今の今まで素寒貧だったルルと、彼女が率いるフォース「ゼクスフローネ」の懐は、ここ最近増加したマスダイバーの存在により皮肉にも潤っていた。
と、いうのも単純で、マスダイバーは低ランク帯に多く出現しており、その多くは「初心者狩りをする初心者」であることが大半だ。
コックピット判定というGBN独自の仕様に対処しきれなかったのか、十分なダメージをコックピットに与えれば中のダイバーにダメージがいって撃墜扱いになる、というのも追い風だった。
「これで今日は四人目かしら? ちょろいものね」
「ルルちゃん、相変わらず狙撃の腕はすっごいねぇ。くひひ」
「ムツミたちが前衛を張ってくれているからよ」
ルルたち「ゼクスフローネ」が確立したマスダイバー狩りのパターンはこうだ。
まずハルナが先陣を切って相手の動きを止め、攻撃を惹きつけているところにカヨとムツミが奇襲をかける。
そして、ルルの射線に誘導してあとはコックピットを貫いてしまえばミッションコンプリート、といった具合だった。
「で、でもルル総帥。ルル総帥のお力があってのことです……わたしはなんの役にも……」
「……そんなことない。ハルナはちゃんと役に立ってるよ」
「カヨ参謀……」
マスダイバーの強力な攻撃を受け止めているハルナのバイタリティは、文字通り特筆するに値する。
ぶっきらぼうで表情の変化に乏しいカヨだったが、ハルナを褒めるその口元には確かな笑みが浮かんでいた。
ダイバー個人の暗殺依頼を受けるのは気が引けるが、相手がマスダイバーであれば痛む心などどこにもなく、率先して受けに行ける。
おかげでルルの懐には、小規模なフォースネストなら買えそうな額が貯まっていた。
「マスダイバー狩りはいい財源になるけれど、ブレイクデカールについてはいい噂を聞かないのよねぇ……」
ただのチーターを狩るだけならば問題はないのだが、ここ最近、ブレイクデカールの影響でGBNのそこかしこにバグが出始めている、というのがもっぱらの噂だ。
ルルは実際に遭遇したことこそないものの、ムツミが定期的に見せてくる掲示板にはそういう報告が多数挙がっている。
中には、ベアッガイフェスでブレイクデカールが使われた結果、全てのアトラクションが高速回転するようになってVR酔いを起こしたという被害すら報告されている始末だった。
「まあ……考えても仕方のないことかしらね」
とりあえずは賞金をかけられているマスダイバーを倒したというスクショを撮影して、ルルたちはいつもの廃墟じみたフォースネストへと帰還していくのだった。
†
「失礼するぜ、お前たちはアウトローを名乗っているんだろう?」
どことなく試すような声と共に、顔を目深に被ったフードで覆い隠した赤衣の男が現れたのは、ルルたちがそろそろフォースネストの引っ越しを検討し始めていたときだった。
「ええ、GBNに名だたる超一流のアウトロー……傭兵集団『ゼクスフローネ』とは私たちのことよ」
「そうか。なら折り入って頼みがある。殺してほしいやつがいるんだ」
「マスダイバーかしら? いいわよ、全てこの私に任せなさい!」
ルルは大きく張り出した胸を左手でとん、と叩いて自信ありげにそう断言する。
「ふっ……助かる。そいつらの名前は──」
──「BUILD DIVERS」。
赤衣の男は、口元に薄ら笑いを浮かべてその名を口にした。
ビルドダイバーズ。
ルルはよく知らないものの、ムツミが見せてくれる掲示板では度々話題に上がっている新鋭フォースとのことだったが、まさかマスダイバーだったとは思いもよらなかった。
「なるほど……急速にランクを上げているのはブレイクデカールに頼っている、というわけね」
「まァ……そういうこった。報酬なら弾むぜ」
赤衣の男は、ルルたちに前金として50万BCを提示する。
ただのマスダイバー暗殺依頼にしては、破格ともいえる額だった。
ルルはその金額に思わず白目を剥いて、ムツミやカヨに助けを求めるように視線を送る。
確かに50万BCは破格の報酬だが、バルギル・グレイシアのときのようになにか裏があったら堪ったものじゃない。
噂の「ビルドダイバーズ」がマスダイバーで、あの「第七機甲師団」の傘下フォースにパーフェクトゲームを決めている以上、それは妥当な額なのかもしれない。
だが、ルルはここ最近の失敗続きで疑心暗鬼になっていたのだ。
「くひひ、ねえねえお兄さん。その『ビルドダイバーズ』がマスダイバーだって証拠はあるの?」
ムツミがルルのSOSに応えて、さりげなく鋭いところを突く。
今、ロビーは誰がマスダイバーでそうでないかの人狼状態だ。だからか、自治フォースが幅を利かせ始めているし、その自治フォースからもマスダイバーが出ているという噂さえある。
そんな状態だから、「ビルドダイバーズ」が実はマスダイバーだったという話が事実だったとしても驚きはしないが、証拠がないのでは話にならない。
「あるさ。この『アヤメ』って女はブレイクデカールの売人だよ」
「……なるほど。なら『ビルドダイバーズ』はその元締め?」
「そういうことになる」
忍者のようなダイバールックに身を包んだ黒髪の少女の姿をスクリーンに投影して、赤衣の男は皮肉な笑みを浮かべる。
ブレイクデカールの売人を抱えているフォースであるならば、「ビルドダイバーズ」がその元締めだと考えるのは妥当な線だ。
だが。
「……なぜその情報を知っていて、あなたは運営にそれを報告しないの?」
カヨはすっ、と視線を鋭くして、赤衣の男にそうにじり寄る。
「報告ならしたさ。だがまるで取り合ってもらえないからこうしてキミたちに頼んでるわけさ」
「……それはどうして?」
「ブレイクデカールを使ってもシステムのログには証拠が残らない。この前ベアッガイフェスでやらかして自ら運営に出頭した女がいただろ? だが結果はお咎めなしだ。これでも俺はGBNの現状を憂えているんだぜ?」
肩を竦めて、赤衣の男は乾いた笑いを浮かべる。
ブレイクデカールの使用ログがシステムに残らないというのも初耳だったが、使ったダイバーが運営に出頭しても「証拠がないから無罪」になるような現状では、マスダイバーの暗殺依頼が多数舞い込んでくるのも頷けるというものだ。
ルルはムツミとカヨの二人とアイコンタクトを交わして、小さく頷く。
「わかったわ。ただし前金は受け取らないわ」
「ほう? どうしてだ?」
「全ての仕事を完璧にこなしてこそのプロフェッショナルよ。出来高払いは基本でしょう? 期待していてちょうだい。私たちが獲物を仕留めるのをね」
真のアウトローを舐めないことね、と付け加えて、ルルは踵を返した。
赤衣の男はそんなルルを見て納得したのか、あるいは呆れたのか、皮肉な笑みを浮かべて去っていく。
しかし、ルルは。
(言っちゃったぁー!!!!)
その内心では格好つけたことを後悔して、白目を剥いていた。
†
『お姉さんたちが今回の対戦相手の「ゼクスフローネ」ですか? 初めまして! 俺はリク! 「ビルドダイバーズ」のリクです!』
「傭兵集団『ゼクスフローネ』の総帥たるルルとは私のことよ。今日はお互い全力を尽くしましょう」
ムツミ──というか掲示板の伝手でその「BUILD DIVERS」にフリーバトル申請を送ったところ、二つ返事で承諾されたことに、ルルは若干困惑する。
聞いていた話ではブレイクデカールの力を頼りに成り上がったマスダイバーのフォースなのだから、もっと悪辣な面構えのダイバーが出てくるかと思っていた。
だが、あの「リク」という少年の瞳はあまりにも眩しすぎるほど、輝いている。
『よーし! それじゃあどっちが勝っても恨みっこなしですよ!』
「望むところよ」
ジャブローをベースにした、森林地帯と湿地帯、そして河川が存在するフィールドを戦場として、「ゼクスフローネ」と「ビルドダイバーズ」は向かい合う。
そして、戦いの火蓋は切られた。
システムログが【Battle Start!】を出力すると同時に、ルルは狙撃ポイントへと機体を急行させる。
(相手がブレイクデカール頼りのマスダイバーなら、いつも通りの戦術で勝てるわね、ただ)
あの少年──リクの純粋な瞳が、ルルの脳裏には焼き付いていた。
そして、同時に心の中に疑問が湧き上がってくる。
本当に、「ビルドダイバーズ」はブレイクデカールの元締めなのか?
赤衣の男はビルドダイバーズに所属しているクノイチガール、「アヤメ」こそがブレイクデカールの売人だと口にしていたが、ソースはない。
強いていうなら男の証言だけだ。
リーク情報というのはそれ自体が一次情報であればソースを求められないが、少なくとも「アヤメ」がブレイクデカールの売人だという確固たる証拠は、今のところどこにもないのだ。
「死んでくださいぃぃぃ!!!!」
『うわっ、なんて火力と機動力だ……! でも、僕のガルバルディリベイクも耐久力には自信があるんだ!』
初手から接敵したハルナが、頼りなさそうなエルフ耳にメガネをかけた銀髪の青年──コーイチが駆るガルバルディリベイクへと爆撃をかける。
だが、コーイチは自前の重装甲で上空からの爆撃を防ぎ、ショットガンの弾幕をハンマープライヤーで受け止めていた。
しかし、ハルナもそれは織り込み済みだった。着地と同時に腰の入った蹴りを、ガラ空きの胴体にお見舞いする。
『ぐっ……やるね、だけど! ユッキーくん!』
『了解ですコーイチさん! いっけぇ──』
「……させない」
河川に身を潜めていたユッキーと呼ばれた少年のガンプラ、「ジムⅢビームマスター」がハルナのイフリート・マインレイヤーを狙ってビームを放とうとしたが、ステルスを利用して近づいていたカヨのガンダム・フェアリーがそれを咎めた。
『わっ、ど、どこから!?』
「……ステルス対策は戦場の基本」
ジムⅢビームマスターのチェンジリングライフルをビームダガーで溶断しつつ、カヨは冷徹にそう言い放つ。
だが、おかしい。
戦い方にまだまだ拙さが残っているのは駆け出しのフォースだからだろう。
しかし、ピンチに追い込まれてもブレイクデカールを使ってくる気配がまるでないのだ。
元締めだというなら、もっと早くに使っていたっておかしくないというのに。
カヨはそんなことをぼんやりと脳裏に浮かべながら、後方から迫ってくる気配に注意を向けつつ、90mmマシンガンを撃ち放つ。
『ステルス対策は言葉通り完璧ってことね』
「……そうなるかな」
恐らくはSDCSのユニコーンガンダムをベースにしたのであろう忍者風のSDガンプラ──「アヤメ」が駆る「RX-零丸」も同様に、ブレイクデカールを使ってこない。
「くひひ……なんだか雲行き怪しくなーい?」
ファンネルで「モモ」が操る「モモカプル」を翻弄していたムツミが、ルルへと呼びかける。
相手の戦術は総崩れで、立て直すとするなら──ブレイクデカールを使うのならばこれ以上ないほど、今が最適なタイミングだ。
だが、相手は使ってこない。
『強い……! 流石はオーガさんと同じSランクダイバー……!』
誘い込みの弾を素直に避けてキリングレンジに誘導されている「リク」のガンプラ、「ガンダムダブルオーダイバーエース」を狙いながら、ルルもまた強い違和感を抱く。
ここで引き金を引けば、あの「リク」という少年を撃墜して報酬金が手に入る。
──しかし、本当にそれでいいのか?
ルルの中には、迷いが生じていた。
あの赤衣の男が言っていたのは、全て嘘八百なのではないかと。
それでも自分は引き受けてしまった。仕事を引き受けた以上、最後までやり切るのがプロとして、アウトローとして求められることだ。
──だが。
「サレンダーするわ」
『えっ、それってどういう……』
「あなたたちと戦っていたのは依頼を受けたからなのだけれど……どうも私たちは騙されていたようだから」
ルルはぎり、と歯を食いしばり、銃口を背後に向ける。
すると、高台に陣取ってルルたちを観察していたその機体の輪郭が揺らぎ、次第に正体を表していく。
今の今まで嘲笑うようにルルたちを見ていた観察者の正体は、ゴールドフレーム天ミナだった。
『ちっ、余計なところで勘付きやがって……! まあいい、どっちもまとめて始末するつもりだったんだ、とっとと死ね!』
「お生憎様、ミラージュコロイド相手の戦いは慣れてるのよ!」
姿を消し、森林に紛れてルルへと襲いかかってくる天ミナは、ミラージュコロイドを起動して全身を透明化させていたものの、ブレイクデカールを同時に使用していたため、そのオーラで位置がバレバレだった。
ルルは牽制弾を撃ち込みつつ、本命の一撃でコックピットを貫くべく、スコープを覗き込む。
敵が仕掛けてくるなら、それは間違いなく死角からだ。
『ブレイクブースト最大だァ! この速さにはいくらテメェでも追いつけ──』
「ぐっ、予想以上に速い……!?」
『危ない!』
ルルがトリガーを引き絞るより早く、トリケロス改を振り上げて、通常ではありえないほどの加速で襲いかかってきた天ミナに対して、リクのダブルオーダイバーエースが、GNダイバーソードを引き抜き、ルルを庇うように前に出た。
「なっ、あなた──!?」
『お姉さんたちが騙されてたっていうのはよくわかんないですけど……俺たちはマスダイバーを絶対に許さない! GBNを守りたいんです!』
リクのその言葉は、なによりも強くルルの心に響く。
あの赤衣の男が語っていたのは全て真っ赤な嘘であると確信できるだけの、頭ではなく「心」による理解がそこにあったからだ。
一方で、ブレイクブーストにより出力を底上げされている天ミナのパワーに対して、ダブルオーダイバーエースは押され気味だった。
「あなた、トランザムを使いなさい! それなら少しマシになるわ!」
『いいえ! トランザムは使いません! それが、サラとの……約束ですから!』
ルルの提案を蹴って、リクは鍔迫り合いを受け流す形で天ミナの体勢を崩し、そこに足払いをかける。
千載一遇の好機だった。
コックピットに狙いをつけて、ルルはトリガーを引き絞る。
「もらったわ!」
『ば、バカな……俺がこんなガキと小娘なんかにぃぃぃぃー!!!!』
「はっ、小娘と侮ったからよ。地獄で後悔なさい、この『ゼクスフローネ』総帥たる私に楯突いたことをね!」
マスダイバーを撃退したルルは、ハードボイルドにそう締め括って、スナイパーライフルを肩にかけた。
†
「そんなことが……俺たちがマスダイバーだなんて、ひどい言いがかりです!」
「ええ、そうね。それを信じてしまったのはごめんなさい。でも、あなたの目を見ていたら……それが嘘だってわかったわ」
ビルドダイバーズとのフリーバトルは、ルルたち「ゼクスフローネ」がサレンダーを選択したことで敗北に終わり、ロビーに帰還していた。
そして、リクと対峙したルルは改めて腰を折って頭を下げる。
最近はどこもかしこもマスダイバーだらけで、怪しい情報を鵜呑みにしてしまった自分の落ち度だ。
「でも、俺たちを信じてくれたことには感謝します。ありがとうございます、ルルさん」
「ええ、頑張りなさいな、リク。私たち『ゼクスフローネ』も応援しているわ」
互いに握手を交わして、リクとルルは誤解から生まれたわだかまりを水に流す。
これで結局前金の50万BCは水の泡へと帰したわけだが、不思議とルルの心は晴れやかだった。
去っていく「ビルドダイバーズ」の面々を見送りながら、ルルは胸を支えるように腕を組んで小さく鼻を鳴らす。
「あの子たち、きっと名を上げるわね」
「くひひ、ルルちゃんの直感?」
「ええ。アウトローとしての勘がそう囁いているのよ」
揶揄うようなムツミの言葉を肯定して、ルルはかつかつとブーツの踵を鳴らして歩き出した。
50万BCが惜しくないかと言われて首を横に振れば嘘になるが、嘘つきの言葉を飲み込んでまで金がほしいかと聞かれれば、その答えは絶対にノーだ。
なぜなら、自分たち「ゼクスフローネ」は真の一流アウトロー。筋を通してこそ、悪の華は華麗に咲き誇るのだから。
時系列的には大体ベアッガイフェスの後です