ゆるふわお姉さんのGBN探訪録   作:守次 奏

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上京アイドルと引っ越し先

 都会はとてつもなく恐ろしいところだ。

 日当たりが悪くて布団が乾かしづらいことと、その割にちょっと家賃が高いことが悩みだった自宅が、突然放火の被害にあって全焼してしまったのだから。

 幸い、リンは通帳だとか印鑑だとかスマホだとかダイバーギアとガンプラだとか、そういう貴重品の類は持って無傷で逃げおおせたものの、一夜にして住む家を失ってしまった。

 

「まるで悪夢の真っ只中なのです……」

 

 いや、いっそ夢ならばどれだけよかったか。

 呟いた言葉はぽつりと空に落ちて、虚しく溶けていく。

 リンは風呂敷包みを背負ったまま、消防隊が出火原因となった表のビルとその貰い火で燃えたかつて自宅だったものに必死に放水する様子を、呆然と眺めることしかできなかった。

 

 警察の人々は「無事でよかったね」と声をかけてくれたし、それが善意だとわかってもいるが、リンとしてはなにもよくなかった。

 また不動産屋を頼ろうにも、貯金なんてものは東京に引っ越してきた時点でほとんど使い果たしてしまったし、そもそもあの不動産屋にもう一度世話になりたくない。

 表のビルの避難誘導が的確だったおかげで、命まで落とさなかったのは幸いだったかもしれないが、明日どうやって生きていけばいいのかを道ゆく人々は保証してくれない。

 

「リン、家なき子になってしまったのです……」

 

 風呂敷包みを背負ったまま、ぽろぽろと涙をこぼしながら、リンは当てもなく夕暮れの街を彷徨う。

 直近の問題としては、住む、まで行かなくても、安心して眠れる場所を探さなければいけない。

 これは今この瞬間から求められる急務だ。

 

 プロデューサーから飛んできたメッセージアプリの通知に、「無事なのです」と返信を打ち込んで送信しつつ、ふらふらとリンは駅の方に歩いていく。

 プロデューサーからは「今日泊まれそうなホテルを探しておくから」と追加のメッセージが届いたが、正直ホテルに泊まるのも怖い。

 リンの身長は、成長期がさっさと逃げ去ってしまったせいで138cmしかない。子供と間違われて、警察に突き出されないかも不安材料だった。

 

「……行く当てもないのです」

 

 ハヤテとコマチからもリンを心配するメッセージが届いていて、なんならクスノキ家に泊まっていくかと心配もされているが、ここから二人の住んでいるタワーマンションまではかなりの距離がある。

 今から向かったら補導は確実だ。

 流石に警察署で一夜を過ごしたくはない。

 

「リンは無事なのです、大丈夫なのです、と……」

 

 溜息混じりにそうメッセージを打ち込んで、リンは二人へと送信する。

 そして、新宿行きの電車に乗り込んで、不本意ながら、当てもなく今晩の宿を探す旅に繰り出した。

 どうしてこうなったなのです、と何度も何度も呟いて。

 

 

 

 

 

 

 新宿に到着したリンは、人波に流されながらなんとか次の電車を乗り継いで、都心から少しだけ離れた商店街に辿り着いていた。

 既に夕暮れ時を通り越して夜の帳が下りきっていたが、それでも珍しくこの商店街は活発で、人の行き来が激しい。

 身長の低いリンは、その波に飲み込まれないようにただ肩を縮こまらせて歩くのが精一杯だ。

 

「うぅ、都会は怖いところなのです……リンたちの活動もようやく軌道に乗ってきたのに、あんまりなのです……」

 

 家が燃えてしまった悲しみを呟きながら、リンはとぼとぼと商店街を歩き続ける。

 今では懐かしいレトロゲームを置いてあるゲームセンターや、魚や野菜を専門で扱っている店。

 なんだか実家のある田舎を思い出して、リンは思わず泣き出してしまった。

 

「う、うぅ……うぅぅ……帰りたいのです……お家に……帰りたいなのです……っ……」

 

 路傍に蹲って泣きじゃくっているリンに、声をかける通行人は全くといっていいほどいない。

 はたから見れば、迷子の子供が泣いているというどう見ても助けなければいけない光景なのだが、今のご時世がそれを許してくれない。

 変に声をかけて逆に不審者だと通報されたら、あるいはもっと悪いことを企んでいると見られたら……そう誰もが考えて尻込んでいる中で、ふとがちゃり、と扉が開く音がした。

 

「あらあら?」

「……ぐすっ、ぐすっ……」

 

 その女性──マトイ・マリモがリンを見つけたのは単なる偶然に過ぎない。

 店の前で泣き声がするから様子を見てきてほしいとマスターのタナカさんに言われてきてみれば、自身が親しくしている男の子よりも背が低い女の子が座り込んで泣いているのを見てしまっただけだ。

 だが、マリモは決して見知らぬリンのことを見捨てはしなかった。

 

「もし、そこのお方……よければ少し、お店で話を聞かせてくれませんか?」

「ぐすっ、ぐすっ……えっと、あ、あなたは……」

「私はマリモ。マトイ・マリモと申しますわ。とっても寂しかったでしょう、つらかったでしょう……そんなに可愛いお顔をぐしゃぐしゃにしてしまって」

 

 マリモはポケットからハンカチを取り出して涙と鼻水に濡れたリンの顔を拭ってやると、そのままその豊満な肢体で包み込むように抱きしめる。

 自分の母親とは比べ物にならない──それどころか、アニメやゲームから抜け出してきたようなプロポーションの持ち主であるマリモだったが、抱きしめられた温もりはまるで母にそうされているようだった。

 背が低いことを理由にいじめられていた帰りに、母が優しく抱きしめてくれたことを思い出して、リンはマリモの胸に顔を埋め、恥も外聞もなく泣きじゃくった。

 

「う、うわああぁぁあぁん……っ!」

「よしよし……落ち着いたら、お話を聞かせてくださいまし。それまではいくらでも泣いてよいのですわ……」

 

 リンの黒髪を優しく撫でながら、マリモは耳元でそう囁きかける。

 突然なにもかもを失ってしまった夜に、見知らぬ縁が紡いだ温もりはあまりにもあたたかすぎた。

 少なくともこの人であれば、話を聞いてくれるかもしれない。

 

 リンの中には、マリモのあふれんばかりの母性のおかげで、確かな安心感が芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

「まあ、お家が……」

 

 リンからお互いの自己紹介も兼ねて話を聞いたマリモは、ただ絶句することしかできなかった。

 ここ最近、治安が悪くなっているのはGBNだけではなく現実世界も変わらないらしい。

 それにしたって、放火からの住宅全焼は度を越しているが──

 

「リン、お金がないのです。今日はプロデューサーさんが泊めてくれるホテルを探してくれたのです……でも、明日からどうすればいいのか、わからないのです……」

 

 リンは文字通り、全財産といえる風呂敷包みの中身を喫茶「ありあんろっど」の窓際にあるテーブルにぶちまけてそう呟いた。

 通帳に印鑑、そして財布や小物類。

 机の上に広げられたそれらの荷物を眺めていると、マリモは一つの既視感を覚える。

 

「あら、このF91ヴァイタルは……」

「リンのガンプラ、F91シュネーヴァイスなのです……命と同じくらい大事な子なのです……へ、変……なのです?」

 

 子供っぽいと思われたかもしれない、とリンは頬を赤く染めたものの、マリモは逆に、既視感の正体に気づいて思わず柏手を打っていた。

 

「あら……! 貴女が『デルフィニウム』の……!」

「し、知っているのです……?」

 

 自分たちの存在など、場末も場末だと思っていたから、認知されているなど、リンにはまるで予想外だった。

 

「ええ、あのマスダイバーのV2アサルトバスターを退治していただいた現場に、なにを隠そう、(わたくし)もいたのですわ」

「えっ……」

 

 そんな偶然が、あり得るのか。

 天から転がり落ちてきた奇縁に、思わずリンはぽかんと口を開けてしまう。

 そんな姿も可愛いとばかりにマリモはリンの手を取って、楚々と微笑みかける。

 

(わたくし)とユウくんを助けてくれたその勇気に、そして貴女のガンプラにかける愛に、心から感謝いたしますわ」

「……っ……!」

 

 嘘も打算もなく、本心から投げかけられた感謝の言葉に、リンはただひたすらに胸が熱くなるのを感じて、涙ぐむ。

 

「そうですわ、せっかくなら貴女、ここの二階に住んでみる気はありまして?」

「え、えっ……そんな、悪いのです。それに、リンはお家賃を払うのもギリギリで……」

「ふふっ、家賃はいただきませんわ。代わりに、時たまお店の手伝いをしてもらうかもしれませんけれど」

 

 唐突に提示された住処と破格の入居条件に、リンはごくり、と生唾を呑み込む。

 今はとにかく帰る家が、安心できる場所がほしかったから、渡りに船もいいところだ。

 そういう意味ではマリモがいるこの場所は、この上なく安心できるし、商店街の活気も昔住んでいた田舎を思い出してとてもいい。

 

「……り、リンは……」

 

 だが、それだけでただ一度、ライブに来てくれただけのマリモに甘えるのはよくないのではないかという理性が、リンを踏みとどまらせる。

 

 ──だが。

 

「リンちゃん。心に従うのですわ」

 

 マリモは笑顔を崩さずに、断言した。

 

「心に、なのです……?」

 

 まだ怯えるリンの心を掬い上げるように、引っ張り上げるように、マリモは言葉を紡ぎ続ける。

 

「そう。貴女がどうしたいか、ですわ。(わたくし)は受け入れると言ったのです、ならば……答えを決めるのはリンちゃん、ですわ」

 

 ──このマトイ・マリモに、決して二言はありませんわ。

 

 柔和ながらも確かな覚悟が感じられる眼差しで、マリモはリンの赤く大きな瞳を覗き込む。

 決めるのは、自分。

 思えば、都会に来るのもアイドルになるのも全ては流されて決めたことだった。

 

 ならば、一度ぐらいは自分で掴み取る選択肢があってもいいのではないか。

 

 えいや、とばかりに覚悟を括ったリンは、マリモの申し出に恐る恐るといった調子で小さく手を挙げ、頷く。

 

「り、リンを……ここに住ませてほしいのです……」

「ふふっ、よく言えました」

 

 ご褒美に愛情を込めたハグをして、マリモはリンの勇気を慈しむ。

 流石にアイドル業と両立してもらうのは厳しいから、リンの「せぶんすたーず⭐︎」入りは厳しいが、たまに店に顔を出してもらえばきっと「ありあんろっど」も華やかになる。

 そういう意味では、マリモもリンがここに住むのは大歓迎だった。

 

「生活に必要なものの場所は追って教えますわ。まずはお風呂に入って、お布団に入って、嫌なことは忘れてしまうといいのですわ」

「はい、なのです……! その!」

「あら、どうしまして?」

「よ、よろしくお願いします、なのです! マリモさん!」

 

 万感の思いを込めて、リンはぺこりと礼をする。

 

「こちらこそよろしくお願いいたしますわね、リンちゃん」

 

 そしてマリモも、優雅にスカートの裾を摘んで、新たな商店街の住人へと、歓迎とありったけの祝福を込めて一礼するのだった。




2話目で家が燃える女がいるらしい

※マリモさんの登場及び、喫茶「ありあんろっど」の二階にリンが住む設定は「真莉藻」様に正式な許可をいただいて投稿しております。
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