「それじゃ今回の女子会の開催を祝ってー? かんぱーい! うぇーい!」
都心から少し離れた商店街にある居酒屋「明日湾」の真ん中に設けられた広めの席に陣取って、ルイは乾杯の音頭を上げる。
女子会。
それは忌むべき言葉であると、ユミカは本気で思っていた。
上品でシックな、グレーのトップスに同系色のロングスカートという、ユミカがいつになくユミカらしからぬ格好をしているのは、アヤネとの繋がりでこの女子会に巻き込まれているからだ。
元々、アヤネ一人で参加する予定だったのに対して、アヤネの友人であるらしいエノモト・ココロが「たまにはユミカも誘ってあげたら?」といらん気遣いを回してくれたせいで、ユミカはこの女子会に参加する羽目になっていたのである。
当初はもちろん断るつもりだったし、アヤネもまた「ユミカは課題が溜まってるから」という理由でやんわり拒否するつもりだったが、もうレポートの提出期限が終わっているから、その言い訳は使えなかった。
よって今、ユミカは虚無という言葉をそのまま顔に出力したような表情で、席に座っているのだ。
「いやー、大変だったよね! そこそこなお値段でいいお酒置いてるとこって中々ないからさぁ、新宿から外れた場所に連れてきちゃってごめんね?」
ルイはとりあえずで頼んだビールをごくごくと喉を鳴らして飲み干すと、アヤネに向けて言い放った。
「いや、うちは別に……でもユミカまで連れてくることはなかったんじゃない?」
「えー? だってユミカ、引きこもってばっかだからたまには外に出ないと不健康だって! 風呂キャンとかしてないよね?」
ルイがぐいぐいと詰め寄ってそう問いかけてくるが、相変わらずユミカはとりあえずで注文したビールのジョッキを握って虚無の表情を浮かべている。
流石に引きこもり気質でダメ大学生を極めているユミカでも風呂キャンという暴挙にまでは至っていない。
たまにシャワーだけで済ませるときはあるが。
「……」
「ねえユミカ〜、せっかくのお酒の席なんだからなんか喋ろうよ〜」
「……」
うんともすんとも言わずにただ、コールタールよりも黒々と濁った目を机に向けて置き物になっているユミカに、ルイは酒の勢いもあって絡みに行くが、反応はない。
アヤネがユミカを連れてくることについて反対だったのは、こうなる未来が見えていたからだ。
ユミカと出会ったばかりの頃を思い出して、アヤネは頭を抱える。
「ユミカって普段なにしてるの? ガンプラ?」
「……」
「うぇーい! ガンプラならあたしも結構組んでるよ! GBNもAランクまで上がってる!」
「……」
「ユミカもGBNやってるんだよね? 個人ランクどの辺ぐらい? どんなフォースに所属してるの?」
「……」
怒涛の質問攻めにもかかわらず、ユミカは一言も答えることなくフリーズしたままだ。
きっと緊張しているのだろう、と、ココロとルイは思っていたが、全ての真相を知っているアヤネは、なんともいたたまれない顔をするしかなかった。
ちょうど、居酒屋のカウンター席近くにあるモニターに今日のGBNで起きたハイライトが流れているのもタイミングが悪い。
「なにこれ、魔法少女VSサメ怪人コラボに乗っかって、マスダイバーがペリシアを襲撃……?」
「なんかアイドルユニットがインタビュー企画やるからってその前座のヤラセなんじゃないかって言われてるらしいけど」
「ヤラセでマスダイバー雇うとかないない! そんなんバレたら事務所の評判地に落ちちゃうって!」
「噂だってば〜、あっ、このチーズ美味しい」
「でっしょー? すいませーん、店員さん、カマンベールチーズとボルドーの左岸を追加でお願いしまーす!」
ルイの呼びかけに、赤茶色の髪をポニーテールにゆわえて、アヤネと似たようなウサ耳リボンで括っている店員──アカホシ・ミレイがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「はい、かしこまりました!」
「ここのお店ってそこそこ安くいいお酒とチーズとかおつまみが食べられるからいいんだよねー、アヤネもなんか食べる?」
「えーっと……じゃあうちは鰹のたたきで」
「しっぶ、おっさんじゃん」
「うっさいな、もー!」
ルイとココロが展開するハイテンション空間にアヤネはすんなりと順応していたが、ユミカは未だに置き物のままだ。
酒が飲めないわけじゃない。
嫌いな食べ物があるわけじゃない。
ただ、この場所はユミカにとって「ちょうどよく」なかった。
その一言に尽きる。
アヤネにはアヤネの友達がいるということを、ユミカ以外の付き合いがあるということを頭ではわかっていても、それを間近で見せつけられるのは、心が痛む。
本質的に自分はひとりぼっちなのだと──どこまで行っても昔と変わらないのだと突きつけられているようで。
伸ばしっぱなしだった髪を切った。
昔と比べて人の目を見てちゃんと話せるようになったし、ガンプラバトル以外の娯楽にも手を出すようになった。
しかし、今こうしてアヤネが他の女と楽しそうにしていると、ワカバ・ユミカの本質は変わらないと、どこまで行っても深く深く、暗く暗い虚無の中に自分は一人佇んでいるのだと、そう突きつけられているに等しかったのだ。
次第に地蔵と化したユミカから興味を失ったのか、ルイの話題はお決まりの鈍感彼氏の愚痴にシフトしていった。
ココロが呆れたように「じゃあ別れたら?」と問いかけると、「絶対やだ!」と返すのもお決まりなのだ。
鈍感な彼氏を持つと苦労するんだなあ、とアヤネは流せていたものの、ユミカはただ拷問を受けたかのように心をすり減らしている。
「ユミカ、ちょっと外の空気吸ってきたら?」
「……うん」
「うちは一次会で帰るからさ、一緒に帰ろ?」
「……ごめんね」
ユミカはアヤネからの配慮に感謝しつつ、席を立った。
この商店街は喫茶「ありあんろっど」があることでユミカの中では有名だったが、逆にいえばそれ以外はなにも知らない。
当てもなく商店街を歩くのも悪くはないが、そもそも行きたい場所がないのだから、どうしようもない。
結局、ユミカは入り口の前で座り込むことを選択した。
どこにも行かず、なにもせず、ただアヤネが自分のところに帰ってくるのを待つ。
じっと、石ころのように。
そうして、ユミカが店の前で30分ぐらい俯き続けていたときだった。
「あのー……お客さん、もしかして具合悪かったりしますか?」
先ほど注文を取りにきてくれた店員──ミレイが、本気で具合悪そうな顔色をしているユミカを心配して声をかける。
もうミレイはシフトが終わったから上がって帰るだけだったが、店の前で景気が悪い顔をしているユミカを見て、思わず話しかけずにはいられなかったのだ。
もし本当に具合が悪いなら救急車を呼ばなくちゃ、と、ミレイがスマートフォンを取り出したときだった。
「あっ」
「……っ!」
腰のガンプラホルダーから、アドバンスドヘイズルをベースに改造したのであろうガンプラがこぼれ落ちる。
下はコンクリートの地面だ、もし落ちたら破損は免れない。
ユミカは弾かれたように手を伸ばして、地面へとぶつかる前に、ミレイのガンプラを両手で受け止めることに成功していた。
「あ、ありがとう……よかったぁ、この子が無事で」
「……えっと、ホルダー古くなってるから。買い替えたほうがいいかも」
「わっ、喋った! あっごめんなさい、さっきから全然喋らなかったから驚いちゃって」
ぺこり、と頭を下げて詫びるミレイに対して、ユミカは気にしなくていいよ、と返して立ち上がった。
「それより、いいガンプラだね。その子」
「そうかな? 結構気合い入れて作ってるからそう言ってもらえると嬉しいな!」
「うん。想いが感じられるガンプラは、いいガンプラなんだって、アヤネが言ってたから」
ミレイの真紅に染め上げられ、様々な改造が施されたアドバンスドヘイズル──「スカーレットヘイズル」の出来は見事なものだった。
だが、例え出来がよくなかったとしても、ユミカはきっと同じことを言っていただろう。
それは、自分にとって初めて触れた、そして誘ってもらった他者の世界を象徴する言葉だから。
「……あっ、もしかしてキミってうちの大学のユミカちゃん?」
「うん?」
「この前珍しく男子と一緒にラーメン食べてたから、ちょっと話題になってたよ」
「ああ、あのラーメンが好きな人かぁ……ラーメンが好きみたいだし、そんなに噂するほどじゃないと思う」
「どっちかっていうとユミカちゃんが美人だから話題になってたんじゃないかなぁ……」
同姓であるミレイの目から見ても、アヤネは人目を惹きつける容姿をしていると感じる。
スタイルにいたっては、ゆったりとした服を着ているのにもかかわらずボディラインが凹凸を主張しているグラビアアイドル級だ。
自分と比べると少し悲しくなってくるが、そこは他人は他人、自分は自分だと、ミレイは自分に言い聞かせる。
「ユミカちゃんって、飲み会嫌いなの?」
「……飲み会が嫌いっていうか……ちょうどよく、ないから」
ユミカは、ミレイの問いにそう答えた。
自分の居場所としてちょうど良くないところに居座り続けていると、いつか取り返しのつかないことになると知っているからこそだ。
そういう意味では、嫌いというよりは「怖い」といった方が正しいのかもしれない。
「そっかー、私も居酒屋でバイトしてるけど、あんまりウェイウェイしてるのは疲れちゃうから気持ちはわかるなー」
「そうなんだ」
「うん。だから休日はウサギのエーくんに癒してもらってる」
「エーくん?」
ユミカの問いかけに、ミレイはスマートフォンを取り出すと、何枚かの写真をユミカに見せる。
そこに写っていたのは、ネザーランドドワーフと呼ばれるウサギだった。
確かにそのエーくんは愛らしい外見をしていて、可愛いという感情がこれでもかというぐらいに唆られる。
「そ、エリアルドだからエーくん。可愛いでしょ?」
「うん。でも、生き物飼うのって大変じゃない?」
ユミカの言葉に、わかってないなぁ、とばかりにミレイは首を横に振った。
「ううん、全然? いや正確には大変だって思うとこもあるけど……でも、一緒にいてくれるパートナーのお世話をするものだって考えると、自然とそうは思わなくなるかな」
「パートナー……」
「人生って、やっぱり一人だとどこかしら寂しいからさ。だからGBNやったり、エーくんに癒されたり……そうやって私は波を乗り切ってる」
人生という旅路は常に荒波荒海で、先が見えないものだからこそ、今という瞬間を共に生きてくれる存在を大事にしたい。
それは、ミレイのある種哲学のようなものだった。
哲学、というと大仰に聞こえるが、信念だとかモットーだとか、そういう言葉にも言い換えられる。
「……波を乗り切る、か。いい言葉だね」
「そうかな? あっ、ユミカちゃんもGBNやってるんだよね? 今度一緒にやってみない?」
「いいね、それはちょうどいいかも」
ダイバーギアを取り出してフレンド登録を済ませると、ミレイはそろそろ電車の時間だからと家路に着く。
その背中を見送りながら、ユミカは新しくできた縁を慈しむように、ダイバーギアが立ち上げたスクリーンに映るフレンド欄を見て、小さく笑った。
こんな拾い物があるのなら、飲み会も案外悪くない──いや、悪いな、と。
「まーたユミカが知らない女の子たぶらかしてる」
ユミカがそんなことを思っていると、頬を膨らませたアヤネが後ろから不満を申し立ててくる。
「たぶらかしてないって」
「うちがあんなに心配してたのに」
「わかってるって、感謝してる。アヤネには」
人生をかけたパートナーを世話するのが苦労じゃないと思うことが処世術ならば、アヤネが自分の面倒を見てくれるのもそうなのだろうか。
だとしたら、自分はウサギかなにかなのだろうか。
ぼんやりそんなことを考えながら、ユミカは頬を膨らませたまま不満げなアヤネへ苦笑混じりにそう告げる。
「アヤネはさ」
「なに?」
「私を動物に例えるとなんだと思う?」
「なにそれ、急に……んー……まあ……猫、とか?」
「ウサギじゃないんだ」
「あ、それもありか。ユミカは構ってもらえないと寂しくて死んじゃうから」
くすくすと苦笑しつつ、アヤネは言った。
「……ウサギは別に寂しいからって死んだりしないよ」
「ユミカよりすごいじゃん」
「……」
「ごめんて」
ぽこぽこと胸を殴っているユミカにアヤネは苦笑混じりに謝罪を入れる。
ルイとココロと一緒に過ごしている時間も心地いいが、なんだかんだでユミカと一緒にいる時間が一番落ち着くと感じる辺り、自分も同じ穴の狢だ──そう自覚しながら。
「それじゃ帰ろっか、ユミカ!」
「……うん。一緒に帰ろ、アヤネ」
さっきまで沈み込んでいた表情が嘘のようにぱあっと明るくなって、だけどおずおずと怯えるように差し出してきたその手に指を絡めて、アヤネはユミカと共に歩き出す。
「……ありがと、アヤネ。愛してる」
「もー、いっつもそればっかり」
「だって本当に、愛してるから」
「はいはい。うちも愛してますよっと」
「……本当に?」
「本当だってばー」
そんな他愛もないやり取りを交わしながら、明日という時間に向けて。
過去は消えない
読者参加型企画第十弾です、登場する「ミレイ」ちゃんと「スカーレットヘイズル」は「ミストラル0」様からお寄せいただきました( ˘ω˘ )