおやつ感覚で斬ったり斬られたりしている。
そして、そんなダイバーたちを地面から出てきたアッグがドリルで残さず天誅と、これがおよそ3秒程度の出来事だったのだから恐ろしい。
「っていうわけでぇ、ここがご主人様ご要望の悪役令嬢がいらっしゃる地獄になりまぁす⭐︎」
「ほ、本当にこんなところにマリアローズ様はいらっしゃるんでしょうか……」
「あらあら〜、お喋りしている時間もなさそうなぐらい敵がいっぱいですねぇ」
背後の敵をノールックで撃ち抜きつつ、シオリは小さく苦笑する。
悪役令嬢のうち、「悪役」を満たしたダイバーならそこら中に掃いて捨てるほどいるが、その中でも「令嬢」を探すのは苦労するのではないだろうか。
ニィレヤも無意識にテイルブレードで、ミラージュコロイドによるステルス天誅を仕掛けてきたブリッツガンダムのコックピットを貫きながら憂慮する。
「いや反応速度エグいっすね……」
「そうですか? ニィレヤ、最近リアルだと尻尾がないのが不思議になってきて……」
「ご主人様は三日月・オーガスでいらっしゃいますか?」
シャルルも「ランチタイム」のことは噂には聞いていたが、ニィレヤがヴァルガを飛び交う弾幕砲火をものともせず、ステルスを気配で察知して無意識にぶち抜くほどの実力者だとは思ってもいなかった。
しかも、あの反応速度を実現しているのは「プラグイン:阿頼耶識[厄祭戦仕様]」という超上級者向けのプラグインの賜物だろう。
半ば反射で行動できるようになる代わりに、操作性が最悪なことになるプラグインを、よく使いこなしているものだ。
「……って、俺も感心してる場合じゃないな! そこのスナイパーご主人様! 銃口がこっち向いてるのバレバレですよ⭐︎」
『な、なぜバレ……ぐわあああ!!!!』
カウンタースナイプを決めて、自身を狙っていた都市迷彩のガンダムデュナメスをテクスチャの塵へと還しつつ、シャルルは愛機である、GNアーチャーとケルディムガンダムをミキシングした「GNスナイパー」を変形させる。
近接型のニィレヤ、遠距離特化のシオリが今即席パーティーを組んでいるメンツだ。
そうなれば、防御面でフォローすべきはニィレヤで、攻撃面でフォローすべきはシオリとなる。
長いこと「救援バイト」で戦ってきた直感から、シャルルは今回のヴァルガにおける自身の役割は「中衛寄りの後衛」であることを理解していた。
『ヒャア! 美味しそうなダイバーポイントが歩いてやがるぜェー!』
『追加のポイントボックスだろ? 追加のポイントボックスだろお前? ポイント置いてけ、ポイント置いてけよ、なぁ!!!!』
『これはIQ3の僕による計算なのですが、地面の下から天誅してくるなら地面にダインスレイヴを撃ち込めばいいんですよ』
血に飢えたダイバーたちが、通常エリアでは使用が制限されている禁止兵器までも容赦なくぶっ放して戦場を焦土にしながら行軍する。
これが地獄でなくてなんだというのか。
シャルルはダインスレイヴの余波から退避しつつ、心の中で呟いて、クレーターができた廃墟都市を見下ろす。
しかし、禁止兵器が投下されても、まだチンパンは生きていた。
それどころか、畑から採れる勢いで無限に湧いてくる。
冗談ではない。シールドビットをニィレヤに送りつつ、シャルルはこめかみから脂汗を滴らせた。
乱戦が煮詰まってくると、そろそろ出てきてもいい頃合いなのだが──新たにダインスレイヴが投下された地点を中心に混戦が始まっているのを視認しつつ、シャルルは「それ」が現れることを祈る。
いつだってご主人様に最高のサービスを提供するのが自分の信念だ。
ならば、ニィレヤを悪役令嬢に会わせないまま、こんなところで頓死するわけにはいかない。
「あらあら、いけない子たちですねぇ〜、お仕置きしちゃいますっ。うふふ」
乱戦エリアで戦っている集団に向けて、シオリがマザーファンネルと、胸部のハイメガキャノンを含めたズィーマーク・ガリヲンの最大火力を叩き込もうとした、刹那。
「待った! ステイだ、シオリ!」
「あら〜?」
シャルルはすんでのところでそれを制止した。
肝心の「目当て」が来るのが、スコープ越しに見えていたからだ。
それは流星のように、いや、流星すらも追い越すように凄まじい速度で、攻撃判定を全身に纏いながら乱戦の中に単騎で突入していく。
『わたくしの前に立つもの皆砕け散るがいいですわ! この流星すらも後塵を拝す、ゲルググ・シャイヴァの前に──そしてこの「カガリビ」の下に平伏すのですわ!!!!』
シオリにはそれがあまりにも速すぎて、「当たり判定に包まれた何かが乱戦エリアを突っ切っていった」ようにしか見えなかったものの、シャルルとニィレヤはその機影と、なにをしていたのかを肉眼で捉えていた。
シナンジュをベースにところどころをゲルググJのものに置き換え、サイコ・フレームとスラスターを増量するという機動力特化のカスタマイズを施した「ゲルググ・シャイヴァ」が、三叉槍を構えて乱戦していたダイバーを皆、轢き殺していったのだ。
さながら、モーセが海を割ったかのように。
「まぁ、すごいお方……まさか、あのお方が?」
「その通り、ご要望の悪役令嬢……『カリュドーン・レディ』こと『カガリビ』だよ」
にっ、と唇の端を吊り上げてシャルルは笑った。
分離も可能な三叉槍をメインウェポンに据えて悪役令嬢ロールをしているダイバーとして、カガリビはかなり有名な方だ。
なぜなら、獲物を発見すると一も二もなく突撃して殲滅していく、ある種の災害としてヴァルガによく潜るダイバーから認識されているためである。
『儚いですわね、やはりわたくしの速さの前に立てる者は片手の指で数えるほど』
「す、すごいです……!」
『あら?』
突然開いた通信ウィンドウに、カガリビは小首を傾げる。
轢き殺されたチンパン共から恨み言をもらうことは多々あったが、初手から目をキラキラと輝かせているケモ耳──というか耳に限らずケモ成分が高い女の子に話しかけられるのは初めてだったからだ。
当然、ケモ度が高い女の子こと、ニィレヤとカガリビの間に面識はない。
「す、すごいです! すごいです! まるで本物のマリアローズ様を見てるみたいでした!」
ニィレヤは興奮気味にそう捲し立てる。
マリアローズ様とやらが誰なのか、生憎カガリビは全く知らなかったものの、畏敬の念を向けられるのは心地よい。
多分自分のファンなのだろう、と結論づけて、カガリビはふぁさっと長い髪をかき上げた。
『このわたくしに目をつけるとは有望なダイバーですわね。ですが! このわたくしについて来られなければなりませんわ。もし貴女がわたくしに……このカガリビについてこれるのであれば、よろしくしてもよくってよ』
決まった、とドヤ顔を披露するカガリビに対して、シオリはあらあらといつも通り微笑ましい視線を、シャルルは呆れたような視線を送っていたが、それに反してニィレヤの瞳はよりキラキラと輝きを増す。
「か、格好いいです、カガリビ様……! わかりました! ニィレヤ、全力でお供いたします!」
『超大型メイスの先端にチェーンソーを装備したルプスレクスとフラウロスのミキシングといったところかしら? いいセンスですわね。しかし、わたくしは速くってよ!』
「はいっ! 全力でついていきます!」
『では向かいますわ! 目指すはあの憎き1680万色に輝く軍馬に跨る女チンパンですわぁー!!!!』
「はいっ!」
今日も今日とてヴァルガに現れてはチンパンの脚部を粉砕したり、敵をツヴァイハンダーで両断しているヴァルガの珍獣こと、フォースライダーを駆るアッサルをロックオンして、カガリビはトリシューラ・ビームランスを構えたまま突撃していく。
ニィレヤも、ガンダム・ビーステッドのリミッターを解除して、全力でそれに続いた。
彗星すら置き去りにする直線加速と、超反射神経が繰り出す細かな機動のアンサンブルが襲いかかってくるという、敵からすれば悪夢のような光景だったが。
『来たかぁい!!!! 妹ォ!!!!』
『だーれが貴女のような人間から退化したチンパンの妹ですの、ふっざけんじゃね……おふざけになるのも大概にしてくださいまし!!!!』
『ふははははー! 細かいことを気にしたやつからサバンナじゃあ死んでいくんだぜー! それじゃあ今日も元気にキャクブガー!』
「がるるるる……!」
アッサルはカガリビとニィレヤの攻撃を相変わらず意味不明なことを叫びながらいなし、ヴァルガの大地をゲーミング風雲再起で駆け巡る。
それを追いかけるゲルググ・シャイヴァとガンダム・ビーステッドの周りには無数のモヒカンとチンパンだったものが転がる羽目になり、側から見れば大惨事だった。
だが、これもヴァルガにおいては日常的な光景に過ぎない。
シャルルはどこか遠い目で、悪役令嬢と悪役令嬢に憧れる女の子と虹の彼方から返却された女チンパンを見遣って溜息をつく。
「あらあら、ニィレヤちゃんが新しいお友達を作れたみたいで、わたくしも、とっても嬉しいですわぁ……」
「その代わり蛮族度上がってるんだけど、本当にそれでいいの? マジでいいの?」
「うふふ〜」
自分も大概個性的なダイバーに入るとシャルルは自覚していたが。
やはりアクティブ2000万人もいれば魔境は魔境。
悪役令嬢とは蛮族と見つけたり。世界には自分ですら理解が及ばない存在がたくさんいるのだなあ、と、シャルルは遠い目で爆炎が上がる空を見上げるのだった。
読者参加型企画第七弾です。登場する「シャルル」くんと「GNスナイパー」は「全て俺のせい」様より、「カガリビ」嬢と「ゲルググ・シャイヴァ」は「UNIMISO」様よりお寄せいただきました( ˘ω˘ )