ルルは夜の花畑で1人、煩悶していた。
と、いうのも単純な理由だ。
ブレイクデカールの能力が強化されてからこっち、主な資金源にしていたマスダイバー狩りがやりづらくなったからだ。
特に厄介なのが再生能力で、倒せなくはないものの、1機あたりを狩る時間が自動的に伸びていき、数をこなせない。
色々と語りきれない程度に紆余曲折はあったものの、オンボロだったフォースネストを引っ越して、そこそこ立派なオフィスビルのような場所にフォースネストを移すことはできた。
だが、その代償としてルルの懐はまたもや素寒貧になってしまったのだ。
「それにつけても金の欲しさよ、ね……」
下の句につけることで風情をなんでも台無しにする言葉だが、結局のところ世の中というものは金で回っている。
金を稼がなければGBNでもなにかと不自由するのだ。
プラグインだとかパーツデータガチャだとかもっと立派なフォースネストだとか、一流のアウトローを目指すルルには、欲しいものが山ほどある。
「でも、お金を稼ぐのも大変なのよね……はぁ、マスダイバーも面倒なことしてくれるわ」
小さく溜息をついて湖畔に小石を投げ入れると、茂みの向こうからガサガサという物音が聞こえた。
この花畑を訪れる人間なんてほとんどいないから、もしかしたら逆恨みで自分を狙ったマスダイバーかもしれない、とルルは警戒する。
いつでも駐機状態のゲルググ・ロッソベリアルに乗り込めるようウィンドウを開いて、人影が姿を現すのを待つと。
「あ……ごめん。あなたと敵対するつもりはないんだ」
現れたのは、黒髪をショートボブに纏めて、長く伸びた前髪で右目を隠している女性のダイバーだった。
当然、ルルには面識がない。
ただ、その言葉通り敵意がないことを示すように両手を挙げていたから、ルルはそれを信じてウィンドウを閉じる。
「びっくりしたわ……こんな場所、ほとんど人が来ないのに」
「あはは……今、色々あってディメンションを放浪してたんだけど、そしたら偶然いい景色を見つけちゃって」
「そう……」
顔では笑っているが、女性の目はどこか淀んでいた。
まるで、ゼクスフローネに入ったばかりの頃のハルナを思い出させる。
なにか、相当濁ったものを抱えていなければあんな目はできない、というのがルルの経験から導き出される答えだった。
「あなた、よければ隣に座る?」
「いいのかな、見ず知らずのお姉さんをデートに誘うなんて」
「デートというか……カウンセリングよ。見たところ訳アリなんでしょ? 一流のアウトローたるこの私は、はぐれ者には優しいのよ」
ルルはとん、と胸を叩いて宣言する。
特に見ず知らずの相手の話を聞いてやる義理も義務もないし、なんなら一流のアウトローは云々という言い訳は今考えたものだ。
ただ、それでも女性を放っておけない、という感情は、紛れもなく本心からくるものだった。
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
片目を隠した女性はそう呟くと、ルルの隣まで歩み寄って腰を下ろした。
ルルも相当スタイルがいい方ではあるが、女性のそれは盛っているのでなければグラビアアイドル並みかそれ以上だ。
少しだけ羨ましくなると同時に、これだけ綺麗でスタイルのいい女性でも悩みの一つや二つあるのだな、と、変なところでルルは親近感を抱いていた。
「人生相談なら得意な方よ、迷える子羊さん。あなたはなにに迷っているのかしら」
「素敵な言い回しだね。そうだなぁ……強いて言うなら、そうだね……質問に質問で返すようで悪いけれど、あなたには、忘れたくても忘れられない過去がある?」
女性からの問いに、ルルはふむ、と小さく頷く。
忘れたくても忘れられない過去なら山ほどある。
アウトローに憧れてGBNを始める前の、その辺の芋娘Aみたいな地味で目立たない自分だとか、なにをやっても上手くいかなくて空回りしてばかりの人生だとか、数えるのにいとまがない。
「あるわよ、たくさん」
「……なら、それを忘れるためにやってることとか、ある?」
女性の目に、縋るような哀しみの色が滲む。
忘れたくても忘れられない過去を忘れる方法。
多分、ルルの予想が当たっていれば女性はそれを探しているのだろう。
忘れたくても忘れられない過去。
それを忘れるための方法。
ルルにも心当たりがないわけじゃない。だが、この女性にかけるべき言葉は別にある──コールタールよりも黒く淀んだ瞳を見据えて、ルルは胸を張って言い放つ。
「忘れないわよ、全部」
「えっ……?」
「私はクラスでも目立たなくて学校でもいいことなんてなんもなかった芋娘だったわ。GBNを始めて一流のアウトローを目指していく道で、何度も何度も恥をかいて、なにをやっても空回りで、上手くいかなくて、黒歴史にしたいことばっかり積み重なっていって……でも、絶対に忘れてやらないって決めたの」
ルルは力強く、嘘もてらいも外連もなく、女性へとそう断言する。
「……あはは、あなたは強いね。私にはとても」
「違うわ。私は弱い」
「……えっ?」
「弱いわ。悔しいけど頂点はいつも遠くで、目指す理想とはかけ離れた日々を送って……それでもいつか、もしも本当に胸を張れる自分になったとき、その忘れたい過去をなかったことにするのは違うでしょう?」
「……」
「どんなに苦しくても、どんなにつらくても、どんなに恥ずかしくても、過去は変えられない。なら、背負っていくしかないじゃない。背負って、歩いていくしかないのよ」
女性──ユミカは、俯いて黙り込む。
背負っていくしかない、というルルの答えが、あまりにも眩しすぎて、真っ直ぐすぎたから。
背負って進んで、その先に待っているものがまたあの虚無の奈落であったのなら、自分はもう耐えられない。
皆自分から離れていく。皆自分を避けていく。
皆は怪物という虚像だけを切り取ってそれを見て、ワカバ・ユミカという人間は蔑ろにされ続ける。
そうなるのが怖かった。もしもアヤネに、ニィレヤに、シオリに──「昼飯時」に集まるような仲間たちに、また「息苦しい」という理由で離れられるのが。
「あなた、仲間はいるかしら?」
「……いる、よ」
「ならいいじゃない! 私にも……心から信頼できる仲間がいるわ。1人じゃ耐えられないことも、皆となら分かち合える。そうじゃなくて?」
「……じゃあ、もしもその仲間に見限られたら?」
「そんなこと、ありえないわ」
皮肉を込めて返したユミカの言葉に、ルルは胸を張って堂々とそう返した。
「どうしてそう断言できるの?」
「信じているからよ」
答えはいつもシンプルだ。
もし、ゼクスフローネの皆が自分を裏切ってどこかに行ってしまったら、一生立ち直れないぐらいの哀しみを背負うことは想像できる。
だが、ルルは信じている。そうならないことを。
そして、尽くしている。
そんな未来が訪れないように、どんなに情けないところを見せても、どんなに恥をかいても、「一流のアウトロー」という自分を貫き通すことで、フォースを引っ張り続けているのだ。
信じてもらえる自分でいること、自分を信じてくれる仲間を信じること。簡単なようで難しいかもしれないが、それこそが答えなのではないかと、ルルはそう思う。
「過去を、背負う……」
「あなたがどんな暗い過去を背負っているかはわからないけれど、あなたの仲間はあなたの過去を知って離れていくような仲間なの?」
「それは……」
違う。
アヤネは自分の過去を受け止めてくれた上で奈落の底から引き上げてくれた。ニィレヤとは孤独を分け合い、シオリにはいつも癒してもらっている。
なら、自分のなすべきことは。
「……ううん。違う」
「そう。ならよかったわ。人間は恥をかく。でもそれがどうだっていうの? 私たちは機械じゃないのよ。過去が忘れたって追いかけてくるなら、真正面から抱きしめてやればいいのよ!」
高笑いを浮かべて、ルルはそう断言した。
ユミカは苦笑と共に、その若い感性を受け止める。
やるべきことは決まった。全ての過去を打ち明けて、自分は──「ランチタイムのユミカ」であり、「日の本の怪物のユミカ」として、このGBNを、かけがえのない仲間と出会わせてくれた場所を守るのだ。
「ありがとう。えーっと……」
「ルルよ。『ゼクスフローネ』のルル!」
「ありがとう、ルルちゃん。私はユミカ。『ランチタイム』のユミカ。またどこかで会えるといいね」
「ええ、そう願っているわ」
ルルとユミカは握手を交わして、互いに背を向ける。
そして、歩き出していく。
それぞれの明日へと──などとルルが感慨に浸っていたときだった。
「あら、ダイレクトメッセージ? 依頼かしら」
なんの気もなしにそのメッセージを開いて、差出人の名前を見たルルは、思わず白目を剥いて絶叫する。
「なになに、差出人はクジョウ・キョウヤ……な、ななななななんですってー!?!?」
多分、有志連合の誘いなのだろう。
その絶叫は一流のアウトローとは程遠い等身大の少女のもので、遠くで聞いていたユミカは、小さく苦笑を浮かべる。
案外ルルと再び相まみえる日は近いのかもしれなかった。
ユミカのケツを蹴り上げるのはルルちゃんでした